拝啓、私は
◇
××市、駅前立ち食いそば屋にて。
「大将、いつもの」
新米警官の齋藤幸成は、刑事の勝田弘の横で、いつもの油揚げの乗った、かけそばを啜る。
夏の日差しが嫌気を差したように、昼過ぎの曇り雲からは雨がぽつぽつと降り始めていた。
「齋藤、今朝のニュースは見たよな」
年季の入った太くしわがれた声で、勝田は確認するように聞いた。
「あの大量殺人ってやつですか?」
暑苦しい防刃ベストに扇風機の風を通しながら聞き返す。
「あぁ、あれ俺の担当になったからよ。お前もついて来い」
昔ながらの足で稼ぐタイプの勝田のクールビズからは、夏の日差しでいっそう黒くなった腕が伸び、クールダウンと誰かに言い訳しながら冷酒の入ったガラスのおちょこを傾ける。
「とんでもない事件ですよね。学校に恨みがあるのか知らないですけど、一クラス丸々ってやばくないですか」
「そいつを調べるのが刑事ってやつだ」
ガラスの徳利を空にした勝田が店を出る。
「おやっさん待ってくださいよ」
齋藤は慌てて、そばをかきこむ。
「ゆっくり食えよ、俺は一服するからよ」
勝田は小雨に変わった鈍色の空を睨みながら、煙を吐き出した。
◇
「事件現場がここか」
××高校の生徒は全員帰宅し、がらんとした校内を歩く勝田と齋藤。
2年1組の教室は一面が血の海ということはなく、歩ける程度には片付けられていた。
「お疲れさまです、勝田刑事」
検死が行われてる教室の前には同署の中堅警官、牧野が立っていた。
「こりゃひどいな。それで状況は?」
勝田と斎藤はビニール靴を履くと、教室に入り惨状を一瞥する。
「このクラスの教師含めて三十四名死亡、一名が行方不明です」
牧野が調査書を見ながら答える。
「そうかい、そうすりゃ断然その一人ってのが怪しいな。そいつの名前は?」
「番柄鹿路という男の子なんですが、これがちょっと訳ありでして……」
「ロクロってお前、どんな名前だよ。おい」
勝田がツッコミを入れる。
「おやっさん、知らないんですか?キラキラネームってやつですよ。で、不登校とかですか?」
齋藤が遺体の山に顔をしかめながら推測する。
「いえ、まだ不確かな情報ですが、今朝この地区で制服を着た男が自殺してるんですよ。投身自殺らしく、顔が潰れていて判別できないのですが……」
「そいつが番柄か」
「かもしれません、なにかあれば声をかけてください」
そういうと、牧田は教室から出て行った。
「おやっさん、もう事件は解決したんじゃないですか」
齋藤は番柄が教室で犯行に及んだと簡単な推理をした。
「そうじゃねえだろ齋藤。今朝自殺して八時か、そこらの犯行だ。時系列がおかしい」
「そうですね……、まずは死因を見てみますか」
齋藤はペンライトを取り出し、教室に横たわる無数の亡骸に光を当てる。
「仏さん可哀そうにな、心臓を一突きだ」
勝田は屈んで黒髪の女子の傷口を見る。
「こっちにも同じ痕がありますね。高校生がこんな芸当不可能でしょ。やっぱり、犯人は校内に侵入した何者かってことですか?」
「その線が濃厚だな。だが、まずは害者の人間関係を洗うのが先だ」
勝田は手を合わせると立ち上がり、齋藤もそれに続く。
「どこに行くんですか」
「職員室だろ?」
一階の職員室では牧野がすでに事情聴取を行っていた。
「だからね、うちとしては何もわからないんですよぉ?」
校長らしき人物が牧野に釈明していた。
「失礼、この学校の校長先生ですか」
勝田と齋藤は警察手帳を取り出して見せる。
「えぇ、そうですよ。校長の沼尻です」
白髪交じりの五十代の赤いジャージを着た男が話す。
「勝田刑事、監視カメラも見せてくれなくて困ってるんですよ」
牧野が勝田に耳打ちする。
「だからね、生徒のプライバシーがですね!」
沼尻が耳障りな高い声で語気を荒げる。
「あんな調子で、まともに話が通じないんですよ」
「ああ、わかりました。沼尻さん、必要なら令状をお持ちしますが、お勧めはしませんよ」
勝田が脅すようにいう。
「ですからぁ、わたくしどもには!生徒を守る義務があるんですぅ!」
「おやっさん……」
齋藤が呆れ声で、ため息をつく。
「ご丁寧にどうも。ほら、行くぞ」
勝田は職員室を後にし、その背中に齋藤と牧野はついて出た。
「校長~~、ヤバいですよ~~」
他の教師たちが、自身の抱える不祥事が明るみに出ることをを恐れ、慌てふためく。
「いいですか!教師は尊敬される仕事なんですよぉ!!毅然とした態度でいてくださいよぉ!!そんなんじゃ、まるで悪いことをしたみたいじゃないか!」
職員室では、校長沼尻が正当性を主張していた。