8章【クラスメイトの雪】
雪のターンです('ω')ノ
8章【クラスメイトの雪】
午後の消防署の訓練も終わり、純也は各部の見回りのために廊下を歩く。
メイドのような衣装を着て歩く女子もいるし、模擬店の呼び込みのための着ぐるみを着ている者もいる。去年の豊穣祭も実際に経験している純也からしてみたら、これから豊穣祭が始まるのだなと言う雰囲気が出てきているように思えた。
(本当に夏恋の言う通り、消防署の確認も何事もなく終わったな)
昨夜の少女達の未来予測と言い、段々と彼女たちが言っていたことが真実なのだとわかってくるがーー。
(僕に記憶がないのは、一体なんなんだ?富塚姫は、僕が望んだと言っていたけど)
純也が1番不可思議なのは、自分の記憶がないことである。
椿、夏恋、雪と付き合ってきた自分には、彼女たちの口ぶりからしたら、記憶があったかのように思える。彼女たちは、自分に記憶がないことを驚いていたのだから。
「失礼します」
純也は考えながらも、自身の仕事をするために部屋をがらりと開けた。地下のその部屋には、ドラムやギター、キーボードが並んでおりーー雪がキーボードの前に腰掛けていた。彼女は自分が入ってきたことを見ると、「お」と口を開ける。
「純也じゃーん。私に会いに来てくれたのー?」
「いや部活の見回り。って、雪1人だけ?」
「そう、皆自主休憩中~。ま、いつも純也は私が1人になるこの時間に来てくれるんだよね~。もうわかりきっていることだから、私も待ってたんだ~」
雪は間延びした口調で言った。
(毎回同じことを繰り返すのか)
「そろそろ信じてくれたんじゃないかな〜?ループのこと。あの子達からも聞いたりしたでしょう~?」
「納得いかないのは、僕に記憶がないってことかな。他の、4回だっけ?他のループ世界では記憶はあったんだよね?」
「ううん、5回ともだね。5回とも、純也はずっと私達みたいに覚えていたよ」
純也は彼女の言葉を聞き、訝しげに目を細めた。
(え?あれっ?)
ーーとても違和感を覚えた。富塚姫の話と、雪の話に、食い違いが生じている。
「純也はさぁ、4回目に私を選んでくれたんだよね〜。手とか繋いだ時も初心な感じで、すっごい青春感じちゃったぁ〜」
「えっ、手?」
「うん、おかげさまで一曲できそうだったよ〜」
彼女は、前向きな歌詞の歌を彼女は作る。
手を繋ぐーー交際経験がない純也にとっては、簡単にできることではない。
(そっか。3人と付き合ったってことは···)
過去の自分は、何かを彼女達にしている可能性もあるのではないかーー想像しかける。
「あ、手を繋ぐ以上のことはしてないよ〜。これは3人とも」
「な、何だよ。何も言ってないよ!」
「一応ね〜。自分でもわかるでしょ〜?クソがつくほど真面目な純也くんが、付き合ってすぐに最後までできると思う〜?」
純也だって健全な男子だ。女子と“最後までする”という行為に憧れと好奇心はある。だが、たった少しのループ期間中に、彼女達の初めてを奪ってしまうことがあれば、自分は責任を取らなければなるまいとも思っていた。
(そうだよな···僕だもんな···)
そういう意味では、自分は何もしていなかったようで安心する。
何もしないでくれてありがとう、自分。
「私は純也となら歓迎だけどね〜」
「え!?な、何言ってるんだよ!」
「だって付き合うくらい好きなんだよ〜?当たり前だよね〜」
さらりと彼女はいつもの間延びした口調で言った。彼女はキーボードに豊満な胸をのせている。つい純也は彼女の胸を見てしまい、ごくりと唾液を呑み込んだ。
「去年の豊穣祭でもさ、純也って、軽音のこと庇ってくれたんだよね。他の部活からはうるさいってよく言われるのにさぁ〜」
純也は思い返す。
去年も豊穣祭の委員をしていたが、確かにそこでも軽音部は音がうるさいと他の部からクレームがあった。純也は、軽音が五月蝿いのは性質上仕方ないことだと思う。観客に音を届けてなんぼなのだ。多少の騒音は仕方がないーーというのが純也の持論であるため、確か委員の席でも同じように言った気がする。
「その上、ちゃあんと軽音部の演奏も聞いてくれて、凄かったとか感想くれるじゃん〜?惚れない訳ないでしょ〜」
「いや、雪の作る歌を褒めない奴がいる訳ないだろ」
「純也のそういうとこだよ〜私は好きだな〜」
純也には、わからなかった。
彼女と、彼女の作る歌を魅力的に思わない者などいないと思う。彼女は誰にでも好かれるタイプだし、そして彼女の作る歌は、聴いていると前向きになれる曲だ。
「私と青春を謳歌しようよ〜。青春の、鉄板ソングみたくね」
次の話の更新は、本日の21時予定です。




