第32話 涙の理由と、その報復!
「……まったく、底が知れないな。君は……。だが、決闘を再開するとして、君が勝つかどうかは別問題だ……!」
「ほぉ? 先ほどとは打って変わってやけに強気だな」
「くひひ、服の超魔装具の効果かな? 攻撃を食らえば食らうほど、受けるはずのダメージは至上の愛情に変換される。逆に、もっと攻撃を受けてみたいと思わせるほどにね……!
強かな勇気というのは、とどのつまり、愛を求め省みない渇望と同じものなのさ」
変態じゃねーか。
「良かろう。我と貴様、双方の合意により決闘の再開といこう。だが、その前に……」
ロリ天使は「スゥ……」と息を吸い込み、静かに天を見上げる。
そして、目を閉じ、左手の人差し指で空に丸を書くような仕草をした。
「……『正す天の邪法』!」
――すると。
パァっと、たまご色の優しい光が空から降り注ぎ、大噴水広場をふわりと包み込んだ。
広場一面、淡いキラキラに包まれている。
その光景は、俺がほんの2日くらい前にいた天界にそっくりだ。
ロリ天使は魔法を唱え終わると、左手を元の位置に戻し、イノビーの石像を優しく両手で支えた。
――硬い石を支えていたはずの両手に、ふわふわした柔らかい感触が包み込む。
あったかい……。
あ、これは――!
「――あっ……勇者様……!」
!!
イノビーだ!
良かった、生きてた……!
ちょうど、お姫様だっこのようなポーズで、イノビーは俺に抱きかかえられていた。
顔を見ると、元兵士とは思えないほど、柔らかな笑みで俺を見つめている。
「イノビー、身体の調子はどうだ?」
ロリ天使がそう尋ねるとイノビーは、
「……最高です。勇者様……!」
と、紅潮した顔で答えた。
瞳が、少し潤んでいる。
「うわっ! 石像が、人間になったぞ!」
「え、なにあれ? あれも物理魔法?」
「純金だけじゃなくて人間も作れちゃうのか?」
観客には何か勘違いをされている。
「……勇者様。私、石になっている間、ずっと意識があったんです。……あのニセ勇者は石化している私に、何度も話しかけてきました。
『お前を人質にはしたが、もし、あの勇者くんが来なかったら傑作だな』だとか、『一番絶望的な未来を想像しろ。きっとその通りになる』だとか……」
イノビーは、潤んだ瞳をさらに潤ませて言う。
「ニセ勇者にそう聞かされて、それもそうだな、私なんかのために、勇者様は来るはずがない。そう思っていました……。
でも、いま、勇者様は本当に来てくださり、私を救ってくれました……! 私、いままでの人生で、いまが一番嬉しいです……!」
そう言うと、イノビーは涙を流すと同時に、笑みもこぼした。
「……つらい思いをさせたな……。イノビー、我はまだニセ勇者と戦闘中だ。グインと兵士たちのところへ行け。彼らにはイノビーを守るように事前に伝えてある」
ロリ天使は、さっきまでとは打って変わって、朗らかな笑みを浮かべる。
いつものわけの分からんテンションじゃなくて良かった。
気を遣ってくれているんだろうな。
――ロリ天使は、イノビーをゆっくり地面に立たせ、肩をぽんぽんと叩いた。
「あ、ありがとうございます! ご武運を、お祈り申し上げますッ! 勇者様……!」
お辞儀をして、顔を上げて、笑顔を見せて、イノビーはグインたちのもとへ駆けていった。
「あれ? おれの腕の怪我が治ってる!」
「おお……! ワシの腰の痛みが、キレイさっぱり無くなった……!」
「私も肩こりが治ってるわ!」
「おお、なんだこの軽い身体は……!」
観客はまたザワザワと沸いていた。
発言する内容を聞く限り、さっきのロリ天使の魔法の影響か?
どうやら広場全体に効果が渡っているようだ。
「――そこにいる13匹の雌犬どもよ! 貴様らの腹の怪我もついでに治してやった! 早く立ち上がり、そこから離れよ!」
お、あんな重傷も治せるのか。
「あれ、本当だ……痛くない……」
「治ったー!」
「あ、ありがとうございます!」
「感謝いたします……本物の勇者様!」
怪我が治った女の子たちはすくっと立ち上がり、感謝の言葉を残して、命令通り足早にその場所を離れた。
良かった。てっきり女の子たちを見捨てるのかもと思ったが、ロリ天使はちゃんと分かっているようだ。
俺も、もっとロリ天使を信用しないとな……。
「なに!? 内臓を損傷した人間を治癒しただと……? 本当に規格外だな、君は……!」
俺が石化や怪我を一瞬で治したことに、ニセ勇者は驚きを隠せないようだった。
「――さあ、これで邪魔は入らん。大噴水広場、その最下段にいるのは、もはや我らだけだ。決闘を再開しよう……!」
ロリ天使はそう言いながら不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりとニセ勇者のほうへ歩き始めた。
「……はは。ここまでお膳立てされて、もし拒否をすればオレの立つ瀬がないね。もとより、オレも望むところさ。ふふ、最終ラウンドだ……!」
遠くにいるニセ勇者も歩き出した。
お互いの立ち位置を踏まえると、ちょうど大噴水の前で鉢合わせる恰好だ。
いまのお互いの距離は20〜30mほどといったところか。
「――ニセ勇者よ、歩きながらで構わない……いくつかの質問に答えてくれ。もちろん、これは我の興味本位だ」
「へぇ、君がオレに? それは気になるな……。構わないよ」
「……最初の質問だ。先ほど、貴様は13人の部下の腹を刺したな。なぜそんなことをした? 理由は?」
「あはは……意外だな。そこ、気になるポイントなんだ? そうだな……」
ニセ勇者は歩きながら顎を押さえ、少し考えるようなポーズをした。
「……くひひ。しいて言えば、『新しい表情』が見たかったからかな……オレの奴隷たちのね。数ヶ月も同じのを飼ってるとさ、やっぱ飽きるんだよ。だって、みんな似たような表情しかしないんだぜ?
