終章【終幕】
終章【終幕】
「飛び降り自殺、ねぇ」
富塚姫は窓枠に腰かけ、空を仰ぎ見ながら言った。彼女の一風変わった姿は、いつも通りである。青い空を背景に、彼女は笑みを浮かべる。
「私様的には、死という意味では1回目と、5回目と、何も変わらないと思ったのよ。だって飛び降り自殺って、結局は2人とも死んじゃうオチってことでしょう?」
富塚姫は白いカーテンを握りしめ、ある一点を見つめる。
彼女はにたりとも笑わない。どこか神妙な面持ちであり、見ようによっては不服そうにも見える。
「でも、死に挑むっていう言葉は、とても斬新なのよ。まさかのエンドだったと、私様は好評価をつけてあげるのよ」
「でしょう?」
鷺沼純也は、挑発的に笑って見せた。
自分の身体は、両足に包帯を巻かれ、身体も強く打ったせいで、今は半身すらも起こすことができない状態になっていた。
飛び降りたにも関わらず、骨折くらいで済んでいるのは、皮肉にも壊れた野外ステージのおかげだ。
壊された野外ステージは、豊穣祭の来場者が来ないように封鎖されていた。クイズ研が使うはずだった大型クッションも、そのまま野外ステージの裏手に放置されていた。
自分と瑠璃は、2人で大型クッションに向かって飛び降りたのだ。
「僕たちは2回とも、死から逃げていた。運命から逃れられると信じていただろうからね――そこを、逆転の発想をしてみたんだよ」
「面白いのよ」
富塚姫は不服そうではあるが、頷いた。
「矮小な人間のくせに、意外性があって良かったわ。それに、鷺沼純也も、月島瑠璃も、お互いに助かっているものね」
純也は、全身骨折をした身でありながら、満足であった。
純也は全身骨折で近くの病院で入院、瑠璃は自分がクッションになったことで軽傷で済み、お互いに命に別状はない――という結果を得られたのは、2人が結ばれたループ世界では初のことであった。
「どれが良かったのかはわからないね。僕が映像作品を変えたことなのか、瑠璃先輩が僕と交際しないって言ったことなのか、それとも、死を迎える2人が飛び降りたことが起点だったのか」
「貴公は飛び降り自殺が良かったと思っているのよね?顔に書いてあるのよ」
「そうだね、僕はそう自負しているよ」
死を回避できたことが、自分にとっては喜ばしかった。
自分の選択が正しかったと、証明されたようだ。
人生に、妥協などしてはならない。例え過ちであるかのように思えて、短い人生の中で、自分は後悔したくない。後悔しないためにも、悩みに悩み抜き、選択をすることが大事なのだと、純也はこの貴重な経験から学ぶことができた。
「ありがとう、富塚姫。小さな僕の悩みのために、限定ループ世界を叶えてくれて」
富塚姫は病室の窓枠に腰かけながら、意外そうな顔をした。
「君がいなきゃ、限定であってもループ世界は繰り返されなかった。僕は最後の回で記憶を失っていたけれど、僕だけが実質1巡目だったからこそ、今回の結果を起こせたんだと思っているよ」
自分が1巡目でなければ、瑠璃の気持ちに気が付き、逆転の発想を考えることはできなかっただろうと思う。やはり過去の自分が、過去のループ回の記憶を疎んだというのは、正解だったのだなと純也は考える。
「今回のは、小さな神様の気まぐれなのよ。二度もあるとは思わないことなのね」
「ああ、勿論だよ」
もう弱々しく、自信をなくすことなんてない、と純也は思う。
薄い白いカーテンの後ろに、もう彼女はいなくなっていた。富塚姫など、最初からそこにいないかのようだった。純也は退院することができたら、また毎朝同じように富塚神社にお参りしようと思った。
「純也」
とんとんと扉が叩かれ、純也は扉に目を向けた。
「はーい」
「じゅんちゃんせんぱーい!」
返事をすると、扉から4人が入ってきた。純也はベッドの上から身動きができない状態だが、苦笑する。
「ちょっと、五月蠅くすると迷惑じゃないの?」
「いいんじゃな~い?個室なんだしさぁ」
椿がきつく注意するが、間延びした口調で雪が言い放つ。夏恋は1番自分に駆け寄ってきて、包帯が巻かれた手を取る。
「じゅんちゃん先輩、大丈夫ですか?先ほど、誰かいらっしゃったようですが」
「ああ、僕はこの通り。富塚姫が来ててね」
純也は身体を動かせないが、微笑して見せる。その姿を夏恋だけは心配そうに見つめていたが、他3人は違った。
「ほんっと純也、おめぇさあ···」
「死んじゃうかと思ったわ。お前は本当に···」
