第35話 戦いは、最終局面へ!
「おいおい、なんだアレ……! 今度こそ、間違いなく死んでたよな」
「『催眠』の道具も持っていたし、今度も何かヤバい道具を使っているんだろう」
観客も動揺している。
道具を使っているという推測は正解だ。
しかし、まさか、あそこまで不死身になれる力が、あんな薄っぺらい服にあるとは思っていなかった。
「――勇者様ッ!!」
グインだ。
「拙僧も戦いに参じます……! 勇者様をお一人にはできません……ッ!」
グインがいまにもステージに上がりこもうとする。
「下がれ、グイン! 貴様には絶対に勝てんッ!」
「しかし……!」
「いられるだけで、むしろ勝率が下がる……! 黙って観戦していろ!」
そんな容赦のないロリ天使の言葉に、グインは「はい……」とだけ答え、指示通りに後ろへと下がっていった。
「ふひひ……。よく分かってるじゃないか……そう、いまのオレは地上最強の人間さ。
さて、今度こそオレの命令に従ってもらおうかな……。『土下座』しろ。ちゃんと額も地面に擦り付けるんだぞ」
「……ふふ、断る」
それを聞いてニセ勇者は目を見開く。
「あらあら、そんなことを言っちゃって大丈夫かい? いまは君の心証を問われている場面さ。オレの機嫌を損ねると、最悪、君は死ぬんだよ?」
「悪いが、貴様より先に死ぬつもりは毛頭ない。もちろん、視座を下げることもな。どちらも貴様がやれ。『超重力魔法』!」
『バゥンッ!!』
ニセ勇者の身体が、急に地面にめり込んだ。
地面には、その足を中心としたクレーターが作られている。
「――ぐぅ! これは……! 重力魔法か……? なんて、威力だ……!」
体重を増加させる魔法だろうか。
ニセ勇者は、地面に膝を付くまいと踏ん張っていた。
「クックック……! たまには普通の魔法を使うのも良いものだ……。我の魔力は特別でな。唱える魔法の威力は、通常の人間のそれとは比較にならん。
貴様が身体に受けたその超重力は、我が魔法を解除するまで永遠に続く……!」
「……なんだと……!」
先ほどまで勝気な印象を与えていたニセ勇者は、ここにきて焦燥の表情を見せる。
「……なるほど、君が魔術師でもあることを忘れていたよ……。だが、先ほどの打ち合いでは、なぜ魔法を使わなかった? 近距離戦でも魔法は有効打のはずだ……!」
「ああ、そのことか。……その時は他の魔法を使っている暇がなかったのでな……」
「はぁ?」
「そら、無駄口を叩いている暇はないぞ。……いまから貴様には死んでもらう。辞世の句でも詠んでおくがいい」
ロリ天使は謎の空間から『勇者の剣』を取り出した。
「首を刎ねられて生きている人間はいまい」
「それで、オレの首を……? 首を刎ねられたら、さすがのオレも、死ぬかもって……? ふひひ……」
「勝手にわめいていろ。いまから斬りに行く。せいぜい逃げる努力でもしておけ」
ロリ天使はそう言うが、ニセ勇者はとても動けるような状態じゃない。
魔法の力でどんどん足が地面に沈み、既にくるぶしまで埋まっていた。
――ロリ天使は剣を持って歩きだす。
「あー、やばいなぁ〜! さすがのオレも、首は刎ねられたことはないや。どうなるのかな? 死ぬのかな? いや、案外、気持ちよ――」
『ザンッ!!』
ひとり言に終始していたニセ勇者の首が、ボトリと落ちる。
『ドンッ!』
『バンッ!!』
分かれた首も重力魔法の対象らしく、ゴロゴロ転がらずに、そのまま音を立てて地面へめり込んだ。
直後、踏ん張りが利かなくなった胴体も同様に地面へと沈んだ。
「おお! まるで公開処刑みたいだな……!」
「これで、やっと勝った……のかな?」
「やっぱグロいなぁ……」
普通なら、明らかに勝負がついている場面だが、観客の誰もそれを確信していない。
いままでニセ勇者が何度も復活しているのを見ているからだ。
でも、首を刎ねたんだ。
今度こそ大丈夫だろう。
……たぶん。
首といえば、さっき首を食い千切られた俺も相当だけどな。
直後にロリ天使が首を押さえて治してくれたから、幸い何ともないが。
『――ヴヴヴ……』
!!
重力魔法で地面にへばりついているはずのニセ勇者の身体が、小刻みに鈍い音を立てている。
「やはり……」
ロリ天使はそう呟いて、その光景をじっと見ていた。
おいおい、まだ生きてるのかよ……。
さすがにそろそろしつこ過ぎないか?
