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5章【私は良いから】

5章【私は良いから】


「『花咲く江戸奇譚』激混みだよー。めっちゃポップコーン売れてるんだけど」

「こんな混むなんて予想してなかったなー。シフトしくった。鷺沼君、延長頼める?11時まで働いてくれないかなー?」 

「え?こんなくそ忙しいのに三井休みなの?お腹壊した?ふざけてんのあいつ」


 純也は、呆然としてしまった。

 平日夜なのに激混みである映画館で、ポップコーンが売れている中、呆然とする余裕はない。同じバイト仲間が客の注文を取ったり、フレーバーを用意しているのだから、純也も動揺しながらでも無理矢理に身体を動かす。


(怖いくらい、まんまなんだけど、予想···)


「いらっしゃいませー!ご注文はお決まりですか?」


 頭が動揺していても、純也は自然と口に出ていた。1年間バイトをしている訳で、レジの前に立つと自然と口から決まり文句が出てしまう。

 純也が働いているのは、全国展開している映画館の売店である。昼間は学業や委員があるため、主に夜しかシフトは入っていない。


「ねね、さっきの子見たー?可愛くなーい?」

「えー?女の子···だったよねー?かっこいいねー」


 レジに並んでいるた若い女性客達がひそひそと話している。彼女達の視線の先には、グッズ販売の棚をいじっている人物に向けられていた。


(あれ、あんな子いたっけ)


 純也は目を凝らし、その人物の後ろ姿を見つめた。自分がいる売店の向かい側には、映画のパンフレットやグッズを販売する売店が配置している。違うセクションに所属ではあるが、グッズ販売で働く人々も、同じ映画館でのバイト仲間である。新しいバイトが入るなんて話も聞いていなかった。


(あ···)


 その人物が横を向いた時、ようやく純也には彼女の正体がわかった。彼女はグッズを整理すると、すくりと立ち上がり、軽やかな足取りでバックオフィスに向かっていく。


「鷺沼くーん、休憩入っちゃってー」

「あ、はーい」


 売店のマネージャーに言われ、純也はエプロンを脱ぎ、先程の彼女と同じようにバックオフィスに向かった。映画館の裏にあるバックオフィスには、今まで販促として使っていたポスターやパネルが無造作に積み上げられている。照明が節約された薄暗い廊下を歩くと、休憩室からの楽しげな声が聞こえてきた。


「乾マネージャーからのお土産だってー!」

「美味しそう!私これ貰うね〜」


 純也は、すでに休憩室にはグッズ販売の売店やチケット販売のバイト仲間がいることがわかった。各セクションごとに分かれてはいるが、休憩室や着替えを行うロッカーは一緒であるため、必然的に顔は覚える。


「私は最後でいいかな?皆先に取っちゃってよ」


 先程見た彼女の声も、聞こえてきた。


「お疲れ様でーす」


 純也が休憩室の中に入ると、3人は純也を見て挨拶をしてくる。大きな丸テーブルの席に、純也も腰掛ける。


「あ、鷺沼君。乾マネージャーの京都お土産だって。早いもの勝ちだよ」


 隣にいた、チケット販売のセクションに所属する中川が、丸テーブルの真ん中に置かれた箱を指差す。彼女は近くの女子大に通う大学生だ。

 テーブルにあるのは白いお饅頭で、残りはもう1個しかない。


「京都みやげって···八ツ橋とかじゃないんすね」

「ね。普通八ツ橋とかだよね。ど定番」


 ちらりと純也は彼女を見た。涼やかに笑う彼女がいつもと違う様子なことに、気が付かない訳がない。言っていいものか悩ましいがーー言ってしまおう。


「瑠璃先輩、髪を切ったんですね」


 純也に言われ、月島瑠璃は短くなった自身の髪先に触れた。


「ああーー心機一転、かな」


 少女にしては落ち着いた声音だ。瑠璃は18歳にしてはずいぶん大人びた少女だと、純也は思う。


「瑠璃ちゃん、益々王子っぽくなったよねー?学校でも言われなかったー?」

「はは、さっき切ってきたばかりですけど···どうですかね?元々私のあだ名、王子ですから」


 瑠璃は、学校では「王子」というあだ名がつけられている。それはなぜかと言えば、彼女のルックスである。

 彼女は、格好良い見た目の少女であった。切れ長の瞳や、すらりとした細い体躯。つい少女漫画の王子様を想像させるのは、彼女がとても綺麗な顔立ちをしているからだろう。

 純也は瑠璃と同じ学校に通っているため、彼女が「王子」と呼ばれているのを知っている。髪を切ったことによって、彼女は益々格好良く見えた。


(瑠璃先輩、髪短くするのは嫌って、前に言ってなかったかな。益々王子っぽくなるからって)


 つい先日までは彼女の髪は腰くらいまで長かった。長い髪は手入れが大変だが、王子っぽくないでしょ?と言っていたはずだ。


「千曲さん、そろそろ休憩終わりですよ。行きましょ」

「あ、お疲れでーす」


 千曲という中年のパート女性と、中川が連れ添って出ていく。2人が出ていくと、純也と瑠璃の2人きりだった。


「ね、純也君。豊穣祭の準備期間初日はどうだった?慌ただしかったんじゃないかな?」

「え、ま、まぁ」


 純也はぎくりとした。脳内に、3人の少女達と、あの富塚姫とかいう少女のことが過る。


(ずばり未来を言い当てられた···神様とか、ループとか、信じるしかないのか···?)


 俄かには信じがたいことだが、確かにあの3人が言ったことは本当だった。


「純也君?どうした?」

「いえ、何でも···ありませんよ」


 瑠璃の瞳が不思議そうに自分を見つめていた。彼女の目は透き通るような色で、純也は思わずどぎまぎする。


「何か困ったことがあったら言って。私なんかが手伝えることがあったら、だけどね」


 純也は彼女の涼やかな笑みを見て、学校の女子が「王子」と呼ぶことに共感を覚えた。


(うーん、やっぱり王子っぽいよなー、瑠璃先輩って)


 彼女は少女漫画に出てくるような人である。誰にでも優しく、そしてきりっとした涼やかな目元とか、お伽噺に出てくる王子のようである。


「映像はどう?まだ撮ってるんだよね?」

「え、はいーーまだ、悩んでますね」


 純也は口ごもった。

 思うように制作が進んでいないことがわかったのだろう。瑠璃は小さく、そっか、とだけ言った。


「あ、先輩は、どうですか?文系部は部誌を発行すると聞いていますけど」


 瑠璃は、文芸部に所属している。あまり顔を出してはいないが、彼女が小説を書いていることを純也は知っていた。


「うーん、なかなかね。書く時間が取れなくてさ」

「ああ···先輩こそ、忙しいですもんね」


 瑠璃は、昨年父親が亡くなってしまったらしく、家庭を助けるためにバイト生活をしている。まだ小学校に通う弟や妹がいるという話も聞いているので、思うように時間を割くことができないというのが本音だろう。

 野暮なことを聞いてしまった、と純也は後悔をした。


「さて、私は戻ろうかな。純也君、よかったらこれ食べて」


 瑠璃は立ち上がり、机の上のまんじゅうを手に取ると純也に差し出した。

 最後の1つであることはわかっていたため、首を横に振る。


「え、でも」

「私はいいからさ」


 涼し気な笑みを浮かべ、瑠璃はぽんっと純也の肩を叩いた。女子ならキュンとくるところだろうか――純也は複雑な気持ちで、渡されたまんじゅうを見て、苦笑した。



(先輩の口癖だよな、あれ···)


次の話は明日の19時公開予定です('ω')ノ

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