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2章【ループの開始】

純也君は気が付いていませんが、ループの開始です。

2章【ループの開始】


「いっ···」


 純也は頭をおさえ、自分を押し倒してきた木の板を押し返した。薄い木の板はそんなに重くなく、純也でなくても、女子1人くらいで簡単に押し返すことができるだろう。


「ちょ、委員長。うける。大丈夫かー?」

「いや、面白くないよ。痛いし···」


 頭にぶつかってきたので、正直痛い。頭をおさえ、ずれたメガネを直す。男子が軽く笑い、看板を手に取り、また壁側にたてかける。


「あれ?王子じゃん、どうしたの?」


 純也は遠く離れたところで、女子がそう言ったのを聞き逃さなかった。


「ご、ごめ···ちょっと」

「え、王子ー?」


 王子、だなんてあだ名で呼ばれる人物を、純也は彼女1人しか知らない。目を向ければ、彼女と思わしき女子が自分とは逆方向に走っていくのが見えた。


(瑠璃先輩···?)


 自分を呼んだのは、彼女だろうか。純也は怪訝に思いながらも、時間が差し迫っていることで、委員部屋に足早に向かった。

 がらりと2年3組の部屋を開ける。本来なら純也のクラスではあるが、豊穣祭中は委員部屋として使わせてもらっているのだ。すでに純也よりも前に、委員の1年の女子が教室の机を口の字に移動してくれていた。おはようございまーすと女子が挨拶をしてきてくれたが、純也は女生徒達の中に、彼女がいないことを意外に思った。


「あれ、夏恋は?」

「さっきまでいたんですけど、何か出ていっちゃいましたね」

「ふぅん」


 純也は下級生の名前を口にした。1年前から委員を発足してきた訳だが、彼女は豊穣祭委員の会議の日には必ず自分よりも先に来ていた。個人的に親しいこともあり、1年のどこかきゃぴきゃぴした女子達の中では居づらいこともあり···純也は早く彼女が来てくれないか淡く願った。


「今日の部長会議のレジュメある?」


 純也は1年の女子に話しかけ、会議開始前の30分前にレジュメに目を通す。レジュメに目を通していると、次々と各部の部長達がやってきて、席に腰掛ける。

 純也のよく知る面々が揃い出してきた。


「じゅんちゃん先輩!」


 純也は、あまりの大声にびくりとした。驚いて目を向けると、菅井夏恋が、扉の前で立ち、自分を見つめていた。


「なに?夏恋」


 大声に驚いた自分を取り繕うように、純也は失笑して彼女を見た。

 なつこい、という漢字を書いて、彼女の名前は「かれん」と読む。変わった名前であることが委員で話題になり、女子だけでなく男子も彼女の名前を下で呼んでいる。

 彼女は、枯葉色のセミロングの少女であった。髪色といい、くりくりとした瞳といい、まるでシマリスのようだと純也は個人的に思う。決して美人というタイプでもなければ、決して皆から可愛いと言われるタイプではない。だが、純也からしたら彼女はどこか親しみやすく、愛嬌のあるタイプだと思う。


「じゅんちゃん先輩···」

「え、何?何かあった?」


 彼女はくりくりとした瞳で自分をじっと見つめていた。少し目が潤んでいるように見えて、純也は当惑した。朝から何だろう?


「げ、元気ですか···?」

「え?何、それ。超元気だよ?」


 純也は夏恋が何を言いたいのかわからず、訊かれたことに正直に答えた。


「え、何何ー?夏恋、どうしちゃったの?」

「い、いえ。何でもありません···」


 1年の和久井という名前の少女に、夏恋は教室の中に引っ張られた。周囲の者も彼女のことを訝しげに見ていた。彼女が変に見えたのは自分だけではないようだ。夏恋は戸惑いながら、委員長席である自分の隣に腰掛ける。


「先輩。放課後、お時間もらえますでしょうか」

「うん?まぁ···いいよ」


(何だ?何か、漫研で困り事かな)


 夏恋は委員の仕事をしながらも、漫画研究部に所属している。というか、漫研には2、3年が所属していないため、彼女が名実ともに漫研の部長だったりする。これから準備期間は委員の仕事と並行して部の仕事もすることになり、さぞ忙しいことだろう。準備期間を前に不安を覚えて、先程目が潤んでいたのだろうかとも疑う。

