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一般女性Aの夢

大通りのパン屋を右に曲がり、2つ目の角を左へ。

柊の生け垣を突き当りまで進み、胸元にユリの花を両手で添えて、左へ1回転、右へ2回転。

目を閉じ左のつま先で石畳を3回叩いて深呼吸。

ゆっくりと目を開けば行き止まりだった筈のそこには2階建ての小洒落た洋館。

手頃な広さの庭には色鮮やかな草花が所狭しと植えられている。レンガのとんがり屋根、白い石壁、飛び石の先には丸みを帯びた木造りの扉。

恐る恐る手をかければ、チリリンと来訪者を告げる鈴が鳴った。



・・・・



「いらっしゃい。コーヒーと紅茶、どちらがお好み?」



勧められるままに腰掛けた女性は少々狼狽えていた。

目の前にはふわふわとした銀色の髪、透き通るような白い肌、空を閉じ込めたような青色の瞳を持つ絶世の美少女。

その格好は着慣れた様子のシャツに膝丈のゆったりとしたスボン、あちこち絵の具で汚したエプロン姿。

ゆったりと貴婦人のように首を傾いでこちらを伺う彼女のそのアンバランスさに、どう対応するのが正解なのかよくわからなかった。



「ええと…お構いなく……」

「そうはいかない。おもてなしさせておくれ、お客様」



口調も16、7歳に見える彼女には似合わないもので、深緑色のワンピースを纏った女性は居心地悪く膝の上で指先を絡めた。

その様子を楽しそうに見つめた彼女は、女性が遠慮がちに「では、紅茶を」と口にすると手慣れた所作で紅茶と茶請けにビスケットを数枚女性の前に置いて向かいにゆったりと腰掛けた。

出されたものに手をつけないのも悪いと一口紅茶を含めば、やっと部屋の様子を見る余裕が出来る程に気分が落ちつく。

そこは大きい窓から注ぐ日光に抱きしめられるように明るく、清潔で、程よい生活感に包まれたダイニングキッチンだとようやく気づいた。

彼女と女性が座るテーブルとキッチンの間には衝立があり、応接間も兼ねているのだと悟る。

周りの様相すら把握出来ない程余裕がなくなっていた自分を恥じ俯いた女性に、今度ははっきりと彼女が笑った。



「気にしなくていい。ここを訪れる人は大体みんなそうなるんだ。あなた達にとってあまりにも非日常でしょう……夢のアトリエに踏み込むのは」



夢のアトリエ。

別名『魔女のアトリエ』。

夢を叶えてくれる画家(魔女)がいるこのアトリエに行くには、決まった道を決まった手順で進まねばならない。

そして一度夢を叶えた者が二度目の強欲を満たせないように、道も手順も毎回変わる。

それは気まぐれに示唆される。

時に夢で、あるいは風向き、星の煌き、木々のざわめき、猫の鳴き声。

不思議なことに、それらに心が触れた時、「わかる」のだ。どう行けばたどり着くのか。



「それで、ここに来るということは……よほど切羽詰まっているのかな?」



気遣うように優しく語る彼女に、女性は目に見えて陰を帯びた。落ち着きなく視線をあちこちへ走らせ、何度か何か言いたげに口が開くもそれはまた閉じられる。

少しばかり様子を見守っていた彼女……魔女は、女性が何から話せば良いのやらと悩んでいる素振りを見て取り、ならばと軽やかに口を開いた。



「商談をしよう。私はあなたの夢を描く。背中を押すだけのささやかな力添えから、確実に叶う領域まで、出来栄えはご希望通りに。

 注意事項はひとつ、絵を破いたらその夢は2度と叶うことはなくなる。永久にね。

 対価は夢の内容と出来栄えに見合ったものを……等価交換といえばわかりやすいかい?

