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23章【とどめ】

23章【とどめ】


 目覚めた時、純也は窓から見える風景に愕然とするしかなかった。


 自分は保健室のベッドの上に横たわっていた。こめかみに湿布が貼られ、半身を起き上がらせると、ステージから落ちた衝撃なのか、身体が痛む。


(そんな···)


 ベッドからでも、校庭が見えた。さめざめと降っている雨は、先ほどよりも大分弱まっている。このまま雨脚は遠のくに違いない。


 だが、野外ステージは跡形もなかった。土嚢がステージの床の上に乗っているが、床も大分剥がれ飛んでしまっている。クイズ研が使う予定だった大型のクッションは残っているが、大分水分を含んでしまっているようだ。設営した飲食用のテントの姿も、1つも残っていない。


『自分なら変えられると思っているんだよね?でも、逆だよ。純也、変えられないの。運命は変えられない』


 雪が言っていた言葉を思い出す。自分を思いやって言ってくれたのだろうが、純也にとっては残酷な言葉でしかなかった。


(運命は···変えられない?)


『無駄よ。あれは、壊れるわ』


 椿の言う通りだった。あんな状態では、野外ステージは使えない。夏恋が用意していたが、体育館を使うことになるだろう


『おめぇは、記憶を失っても同じことをするのな』


 紫苑が諦念に満ちた表情で、言っていた。あんな紫苑の顔を見たのは初めてで、純也は自分の両手で自身の頭を抱える。



(僕には、どうして記憶がないんだ)



 純也は自分の頭の中に、今までのループの記憶がないことを呪った。

 記憶を差し出すことで、もう一度ループを再開できるというのは良い。そのためだけに、自分は記憶を差し出し、死を回避したというのだろうか。


『貴公は、”何も知らないで”安心安全な選択しかしないようにしたんじゃない?何も知らなければ、自責の念に囚われることもないのよ』


 富塚姫は、言っていた。


(自責の念···間違ってるな)


 ループの記憶がなかったとしても、純也は自分を責めていた。今までの記憶があれば、野外ステージは守れたのではないか。もっと他にできたことがあるのではないか。

 それとも、記憶があったら、そもそも野外ステージを守ろうなんて諦めてしまったのだろうか。


(本当に、どうして僕は···)


 深い絶望は、心を蝕んでいく。真実を知って抗ってみたけれど、決まった運命は絶対的であると、純也は思い知らされているようだ。


「あのさ」


 ベッドを区切るカーテンが、揺れた。控えめな声音に反応し、純也は顔をあげる。声の主には気が付いていたが、もう純也には驚く気力すらなかった。


「純也君、大丈夫かい?」


 瑠璃だった。彼女の爽やかな笑みは、純也の身体を気遣うというよりか、なるべく平静を装うとしているのがわかった。苛立っている純也の気に触れないようにしている。


「瑠璃先輩···」

「この前は逃げて悪かったね。君には今までの記憶がないと聞いていたから、なるべく接しないようにしていたんだよ」


 きりっとした顔をみると、やはり彼女は恰好良いと思う。

 純也は改めて、彼女と自分が付き合っていただなんて信じられない。確かに話は合うし、彼女に好意を寄せていないと言えば、嘘になるとも思う。

 交際とは、当然のことながら、双方の合意があって成立するものだ。だとすれば、瑠璃も自分に好意を抱いてくれていた――のだろう。


(僕と先輩は2回とも一緒に死んだ。ということは、2回も付き合ったってことだ)


 2回も交際に至るということは、瑠璃も自分に恋心を―――。


「私はね、もう死にたくないから、君と接しないように心がけていたんだよ」


 --純也は、静かに息を呑んだ。


 彼女の爽やかな笑みの意味を、ようやく自分は理解した。自分に近づこうとしていなかった彼女が、ここに現れた理由。


(···とどめをさしに来たんだ、先輩は···皆が僕を止めるように···)


 純也は拳を握りしめた。聞きたくもないという自分と、瑠璃が何を話すのかを気になっている自分が、せめぎあう。瑠璃の爽やかな笑みの意味を、もっと理解したいとも思った。


「私達は、君と違って5回もループの記憶がある。特に、私の場合は死んじゃう記憶まで持ってるからさ。正直、怖かった」

「···すみません」

「君が謝ることじゃない。私も、君と結ばれることを選択した。自分が選択した過ちだから、君を責めたりしないよ」


 過ち、と自分達の交際を言われたことに、純也は静かに傷ついた。瑠璃は潔く2回の交際を受け止め、そう言ったのだろう。

 瑠璃は、真摯な人だ。王子というあだ名があるのも、彼女の恰好良い見た目と真面目な性格故だろう。


「···先輩と、僕は、どうして付き合ったんですか」


 純也は訊いた。彼女しか知らないであろう事実を、知りたかった。


「瑠璃先輩ほどの人が、僕と付き合っただなんて、正直信じられません」

「···恥ずかしい話だけれど、私が君に告白をしたんだ」

「え」


 彼女は綺麗な顔を歪ませることなく、困ったように眉を下げる。


「他の子達と一緒にね。その結果君を困らせて、ループ世界が始まってしまったわけだよ」


 純也は思い出す。富塚姫は、自分は複数の女子から告白を受けたと言っていた。3人とは限定していないのだ――。


(最初は、僕は4人から告白を受けて···)