『バッ!!』
――突然、ニセ勇者の胴体は、両手両足を4本足にして立ち上がった。
首には絶えず黒いもやがかかっていて、グニャグニャと歪んでいる。
それは1歩、また1歩と歩を進めていく。
重力魔法がかかっているため、歩を進めるたびに新しいクレーターができていた。
と。
『シュバババババッ!』
――なんと、ニセ勇者の胴体は4本足のまま、高速で駆け寄ってきた。
重力魔法はかかったままなのに――!
もう、目の前だ!
「ぬっ――!」
ロリ天使は後ろにバックステップした。
しかし――。
『ギュルルルッ!』
ニセ勇者の右手が触手状になって、俺の首を掴んだ。
手が伸びた!?
「なにっ!」
そのまま触手に引き込まれるように、俺は地面へと叩きつけられる――。
『バダンッ!!』
「――ッ!」
いってえええ!!
首を食われた時ほどじゃないが、全身に痛みが走る。
地面に叩きつけられた後、触手はするすると解けていった。
「――痛い、痛いよ~! すごく、痛い……でも気持ちがいいんだ……。でね、オレはさらに、さらに強い力を手に入れたよ。きっと、もう、地球上で一番強いんじゃないかな?」
見上げると、ニセ勇者が完全に回復した状態で立っていた。
先ほどまで焦げていたままだった髪の毛も元に戻っている。
「……首を刎ねられて生きている人間はいない。なるほど、貴様はもう人間ではなかったのか……」
ロリ天使の言葉に、ニセ勇者は両手を広げて朗らかな笑顔で口を開く。
「え? どっちだっていいよ、そんなの。だってこんなに気持ちがいいんだもん……! 気持ちがいい方向に主義、主張、信条、行動が赴くのは当たり前のことだろう? 『気持ちよさ』は全てに優先するんだ……!」
「まるで、獣だな……」
「獣だろうが、なんでもいいよ。気持ちよければね……! さて、君にはもう死んでもらおう。『仕返し』!」
『ズガンッ!』
ニセ勇者の砲撃が刺さる――!
痛いッ!
――勇者の鎧を貫通している……!
「――くっ!」
ロリ天使はすぐ立ち上がり後方へ下がった。
幸い、撃たれたのは肩の部分だったので不利な体勢からは逃れられた。
「逃げても無駄だよ、オレの狙いは正確だ。砲撃も威力は上がっているし、届く速度も光と同じさ」
そう言いながら、ニセ勇者は右手を銃のような形にして、指先に緑色の斑点のような光を集めた。
「『仕返し』!」
『ズガンッ!』
――左わき腹を撃たれた。
鎧を貫通し、身体まで届いている。
「うっ……!」
ニセ勇者はなおも狙いを定めている。
「『仕返し』!」
『ズガンッ!』
――右腕を撃たれた。
「『仕返し』!」
『ズガンッ!』
――左肩。
「『仕返し』!」
『ズガンッ!』
――右胸。
「『仕返し』『仕返し』『仕返し』」
『ズガンッ! ズガンッ! ズガンッ!』
――右もも、左肘、右足。
「カム、カム、カム、カム……」
『ズガンッ! ズガンッ! ズガンッ! ズガンッ! ……』
――主に胴体部分。
「――カムカムカムカムカムカムカムカム……」
『ズガンッ! ズガンッ! ズガンッ! ズガンッ! ……』
――全身くまなく。
……ニセ勇者はひとしきりに撃ち終えると、両手を腰に当て、笑った。
会場には静寂が訪れている。
「あはは、オレは不死身だけど、君も大概だね」
俺は全身を撃たれまくって血だらけになって立っていた。
勇者の鎧もほとんどが破壊され、半裸に近い。
腕に空いたいくつかの銃創からは向こう側が見える。
きっと、全身もそうなのだろう。
痛みはあったが、途中から完全に感覚が麻痺している。
俺は死ぬのか……?
死んだあとは、また天界に逆戻りか。
戻ったら、ロリ天使と一緒に反省会だな。
「…………クックック……! は、はは……! あーはっはっはっは!!」
突然、ロリ天使が声高らかに笑う。
――ロリ天使……?
「……急に笑い出して、どうしたんだい? 死ぬ時は、せめて笑顔で、ってやつかな? 殊勝だね……!」
「はは……! いや、なに。少し感動していてな……。道具の力を借りているとはいえ、ただの人間が、我のいる高みに一瞬とはいえ触るとはな……。
だが、もう貴様の攻勢もこれで仕舞いだ……!」
「へえ、もしかして、あるの? 奥の手ってやつがさ……。出し惜しみは無しだよ。早く見せてくれ」
ロリ天使はクイッと口角を上げ、ニセ勇者を真っすぐ見つめて答える。
「よかろう……貴様には、天なる存在である我の『本気』を、少しだけ見せてやろう……!」