第5話 ヤベー女、来たる!
俺が部屋を出て最初に目にしたのは、兵士の集団だった。
部屋のドアを『ガチャリ』と開けた直後には、ギョッとした表情を、兵士全員が顔に張り付けていた。
そして、ドアを完全に開き終わる頃には、その場で全員が土下座していた。
「って、おいおい……」
7〜8人程の男女混合の兵士たちは、全員が頭を地面に擦りつけたまま、小声で「せーの……」と呟いた。
「「「本日はお日柄も良く、勇者様におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます!」」」
全員が声を揃えて同じ文言を喋った。
なんだ? この手紙の前書きみたいな文言は。
そういえば、メイドも同じことを言っていたな。マニュアルにでも決まっているのか?
ってか、使い方合ってんの? それ。
「お、おい。俺に気を使わなくて良いんだけど」
「い、いえ! 本日はお日柄も良く、勇者様におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます!」
壊れたロボットかな?
兵士は同じ文言を繰り返している。
よく見ると、全員とも身体がブルブルと震えており、汗が滝のように流れ出ている。
なるほど、恐怖で頭が働いていないのか。
「へっへっへー! みんな、誠司さんに頭が上がらないですねー!」
ロリ天使が無邪気な声で笑う。
誰のせいだ誰の。
「そういえば、普通に喋ってるけど、ロリ天使の声って周りには聞こえないのか?」
俺は小声で、胸ポケットに向かって耳打ちするように聞いてみた。
「はい! その通りですよ〜! 姿すら見えてないはずです〜!」
なるほど、さすが不思議存在。
「ところで、兵士の人たちさ。俺、ここらへんを見て回りたいんだよね。とりあえず外へ出る通路ってどこにあるの?」
「…………は、はい……!」
俺に一番近い場所にいた女兵士は、決死の表情が張り付いた顔をゆっくり上げた。
「あ、あちらです……!」
滝汗でぐちょぐちょになったアンダースーツの袖を引っ張りながら、廊下の奥を指さした。
お、階段が見える。あれを降りれば良いんだな。
「ああ、ありがとう。ごめんな、気を使わせて」
「い、いえ! 本日はお日柄も良く、勇者様におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます!」
まだ言うか。
「本日はお日柄もよく……本日はお日柄もよく……」
壊れたロボットたちを置き去りにして俺は廊下の奥へと向かった。
*
俺は階段を降りていき、ちょうど踊り場になった場所に差し掛かった辺りで、偶然、やけにガタイのいい爺さんとバッタリ会った。
俺(中身はロリ天使)に光る蛇の魔法で縛り上げられた、グインという魔法使いだ。
俺の存在に気付くやいなや、グインはすぐにその場で片膝を付いて頭を下げた。
「本日はお日柄も良く……! 勇者様におかれましては、ますます! ご健勝のこととお慶び申し上げます……!」
お前もかよ。
「頼むから普通に話してくれ。頭を下げなくていいから」
「し、しかし……! お見えする度に『視座を下げよ』とご命令を下したのは、他ならぬ勇者様でありますれば……!」
ロリ天使め。これじゃあ俺がただのイキり中学生みたいじゃないか。普通にしてもらいたいのに……。
だが、昨日出したばかりの命令を取り消すのも、やっぱり変か?