 簡単な例を出すと、背中を押す程度の出来栄えでよければ金貨10枚。叶えるとこまでなら金貨100枚…といった具合に変動する。

 支払いは金貨、値打ちの骨董品、魔力を含んだ品、体や記憶の一部、等など好きな手段で支払って貰えればいい」

「体の、一部……!?」

「そう怯えないでいい。何もいきなり手足をもいだりしないよ。簡単な夢なら髪の毛や爪で事足りるし、一部を別のもので補うのも有りさ。商談が成立するまで一切あなたにも、あなたの財産にも手出しはしない。ちなみに相談料は無料。良心的だろ?」



一通りの説明を終えたとばかりに魔女は紅茶で喉を潤す。

女性は魔女を見つめたまま沈黙し、しばらくの後スカートのポケットから徐に写真を2枚取り出しテーブルに滑らせた。



「私の姉です。一週間後に結婚を控えていますが、姉には別の想い人がいます……こちらの男性です。二人は恋人同士だったのですが、親が決めた相手でないと結婚は認めないと猛反対され泣く泣く別れました。でも、……」



言葉を切り、わなわなと震える唇を律するように何度か言葉を飲み込む女性。

あくまでゆったりとした佇まいで続きを待つ魔女を見て、深呼吸をひとつ。



「……でも私は、そんなの間違っていると思います……!だって、悲しいじゃないですか……私は、優しい姉にはいつも幸せでいてほしくて……それが、今の私の夢、で……っ、だから私……」



じわりと浮かぶ涙を拭い、感情の高ぶりで上ずる声を無理やり抑え込みつつ女性は魔女を見据えた。

その視線を真正面から受け止め目を細め、顎に指先を添え考える素振りを見せる。

夢の対価の算段を立てているのだと容易に想像が出来た。どんな無茶な要求をされるのか、待つ方は気が気じゃない。

挫けそうになる心を奮い立たせながら長くも短い時を過ごした。



「自分以外の人間の幸せを願う、か……同じような夢を持つ客は時々来るけど、何度見てもよく理解出来ないな」

「……それは……依頼を受けて頂けないという事でしょうか」

「いいや?今のはただの感想であり独り言。聞き流しておくれ。それで、どの程度力添えしたらいいのかな?」

「絶対に叶う出来栄えでとなると、対価はいかほどでしょう……?」

「金貨にして300枚」

「さんっ……!?」



それは独身で一般的な暮らしであれば30年暮らしていける額だった。とても年若い女性がポンと出せる額ではない。

悲しげに眉を寄せる女性に甘い声がかかる。



「さっきも言った通り、全て金貨で支払う必要はない。他の物で補填することも可能だよ。例えばその髪、その眼、耳……は今は要らないけど、指なら少し上乗せしよう。あとは……お姉さんへの想いと同じくらいの思いが籠もった大事なものでも」

