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異人

 花菅(はなすげ)が奥に戻ってから、私は医者屋についてノートに記録した。


『医者屋

 換金所、よろず屋、薬屋がある。

 店員は患者ではない。「廃人」も出てこないらしい。(ライトの効果かもしれない)

 引き戸を買うためにはコインが50枚ほど要りそうだ』


「そこのお姉ちゃんは何も買ってくれないの?」

 真ん中のカウンターでは、いかにも生意気そうな顔の少女が身を乗り出して稼ぎ時を待っている。名札には「癪焼(しゃくやく)」と書かれていた。目元が花菅と似ているが、姉妹か何かだろうか。……何にせよ、これぐらい分かりやすく媚びられるといっそ清々しいものだ。

 手持ちの金は全て弁償に当てようとしている、と正直に答えると、げらげら笑われた。

「そんな理由で何も買わずに死んだらさぁ、後悔多そうじゃない?」

「あったとしても、少しだけかも」

「ふーん。じゃあ朽無(くちなし)が「廃人」に襲われて死んでも、後悔しないんだね」

「それはする」

「だったら何か買ってよ」

 ……仕方ない、彼女の方へ歩こうとして。

 直前でやめた。

「……具合、悪いの?」

 朽無が待ち合い椅子の所で座り込んでいたので、そこに行く事にしたのだ。

「悪くない! 悪くないけどよ……」

 ──自分でも自分が何を考えているか分からなくて気持ち悪い、と彼女は続けた。

「……わりー。オレ、先に帰る……一人で考えてみるわ」

 ゆっくりと立ち上がり、ふらふらと歩き出す朽無。その虚ろな瞳を見て、放っておける訳がなかった。太い腕を掴み、視線を合わせる。

「様子がおかしいよ。……早く診断書見せて」

「診断書なんか見たって、どうにもならねーだろ」

 そう言いながらも、彼女は診断書を渡してくれた。私はなるべく優しい声で礼をして、くしゃくしゃになった紙に目を通す。


『診断書

 朽無様 性別 女 年齢 13歳

病名

 暴腕症

症状

 両腕の異常発達、その他部位の発育異常。軽度の気分障害。無力感。

特記事項

 ■■■様の意向により前患者から症状が引き継がれました。

 第二段階に移行しました。

 退院日までの日数は現在不明です。


 上記の通り診断致します。

医療機関名 九竜医院

診断医師 無患子』

 ……第二段階。退院日不明。見た事のない表示が、不穏な気配を現実に蔓延させた。

「癪焼、朽無の診断書がおかしい。……第二段階が何の事か分かる?」

「わ、分かるよ! ちょっとこっち来て!!」

 今度こそ癪焼の方に向かった。相手を下に見る様な笑顔はすっかり消えている。心に血が通っている証拠だ。

「ヤバいよあいつ、第二段階まで行くとかだいぶ精神病んでるね。このままだと「異人」になるよ」

 耳元でそう言われ、私は思わず癪焼の肩に掴みかかった。その勢いで手術帽が外れ、乱れた茶髪が外気に触れる。

「どうすれば朽無は元に戻る!?」

「大きいサイズの点滴に繋げて、しばらく安静にさせて。ただ……」

 慌てた顔の化けの皮が剥がれ、邪悪なまでに愛らしい笑みが浮かんだ。無論、癪焼の顔にだ。

「いくら緊急時でも商売は商売だからね、お金はもらうよ。分かるでしょ?」

 私は即座に20枚の硬貨をカウンターに叩きつける。

「これでどうかな?」

「うんうん。じゃあこれ、どーぞ」

「ありがとう」

 氷枕ほどの大きさをした点滴パックを受け取り、朽無の所へ駆け出す。どうやら私を無視して帰ろうとしていたらしいが、歩みが鈍かったおかげですぐに追いつけた。

「……何だよ、終わったのか?」

「終わった。それより、今のままだと「異人」になる。しばらく安静にして」

 点滴なんて打った事もなかったけど、二つの手は奇妙なほどスムーズに動いた。「点滴というのだから専用の台が必要なのでは」と考えたものの、患者に繋がるとパックは宙に浮かび始めた。ひとまず安心する。

 他の目で辺りを見回しつつ、私は朽無の様子を両の目で見守っていた。

「なぁ、守徒(かみつれ)

「何?」

「……オレ、用心棒なんかやってないんだよ。……ちょっと前まで隣の診療科に住んでたけど、ねーちゃんが「異人」になっちまったから……逃げたんだ。ここは「廃人」が少ないし、変なルールもないから……」

 活力に欠けた彼女の声は、聞いているこちらが苦しくなるほどに弱々しい。本当は静かに休んで欲しかったが、今の彼女を止める資格を私は持っていなかった。

「……オマエが助けてって言った時だって、死ぬほど怖かったんだ。見殺しにしようかずっと悩んでた……部屋から出たくなかったから。守ってくれるねーちゃんはもういないし、そんなんで病理の外に出たって……」


 朽無がこうなったのは私のせいだ。

 だから、私がどうにかする。

 私が彼女を連れ出してやる。

 義務感ではなく、自分の意志で。


「病理は現実じゃない」

 暗い目が迷う様にこちらを見た。……どこの目を見ればいいのか分からない可能性もあるが。

「病理は現実じゃない。この世界で起きた事だって、現実じゃないハズ」

「……それでもっ、オレの現実はサイテーだ!」

 入院着の裾をきつく握りしめ、朽無はぼろぼろと涙を溢す。そして嗚咽混じりにこう言った。

「オレとねーちゃんは、虐待されて育ったんだぞ……守ってくれる人なんかっ、ねーちゃん以外いなかった!! 皆敵だ! オレの事バカにしてくるんだ!! オレが弱いからバカにするんだ!! ……そんな所で生きたって……」


「なら、私が朽無の味方になる」

 全ての目線を朽無に注いだ。病理こそが現実だと思い込んで欲しくない。現実への帰還という選択肢を投げ捨てて欲しくない。

 ──だが、「現実で惨めに死んで欲しい」とは微塵も思わなかったのだ。

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