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女子の着替えている部屋では、視線による戦いが繰り広げられていた。
着替えるためには、もちろんを脱ぐ必要がある。いかに気にしていない素振りで視線を運ぶかが、この勝負を握っている。
敗北感も優越感も、顔に出さないのが暗黙のルールなのだ。
(桜の胸が前より大きくなっている気がする……)
桜のトップバストを目測で測り、自分の平たい胸との距離に虚しさを感じる。
もう私の成長期は遠い日の過去なのね、と。
「牡丹ちゃん!桜のお洋服、見て~」
清潔さを感じる白いローブに、大きな膨らみが二つ。
くるっと回る桜の胸は弾むけど、私の胸は微動だにしない……。
魔導士の服の方が露出が多いのに。
私の装備は専用の黒い魔導着だ。生地は分厚いけど、へそ出しノースリーブのシャツのような、よくわからない服に、屈めばパンツが見えるほど短いミニスカート。
上下の服は極端に短いのに、魔法使いの幅広の帽子とマントは顔や体を隠せるほど大きい。
見た目はふざけた装備だけど、魔法を使う時には肌を露出させて、自然に存在する魔力と親和することで威力低下を防ぐのだ。だから私は恥ずかしくなんかない。こんな格好で外を歩くことを考えると、顔が妙に熱くなるけど恥ずかしくなんか絶対にない……、はず。
「ちっ」
ガヤガヤと騒がしい中、誰かの舌打ちが聞こえた。
そばかす顔に、明るい茶髪のボブカットの施陀愛心だ。
「男に媚びた服なんか着ちゃって、そんなに嬉しいのかしらー」
わざと聞こえる声で話しているけど、彼女に関わってもいいことはないのはわかりきっている。
「やめときなぁー愛心ぃ、聖野のセフレが怒っちゃうよ」
「脱いでもぺったんこじゃ、誘惑できないのにねぇ?」
施陀の取り巻きの、青髪のエッジショートで背の高い楠明美と黒髪をサイドテールにした渡会久未が嫌味をいってくる。
京極が直接の暴力なら、施陀は精神的な暴力で彼を痛めつけていた。
いつもホームルームが始まるぎりぎりに登校してくる彼の机に、マジックで机いっぱいに乱雑に『死ね』と書き殴って、わざわざ持ってきた白い花瓶と花を置いてクスクスと笑っていた。
机の前で立ち尽くしていた彼の暗い顔が、私の脳裏に焼きついていた。
「あーあ。幻術師の装備って、野暮ったくて嫌になるわ~」
施陀の装備は防御力重視のチェーンメイルだが、読者モデルをしていた彼女には、とてつもなくダサいと感じてしまうのだろう。
「あの……、その辺で辞めて下さい」
小さな声だったけど、めずらしく善光彩莉朱さんが喋ったと思ったら、私を庇ってくれている。
「牡丹ちゃん……」
桜が心配そうに見つめてくる。
「いいのよ、放って置きましょう。善光さんも行きましょう」
私は小声でそういって、桜と善光さんとともに部屋を後にした。
◇
「おい、見ろよ。魔法使いの服ってエロいよな」
ひそひそと、男子たちがいやらしい目つきで見てくる。小声で喋っていても、聞こえてるんですけどね。
「全員、着替え終わったな」
ブロンは水晶を手にしていた。
「この水晶はスキルを見ることができるものだ。来い、ミツヒコ」
「やれやれ、また水晶か」
聖野は水晶に手を翳して、クラスメイトみんなで覗き込む。
スキル
・勇者
・覚醒
・セイクリッド
・翻訳
「聖野氏!スキルが少ないでごさるよ!!」
砂沸が鼻息荒く、水晶玉に食いつく。
「それで、このスキルがあればなにができるんですか?」
「まあ、慌てるな。スキルの効果を詳しく見て行こう。
勇者のスキルに目を凝らせ」
聖野の問いにブロンは答える。
「あっ!勇者の説明が出てきました。えーっと」
スキル名 勇者
・勇気ある者として、多くの人に慕われる。
・勇者の剣術が使用可能
・聖属性が使用可能
「聖野氏?拙者には、なにも見えないでござるよ」
「スキルの説明は、本人にしか見えないとされている」
ブロンが一言つけ足す。
「なるほどでござるな。聖属性とか強そうでござるよ!
でも、なんで今までスキルがあることを教えてくれなかったでござるか?」
「魔物の強さは授業で習ったでしょ。つまり、その魔物を倒せる魔法なり剣術なりを使ったら城が壊れるってことよ」
牡丹が髪をかき上げる。
「さすが委員長でござるな!」
「そういうことだ。全員スキルを確認しろ」
「善光さんも、ほら」
牡丹が彩莉朱の手を水晶に乗せる。
スキル
・薬師の手
・覚醒
・鑑定
・翻訳
スキル名 薬師の手
・薬のみ錬成可能
・魔力消費を軽減
「わー、すごいね!彩莉朱ちゃん」
桜が彩莉朱の隣に立っていた。
「えっ、あの……。そうですね」
彩莉朱はオドオドしながら返事を返した。
「桜もスキルを見るよ!」
スキル
・奇跡の祈り
・覚醒
・聖域
・翻訳
スキル名 奇跡の祈り
・回復魔法を使用可能
・代償を軽減
「ブロンさん、この代償ってなんですか?」
桜の質問にブロンは、少し顔をそらした。
「魔力のことだ」
「へー、そうなんだぁ。桜は僧侶だから、回復スキルを持っているんだね砂沸君」
砂沸は女子の桜に急に話しかけられてドギマギする。
「そ、そうでござるよぉ!ヒーラーは戦闘において重要なジョブであるからにして、パーティに欠かせない唯一無二の存在でごるからにして……」
「おいデブ、いつまで喋ってんだよ!」
愛心が腕を組んで睨みつける。
「おう、ごめんなさいでござるよ……」
砂沸は縮こまって、他のクラスメイトたちの影に隠れた。
「私のスキルは魔導王ね」
牡丹は五属性すべての魔法が使えるスキルを得ていた。
スキル
・魔道王
・覚醒
・スペルブースト
・翻訳
スキル名 魔導王
・火、水、地、風、雷属性の魔法を使用可能
・詠唱破棄を使用可能
「グレタ、お前も自分のスキルを確認しろ」
ブロンに何度も捕まっては、地下牢に送られている京極はブロンを敵対視していた。
「ちっ、くそったれが」
悪態をつきながら水晶に手を翳す京極。
スキル
・獅子の拳
・覚醒
・気合
・翻訳
スキル名 獅子の拳
・身体強化魔法を使用可能
・打撃に火属性を付与可能
スキルを確認するクラスメイトたちを眺めていると、疑問が浮かんだ聖野がブロンに尋ねる。
「そういえば、ブロンさんはどんなスキルを持っているんですか」
「私はスキルを持っていない。
それ以前に、この世界にスキルという概念は存在しない」
ブロンは当たり前のように答える。
「ということは、僕たち召喚者に与えられた力がスキルなんですね?」
「あぁ、そうだ」
ブロンは水晶に目を落とす。
「ちょっと待つでござるよ!スキルを持っていないなら、どうやって魔物と戦ってきたでござるか」
「魔法と剣以外になにがあるのよ、ちょっとは考えてから話しなさいよ」
「ごめんでござるよ……」
牡丹が強い口調でいうと、砂沸がしょぼくれたように眉を下げた。