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掌編小説 自選集

嵐  著作:雨の日は憂鬱な 収録

作者: 蓮井 遼


お読みいただきありがとうございます。既に本に収めている話ですが、個人的に好きな話なので、こちらに載せました。




 野生動物は一斉に避難をし始めた。気圧が低くなったのを肌に感じたからだ。数十分から数時間後に天候が荒れるだろう、そういうことを感じた。その予想の通り、一気に辺りは暗くなり、大雨が地上に降った。

思いきり強く雨はぶつかっていくのが合わさっていくと轟音となって、辺りを包んでいった。動物たちは地上からは姿を消し、雨が止むのを待っている。一緒に風も強くなっていった。強風となった風は更に辺りを蹴散らしていった。樹木の枝や葉は強風により折れたり、飛ばされたりした。まだ止むまで大分時間がかかる。それぞれの動物、狐や栗鼠などは自分の巣穴でこの嵐が収まるのを待っていた。

 この嵐の中、二頭の動物が追いかけっこをしていた。先頭はウォンバットで嵐が襲ってくる前に食料の調達を長く時間かかってしまったせいで、家畜を襲うディンゴに目を付けられ、追っかけられていた。ウォンバットは普通のウォンバットと異なり変わっているが、ディンゴもまた変わっている。普段は群れで追いかけるディンゴだが、このディンゴは群れで生活するのを嫌って、単独で狩りを生業としているのだ。雨粒が二頭の体を激しく打ち付けるが、二頭は構わずぬかるんだ地面を駆け抜けている。忙しない二頭の息づかいは身体を潜めている小動物には聞こえない。まるでサイレント映画のように緊迫した場面が急に登場したことでこのあと一体どうなるのか、どちらの立場に立てばよいか、小動物たちは二頭が通り過ぎた後にその後を追うことはせずに、視界に現れた場面だけで心配するのに十分だった。

 ウォンバットには武器があった。それを使うには自分の巣穴に戻らないといけない。だからそれまでは全力で駆けてディンゴに捕まるわけにはいかない。そう思っていたが、ディンゴもまた然り絶対に捕まえなくてはならないと当然思っている。だから、ディンゴは脚の力を緩めはしなかった。倒れている樹々を飛び越えては蛇行するコースの障害物競争のように、速度を緩めることなく、寸前のところで樹木や邪魔な草木にぶつからないように飛び越え、ウォンバットを追っていた。ディンゴの叫び声ですら、この雨のなか、ウォンバットには聞こえなかった。だが振り返るとこの怪物が自分を追いかけているのがわかる。ウォンバットのなかにディンゴに捕まってしまう、食われてしまうということの恐怖が全身を支配するよりも、逃走するための意識に全神経を研ぎすませ、ただこのレースがいつまで続けねばならないのか、それだけが虚しいほどにウォンバットの頭脳をよぎった。

 雨が緩めることはない。二頭もスタートからは遠くまで来てしまった。ディンゴの頭に引き返す気はない。なんとしても前方のウォンバットを仕留めよう。しかし、いよいよウォンバットの巣穴がディンゴの視界にも見えてきて、ディンゴは焦った。なるべく頭を低くして、風の抵抗を少なくし、前脚と後ろ脚の蹴る力を強くした。そうして、ディンゴは先ほどよりぐっとウォンバットとの距離が縮まった。飛びつけばウォンバットの背中に齧りつけそうだ。一方で、ウォンバットは既に自分の体力を使い果たしていたが、すぐ真後ろにまでディンゴが迫っていることで、速度を緩めるという選択肢がなくなっていた。オー、アーとウォンバットは叫んだことで力が漲り、前方の地面に掘ってある巣穴に滑り込むように跳躍した。ウォンバットが飛び込んだ後にすぐディンゴも飛び込んだ。犬や狼の脚力は凄まじいものだ。よくぞウォンバットがここまで逃げ切れたと褒めたいところだろう。しかし、これでお別れだ。ディンゴの前脚の爪がウォンバットの胴体を掴み、ウォンバットはその過剰な痛みに苦しみ、悲鳴を上げた。その痛みを堪えて、ウォンバットは自分の臀部を上げてディンゴの前面に近づくようにした。ディンゴは自分の頭部を体の動きに抑えることができなかった。そして、ゴンという鈍い音が鳴った。

 巣穴でウォンバットはかろうじて命を免れた。ウォンバットの臀部の岩盤のように固いことよ。ディンゴはこの硬い岩盤に当たり、頭が衝突し、即死した。ウォンバットは命永らえたことに安堵しながらもディンゴが傷つけた爪痕の痛みに苦しんでいた。これは自分が戦った証拠のようなものだ。こんな嵐の日にはほんの少しだけの食べ物を漁るくらいでよかったのだ。ウォンバットは自分の行動に欲望が上回り制止できなかったことを恥じた。もっと意志が自分の尻のように硬く、自制が効いたら、こんな追いかけっこをすることはなかったし、このディンゴが死ぬこともなかったかもしれない。外は轟音が続いていたが、ウォンバットの息づかいはまだ落ち着く雨の唸る音を風が吹き荒れることを注視する余裕もなかった。ただ、自分の行動がもたらした結果を悔しがり、腰回りの傷の痛みの鮮明さとゆっくりとならない呼吸のリズムが暗い巣穴に自分の存在を際立たせていた。

 数日経って、嵐が収まると、小動物達はまた銘々の行動に勤しんだ。ウォンバットはようやく巣穴の入り口に横たわっているディンゴの死体を自分の尻で押し出した。そして、死肉をうまく分解して、森に帰してくれるだろうと思う虫たちの居所へまでディンゴの死体を運んで、そこに死体を置き去りにした。







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