7章【後輩の夏恋】
後輩の夏恋のターンです('ω')ノ
7章【後輩の夏恋】
純也は小さく息を吐き、自分で作ってきたお弁当を委員部屋で開いた。
委員の会議が長引き、ようやく昼休憩を取ることができる。純也は朝の椿との会話で疲れ切っていた。
(椿が僕のことを好き、かぁ···)
長年一緒にいただけあって、彼女とは家族のような付き合いだ。父同士が友人ということもあり、バーベキューや川遊び、遊園地などにも一緒に行くことが多かった。
(···3人の中から選ぶなら、椿なのかな?彼女は美人だから、僕なんか勿体無いと思うけど···)
3人の女子から告白され、そもそも選ぶだなんておこがましいように思う。彼女たち3人は、皆素敵な少女だ。特に椿の美しさに魅力され、告白する男子は後を立たないというのに。
「じゅんちゃん先輩」
彼女は、自分の隣に腰掛けてきた。
「お昼なら、一緒に食べましょ?」
夏恋であった。先程の会議でもずっと彼女は隣にいたのだが、弁当を持ってきたのか、また再度椅子に腰掛けてきたのだ。
「あ、ああ。いいよ」
つい純也は狼狽えてしまった。
委員の後、彼女と昼を取ることは珍しくない。けれど、好意を示された後だと、どう接していいかわからなくなっていた。
「午後は消防署が来ますねー」
夏恋自身は、何も臆さずに桃色の弁当箱を開けていた。ニコニコとした彼女の態度にホッとし、純也も頷く。
「あぁ、どの部活もチェックが通ると良いんだけど···」
この後午後からは、消防署が高校を訪れ、危ない制作物がないかを確認してくれる。毎年何も問題がなく進んでいるが、今回は演劇部の観客席なども手作りをしているため、少し心配でもあった。
「大丈夫ですよ。どの部活も、オッケーが出ます。何回も繰り返しているんですから、私にはわかってますよ」
にっこりと彼女は言った。
(ループを繰り返しているなら、当然彼女達はこの後の展開が読めてる···)
限定ループではあるが、起こり得る未来がわかっていれば、彼女達は未来に怯えることはないのだ。
「そっか、そういう設定だもんな···」
「あ、まだ設定って言ってるんですかー?本当のことですよ。神様も、ループも、私がじゅんちゃん先輩を好きなことも、勿論、付き合ったこともです」
夏恋は眉を釣り上げ、びしりと言った。
昨日、純也が言ったことで、彼女は自身の気持ちが否定されたとでも言うように怒りを示していた。ループに対して懐疑的であっても、純也は夏恋の前ではこれ以上否定することはできない。
「···僕覚えてないんだけどさ、順番に付き合うってのも軽薄な感じしない?本当に僕、そんなことしたの?」
「していましたよ。3回目のループの時、じゅんちゃん先輩は私を選んでくれました」
ループ世界だからと言って、順番に付き合うだなんてして良いのだろうかーーと純也は思ってしまうが、過去の自分はしていたのだろう。
「3回目、私を選んでくれてすごく嬉しかったんです」
ふんわりと彼女は笑った。
彼女の柔らかい笑みを見ると、心から自分と付き合った過去を喜んでいることがわかる。
「そんな···夏恋が僕と付き合って、嬉しいことないだろ?僕は、君の描く漫画の男主人公みたく、格好良い訳じゃないよ」
夏恋が描いた漫画を、純也は読んだことがある。彼女の漫画は、少女が格好良い青年に惹かれるような少女向けの恋愛漫画である。以前彼女が、長身痩躯の美形に心惹かれると言っていたのを覚えていた。
「先輩は、私の描く甘すぎる恋愛漫画も、男同士が恋しちゃうような漫画でも、否定しないじゃないですか」
「それは、そうじゃないか。君が好きで描いているものだし」
純也は、思う。
好きなものを、他者が否定する権利など最初から持っていないのだ。
夏恋が描く漫画は、確かに甘すぎるかもしれない。何も変哲がない少女が美形男子に一方的に惚れられたり、または男同士の恋愛漫画を変だという者もいるかもしれないーーが、純也は 彼女の作品をそういうものとして受け入れている。
分野は違うが、椿の描く油絵のように美しくはなくても、夏恋の漫画はとても面白いと純也は思っていた。
彼女だからこそ描ける作品を、魅力的に思わざる得ない。
「じゅんちゃん先輩のそういうとこが、私は好きになったんです。私の漫画を読んでくれて、認めてくれた時からです」
初めて彼女の漫画を読んだというと、4月になるだろう。純也としては単純に面白いと思ったから言っただけなのだが、それが自分に好意を向けてくれるきっかけになるとは思わなかった。
「3回目の時と同じように、私との幸せな未来を選択して下さいね」
夏恋はふんわりとした笑みを浮かべ、言った。
次のお話しは、5月16日(土)の19時に公開予定です。
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