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4章【ループの理由】

4章【ループの理由】


 純也は3人に富塚神社に引っ張られてきた。

 雪が言った「ファンタジーの塊」という意味を考えていたが、富塚神社にそんなものがあったという記憶はない。毎朝、そして下校の時にも富塚神社に一礼をしてきた純也は、彼女達以上に富塚神社のことは知っているつもりだ。

 富塚神社には、普段何もないはずだった。


「富塚姫!」


 裏門から富塚神社の境内に入ってすぐ、椿は大きな声をあげ、神社の賽銭箱の前に立っている少女を呼んだ。

 純也が彼女を見たのは、初めてだった。

 その出会いは劇的ではない。彼女は普通に、そこに立っていたのだから。


(うちの学生の生徒ではないな)


 長い黒髪を上にまとめ上げている、小学生くらいの少女だ。きつく吊り上がった瞳は、気の強さを表しているように思う。赤い着物を着ており、暗く染まっていく空の下、まして神社の中では不気味ささえ感じさせた。


「説明して頂戴、純也に記憶がないのよ。今までの記憶がないの」

「そりゃ当然なのよ。貴殿達と違い、彼は実質1巡目なのよ?」


 小学生の見た目のくせに、椿に対して尊大な物言いで返してきた。彼女は自分を見る。彼女は小さな子供なのだが、瞳だけは妖艶な光を宿しているように見えた。自分の周りにいる女子高生達よりも、大人びた雰囲気がある。


「えーと、この子が、雪が言っていた、ファンタジーの化身とか?」

「そう、富塚神社の神様よ」

「は?」


 椿の言葉を、純也はまた訊き返す。椿だけでなく、やはり夏恋や雪も否定することなく、黙ったままだった。



(神様?こんな子が?)



 純也は目の前の少女を見つめた。彼女は澄ました態度で、否定はしない。小学校低学年ほどの少女のようにしか見えない。

 純日本人であろう彼女を神様と言うなど――純也はさすがに引いていた。


「ちょっと椿、お前の中二病の設定に小学生まで巻き込んでるの?それは可哀想じゃないか」

「だから中二病じゃないって言ってるでしょっ!?」

「仲間が欲しいなら僕が付き合ってあげるよ。えーと、じゃあ僕は、この世に舞い降りた神の化身とかって設定にしよっか。ちょっと待って、声質変えるから。あー、あー」

「馬鹿なのお前っ!?大体何でワタクシだけに言うのよっ!?」


 どうせ椿の設定なのかなと思ったからだが、それを言うと余計に怒りそうなので止めておいた。

 くすくすと、少女は小さな笑みを零す。

 色香をまとう笑みに、純也は彼女が自分よりも幼い子であるということを認識しているはずなのに、どきりとしてしまった。


「純也、本当のことなのよ。私は、富塚姫。この富塚神社の神様なのよ」

「···お、意外と君も乗り気なの?」


 富塚姫と名乗る少女は、にっこりと微笑み、自分を見る。


「でもさぁ、設定が甘くない?神様っていうなら着物だけじゃなく、キツネのお面とか、語尾が「~じゃ」とかいう演出も欲しいよね」

「貴公はそういうこと言う男なのよね。本当の1巡目の時にも、貴公は私様に同じことを言ってきたのよ」

「···僕、君と会ったことがあったかな?」


 1巡目とかはわからないが、まるで会ったことがある口ぶりである。


「君がこの神社の――···」

「神様だという設定なら、富塚神社のことを知っているかって言うのよね?ええ、勿論知っているのよ。私様は500年前に、この富塚の地の豊穣を祈るために作られたのよ。その後貴公は、何で神様がこんな若い恰好しているかって訊くのよね?そりゃ先の横浜大空襲で燃えたからなのよ」


 純也は、口を閉ざした。自分が訊こうとしていたことを先読みして、彼女が言ってきたのである。純也は顔をこわばらせたが、すぐに笑みをまた浮かべる。


「そんなの神様の存在証明にならないって言うのよね?設定詰めただけだって思っているのよ。じゃあ神様の奇跡を見せてみろって貴公は思っている。残念ながら、私様には花を咲かせたり、ましてや異世界に人を転生させるなんてことはできないのよ。そんなおっきい神社の神様でもないし――貴公の最後のループで、私様の力は使っちゃったんだから」


