第44話 世界の違いは、常識の違い!
俺は小屋のドアをガチャリと開ける。
「よ、ラキ。邪魔するぞ」
「来たか……セージ。お前には聞きたいことが『2つ』ある……」
陽が差し込む小屋の中で、ラキは腕を組み、ツンとした表情で立っていた。
「2つ? ふーん」
俺は出入り口のドアをバタリと閉めた。
――その瞬間、ラキは堰を切ったように『シュバッ』と俺のもとへ駆けてきた。
「うお! なんだ!?」
『ガシッ!』
ラキは両手を回して俺の腰へと抱きつきいた。
「……ふ、ふえ〜んッ!」
!?
抱きついて俺の腹に顔をうずめ、ラキはワンワンと泣き始めた。
――またこのパターンかよ!
「ラキ、今度はなにが悲しいんだ……?」
俺は子どもをあやすようにラキの頭をポンポンと優しく叩いた。
キャラがブレる、というのがコイツのキャラらしい。もう2回目なので俺は驚かない。
このキャラの発動条件は密室で2人きりになった時だ。
「ひぐ……、セージ……ふ、ふえ……ひっく……」
早く言いなさい。
「聞きたいことの1つ目はなんだ? ラキ」
「……う、うん」
それに応えるように、ラキは両手で俺の服をグシャっと掴み、顔を見上げた。
「――セージ! 昨日のアレはどういうことだ!? 39人も女の子を仲間に引き入れて、その日のうちに懇ろになるなんて……!」
げ、もうそこまでバレているのか。
メイドに今回の痴態を打ち明けて1時間と経っていないのに……。
「えーと、誰から聞いたの……?」
「メイドと兵士だ! もう城中の噂だぞ……! 特に、警護の兵士はセージの部屋の前に24時間張り付いてるから、昨日の段階で既に知っていた」
「げっ……」
うっかりしていた。
確かに、いつも居るよなあの兵士たち。
ということは、シースルーの女の子たちが俺の部屋に入るところもバッチリ見られていたか。
いまの兵士集団の中からイノビーが抜けていて良かった。
「セージの情婦になったのは、私が、最初なのに……うっ……。後から来た女と即日、夜を伴にするなんて……。私、そんなに魅力がないか……?」
ラキがまたポロポロと涙をこぼす。
「あ、いや。そんなことないよ。ラキは十分魅力的だよ」
完全に子どもをあやすモードになった俺はラキを慰めた。
「……セージ、なんで私の胸を見るんだ……? まさか、私の胸に魅力が無いから……!?」
しまった。
「――い、いや。べ、別に」
俺がちょっとキョドると、ラキは両手に少し力を込めて、俺を壁へと押し出す。
「――うお!」
『バンッ』――俺は壁寄りに尻もちをつく。
『ドンッ!!』
そしてラキに壁ドンされた。
なんだこの構図。
ラキは涙を流しながらプルプルと唇を震わせる。
「私の身体はまだ『二次性徴』の途中だ! そんなに豊満な女が好きなのなら……しばらく、待っていてくれ……! あと70年ほどで、私は巨乳になってみせるッ!」
その頃、俺死んでね?
「あはは。別にラキはそのままでいいよ……。俺はね、ラキにはラキの魅力がある(と思う)んだ。無理して自分を変えなくてもいいよ」
そんなテンプレ台詞を言いながら俺はラキの頬に触れた。
「うっ……、セージ〜!」
『ギュ〜!』
ラキは座り直すと俺の服に顔をうずめ、熱烈に抱きしめてきた。
可愛い。
興奮自体は全くしないが、昨夜にあんなことがあったばかりだ。
俺がいま求めているのは、ちょうど、こういう純粋さかも……。
「ねぇ、セージ。キスして……!」
……無理に大人にならなくていいんだけどなぁ。
「キスって……お前、どうせまた気絶するだろ?」
「今度は気絶しないように頑張る!」
「どう頑張るんだ?」
「せ、せいいっぱいがんばる!」
何も考えてねーな。
だが、無下に断るのはあまり得策じゃない。
どうやらこの世界の女性は性に積極的なのが普通みたいだからな。
断るほうが面倒くさそうだ。
キスか……。
まぁ、2回目だし。多少はマシになってるかな。
「分かった。じゃあ早速いくぞ」
「ひ、ひぃ! か、顔が近い……!」
「顔を近づけなきゃキスできねぇだろ。ほら、今回は本当にゆっくりやるから、怖がらないで」
「う、うん……」
1cmあたり1秒、といったペースで徐々に俺は顔を近づける。
「フゥ……フゥ……」
ラキの息が荒くなって目がグルグルとしている。
緊張しているな。
まぁ、徐々にいけば大丈夫か……?
「ラキ、大丈夫か?」
「うん……だいじょ、大丈夫……らいじょうぶ……らいじょうる…………あ――」
突然ラキは、ふいに力なく後方に倒れた。
「――おっと……」
俺は、ラキが後頭部を強打しないように優しく支えた。
あ、これは……。
「完全に気絶してるよな……?」
ラキは全然大丈夫じゃなかった。
……むしろ、悪化してた。
*
「――あ、ここは……」
「あ、ラキ。起きたか」
俺はラキに膝枕をしている。
いまラキが目覚めるまで何もすることが無さ過ぎて、ロリ天使と無言で『あっち向いてほい』をしながら時間を潰していた。
最高に無意味な時間の潰し方なので、今度はもっと有効な時間の潰し方を考えておくか……。
「……私は、どのくらい寝ていた?」
「30分くらいかな」
「そんなに……」
いや、むしろ少ない。
あの部屋には、数時間は戻りたくないからな。
せめて昼過ぎまでは時間を潰したい。
「あはは、別にいいよ。ボーっとしている時間も大事だし。
あ、そういえばさ。ラキはさっき、聞きたいことが『2つ』あるって言ってなかったっけ?」
「うん、言った」
「その2つ目ってなに?」
「う~ん……?」
……思い出すのに時間がかかるってことは、そんなに重要でもなさそうだ。
「――あ、思い出した。セージ、グインから聞いたんだけど……」
「ん? うん……」
「町を守るって宣言したって本当?」
そういえばそんなことを言っていたな。
ロリ天使だけど。
しかし、あんな力を町民の前で行使した手前、あれ以外の言い訳を俺が思いつけないのも事実だ。
「ああ、宣言したよ。それがどうしたんだ?」
俺がそう言うと、ラキはガバッと起き上がり、俺の隣に座って目を見つめた。
「そうか、セージは『モンスター』と戦う気なんだ……。
確かに、セージは強いし、問題ないかも……」
「え? モ、モンスター?」
エナジードリンクの名前じゃないよな。
西洋のおとぎ話に出てくるようなアレか……?
「……ん? どうした、セージ。いまの話に何か驚く要素でもあったか?
セージの居た世界にもモンスターくらいはいるんだろ?」
「……いや、いないけど……」
「……えっ?」
「えっ?」
俺とラキは顔を見合わせた。
どうやら、性の価値観以外でも常識の違いはあるようだ。