 純也は夏恋の様子が気になりながらも、部長が全員揃ったことを確認する。


「···それでは、部長会議を始めましょう。皆、この後催し物の準備もあることから、手早く済ませましょう」


 純也はレジュメを見ながら、議題を話し始める。

 まず準備期間中に注意事項についての説明、外部の保健所、警察や消防署などが来るスケジュールの確認を話した。文化祭というものは、意外と学校が企画・運営すればそれで終わりということはない。料理部がカレーやクッキーを販売するため、保健所の確認が必要になるし、柏崎高校の場合、神輿が国道に出るため、警察の許可が必要になる。また、演劇部の劇では観客の客席を自作する関係で消防署がわざわざ確認に来るのだ。


「また、騒音は近隣の皆様のご迷惑にもなります。去年も、準備期間中のトンカチの音がうるさかったというクレームがありましたので、注意して下さい」


 国道沿いにある高校ではあるが、後ろは住宅街だ。国道の方がうるさいだろうとは思うのだが、文化祭中にはクレームが高校の方に入りやすいのも事実だ。

 語調を強めて純也が言うと、はい、と挙手をする者がいた。


(···嫌だなぁ)


 このタイミングで手を挙げる彼女に、純也は眉を釣り上げた。よく顔を知る彼女だし、このクレームの話の流れで手を挙げてくるのも、嫌な予感しかしない。


「委員長」


 躊躇していると、彼女はにっこりと笑みを浮かべ、自分を見据えた。


「···はい、池谷つばきさん」


 池谷椿は、長い黒髪の少女である。

 まるで赤い花を連想するうように、とても派手で、華やかな美人だと思う。しかし刻み込まれた眉間のシワから見るに、彼女が厳しい性格であることは、明らかである。純也も、彼女がいかに自他共に厳しい人であるかをよく知っている。


「騒音と言えば、今朝も我が美術部の展示室の隣が五月蠅かったわ。朝6時半から、ギターの音よ?トンカチの音が五月蝿いだなんて言う方が近隣の住民にいるなら、軽音の音こそ五月蝿いのでは?」


 彼女の一言によって、周囲の者は美術部部長の椿から、軽音部部長に向けられることになる。ちょうど彼女の向かい側に、軽音部の部長が腰掛けていた。


(朝っぱらから、よく喧嘩売るよなぁ···)


 椿の性格を思えば、朝からギターの音がうるさくて、誰かに言いたくて仕方がなかったのだろう。個人的には、演劇部や軽音など、音を大きくしなければならない部は、五月蝿いと言われても仕方がない部分はあると思う。せっかくの準備期間に入り、豊穣祭当日に向けて軽音部も練習をしたいのだろう。


「ちょっとぉ〜、いつも難癖つけないでくれるかなぁ〜?美術部部長さん」


 軽音部部長、天花寺雪はいつもの間延びした口調で言い放った。

 彼女は、かなり短いショートカットの少女だ。毛先が微妙に跳ねてしまっているのは、彼女の髪質のせいだろう。彼女の顔の印象から、どこか体育会系の女子に似た快活さを感じる。美人ではないが、親近感を持たせる明るさが、彼女に特有の愛嬌を与えている。実際純也もクラスメイトである彼女は話しかけやすいと思っている。


「私はさ〜、朝から頑張ってギターを弾いている子を賞賛してほしいな〜。近隣の皆様からクレームが入っている訳じゃないんだしさ〜」

「クレームが入ってからじゃ遅いから、ワタクシは言っているのよ?」

「純也はどう思う〜?池谷ちゃんの意見」

「委員長、でしょっ?」


 とげとげとした椿の口調に純也が失笑していると、話のボールがこちらに飛んできていた。


「軽音部は、なるべく音を出さないように努めるーーのも難しいでしょうから、なるべく地下で練習することを心がけてください。あと、美術部は、あまり目くじらをたてないように」


 純也は、どちらに片方に味方することもできないとは思いつつも、最低限そんなことしか言えなかった。軽音部はいつも邪険にされがちであるが、純也は嫌いにはなれないし、邪険には決してしたくなかった。


 ーーが、明らかに椿が睨んできているのがわかった。


(あー、椿怒ってるなー)


 美術部の椿からしたら、軽音部の音を五月蝿いと感じるのもわからなくない。彼女の展示している油絵はすでに完成しているはずだが、展示室にどう飾るかを考えあぐねている中、朝早くギターの音がしたらムカつくだろう。


「それでは、会議を終了します。また3日後に会議がありますから、各部の部長は必ず出席して下さい」


 純也は本当になるべく早く会議を終わらせた。準備期間1日目ということもあり、皆早めに催し物の制作をしたいだろうと思ったからだ。会議が終わると、純也の予想通り彼女は足早に自分に歩み寄ってきた。


「純也、お前」

「···椿」


 純也は苦笑しつつ彼女が睨んでくるのを受け入れた。


「後で放課後、話があるわ。一緒に帰るわよ」

「え、椿、ちょっと···」

「最後のことで、話がしたいわ」


(最後のこと?)