「本当だよ~。生きていたから良かったけどさぁ~」
紫苑、椿、雪は、大きくため息を吐き、自分を睨みつけてきた。彼等のじっとりとした視線を浴び、純也は苦笑するしかない。
「僕が巻き込んだことだけどさ、君達はループ世界に慣れきっちゃってからさ、見せたかったんだよ」
「何をよ?」
「本気で生きるっていう、生き様を」
「···それにしては、お前の身を張りすぎだったわ」
馬鹿純也、と椿が純也の額をデコピンしてくる。痛いが、身動きができない純也は受け入れるしかない。
「じゅんちゃん先輩、豊穣祭、部分的にはなりますが、一応やり直しをすることになったんですよ」
「え、そうなの?一部っていうと···」
「ええ、ファッションショーとか演劇、クイズ研の出し物、軽音のライブは、一般授業の後に開催します。美術部や漫研の出し物などは、部室に当面の間展示されています。先輩の映像研の映像もですよ」
豊穣祭が火災で駄目になってしまい、学校側も良い配慮をしてくれたものだ。しかし映像もとなると、純也は気まずい気持ちになった。
「瑠璃先輩に告白をしたおめぇの映像も、公開されてるぜ。すっげぇ噂になってる」
「···だよねぇ」
覚悟して作った作品ではあるが、純也は退院した後に学校の皆からどういう目で見られるのだろうと、気まずい気持ちになる。王子と女生徒達にもてはやされる瑠璃先輩に告白――女生徒達はどんな目で自分に向けるのだろう。
「ちなみに、純也に触発された訳じゃないけれど、ワタクシは以前と違う作品を展示しているわ」
「え、あの絵じゃなくて?」
「あの絵は何度もループ世界で校長賞を受賞したからね。――ワタクシの絵を妥協と言った誰かさんへの反骨精神で、新しい絵を描いたわ。早く退院して、観て欲しいわね」
椿の瞳に、苛立ちが込められているのがわかった。自分の作品を妥協だなんて言われたら、椿の性格を考えれば、苛立ちもするだろう。
(椿が反骨精神で書いた絵か···)
怒りを向けられていることがわかっても、純也は彼女の絵を観てみたいと思った。彼女の美しい絵が怒りを孕んだら、どんな絵になるのか、非常に興味がそそられた。
「じゅんちゃん先輩、私も新しい漫画描いたんですよ?部室に展示してあるので、読んでくださいね」
「え、この短期間で描いたの?」
「はい。かなり荒いかもしれませんが、ぜひ先輩に読んでほしいです。いつもとちょっと違うティストにしたんですよ?失恋のお話なんです」
彼女の描く漫画は、いつも砂糖菓子のように甘ったるい物語ばかりだった。失恋の話というと、実体験を元にしたのかもしれないが――彼女の描く違う作品があるのなら、どんな物語になったのか、知りたくなった。
「純也ぁ、私もねぇ~新しい歌詞作ったから、今度の放課後に発表するんだぁ。皆で行った水族館のことを詩にしてみたんだよ~」
「この前の?良いなぁ、僕も聞きたい」
「録音しておいてあげるねぇ~。私も純也に聞いてほしいなぁ~」
彼女は明るく言うが、歌詞を新たに作り直し、発表することも労力がいることだ。新しく音楽を作り、合わせなくてはならないのだから。
彼女達3人は元々、素晴らしい作品を作る創作者だ。ループ世界を経験する中で「妥協」を知ってしまっただけで、純也の少しの言葉だけで、創作する意欲が湧いてきたのだろう。純也も、瑠璃から言われた言葉で新しい作品を作ろうと思ったように、きっかけさえあれば創作者は新しい作品を作ることができる。
(僕の力ではなく、彼女達が持っていた元々の力なんだろうな――)
彼女達は不屈の精神で、新しい物語を紡ぐことができる。
卑下している訳ではないが、彼女達に自分は不要だと思う。元々彼女達は強く、単に自分達の作品が好きなのだ。
「いいなぁ、何か俺も夢中になるものが欲しくなるぜ」
「紫苑も何かやってみたら?演劇とか、うちの学校盛んだよ」
「俺が演劇?まさか···」
夏恋が、意外と向いているかもしれませんよと軽口で言う。純也も笑いながら、意外に合っているかもしれないと思った時――視線を感じた。
「あ」
扉から瞳を覗かせる少女と目が合った時、純也は仕方なく肩を竦める。彼女は慌てた風に、ひょっこりと顔を覗かせる。
「こ、こんにちは。純也君――皆」
ぴたりと、4人の会話が止まった。
瑠璃は控えめに笑みを浮かべながらも、4人の会話が止まったことで、部屋の中に入ってこようとしなかった。
