13.肥大する妄想
◇
青空の下、勇者一行は北の街ランドに向かっていた。
「光彦ー暇だなぁーー」
猿渡が荷台に寝転んでぼやく。ランドまで五日の日程で、まだ二日目の昼なのだが、馬車に揺られるだけの生活に高校生である彼らは、早くも嫌気が差していた。
ガタガタと揺れる馬車が止まった。なんだなんだと、荷台から顔を出す猿渡たち。
そこには緑色の小鬼、棍棒を持ったゴブリンが三匹立ちふさがっていた。
「おいおい!みんな見ろよ!あれが魔物だぜ、ヤベェーーーー!!」
興奮して馬車から降りる猿渡につられて、全員が馬車から降りた。
「みんな、武器を構えろ!」
既に馬車から降りていたアインが、剣を抜いて先頭に立つ。
「ゴブリンは弱い魔物だけど、油断は禁物だよ。正々堂々、騎士道精神に則って戦うんだ」
アインのその言葉が聞こえていないかのように、浜和優多がゴブリンの前に歩み出る。
僕の異世界無双伝説が今、始まる。
馬車の中では、誰々さんのおっぱいが大きいとか小さいとか、下らないことばかりを彼らは話していたから、僕は距離を置いていた。決してボッチだとか、影が薄い訳じゃない。誰とも喋らずに隅で本を読んでいたけど、読書が捗って助かったくらいだ。
そして、遂に魔物が出てきたということは、僕のために用意されたこの異世界での真のストーリー、浜和優多の異世界英雄無双ハーレム伝説が始まったことを意味しているということだ。
剣を抜いてゴブリンと対峙する。緑色の皮膚で僕の腰ぐらいの身長、右手に棍棒を持っている。いかにもな雑魚敵だ。
アニメやゲームで見るより気持ち悪い見た目だが、僕の最強スキル『当たらぬ棒の三歩先』にかかれば、ゴブリンごとき敵じゃない。
「グゲゲェ、コ……シ、モル……グゲゲ」
ゴブリンたちが不気味な鳴き声を発して、棍棒をブンブンと振り回して襲いかかってくる。
三匹の内、右のゴブリンが縦振りの攻撃をするが、一歩左に逸れて躱す。次に左のゴブリンの横薙ぎを、一歩後ろに下がって躱す。最後に正面から棍棒を振りかぶるゴブリンの首を、左に一歩踏み込んで切り飛ばす。
「あいつは……、誰だっけ?」
猿渡と大半のクラスメイトが首をかしげる。
そう、僕の最強スキル『当たらぬ棒の三歩先』は、僕の三歩先までの未来が見えるスキルなのだ。
ブロンさんは冒険者として、罠を掻い潜るのに最適なスキルだといっていたけど、戦いに使えばもっと強いんだよね、このスキルは。
「グゲ!」
「ゲグェー!」
切り抜けた僕の後ろから、ゴブリンの断末魔が聞こえてきて振り向く。
「こんな雑魚に、なに手間かけてんだよ」
真紅のドラゴンメイルを装備した京極の腕から、胴体を貫かれたゴブリンがずるりと落ちた。
「やれやれ、ゴブリンが弱くて助かったよ」
聖野の足元には切り捨てられたゴブリンが横たわっていた。
「キャーー、聖野君カッコイイーーー!!」
女子たちからは歓声が上がる。
「君たちは、ちゃんと戦えているね。その調子で魔物を倒していこう!」
アインがゴブリンの体にナイフを突き立てる。
「いいかい、みんな。魔物の体内には魔石というものがある」
こぶし程の大きさがある、緑色のクリスタルをゴブリンの体から取り出して見せるアイン。
「倒した魔物からは、必ず魔石を回収するんだ。上位の魔物は下位の魔物を食べて、魔石を取り込んで強くなるからね」
僕の活躍に誰も反応を示さないのは、あまりにも普段の大人しい僕からは想像もできないほど、眩しすぎる僕の戦闘技術にあっけを取られて、現実を直視すると自分の至らなさを自覚してしまうからだろう。
僕はクラスメイトたちの後ろから、僕のことだけを見守ってくれている大栄小町さんにだけ、分かるようにウィンクを送る。大栄さんは照れてしまったのか、すぐに顔を逸らして馬車に戻って行ってしまった。
僕のカッコよさに震えが止まらない様子からも、僕の秘められた実力を理解してくれたようだね。
これで僕がパーティメンバーに誘っても、快諾してくれることだろう。
ランドに向かう馬車では、初めての魔物討伐の話しで興奮冷めやらぬ大騒ぎが続いていた。
■
「王よ、やはりエルザは見つかりませんでした」
執務室では、ブロンの報告にクレイヘルは顔をしかめていた。
「エルザが姫を誘拐したとは思えませんが、裏で手配しておきます」
「よい」
クレイヘルが重苦しい声でそういった。
「娘がロープを使って、自発的に逃げたのだな」
「はい、その通りです」
しかし、と言いかけて、クレイヘルの顔を見てブロンは口を閉ざした。
「クロノスから話しがあるようなので、私は失礼します」
ブロンが出て行き、交代するようにクロノスが執務室に入って来た。
「失礼いたします。城中を捜索して、なくなっている備品のリストがこちらに。
それと、獣人の補充は継続中です。性処理奴隷を優先して孕ませていますが、先祖返りの危険があるため、下級市民の血で薄めています」
「そうか。それで、勇者召喚時にブロンが感じたといっていた違和感はどうなっている」
「魔力の残滓を追跡させていますが、召喚者の数が多いので特定は不可能でしょうね」
クロノスの眼鏡の奥からは、いつもの鋭い眼がこちらを見ていた。それを見て、クレイヘルは確信に似た安堵のため息を吐いた。
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