10.私の世界
◆
誰もが寝静まった夜。夜警を躱して、俺はロゼッタの部屋に再び足を踏み入れた。
「起きてるか?」
ベットの上で人影がむくりと起き上がった。
「……、本当に行かれるのですか」
か細い声だった。
「あぁ。召喚者たちに、見つかるかもしれないからな」
行くか留まるか、悩んでいるんだろう。
「俺と一緒に行かないか」
ロゼッタがこの先も、永遠にこの城に閉じ込められていて幸せだとは思えない。
俺は俺の決断で、彼女を連れて行くべきだと思っている。
「私は十六年間をこの場所で過ごしました。
いまさら出て行っても、外の世界のことなんてわかりません。
……それでも私の手を牽くのですか」
生まれた時から呪われていた。そう父様は私にいって、母様が死んだのも私のせいだと。お前さえ生まれてこなければ幸せに暮らせたのに、と。呪詛のように酒に酔っては、毎夜毎夜、幼い私を寝かしつけては、部屋の片隅に置かれた椅子の上で項垂れていた。
一歳年上の兄も、この城の者たちも、私には近づこうとはしなかった。
呪われているから、母様が死んだのは私のせいだから。受け止める罰なのだと、そう自分に言い聞かせてきた。
私は生まれてきてはいけなかったんだと、そうずっと思っていた。
いつかの日に読んだ物語りに書いていた。『諦めるのは簡単だと』それでも、その物語りの主人公は諦め悪く、必死で藻掻いて、死ぬ瞬間には笑っていた。
彼が私の手を握る。
「俺は、諦めの悪い男なんでね」
◆
窓を開けてクロスボウを構える。高さを活かして、城壁のさらに外側を狙う。
夜警の死角を突いて、城の裏手の森に矢を飛ばす。
ロープのついた矢をエルザが地面に突き刺し、土魔法で固める。
柱に括りつけたロープがピンと張り、フックを掛けて脱出の準備は整った。
「先に行くから、ついて来いよ」
俺は窓から飛び出した。加速がついて怖いが、右手に装備したアイアンガントレットで勢いを殺して滑走する。
「大丈夫か、ロクロ」
エルザが受け止めてくれた。
「あぁ」
二人揃って城の窓を見上げる。
ロープを滑走するロゼッタの銀髪の長い髪が、月の光を反射した。この世で一番綺麗ものが、この光景なのかもしれない。なんて俺は、バカみたいに見惚れていた。
◇
玉座の間にクラス全員が集まり、クレイヘルが玉座から立ち上がる。
「皆の者!今日まで、訓練をよく頑張ったのじゃ。魔物を倒し、魔物生み出す魔王を必ずや討ち取るのじゃ!
行く先々では、一人々が勇者としての自覚を持って行動するのじゃ。さすれば、お主らは皆勇者として民に慕われるだろう。
旅立つに際し、ワシから勇者として皆に相応しい装備を用意した。
それとは別に、勇者ミツヒコ。お主には勇者の剣と盾をワシから授ける」
「来い、ミツヒコ」
ブロンが呼びかけ、聖野光彦がクレイヘルの前に歩み出る。
「受け取れ」
クレイヘルから勇者の剣と盾を受け取る光彦。
「みんな!勇者として、この剣と盾でみんなを守るから、必ず魔王を倒そう!!」
聖野の言葉に歓声が上がる。
「意気込みがよいな。では、魔王アトラスを必ず討伐するのじゃ!」
クレイヘルが玉座に座り、ブロンが生徒たちの先頭を歩いて城の大広間にやってきた。
「王のお言葉に感謝して装備を賜れ。
男はあっちで、女はあっちの部屋で勇者の名に恥じないよう、装備をしっかりして来い」
ブロンの言葉にテンションが上がる男子生徒たち。女子たちも、かわいい装備に胸を膨らませながら部屋へ入って行くのだった。
◇
「光彦~、見てくれよ!この装備、ちょーイカすだろ」
猿渡がキラキラと、宝石のように光を反射する魔晶石が散りばめられたジャケットに袖を通す。
ジャケットと同じくキラキラとしたズボンに、これまた派手に煌めくサングラスも装備する。
さながら、人間ミラーボールだ。
「ははっ。ちょっと派手すぎないかな」
笑顔の聖野にポーズを決める猿渡。
「そうかぁ?遊び人の俺にはお似合いだぜ?そんなことより、光彦の装備チョーかっこいいな!みんなも見てみろよー」
勇者として顔を見せる設計の装備は、全身が白銀色で統一されている。胸部アーマーに腰部のアーマー、膝丈まであるブーツアーマー。そのすべてに金縁の細工が施され、魔法から身を守る解魔鉱石を糸状にして編み込んだ、白銀のマントを纏った聖野光彦。勇者というより、もはや神がっかているその姿に男子たちからは喚声が上がった。
「聖野氏、その装備は師匠が造った究極の一品でござるよ!」
鼻息荒く、早口でもよく舌が回る砂沸琢磨。
「いくら勇者でも、生身じゃ直ぐにやられてしまうお!でもでも、貴重な白地魔銀鉱石で造ったアーマーは軽くて丈夫!しかも、色味もディテールも師匠が造ったものだから最高に完璧だお!!
そしてそして!マントにはアルクレイヘル王国の紋章が金刺繍で入っているおおお!!!
ちなみに拙者の装備は錬金術を使うので、革鎧に超でかいリュックと、すぐに錬金できるようにポケットがいっぱいある革ベルトでござるよ!地味に便利でござろう?」
両手を握りしめて暑苦しく語る砂沸。クラスでもオタクであることを隠さずに生きてきた彼なので、男子たちも、また砂沸がオタクモードに入ったと苦笑いするのだった。