人間という生き物は、どうも、他者のすべての種類の表情をバランスよく見たいという願望を、根っこのどこかで持っているようなんだ。だから、さっきアイツらがオレを蔑むような表情をした時は、とても興奮したね……!
そうしたらさ、もっと見たくなったんだ。同じ人間の、違う人生、悲愴な表情ってやつをね……えへへ」
その話を聞くと、ロリ天使は口角を上げた。
「ふふ……なるほど。では、2つ目の質問だ。石化したイノビーを砕こうとしたのはなぜだ? そのままおとなしく逃げておけば、我は貴様を見逃してやっても良かったのだが……」
「いひひ……! それならハッキリしてるぜ。理由はさっきと同じだ。君の『新しい表情』が見たくなったからだ。だが、君をいじめて表情を引き出すのは難しいと判断した。だから、君の大切なイノビーちゃんを破壊することにしたんだ。そうすれば、君は新しい表情を見せてくれるだろう?
オレは昔、大事な友達の新しい表情を見るために腐心したことがあってね、色々試したけど成果は上がらなかった。そこで、唯一効果があったのが、その友達が飼っていたウサギを殺すことだった。首だけにしてね……。もちろん、オレはその友達と一緒に第一発見者となった。その時、横顔で見た友達の表情には、非常に興奮させられたよ……! そのメソッドの応用さ。イノビーちゃんを壊そうとしたのは」
「…………なるほど、よく分かった。質問は終わりだ、邪魔したな」
ドン引き必至なニセ勇者のサイコな長話を軽く流し、ロリ天使は会話を終えた。
気づけば、ニセ勇者はもう目の前だ。
お互い足を止め、大噴水のオブジェの前で向かい合った。
手が触れ合える距離だ。
かなり近い。
身長差が10cmほどあるため、俺はやや見上げる恰好だ。
「やっちまえー!」
「洗脳野郎をぶっ倒せ!!」
「勇者くん、応援してるわよ〜!」
観客はワイワイと俺を応援している。
もはやニセ勇者に対する声援はない。
「あはは、オレの味方がいなくなってしまったね……。まぁ、これでいいさ。人生には数回のリセット期が必要だからね。君に勝った後、また別の場所で別の役割の人間を演じてみせるよ」
「大した自信だな……。さて、無駄話は止めにして、そろそろ始めよう……!」
「ああ、そうだね。……君との決闘も、もう3回目か」
「先手は貴様に譲ってやろう」
「いや、今度も先手は君に譲るよ。いつでもかかってきてごらん」
「そうか。では、お言葉に甘えて――」
ロリ天使はそう言い終わった瞬間、一歩前に踏み出し、腰を入れた右腕で大きく弧を描き、こぶしをニセ勇者の顎へ打ち込んだ。
――アッパーだ。
『グシャアッ!』
ニセ勇者の顎が砕ける音がする。
構えてから打ち込むまでは一瞬だった。
ロリ天使は綺麗なフォームでアッパーカットをニセ勇者に食らわすと、そのまま上空へ打ち飛ばした。
『ズバァッ――』
顎を上に打ち抜かれたニセ勇者は、そのまま頭部から血しぶきを撒き散らしながら、身体を空中で激しく回転させる。
真上の方向へ、高さ5mは吹き飛んでいた。
そのまま汚れたズタ袋のように力なく回転しながら、ニセ勇者は地面へ頭から落ちた――。
『ゴシャッ!!』
頭が地面に付き、逆立ち状態へ一瞬だけなったあと、遅れて胴体が地面へと崩れ落ちていく。
『ドサッ……』
あ、死んだ……。
――って、おいおい!
人殺しちゃったよッ!!
突然過ぎて心の準備できてねーよ!
俺の平和な日々が……!
『カリッ』
ニセ勇者の死体の指から、地面をこすったような音がした。
――と。
『ガバッ!』
!?
ニセ勇者が上体を起こした……?
しかも、怪我が完全に治ってる。
なんだ、これ。
「……ぅ……ぁ……あっ! あ、あああ! いってぇええええええええええッッ!!」
ニセ勇者はそう叫びながら両手で顔を塞いで、地面へ再び横になりバタバタと暴れだした。
どう見ても生き返ってるよな、これ。
「いてえ! いてえええ!! いぃ、やったああああああッ!! あっはっは!!」
すると今度は突然立ち上がり、両手でガッツポーズをして叫び続ける。
「人生史上、最高に痛ぇ!! あっひゃっひゃ! 素晴らしいッ!! いまの1発だけで、かつてないほどのエネルギーが服に溜まるのを感じるッ!!」
おいおい、まさかこれもあの服の力か?
「おや、確実に殺したつもりだったが……」
ロリ天使がポツリと呟いた。
一応、天使ですよね? あなた。
「痛い、痛いよ……! あはは……!」
ニセ勇者は額を手で抑えながら、笑い続けている。