――いや、せめて少し条件を緩和しよう。
「グイン、視座を下げるのは会った時と離れる時でいい。会話している最中も目線を下げられたら、まともに話をしている気がしない」
ロリ天使語に則って『視座を下げる』って言葉を使ってみた。
ちなみに、なぜかここでは『頭を下げる』みたいな意味で使われているが、本来の意味は異なる。
「なるほど……。では失礼して」
グインはゆっくりと立ち上がった。
うーん、やっぱりめちゃくちゃガタイが良いな。爺さんのくせに。
190cmは超えているんじゃないか? それにアメフト選手ばりに筋肉がある。
服装が魔法使いのものでなければ、完全にパワー系のスパルタン兵士だ。
そういえば、さっき『なんでも鑑定魔法』の使い方を覚えたばかりだから、試しに使ってみよう。
「『なんでも鑑定魔法』」――俺は小声で魔法を唱えた。
――――――――――――
グイン・バフェット
称号:【老練の魔術師】【王国の最高位魔術師】【終末の戦士】
HP 100%
MP 100%
体力 【非常に強い】
魔力 【ヤベーやつ】
攻撃力 【非常に強い】
防御力 【強い】
敏捷力 【強い】
※『~力』というステータスは9段階評価となります。評価の高い順から『神』『ヤベーやつ』『非常に強い』『強い』『普通』『弱い』『非常に弱い』『ナメクジ』『犬の餌』と表記されます。
――――――――――――
――おお、なんかよく分からんが強そうだ。
なるほど、『王国の最高位魔術師』か。
だからグインを倒しただけで城内の全員が怯えていたのだろう。
「ありがとう、グイン。ところでグインより強いやつって、この城内で誰かいるの?」
「いえ……。勇者様を除けば、城どころか国中のどこを探したとしても、拙僧に敵う者はおりません……!」
なるほど、かなりの自信家でもあるようだ。
これほどの相手を打ち負かしたんだ。もはや誰も俺には喧嘩を売ってこないだろう。
そういった意味では安寧とした平和な日々を順当に勝ち取っていると言える。
なるほど、ロリ天使の行動はめちゃくちゃだったが、アイツもアイツなりに色々考えているのかもしれない。
俺は胸ポケットをちらりと見た。
「ぐーぐー」
ロリ天使は寝息を立てて居眠りしていた。
このロリっ娘ちゃんめ。
「ところで、グイン。俺は外へ行きたいんだ。案内してくれないか?」
「はい……! もちろん、喜んでご案内いたします。他にも何かございますれば、なんなりとご命令ください……!」
爺さんに『なんなりとご命令ください』と言われても何もときめかんな。
かといって、メイドに言われた時はそれはそれで困った。無茶な命令一つで、なにか平和な日々から逆行しそうな気がするからだ。
俺が目指すべきものはたった一つ。安寧とした平和な日々だけだ。
それは前世――社畜サラリーマンだった俺の悲願でもある。
*
グインに連れられて出た場所は、城の庭園のような場所だ。
太陽の光が爛々と差し込む開放的な場所で、正面を向けば噴水と花壇があり、横を向けば立派な木が等間隔で植え込んである。
俺は少し正面のほうに歩き、振り返って城を見上げた。
――かなり大きい城だ。いままで見たどんな古城よりも、圧倒的にでかい。
こんなでかい城を建てるのにどれだけの期間がかかるんだ?
