第33話 つらつら連なる苦痛と、幸せ!
「あれ、あの男さっき死んでなかったか?」
「いま凄くピンピンとしてるわね」
「さっき大怪我してたはずだけど、いつの間にか治ってる……」
観客も同様に驚いている。
近くで見てる俺でも、わけが分からないしな。
「痛めつけられたのに、随分と嬉しそうだな?」
ロリ天使にそう質問されると、ニセ勇者は歯を見せてニィっと笑う。
「ああ……! 言ったろ? この服の超魔装具は受けるダメージを全て、至高の『愛情』に変換するんだ。いま、オレの頭の中はこの上ない幸せで満ち溢れている……! あはは……!」
ヤベー道具だな。
「……おや?」
ロリ天使は何やらニセ勇者の顔や服をじろじろと見ている。
何かが気になっているようだ。
俺には一見、普通の姿にしか見えないが。
「ふふ、なるほど……」
何がなるほどなんだ?
小声で教えてくれ。
「――ニセ勇者よ。一応、警告しておこう。いますぐ降伏し、王国の縄にかかれ。そのほうが貴様にとっては幸せかもしれんぞ」
そう言われたニセ勇者は、少しだけ目を見開いた。
「あはは、幸せなら間に合ってるよ。それに、さっきオレを殺そうとしておいて、降伏しろ、は無いんじゃないか? それは殺しにかかる前に言うべき言葉だ」
うん、そりゃそうだ。
「あとさ……いまになって君がそれを言うってことは、オレに負ける可能性が出てきたってことだろ? そう、君は怖くなったんだ。このオレの力が……!」
ニセ勇者は目を閉じて、誇らしげな表情で胸に手を置いた。
「そうか、そうだな。貴様の未来は貴様自身が選択するべきだ。降伏したくないなら、それも良いだろう。せいぜい一人で生きてみせろ……」
「あはは。生憎、オレは人を信用しない性格でね。ずっと一人だったさ、これからも一人だ。これが一番気持ちいいからね。気持ちよくないことはする必要がないのさ」
そう言い終わると、ニセ勇者は両手を広げた。
「さて、そろそろオレの攻撃の番かな……。さあ、反撃の超魔装具よ、力を開放しろ! 『復讐者』!」
そう唱えると、ニセ勇者の服から緑色の淡い光が溢れ、身体へと張り付いた。
光は徐々に無色透明になっていく。
「――この状態になったオレには細心の注意を払ったほうがいいよ。これは溜め込んだエネルギーを攻撃力の源泉として、身体全体に魔力付与する技さ。オレがダメージを受ければ受けるほどに威力は強くなる……! あっはっは! いまからオレの全身はすべて凶器だ!」
「御託を並べていないで、さっさと来い。今度は貴様に攻撃させてやる」
「行くさッ! 言われずともなぁ!」
その瞬間、『シュバッ!』という音とともに、ニセ勇者は一気に距離を詰めてきた。
――速い! もう右手のこぶしを振りかぶっている。
狙いは、俺の顔だ!
『バキッ!』
――俺は、左頬に強烈な一撃を食らった。
首がグルンと回る。
さっきの砲撃よりも数段強力な攻撃だ。
「うっ……」
あまりの衝撃に、ロリ天使は少し後方へよろめいた。
ニセ勇者はすかさず、左手のこぶしを逆側へ打ち込む。
『バギッ!!』
強い衝撃を頭部に食らい、今度は反対の方向へ首が回る。
続けざまにニセ勇者の殴打が迫ってくる。次は、右ストレートだ――。
『パシッ……』
「――ッ!」
ロリ天使はよろめきながらも、機敏に反応し、手のひらで攻撃を受け止めた。
そして、そのまま強い力でガシリと握る。
「なっ――!」
右手を掴まれたニセ勇者は、手を引き戻そうとするが、強く握りしめるロリ天使の左手から離れることはできなかった。
「2度、殴ったな……。そら、釣りが出るぞ」
そう言いながら、ロリ天使は左手で相手のこぶしを掴んだまま、右アッパーでニセ勇者の伸び切った肘を打ち砕く――。
『グシャ!!』
「あっ、痛――」
あらぬ方向へ曲がった腕を、今度は強く引っ張った。
ニセ勇者は折れた腕に引っ張られるようにして、力なく上体をロリ天使に寄せていく。
その状態でロリ天使は一歩踏み込み、かつ、頭を引いた。
そして次の一瞬、渾身の力で額をニセ勇者の額にぶつける。
――ヘッドバットだ。
『ガズンッ!!』
「――ッ!」
激しい衝撃とともに、お互いの額をかち合わせてみれば、どうやらロリ天使のほうが石頭であったようだ――ニセ勇者は苦痛に歪んだ表情をしている。
「い、い、」
そのまま力なく崩れ落ち、地面にドンッと両膝をつく。
脱力はまだ続き、ニセ勇者は上体を寝かせ始め、土下座のようにして倒れ込んでいく。
――ニセ勇者が崩れ落ちた時、ロリ天使は掴んだこぶしを離さないまま、すかさず、ニセ勇者の頭を片足で踏み付けた。
『グシャッ!!』
広場の地面に敷き詰めてあるブロック板をいくつも割り、ニセ勇者の頭部が地面にめり込んだ。
……ニセ勇者はパタリと動かなくなり、数秒間ほど静寂が訪れた。
まさか、死んでないよな?
「おお、決着か!?」
「勇者くん、強ーい!」
「「うおおおおお!」」
決着がついたと思った観客は大いに沸いた。
ピューピューと、口笛の音も聴こえてくる。
「さて……、これで終わる貴様ではあるまい。立ち上がるがいい」
おそらくニセ勇者が復活する可能性を考えてのことだろうか、ロリ天使は左手で掴んでいるニセ勇者の右手のこぶしをいまだに離していない。
――すると、手にピクッと何かが動き出したような感触が伝わってきた。
ニセ勇者の右手がドクドクと脈打っている。
やっぱり生きてたか。
「…………ひっ、……ひ、ひ。いぃ、い、いいい――」
突然、ニセ勇者は上体をガバッと起こし、目を見開いた。
「いってぇえええええええッ!! 痛ぇ! 痛えッ!! あっはっは!! オレはさらに巨大な力を手に入れたぞッ!!」
――ニセ勇者はしゃがんだ姿勢から飛び跳ね、両足で直立した。
テンションが上がっているのか、動きが曲芸じみている。
「――それに、痛くて、痛くて、頭の中が幸せでいっぱいだッ!! あっひゃっひゃ!!」
ニセ勇者は復活した。
『復活』と表現するに相応しく、ニセ勇者の怪我は全て治り、さらには服の破れや汚れも全て元通りになっていた。
「おいおい! アイツまたピンピンしてるぞ!」
「不死身かッ!?」
「いったいどうやったら倒せるの!?」
ほんと、どうすれば倒せるんだろうな。