26章【選択】
26章【選択】
富塚姫は、朝7時きっかりに訪れた青年を見て、にたりと笑った。
(今日も、いつも通りなのね)
毎日毎日かかさずに自身の神社にお参りに来る青年を、今日に限っては賽銭箱の前で待ち受けていた。5回全て、富塚姫は同じようにしていた。
今までのループ、豊穣祭の当日、彼は絶対に少女たちの誰かを選んできた。
(今回は、誰なのかしら)
「鷺沼純也」
朝の清々しい雰囲気とはかけ離れて、彼の顔は疲れ切っていた。
目の下にくまを作り、いかにも徹夜明けといった風である。しかし張り詰めた彼の真剣な表情に、富塚姫は意外に思った。
『4人の女の子に告白されてしまいました。誰を選んでも傷つくだろうしーー神様、僕は、どうしたら良いのでしょう』
ーー思えば、1番最初に賽銭箱の前で懇願してきた青年の顔とは、違う。
(あの時のように情けない顔はしていないのよ)
なよなよとした、いかにも今どきの若者らしい彼の昔の顔を、懐かしく思う。
「富塚姫、今日は境内にいるんだな」
「当然なのよ。今日が最後だから」
富塚姫はうきうきと声を弾ませ、純也の顔を覗き込んだ。
「で、誰にするのよ?いつも貴殿は、この日には誰を選択するか決めていたのよ。今回も決まっているのよね?」
「うん、選んだっていうかーーまぁ決まっているよ」
ん?と富塚姫は奇妙に思った。どうも歯切れが悪い。
(いつもと違う返答なのね。何なのかしら)
「じゃあ、誰なのよ?」
富塚姫は彼に詰め寄る。
(幼馴染なの?後輩なの?クラスメイトなの?それとも、やっぱり先輩?)
瑠璃を選んだとしたら死からは逃れられない。決まりきった運命のループを見てきた富塚姫は、楽しんでいた。
(矮小な人間の選択など、決まりきったものだけれど)
神である富塚姫は、今まで多くの人間たちを観察してきた。今回はある男子高校生の珍しい頼み事を、たまたま聞いてやっただけだ。
純也は校舎を見てから、富塚姫の手を引っ張った。
「ん?」
「視聴覚室来てくれる?皆呼んでるんだよ」
「しちょーかくしつ?」
富塚姫は聞き慣れない単語を繰り返す。
何をする所なのだろう?富塚姫は疑問に思いながらも、初めての誘いに、乗ることにした。
初めて純也から手を引かれ、初めて富塚姫は純也と共に校舎に歩いていった。
次の話は、本日の21時更新予定です