 純也は、彼女が自分の質問を先回りしているのは、読心術か何かなのではないかと疑っていた。突然神様などと言われても、信用はできない。

 奇跡の力が、現実に起こりえるはずはないと思っているからだ。


(どうして、この子達は僕を騙そうとしているんだろう)


 富塚姫と名乗る少女や、椿、夏恋、雪は何故この世界は「ループ」していると嘘をつくのか。純也は少しずれた眼鏡をなおし、満足気に笑う富塚姫を見据えた。


「···仮に、君が神様だったとして、ループ世界ってことは始まりもあるんだよね?いつから?」

「今朝富塚神社に寄ってから、看板で頭打ったでしょ?そこが開始時点よ」


 看板で頭を打つーー確かに純也も覚えがあった。しかし奇妙なのは、彼女は側にいただろうか?誰かから話を聞いたとかだろうか。


「···どうして世界をループさせたりするの?」

「お、これは初めての質問なのよ。まぁそうよね、1巡目の時は、貴公が私様に願い事を奉納してきたのが、ループの始まりなのよ」

「僕が、願い事?」

「貴公は近代の学生にしては珍しくこの1年、毎朝7時に通っていたのよ。しかも1年間願い事なんかしなかったから、急に何を願い出すのかと思ったのよ」


 --事実に、純也は静かに愕然としていた。


 純也はこの1年、ずっと富塚神社にお参りをしてきた。委員に入った時、歴代の委員長達は富塚神社に朝のお参りをするものだと教えられたのだ。それが実行委員としての風習だったから、純也は教えられた通り、律儀に富塚神社に必ず朝寄った。


 ただし、自分は神社に二礼二拍手一礼をした後、何もお願いごとなどしてこなかった。

 教えられた通り、頭を下げて手を叩いただけだ。


 普通神社やお寺などで賽銭を投げた後、「今年も健康でいられますように」だとか「夢がかないますように」などと願うものだろう。だが純也にとって富塚神社に通うのは義務であって、望みを願う対象として見ていなかったのだ。


(何でこの子は、そんなことがわかるの)

 自分の頭の中のことを、何故少女は知っているというのか。


「僕は、何を願ったの?」


 疑心暗鬼でありながら、純也はつい訊いてしまった。彼女が神様だと少しでも疑うことが、愚かしいことだとわかりながら。


(僕が、ループを願うようなことだ。大切な人が亡くなったとか、悲惨な事件を繰り返さないようにだとか――何かあったのかもしれない)


 数多くの映画で「ループ」という題材は使われているが、主人公が危険な未来を回避するため、愛する人物を守るために、同じ時を繰り返したいと思うものは多い。自分は何があって、神社に願ったのか。



 ごくりと純也は固唾を呑み込む。



「そう、貴公はね――複数の女の子に同時に告白されたけど、誰と付き合うべきかなんてわからない。わかんないから助けてーって、願ってきたのよ」

「え」



 頭が追いつかなかった。



 自分は、映画の主人公のように悲惨な事件を阻止したかった訳でもければ、愛する人を守るために神様に「ループさせて」と言った訳でもないらしい。


 ただーー複数人から告白をされ、困って、助けてーと神に願った。


「えええぇ!?そんなお願い事でループ世界始めちゃったの!?そこはもうちょっとさあぁぁ···」

「数少ない信徒の願いだし、1年も通ってくれたからなのよ。ちなみに5回限りのループなのよ」

「ループものにしては少ないね!?何か、皆を救うためなら何千回もループを繰り返すよ的なのないの?」

「だって貴公が交際相手を選択できないってだけのループなのよ?5回もあれば十分。それに私様はおっきい神社じゃないのよ?」


 彼女を仮に神様だとして、そんな小さな願いを聞き届けられて良いものか。というか、自分はそんなことを神様に願ったのか。


「そんな願い事するなんて、優柔不断なお前らしいわよね」

「僕ってそんな優柔不断かな!?いや、僕はばしっと決断できる男だよ!?」


 富塚神社に「助けてドラ●もん」的なノリで、何を願っているのだ――1巡目の自分。


「じゃあ誰にするの~?」


 雪がまた自分の顔を覗き込むようにして顔を近づけてくる。


(え?3人と付き合ったのってそういうこと?っていうか)


