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 「京極さん、もう怪我は大丈夫なんですか」


 身長が二メートル近い大男の、大馬玉置(おおま たまち)が紳士的に尋ねる。

 兵士宿舎前の花壇に座った京極は、エルザを襲った後にも兵士宿舎で働くメイドに襲いかかるが、見張りの兵士に捕まり拳を食らっていた。


「エルザをやった時に、オレ様を殴った奴が来るかと思ったがよぉ」


「なるほど、京極さんは天才(ジーニアス)ですね」


「あぁ、あいつがいねぇから拳も鈍っちまったしよぉ」

 そういって、花壇の花を握りつぶす。


「ああ、小さな花が泣いていますよ京極さん」

 ポロポロと涙を流す大馬。


「相変わらず気持ち悪い奴だな、お前は」

 京極は潰した花を大馬に投げつける。


「愛とは小さくも儚いものなのですよ」

 大馬は潰れた花を胸に抱きしめて語るのだった。



「明日、発つのだな」


 うなずいてエルザに答える。


「この城に居ても、いずれ存在がバレるし、これ以上誰かが死ぬのは見たくない」


「なんのことだが知らんが、私もついて行くぞ!」


 エルザの言葉に首を傾げる。


「なにも疑問に思うことなどないぞ。私はロクロを守るといったろ」


 あの時の言葉はその場限りじゃなかったのか。こんなにも真っ直ぐに見つめられると、なにもいえない。


「それでなのだが……」

 急に歯切れが悪くなるエルザ。


「姫も連れていきたいのだが」


「姫って誰だ?」

 俺が知っている姫っぽい奴といえば、銀髪の女しかいないのだが。


「穢れ姫といってな。魔眼の呪いを宿して生まれたロゼッタ姫は、この城から出ることを許されず、彼女は存在しない者として誰からも口を聞いて貰えないのだ。

 私の他にも数人だが、不憫に思って構うものはいるのだが心を閉ざしてしまっていてな。私は城から出してやって、姫に元気になって欲いのだ!」


 ロゼッタ姫の心情は察することしかできないけど、それで幸せになれるなら協力したい。旅は道連れ世は情けというしな。


「わかった。姫も一緒に行こう。

 でも、直接会って話しをしないとな。昼にでも会えないかな?」


「いつも部屋で一人なのは知ってるが、姫の部屋に行くには見張りをどうにかしないとダメだな。それに、副団長の私でも王族に気軽に会える訳でもないのだ」


 王族とか意識していなかったけど、姫なんだからそりゃあ警備もいるのは当然か。


「それなら大丈夫だよ。俺は気配を消せるからな」


「そういえば、そうだったな。頑張って来いよ!」


 背中を強く叩いて、エルザは出て行った。



 兵士が見張っている通路を抜けて、城の階段を駆け上がり、さらに奥深くの扉を開けた。


「貴方は……」

 天蓋のついたベット横のサイドテーブルで、本に目を落とす長い銀髪の女。

 水晶のように透き通る、青い瞳が俺を捉えた。


「また会ったな。ロゼッタ姫」


 目を閉じるロゼッタ。

(わたくし)に近づいてはなりません。勇者様は知らないと思いますが、私の眼は呪われているんです」


「あー悪いんだが実は俺、勇者じゃないんだよ。召喚者は召喚者なんだけど、訳ありでね」

 後ろ手に頭をかきながら話す。


「そうなんですか?」


「俺は召喚者たちの仲間じゃないし、なんなら敵対関係にある。たまたま気配を消す力があったから、息を潜めて今日まで隠れてたんだよ。その証拠に、あんたの部屋にバレずに入れただろ」


「そうですね」

 クスクスと口元を手で隠して笑うロゼッタ。


「エルザって女騎士、知ってるだろ?」


「ええ、彼女は私に気をかけてくれますから」


「俺とエルザは、この城から出て行くんだ。それで、エルザがあんたも連れて行きたいって、言っていてな。

 城から出られないロゼッタ姫に、外の世界で幸せになって欲しいってさ」


 キリッとした細眉を下げて困った顔をするロゼッタ。


「できるならば(わたくし)も窓から眺めることしかできなかった、あの景色を歩いて見たいですけど、城の者が見張っています。それに外に出たとしても、この眼が他の誰かを穢してしまいます」


「その眼の呪いってなんなんだ、あんたの幸せを犠牲にしなきゃいけないものなのか」


「私の眼は魔眼といって、目を閉じていても魔素が流れ出てしまうんです。流れ出た魔素が私以外の人に取り込まれると、その人の魔素が穢れて魔法が弱まってしまうんです。だから私がこの城から出ないことが、誰かの幸せになるのです……」


 最後はもう、消え入りそうな声だった。


「ロゼッタ、あんたの幸せはどこにある」


 彼の真剣な眼差しを感じる。目を瞑っていても、私のことを本気で案じてくれているのが伝わってくる。


「俺は召喚された日に自殺したんだ。殴られて、バカにされて、嫌がらせの毎日から逃げたんだよ。勇者なんて呼ばれてる奴も、碌な奴じゃない。

 幸せになれるなら、それに越したことはない。誰かを不幸にしてでも、掴み取る幸せなんて俺は望まない。それでも、一度だけでも挑戦してみないか」


 明日の夜にまた来るといって、彼は出て行った。


「名前聞きそびれちゃったな……」


───────────────────────────────────────────────

6月28日、月曜日。

 今日は定期テストの日だ。前日にクラスのみんなと、勉強会を開いたから予習はバッチリだ。

 朝から昼まで連続して続いたテストは、昼前には終わって、すべての答案用紙が教卓に集められた。


「そんじゃ、気をつけて帰れよ」

 鵠沼(くげ)先生が挨拶をしてテストが終わった。


 ガヤガヤと帰り支度をする声で騒がしくなる。


「光彦~帰ろうぜ!」

 恭弥(きょうや)がいつものように、声をかけてくる。今日は部活がないから、帰って近所の小学生とサッカーでもしようかな。

 そんなことを考えていると、教卓から特徴的な高い声が聞こえてきた。


「先生ぇー、私が持っていきますよ」

 いつもは手伝いなんて絶対にしない施陀愛心せんだ あみさんが、答案用紙の束を持っていた。


「おお、そうか?じゃ頼むわ。

 俺はタバコでも吸ってくるかな」


 鵠沼先生が教室から出たのを見送ってから、施陀さんも教室を出る。


「そうだな。トイレに行ってくるから待っててくれ」

 僕は恭弥にそういって、施陀さんの後ろを歩く。


 ここは理科準備室だ。僕はドアの前で耳を澄ます。


「あいつ……、マジきもいんだよ!!」


 中からは机を叩く、ドンという音がした。


「テストの名前消しちゃおーーーっと。これであの醜い顔がもっと、もーーっと醜くなるわねぇーー!!

 きゃははははははははははははははっははははは!!!!」


 狂ったように彼女は笑っていた。そんなに楽しいことなのかな?

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