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中編






ネイジーア帝国の応接室ーーー。

濃紺のドレスを着た儚い少女が……呆然とする美青年の向かいのソファに座っていた。



《死体公女》エリーゼ・フォン・クロム。


ネイジーア帝国皇太子レヴィエフ・ピィアズ・ネイジーア。



互いに顔を見合わせて……。

レヴィエフは頭を抱えた。


「君、今、なんて言った?」

「ですから、貴方の婚約者としてこの帝国に参りました。クロム公国の第一公女エリーゼ・フォン・クロムと申します」

「……………えぇ……?」


レヴィエフは唐突に現れた(自称)婚約者に困惑を隠せない。

それもそうだろう。

今回の案件はコニーの独断で行われていたのだから、レヴィエフはこの挨拶で初めてエリーゼが婚約者になることを知ったのだ。


「婚約者ができるなんて聞いてないんだけど?」

「でしょうね。でも、こうして来た以上は諦めて下さいまし」

「いやいやいや、君、帰りなよ。ここにいたら、暗殺されると思うよ?それに……ほら、僕は死体愛好家ネクロフィリアだし?」


エリーゼは数日前に父親から聞いた話を思い出し、呆れたような溜息を吐いた。



曰く、ネイジーア帝国は毒壺のようなもの。

様々な思惑と陰謀が渦巻くこの場所で、レヴィエフ皇太子の味方は誰もいない。

大国であるがゆえに他国から嫁ごうとする者達も、一筋縄ではいかない者ばかり。

では、何故クロム公国に婚約の話が来たのかーー。

レヴィエフ皇太子に付いている執務官(第三側室の子飼い)の占星術が、エリーゼを選んだかららしく……。

エリーゼ本人はなんて馬鹿馬鹿しいと思ったが、《死体公女》というあだ名がある以上……あのままだとエリーゼは結婚することすら叶わなかっただろう。

そう考えると、婚姻だってできるし、大国との繋がりができるなら……別にいいかと彼女は考えた。



それに………。



「あら、ご存知ないの?わたくし、《死体公女》と呼ばれているのよ?」



エリーゼは自分について来た獣の死霊達を出現させ、死の気配を身に纏う。

この気配は、普通の人間であるエリーゼを死体だと誤認させるほどで。

まさに、レヴィエフの死体愛好家ネクロフィリアという趣味にピッタリだった。


「………なっ⁉︎」


流石の彼も、まさかそんな風に呼ばれている公女が出てくるとは思わず目を見開く。

だが……エリーゼも驚いたように目を見開いた。


「あら?」

「な、なんだい……」

「あらあらあら?」


エリーゼはソファから立ち上がり、レヴィエフの隣に座る。

そして、ペタペタペタペタと彼の頬を触った。


「………いや、あの、ねぇ。なんで触ってんの」

「あらら〜……冷や汗が出てないし、身体も震えてない。わたくしが恐くないの?」

「……………………は?」

「だって、わたくしの死霊達に婚約者達は脅えて婚約解消されまくったんですわよ?だけど、レヴィエフ皇太子殿下は全然普通ですし?なんでかしらと思って」

「えぇ……何、その物騒な感じ……」


興味津々といった感じのエリーゼは、見た目深窓の令嬢といった感じなのに……アグレッシブな感じが滲みまくってて、なんかギャップが凄い。

死霊達はクルクルとレヴィエフの周りを回り……『あぁ〜……』と納得したような声を漏らした。


「あら、どうしたの?」

『この子、適応能力強いんだよ〜。だから、死霊の死の気配も適応した的な感じ〜』

『得意なモノがない代わりに、そこそこできるってヤツ?』

『器用貧乏‼︎』


なんか散々な言われようだったが、強ち間違いじゃないのでレヴィエフは言葉に詰まる。

というか……よく毒盛られてたが、死んでいなかった理由が分かって、ちょっとスッキリしたぐらいだった。


「なら、今度は簡単に婚約解消されなさそうでよかったわ‼︎という訳で、わたくしには死霊が憑いてるから簡単に死なないわ。安心なさいませ?」


にっこりと笑うエリーゼに、レヴィエフは額を押さえる。

なんか、本能的にこの女性に勝てない気がした。

無駄に抗うだけドンドン、面倒ごとになりそうな予感。

面倒くさい陰謀の中で生きてきたレヴィエフだから分かる勘のようモノ。

もう、彼は両手を上げて肩を竦めた。


「もう好きにすればいいよ……面倒くさいし……はぁ……」

「えぇ、そうするわ」



エリーゼはクスクスと笑いながら、頷いた。





*****




そうして、エリーゼはレヴィエフの婚約者となり……一年間の花嫁修行を経て、婚姻式を行うことが決定した。

そこら辺、この上なく順調に進んだのはコニーの暗躍があったおかげだろう。



だが、レヴィエフの言葉通りに帝国にちょっかいを出そうとする者達にとって皇太子の婚約者である彼女は邪魔のようで。

エリーゼは何度も殺されかけた。



………まぁ、その度にやり返しているのだが。



「という訳で、寝かせて下さいな」

「…………いや…まぁ、いいけどね……」


深夜の人気のない時間帯。

エリーゼは藍色のネグリジェに、ガウンを着ただけの姿でレヴィエフの部屋の前に立つ。