 4人の中から誰かを選ぶことができず、順番に付き合うだなんてことをしたのだ。


「僕なんか、皆から好かれるようなことしていないのに···」

「それは違うよ。いつだって、君という人は、君の才能に気が付いていない」


 瑠璃は力強い語調で言った。


「君は、作ることが好きな人間を、鼓舞する言葉を無意識に言ってくれるんだ。自身の作品を肯定してくれるのって、自分自身を肯定されていることよりも、もっと嬉しいよね?自身が必死に作ったものを受け止めてくれることは、何よりも嬉しいことなんだ」


 この柏崎高校には、文化を富む方針がある。だから豊穣祭のように自身の作品を発表する場があるのだが、瑠璃が言っていることは、純也にも強く共感することができた。


「君は、私の作品を肯定してくれた。こんな私の作品でも···だから、交際を申し込んだんだよ」


 思えば、椿も、夏恋も、雪も、自分が好きだという理由を、自身のことを肯定されたからだと言っていた。

 自分が無意識に行っていたことというよりも、純也は自分だったら言われたい言葉を、紡いでいただけに過ぎない。


「君は、私の小説を読んでくれた。本当に、ありがとう。君から肯定されると嬉しくて、ループする世界でも、私はずっと小説を書き続けてしまったよ」


 ふと、純也は気が付いたことがあった。そういえば、文芸部から渡された部誌を読めていない。彼女が書いた作品を、まだ自分は読めていない。口を開こうとした時よりも先に、瑠璃は言い放った。


「でも――うまく言えなくて、ごめん。私は、もう君と交際する未来を選ばない」


 重々しい彼女の言葉が、自身の心を押しつぶした。優しい瑠璃が、自分を否定する未来など誰が予想できただろう。記憶がない純也だから、信じられないのだろうか。

 これまでの記憶がない純也だから、彼女に否定されると、ショックになるのだろうか。


「もう死ぬのは御免だからね」


 --彼女が言っているのは、普通のことだ。1度ならまだしも、2度も自分達は共に死んだのだ。しかも彼女は死を体験していて、記憶がある。


「君は実質1巡目だからわからないだろうけど、私達は皆疲れてる。ようやくこれが最後なんだから、誰も間違いは起こしたくない。誰もが君に、死んでほしくない」


 自分以外の、ループを繰り返している皆――純也は3人の少女と、紫苑を思い出した。彼等は必死に、自分が道を外さないように、常に気を遣っている。


(間違いを起こしたくない···?)


 違和感がある言葉だった。純也が1つの疑念を持ったことなど瑠璃は気づかず、話を続ける。


「他の子達と君が付き合うのも見てきたけど、君は私以外と付き合った時、とても幸せそうだったよ。椿ちゃんは君のことをよく知っている、しっかりした子だ。夏恋ちゃんはほんわかしてて、本当に可愛い。雪ちゃんは一緒にいると、とっても楽しい子だ。誰を選んでも、君は必ず幸せになれるよ」


 瑠璃の口から、彼女達の評価を聞きたくなかった。自身の心が傷ついていることが、今の純也にとっては知りたくなかった事実に、嫌でも気づかされてしまう。


(そうか、僕は···)


 魅力的な彼女達を勧められ、傷ついてしまう意味。

 拒絶されているにも関わらず、純也は彼女に心惹かれているのだ。

 自分よりも、はっきりと現実を認識している彼女のことを、想ってしまっているのだ。


(僕は、瑠璃先輩に惹かれてしまっている。まさか、もう間違いが起こらないように、記憶を差し出したのか···?)


 間違い、という彼女の言葉が引っかかる。

 何も覚えていない純也だが、今までの彼等の言動に、ある感情を抱きざる得ない――まさか、と純也は自身の思考を否定する。



「君は優しいから、私のことを気にしてしまうだろうね。でも、大丈夫。私は、君とはもう関わりたくない」



 彼女の拒絶の言葉は、純也の心に深い傷を負わせた。


次の話は、来週土曜日の19時更新予定です('ω')ノ

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