「髪なら……どのくらいになりますか?」

「肩くらいまで貰っていいなら金貨100枚相当」

「そんなに!?」

「魔女に体の一部を差し出すのは怖いって、案外譲ってくれないんだよ」



やれやれと肩をすくめる魔女を見て、それは確かにと女性は同意する。

髪なんて何に使うのだろう。イメージで思いつくのは薬の材料や呪いの道具などだろうか。いずれにせよ気持ちのいいものではなく背中が寒くなる。

顔を青くした女性を見て魔女は軽快に笑った。



結局幼い頃の記憶を譲り渡すことで商談は纏まった。

何に使われるかわからない現物を渡すよりマシだと女性は結論付けたようだ。

緊張の面持ちの女性をダイニングに残し、魔女はアトリエに向かう。

真っ白なキャンバスを前に座り、踊るように筆を走らせた。

一切の迷いもなく、資料や見本の類を見る間もなく、既に完成形が目の前にあってそれをなぞりでもしているかのように。



・・・・



「おまたせ」



魔女が作業に入ってから、まだ10分と経っていなかった。あまりにも早い仕上がりに女性は目を瞬く。

そんな反応には慣れている魔女は今しがた描き終えた絵を差し出した。

とても仲睦まじい様子の男女が描かれている。

鮮やかでいて柔らかい、幸せを凝縮したような絵画だ。

描き終えたばかりだというのに絵の具はしっかりと乾いていて、手で触れても問題なさそうに見えた。

女性は思わずと言った様子で手を伸ばすが、すんでの所で魔女は絵を自分の胸元へ引き寄せる。



「だめだよ。対価をいただかないと」

「あっ、すみません、つい……。ええと、記憶ですよね?どうお渡しすれば……?」

「花を」

「花?」

「持って来たでしょう?」



女性ははっとして持参したユリと魔女の顔を交互に見比べ、おずおずと差し出した。

代わりに受け取った絵を眺めた。本当に、見ているだけで幸せに包まれるような気持ちがする。



「本当にありがとうございました」

「こちらこそ、ご依頼ありがとうございました。もう一度言うけれど、絵を破いたらいけないよ。永久に敵わない夢になるからね」

「はい、承知しました」



絵を大事そうに抱えて去っていく女性を見送っていると、庭に咲くデイリリーから掌に収まる程の光がふわりと舞い上がり魔女の肩に触れた。



「あなたって本当にいけない子ね」



肩で頬杖をついた淡い緑色の小人……ピクシーは特に咎めるような口調でもなく語りかけた。

よくよく見ればピクシーは1人だけではない。草花の影、屋根の上、塀の隙間、至る所からそわそわと顔を出す。

客が去ったのを確認してから、絵の具の材料になる植物を手に魔女を取り囲んだ。

魔女はそれを受け取ると、先程対価として手に入れたユリをピクシー達に差し出す。

彼らはわぁっと歓声を上げた。



「なんて素敵なのかしら。子供って本当に可愛いわ」

「見て、お姉さんがお花で冠を作ってくれたのね」

「ふふ、とっても楽しそう!」

「ええ、それに幸せそう。温かい記憶ね。とても大事だったでしょうに」

「そうね、きっとそう。だってこんなに満たされるもの」

「これならお花も喜ぶわ」

「いい栄養になりそうね」



くすくすと軽やかに笑い合いながら庭を飛び回るピクシー達を後に、魔女はアトリエに帰っていく。

敷地への道は次の客が来るまでまた魔力で閉じられた。



・・・・



窓辺で本を読んでいる魔女の頬をピクシーがそっとつついた。

視線は文字を置いながらも、魔女は小さく首をかしげる。



「なに?」

「昨日街に遊びに行った子から聞いたの。結婚式があったそうよ」

「そう」

「んもう、ちゃんと聞いて!花嫁が見覚えのある顔だったから誰かと思ったら、一週間前に夢を買って行った女の子だったんですって!」

「へぇ。お姉さんじゃないんだ」

「しらばっくれちゃって。あなたわかっているんでしょう?」



あの女性が叶えたかった夢は『姉が最愛の人と幸せになること』。

小さい頃から仲が良かっただろうことは、あの記憶から見て取れた。女性が姉の幸せを願ったのもきっと嘘偽りない本心だったのだろう。

その強い想いがアトリエへの道を開く標になったのは間違いない。

しかし彼女は対価を記憶で支払った。姉と仲が良かった記憶を、魔女に渡してしまったのだ。


当然『姉と仲が良い』記憶は失われる。


なかったものになる。

その状態で、女性は姉の幸せを最後まで願えたのだろうか?





『優しい姉にはいつも幸せでいてほしくて……それが、今の私の夢、で……っ、だから私……(諦めたのに)』






「きっと絵を破いたのよ」

「夢は破れる(敗れる)ものだよ」

「やっぱりいけない子ね」



想いを養分に咲き誇る庭の草花。

それを絵の具にして描かれる夢の絵画。



「魔女との取引を甘く見る方がいけない子だよ」



夢と破滅は紙一重。

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