薄いシャツとズボンというゆったりとした服装の彼は、呆れたような顔をしつつ彼女を自室に招いた。


「今日は?」

「また暗殺者さんよ。今頃、死霊達に精神をゴリゴリ削られてんじゃないかしら。でも、煩いから寝れなくて」

「はぁ……僕の部屋も完全に安全じゃないからね。というか、婚約者だけど未婚の男女が同衾って……色々アウトだろ……」

「気にするような性格じゃないでしょ〜」

「……………エリーゼの見た目()深窓の令嬢だから緊張するんだよ」

「あら〜……喧嘩売ってんのかしら?」


エリーゼは早々に自分の雑な性格を、レヴィエフに見せていた。

なんか、もう最初の時点でペタペタやってしまったから……今更隠す必要がなくなったのだ。


「ほらほら、寝ましょ?おいで?」


エリーゼは慣れた様子で彼の布団に潜り込むと、ペチペチと布団を叩く。

レヴィエフは溜息を吐きながら、彼女の隣に潜り込んだ。


「………あぁ…どうしよう……一緒に寝るのが当たり前になってきてる」

「暗殺者さん多いものね。その分、死霊達が騒いじゃって、わたくしの安眠妨害だわ」

「………安眠妨害」


エリーゼはくわぁ……と欠伸をして、レヴィエフの胸に擦り寄る。

彼も眠そうに瞼を瞬かせた。


「………取り敢えず…また明日…だな……」

「そうねぇ……お休み……」

「…………お休みぃ……」



そのまま……二人は互いの温もりに微睡んでいった………。




*****






「ちょっと死霊全開でついて来てくれないか?」




にっこりと笑っていながら笑っていないレヴィエフに、エリーゼはクッキーを咥えたまま固まる。

…………取り敢えず、言われた通りに死霊を纏った。


「よし、行こう」


レヴィエフはサラッとエリーゼをお姫様抱っこして、逃げられないようにする。

エリーゼもそれが分かったのか、ブルリっと身体を震わせた。


「え?どこに行くんですの?」

「女どもの魔窟だよ」

「……………うげぇ……」


逃げようとしても、捕まっている以上は無理で。

話を聞いてみると、なんでもエリーゼを婚約者としたことで生きてる女でも大丈夫なのでは?とか考え始めた貴族と令嬢達が勝手にお茶会(・・・)を主催したらしい。



…………つまり、レヴィエフの妾になりたい令嬢達が集まっているということで。



エリーゼはもう大人しく……死体になり切ろうと決断して、人形の如き無表情になった。


「うわ、無駄に顔が整ってるから無表情恐っ」

「ただいま、エリーゼちゃんはお人形または死体モードです。面倒ごとは任せたわ」

「………まぁ、うん。面倒ごとに巻き込んだのは僕だから、大人しく任されるよ」


連れて行かれた先は、どうやら皇城の庭園で。

複数人の見目麗しい令嬢達が、色めき立っていた。


「あ、レヴィエフさーーーっっ⁉︎」


一人の可愛らしい少女がレヴィエフに気づくが、その腕にいるエリーゼを見て固まる。



………というか、死の気配を纏ったエリーゼが怖過ぎた。



「ヒィッ⁉︎」


少女の悲鳴は伝播して、華やかであったその場が地獄へ様変わりする。

だが、そんな中でも……彼は変わらず、空いている席に座り、エリーゼを膝の上に座らせた。


「どうした?お茶会と言われたから我が婚約者殿も連れて来たのだが?」


にっこりと笑いながら言うレヴィエフの言葉に、彼女達は絶句する。

艶やかな黒髪に、光の宿らない赤い瞳。

病的なまでに白い肌と、ワインレッドのドレス。

無表情の顔、一切動かないエリーゼは……完全に死体にしか見えない。


「あ、あの……エリーゼ様は……本当に生きて……?」


一人の勇気ある令嬢が質問する。

レヴィエフは呆れたと言わんばかりに溜息を吐いた。


「さぁ……?もしかしたら本当に死んでいるのかもしれないな。だが、それならば我が寵愛を受けるに相応しいだろう?何故ならわたしは……」


エリーゼの手を取り、その指先にキスをする。

頬や、額、首筋に沢山のキスを降らせて……レヴィエフは笑った。



死体愛好家ネクロフィリアだからな」



ゾワリッ……。


冷たい風が令嬢達の頬を撫でる。

次の瞬間、彼女達は悲鳴をあげながら大慌てで逃げていった。

ついでに護衛と、侍女として控えていた者達も。

残されたのはエリーゼとレヴィエフのみ。

……………ちょっと、あまりの事態にビックリして、エリーゼは彼を見上げた。


「ねぇ、みんないなくなったんだけど?」

「…………エリーゼ、凄いな……僕を堕とそうと躍起になってた奴らに恐怖で打ち勝ったよ」

「嬉しくないわ〜……取り敢えず、お菓子食べていい?」

「あ、こら‼︎食べるな‼︎」


レヴィエフの忠告も遅く、エリーゼはそこにあったチョコレートを口に放り込む。






その後ーー何が起きたかはご想像にお任せする。

ひとまず、このお茶会(・・・)はレヴィエフと既成事実を作ろうとした令嬢達が主催だと伝えておこう。





余談だが……。


エリーゼは二度と、妖しいお菓子に手は出すまいと誓ったらしい。








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