 何を言われるかと思えばーー最後とは何のことだ?


 純也は幼馴染の彼女がすたすたと歩いていく背中を見届けた。

 家が隣同士で、父親同士も中学生の同級生からの付き合いであるということから、自分たちは昔からの付き合いだ。同じ高校に進学してからも、時間が合えば2人で通学をすること珍しくはない。


(···もしかして帰りながらぐちぐち言われるのかな)


 さもありなんという感じではある。覚悟をしなくてはならないだろう。


「純也ぁ、さっきはありがと〜」


 椿が去った反対方向から、声をかけられた。雪である。振り返ると恐ろしく近くで話しかけてきていたので、驚く。 


「ああ、別に大丈夫だよ。軽音部はよく標的になるよねぇ」

「そうなんだよね〜。純也は理解あるから助かる〜」


 気さくに話しかけてくれる雪には、少し純也はホッとさせられる。美人だがトゲのある椿と、誰とでも変わらず接する雪は、対照的な存在だ。


「あとさぁ、純也ぁ、後で放課後ちょっとばかし、いーい?この間の最後のことで話があるんだよね」

「え?ま、まぁ」


(この間の最後?)


 さっきの椿との軽い口論のことだろうか?

 先程夏恋も椿も同じことを言っていたが、なぜ皆して放課後を指してくるのだろうか。雪は緩やかに笑うと、ぱたぱたと部屋から出ていく。


「じゅんちゃん先輩、裁縫部の方がご相談ですって」

「ああ、さっきの」


 夏恋が自分の腕をちょんちょんと突いてくるため、純也は顔を向ける。先程廊下で話しかけてきた裁縫部の部長であった。彼女は自分に企画書を渡してくる。


「委員長、ファッションショーの企画書だけど渡しておくね。もう服は作ってあるからさ、後はモデルの子たちに服を着てもらって、リハを何度かやろうと思うんだけど」

「ファッションショーはクイズ研と合同の野外ステージの使用でしたね」


 企画書に目を通しながら、純也はちらりと外に目を向けた。校庭にはすでに、野外ステージが立てられていた。裁縫部がファッションショーをやるのは毎年の行事であり、大掛かりな野外ステージを演劇部や有志と合同で制作するのだ。今年はクイズ研も制作に関わり、野外ステージに裏手に大きなクッションが用意されていたりする。(○×ゲームをした後、泥の中に突っ込むか、それともクッションに飛び込むか、昔のテレビ番組のようなことをするらしい)無論この野外ステージも消防署のチェックが必要になる。


「楽しみですね。絶対僕も見に行きますよ、ファッションショー」


 純也は中学時代に豊穣祭を見に来て、ここの学校に入ろうと思ったのだ。文化に富んだ学生たちが、我こそはとばかりに多種多様な作品を発表し合うのだ。

 実に魅力的で、刺激的であると思うがーー純也は、ふと企画書を読んでいる中で目を止めた。


「え?ドレスの中に金魚いれてるんですか?いやーーこれ夏休みの時点で校長がやめろって言ってたじゃないですか」


 ファッションショーの衣装自体は、夏休みの時点ですでに委員や学校側の確認を通っている。彼女達のデザインした衣装は奇抜で、ドレスのスカート部分に水を入れて金魚を入れていたり、などといったものがあったが、校長が却下している。金魚を入れているデザインは、校長曰く「生き物が可哀想」という理由からだ。


「···ちっ、気づいちゃったかぁ」

「いや、普通に入れないで下さいよ。だめですからね」

「いいじゃん少しくらい。委員長気づかなかったていで。金魚買っちゃったもん」

「何やってるんですか。だめですって」


 油断も隙もないーー文化に富んだ個性的な生徒が多いから、実行委員の純也は正直大変である。


この続きは、本日の21時予定です('ω')ノ

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