 純也は、改めて3人の少女達を見た。自分がよく知っている、学校にいてよく話す彼女等ではあるが――。


「君達って、僕のこと···?」


 純也からしたら、突然好意を向けられたも同然だ。


「好きですよ?当たり前じゃないですか」

 夏恋は、あっけらかんと答えた。


「まぁ、お前以外と一緒になるのは考えられないわね」

 椿は顔を顰めてはいるが、少し恥ずかし気に目を反らす。


「勿論大好きだよ~?」

 雪は、自分の顔を覗き込むようにして――はっきりとした好意を3人から向けられ、純也は後ずさる。


(同時に告白?これが、僕がループを始めた理由?じゃあ三股って言っていたのは···)

 自分は3人から告白をされ、誰かを選ぶことができず、限定ループの中で交際をしてきたのだ――皆と。


「ちょっと待って!神様の存在とか、ループとか訳わかんないけど···何で僕だけ、記憶ないの!?」


 純也は混乱する頭を抱える。


(ループする世界って、自分だけ覚えていて、皆には記憶がないものだろ?どうして僕は、何も覚えていないんだ)


 椿、夏恋、雪にはループした記憶があるのに、自分は何も覚えていない。


「5回限定ってことは、今が5回目?皆と、じゅ、順番に付き合ったんだよね!?どうして僕の記憶だけなくて、1巡目って」

「貴公が望んだからなのよ」


 自分の言葉に被せるように、富塚姫ははっきりと言った。面白げに目を細めている。 


「純也が望んだの?」



 椿が鋭い口調で富塚姫の顔を睨み据える。


「そう、この最後のループ、貴公は私様に今までの記憶を差し出してきたのよ」

「な···それじゃループ世界の意味なく···ない?」

「貴公が望んだことなのよ」


 ループ世界なのに、自分だけに記憶がない?そんなことあるのだろうか。


(やっぱり、こんなの嘘だ。ループ世界だなんて、だって僕にはそんな記憶はない)


 富塚姫という神様の存在も、3人の少女たちが今まで自分と付き合っていたことも、証明するものは何一つとして存在しない。

 何もループを証明するものがないことや、純也が覚えていないことが、彼女達が今話したことを全て否定する材料になる。


「こ、こんなの、僕を皆でからかっているだけだろう?神様だとか、ループだとか···」

「じゅんちゃん先輩、私達が先輩を好きなことも否定するんですか?」


 純也はハッとして夏恋を見た。彼女は少し怒っているのか、眉を吊り上げている。


「突然神様とか言われて困惑するのも当然です。ですが、私達···いえ、私が先輩を好きなのは本当ですよ」


 この話しの途中、怒るのはずるい、と純也は思った。


(そんな風に言われたら···否定なんてできなくなる)


 純也は黙るしかなくなってしまう。自分への好意を否定された夏恋に、何といえば良いのかわからなくなってしまった時、雪がおもむろに自分の腕に抱き着いてきた。


「いやいやいや、突然こんな話信じろって言われて、動揺しちゃうのも私はわかるよ~?純也は頭でっかちさんなんだしさ~」

「ゆ、ゆき」

「だからさぁ、未来予想してあげる~。今日の夜って、映画館のバイトでしょ~?今日から公開の『花咲く江戸奇譚』って映画、平日なのにめっちゃ混んで大変なんだってよ~」

「え、あの人気なさそうな映画が?」

「そ。未来の純也から聞いた話~」


 純也は1年前から近隣の映画館の売店でバイトをしているのだ。委員で忙しい身ながらも、好きな映画をタダで観るということに惹かれたのがきっかけだった。


「今日は夜10時までのシフトだったのに、マネージャーに残業をお願いされたとも言っていたわね」

「あ、私も聞きました。シフトに入っていた三井君が、急病で来れなくなって大変だったとか」


 夏恋の言う通り、三井という青年バイト仲間であるが、彼の人名までもを夏恋に話した記憶はない。

「未来予想か···」


 彼女達が言った3つの出来事は、確かに未来を知らなければわからないだろう――しかも椿と夏恋が話したことは、彼女達が知りえない情報である。自分はバイトが今日は10時までだとも、三井とシフトが被っているということも、話していない。


「言ったことがバイトで起こったら、信じてよね~?」

「···ああ、わかったよ」


 ユキに念を押されるように言われ、純也はこくりと頷く。


(当たる訳ない。こんな話、本当のはずがないんだから···)


 富塚姫と名乗る少女はにたりと笑っていた。神を名乗る少女など、いるはずがないと純也は心中で吐き捨てる。


続きは今日の21時に更新予定です('ω')ノ

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