俺は建築について全くのド素人なので想像がつかない。
サグラダファミリアで完成するのに150年くらいだっけ。じゃあ、300年くらいだろうか。
「グイン、この王国は立派だな。こんな大きな城まであって。ここよりも大きな国は他にないんじゃないか?」
「そうですな……拙僧が存じうる限りにございますが、この『リスティーゼ王国』よりも大きな国はございません……! もちろん、地球の裏側まで確認したわけではございませんが……!」
この国の名前、『リスティーゼ王国』というのか、覚えておこう。
あと、何気なく『地球の裏側』という言葉が出てくるということは、地球が丸いということを理解しているし、航路などの交通網も発達しているということだ。
つまり、それなりにこの世界は学術的にも技術的にも進んでいるということになる。
意外。時代が中世っぽいからてっきり――。
「――久しぶりだな! グイン! 城から顔を出すのを待っていたぞ!!」
俺が考えごとをしていると、急にそんなキンキンに響く声が聴こえた。
――女の声だ。そして声色は少し、子供っぽくもある。
声のする方角を見ると、でかい木の枝の上に立っている少女の姿があった。
「――ラキ! お主がなぜこの国にいる!」
いつもは物静なグインが大声を上げている。
それほどの人物なのだろうか。
「決まっているだろう! グイン! 王国の御触書を見たのだ! 『勇者来たれ』とな! 勇者といえば『終末の戦士』を組みして魔王を退けた、まさしく我らのことではないか! ともに戦い、新たな脅威を取り除こうぞ!」
少女にしてはやけに逞しい口調だな。
それにしても、『魔王』ね……。まさしくファンタジーな世界だな。
「頭に血がのぼりやすい性格のお主には役が余る! それに、もう勇者様は既にこの国にあらせられる!」
「はぁ! なんだと!?」
少女が、少女らしからぬ口調で喋っている。
だが、改めて姿をよく見てみると、とても可愛らしい顔をしている。
身長は150cm程度で、華奢な感じの体つきだ。年齢で言うと中学生くらいだろうか。
服装については全体的に薄着で、ショートパンツで生足も見えている。娘がこんな格好をしていたら親御さんは心配するに違いない。
だが、彼女の装備しているものに目をやると、少し雰囲気が違う。
背中には、身体の小ささと不釣り合いなほどに大きな斧を背負っていた。
斧を真っ直ぐに背負うと地面に引きずる大きさの為、斜めにたすきがけをしているようだ。それでもなお、シルエットの全長は身長より高くなっている。
「――グイン! なんなのだ、いまの二つの言葉は!! 『頭に血がのぼりやすい』!? 『勇者は既にいる』!? 両方『ハァ?』だ!! 私以上の適任はいないはずだ!!」
既に頭に血がのぼっているようだ。
少女は顔を真っ赤にして、火が付いたようにぷりぷり怒っている。
「ここにあらせられる御方こそが、我らをお救いくださる勇者様だ! 不作法な物言いをしてくれるな! ラキ!」
「はぁ!? この、グインめ! 魔術師風情が知ったふうな口を利くな!! お前の言ってることは頭から尻尾の先まで全くわけが分からん!! こんな男が勇者!? 気でも触れたか! グイン!」
ちょっと、グインさん。
わざと俺にヘイトを向けさせてませんか?
「――ああ、グインめ! もう我慢ならん! いまからそこに行く! 首を洗って待っていろ!!」
「よせ! ラキ! 正門以外の場所から、王国の敷地に足を踏み入れるな! 魔法障壁で足が消し飛ぶぞ!」
ラキと呼ばれていた少女は、グインの警告を無視して木の枝から蹴り降りた――。
「はっ! 魔法障壁の存在など既に知っている! 私に『魔法』は効かない!」
ラキが『ドサッ』と地面に降り立った瞬間に、その足元からバチバチと電撃のようなエフェクトが走った。
しかし、電撃が走るような見た目は最初の数秒だけで、すぐに収まった。彼女はなんともないようだ。
「――ふふふ。さぁ、グイン! いまの戯れ言を全て一から説明してもらおう!!」
ラキは、履いている靴からまだ白煙を出しながら、こちらへとゆっくり歩いてくる。
「ふわぁ〜! なんかキンキンうるさい声がして目が覚めちゃいましたよー!」
――胸ポケットの中で寝ていたロリ天使が目覚めたようだ。両手でぷるぷると伸びをしている。
「ロリ天使、起きたか。なんかいま、面倒くさそうなことになってるんだが」
ロリ天使はそんな俺の台詞を聞くと、胸ポケットのフチに顔を出して状況を確認した。
「――あ、女の子! 誠司さん! これはチャンスですよ!」
ロリ天使がパァっと目を輝かせて笑顔でラキに指をさしていた。
「チャンスって、何のだよ……」
「ハーレム作りのチャンスです! まずはあの女の子から、たらしこんじゃいましょう!!」
「は?」
――『ハーレム』などという、この場面にあまりにも相応しくない単語の意味を咀嚼するために、俺の思考は数秒間フリーズした。