序章【刺殺されたエンド】
「青春」をテーマにした、ちょっぴりシリアスなハーレム系ラブコメです。
既に話は全て書き終わっているので、安心してお読み下さい。
基本的に話はお休み、土日の19時、21時に公開予定です。
序章【刺殺されたエンド】
こんな物語の終わり、誰が望んでいたというのだろう。
物語というものは、読み手にどういう終わり方になるのだろうとハラハラとさせたら成功だと自分は思う。それは小説であっても、映画であっても、漫画であっても同様である。物語の序盤から最後にかけて、読者の心を掴ませ、『こんな終わりをしたら嫌だな』と想像させた後にページを捲らせることができれば、作者の勝ちなのである。
そしてこの物語は、自分にとっては最悪最低の終わりを迎えた。
「――いやああぁぁぁ!!」
甲高い少女の叫び声が、学校中に響き渡る。1人の少女が叫んだことにより、連鎖的に廊下にいた大勢の少年少女達が悲鳴をあげていた。皆が戦々恐々と身体を強張らせ、床に倒れた2人を見つめる。
2人は、重なり合うように倒れていた。青年が少女の体を庇うように抱きしめている。
2人の共通点は、血を流しているということだ。少女は胸から、青年は首と腹から、明らかに致命傷であることがわかる。2人の血は無残に廊下に飛び散っていた。
「くへへ···」
倒れた2人の前には、料理包丁を持った中年の男が立っていた。2人を刺したのは、間違いなく男である。無精髭を生やした男は、歪な笑みを零す。
自分が2人に死を与えられたことに、満足するように――。
「···てめぇっ!」
灰色の髪の青年が、武器を持った男に躊躇をせずに体当たりした。
「ぐっ!!」
男は殺人の余韻に浸っていたせいで、呆気なく包丁を床に落とす。2人の死体の前に膝をついていた少女は、血が付着した包丁を目の前で落とされ、ヒッと息を呑み、叫んだ。
「―――じゅんちゃん先輩!先輩っ!先輩ぃぃ!!」
枯葉色の髪の少女は、床に倒れた青年に縋りつく。思い出したかのように少女の瞳からは涙が溢れ出した。
「ふざけんなっ!てめぇ···ふざけんなよっ!」
男に体当たりをした青年は、無精ひげの男の胸倉を掴み、窓側の壁に男の身体を叩きつけた。不良然とした青年に睨まれ、男はたじろいだ。
「てめ、何したかわかってんのかよっ!おいっ、純也!てめぇ――起きろよっ!!」
青年は低い声音で大きく吠える。彼の声音には必死さと涙が含まれているように思う。
純也と呼ばれた青年は、起きることができなかった。
(······おいおい、嘘だろ···)
鷺沼純也は、心中で諦念まじりに、今の状況を否定する。
刺された首と胸が、焼けるような痛みを発していた。焼けつくような痛みが段々と増していく。自分の血液の温かさだろうか?刺されたことはわかっていたが、血を流す痛みというものが焼けるように熱いのだと痛感する。
(こんな、最後···嘘だろ···)
現実を否定しても、腕の中にいる少女が目を開けることはない。彼女の長い黒髪が、床に広がる。自分よりも先に刺された彼女の方が、自分よりも出血量が多いように思う。
「きゅ、救急車···救急車を呼んでっ!だれかぁっ!」
自分の側にいた、少女が叫ぶ。誰かに助けを求めているのだろう。騒然とする廊下の中で、ばたばたと遠くから駆けてくる足音が聞こえる。
「純也――こんな終わり、ワタクシは認めないわっ!こんな···最後なのにっ!」
と、自分の側にいる黒い髪の少女が叫ぶ。相変わらずの命令口調だ。
「し、死なないでよ···っ!これが···これが最後なんだよっ!?」
と、自分の側にいる金髪の少女が自分に請うようにさけぶ。いつもの柔らかい口調が、強張っている。騒然とする中、3人の少女達が自分を囲い、皆が憔悴の表情を浮かべていた。
(ああ···こんな終わり、誰が望んでいたっていうんだよ···)
誰も望んでいない終わりである。
これが正真正銘の、最後なのに。
(退廃的な日本映画なら、ありえるエンドだね···。我が身に降りかかると、最悪だけれど···)
映画好きな自分は、心中で皮肉に微笑する。
色んな国々の映画を観てきたが、主人公が死んでしまうエンドなど星の数ほどある。ある時は劇的に、またある時は運命的に、主人公は死ぬ。主人公の死は観客の気持ちを高ぶらせる演出方法の1つであると思うが、純也はまさに今、そんなエンドを否定したくなる。
自分と彼女の人生のエンドが、学校に来た不審者に刺殺されたなど、あってはならない。
『物語の主人公を気取らないでよ。残念ながら貴公は、主人公じゃないのよ』
純也の心中に、突如として他者が介入してきた。
聞きなれた声である。自分の世界に、彼女が現れた。
今までそこにいなかったはずなのに、自分の顔を覗き込むようにして彼女は存在している。おおよそ高校生とは思えない、小さな体躯の少女は、不敵に笑う。
『貴公は、単なる童。今回で、ループ世界も終了なのよ?』
少女は冷たく、自分に告げる。
彼女の存在は、自分にしか見えていないようだった。自分の周りは、変わらずに騒然としている。死なないでと縋る少女達や友人を無視して、小さな少女だけが自分の姿を冷然と見下ろしている。
自分の死など、興味がないのだろう。
(······もう1度だけ、頼めないか···)
純也は重たくなる瞼を、必死に開けていた。気を抜くと、目を閉じてしまいそうだ。幾晩も徹夜を続けた時のように、まぶたがずっしりと重い。
『私様にそんな力はないのよ。私様が約束した繰り返しは、これで終わり』
無情に彼女は言った。そう、約束通りではあるが―――。
(···何とか···)
こんな終わりを、自分は受け入れられない。もしも身体が動くのであれば、土下座だってしただろう。土下座程度で済むのなら、安いものだ。
彼女は、呆れるように肩を竦めた。
『じゃあ、何を差し出すのよ?今までのはボランティアだったのだから、今回は有償なのよ?』
何かを差し出す。金銭などを差し出したところで、彼女にとっては何の意味もない。何だったら自分が差し出せるのか。
--自分は、消えていく意識の中でぼんやりと考え、あることを思いついた。
そうだ、これだったら、自分にとっては好都合だ。
(···こんな、もの···僕が持っていても···役に立たない···)
純也は、自分が持つそれを疎んだ。
『え?』
彼女は大きく目を見開き、すぐににたりと笑った。
『面白い。矮小な人間如きが何を差し出すのかと思ったら···まぁいいわ。もう1回の繰り返しがせいぜいってところなのよ』
彼女の返答に、自分はひどく安心した。目を開けているのも、もう限界である。
遠くから皆が、目を閉じるなと叫んでいるが、無理だ。
体を揺さぶられても、余計に痛みが増すだけである。流れ出る自分の血液を体に押し込むこともできない。
『じゃ、もう一度だけなのよ。本当に、最後の1回』
純也は、思い出す。今まで自分の身に起きたことを。この学校で起きたことや、4人の少女、自分の親友のこと。
豊穣祭の準備期間に入ったことが、全ての始まりであった。
次の話は本日の21時に公開します('ω')ノ