「瑠璃先輩、どうぞ入ってきてください」
「わ、私はいいよ。純也君の顔見に来ただけだし···皆で盛り上がってるんでしょう?」
出た。
と――仕方なくも思った。彼女の悪い口癖である。純也の身体が健康であれば、無理矢理に部屋の中に引っ張っていたことだろう。
「瑠璃先輩、いいからどうぞ――」
「瑠璃先輩」
純也の言葉の上に重ねるように、夏恋が軽やかに瑠璃に近づき、彼女の手を引っ張った。
「先輩の小説、読みましたよ!とっても面白かったです~公爵令嬢のお話が特に!」
「え、よ、読んでくれたの?というか、私の名前で載せてないよ?」
「文芸部の人に訊いたら教えてくれましたよ。可愛いお話でした!漫画にしたいなぁって私は個人的に思いました」
「え、えぇ···秘密にしてほしいって言ったのにぃ···」
瑠璃は顔を赤らめる。王子と呼ばれている姿が、崩れていると純也は思った。
(可愛い)
純也は彼女の姿を見て、思った。口に出せば惚気と言われるだろうから、彼女等の前では口にできない。
「しかもすごい文量でしたね。まだ全てを読み切っていないですが、量に関しては、感服しました」
「つ、椿ちゃんも読んだの!?」
「私も読みましたよ~。私、本とか苦手だけどぉ、ライトノベルみたいでテンポよくて読みやすかったです~!っていうか、あのキスシーンって願望入ってたりするんですか~?」
「そ、そ、そんなことはないよ···!?あれはお話しの都合上っていうか···!」
瑠璃がわたわたとする様を見て、純也の瑠璃への愛しさが深まっていく。いつものように凛とした姿も好きだが、あだ名である「王子」の仮面が外れた姿の方が、魅力的である。
「···本当、瑠璃先輩も生きていて良かったですよ」
雪がぽつりと言った。え、と瑠璃が目を丸める。
「ワタクシ達は、2度も2人が死んでしまうのを見ていますからね。純也だけでなく、先輩が死んでしまうのも、嫌でしたから」
椿が瑠璃の腕を掴み、少し顔を俯かせる。高慢そうな椿のしおらしい顔は、本音を口にしているからこそだろう。
「今まで失礼な態度を取って、ごめんなさい」
夏恋は頭を下げる。瑠璃は驚きながら、首を横に振った。
「大丈夫。私は、気にしていないから」
瑠璃は、彼女等の態度を本当に気にしていないのだろう。きっと瑠璃のことだから、とにかく自分が身を引くことに注視していたに違いない。夏恋はホッとしたようだった。
「ちなみにワタクシ達、純也を諦めている訳じゃないですからね」
椿が不敵な笑みを浮かべ、動かない自分の手を取る。にやりと笑う彼女の笑みは誇らしくもあり、瑠璃に対して好戦的である。
「え?」
純也と瑠璃は、訊き返す。2人の重なった声に、雪もまたにやりと笑い、椿とは反対側の純也の手を取った。
「そうそ~。ループ世界は終わっただけで、まだ2人は結婚した訳じゃないしね~」
「え?そ、それはそうだけど」
瑠璃はおろおろとする中、夏恋もまた悪戯っぽく笑う。
「人生を妥協するなと言うのなら、私達だって妥協したくありませんからね」
純也は失笑した。
(そうきたか)
自分が言ったことだからこそ、純也は彼女達の選択を止めることはできない。
確かに自分と瑠璃は、結婚をした訳ではない。まだ彼女達は機会を狙うぞ、と言わんばかりの顔で、瑠璃を煽る。
瑠璃は、「私はいいよ」と言うだろうなと思った。
先ほどだって部屋に入るのを躊躇していたくらいだ。「私はいち抜けするから、3人で頑張って」と言われたらどうしようと、純也は内心はらはらした。
(その時は、僕は瑠璃先輩が好きだと言うしかないよね――)
「――それなら、私も、受けてたつよ」
純也の想定していた答えを、瑠璃は口にしなかった。
瑠璃の瞳は、迷いも含んでいた。戸惑いもある顔つきではあったが、柳眉を吊り上げ、果敢に純也のことを見据える。
(え)
純也は驚いた。まさか彼女が、迷いながらではあるが、本音を口にしてくれると思わなかった。
「私も、もう純也君を諦めるのは、止めたんだからね」
純也は彼女の言葉に、嬉しくなった。
ループ世界が終わった世界では、もう決まった行動を皆がする訳ではない。常に新しい言葉や行動が繰り返され、人生を動かしていく。
自分を取り巻く仲間たちと、予想外のことを、楽しんでいくしかないのだ。
大団円で終わりました(#^^#)
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