第28話 戦意喪失、大望の果て!
ニセ勇者は『縁切り』の剣を両手で腰の位置まで持っていき、刃先をまっすぐこちらへ向けた。
……あれは、刺突の構えだ。
なるほど、斬りつけるより一点集中で突いたほうが威力は高いだろうと踏んだわけか。
――瞬間、ニセ勇者は『バッ!』と堰を切ったように駆け出した。
刺突の構えのまま、急速に距離を詰めてくる。
「あと1秒……!」
「――でやぁッ!!」
目の前まで来たニセ勇者は、腰の位置に置いた剣を、まっすぐ突いた――。
攻撃箇所は――俺の『右目』だ――!
『ガキンッ!』
「――えっ……?」
眼球という柔らかいはずの体組織からは、全く似つかわしくない金属音が鳴り響いた。
ニセ勇者は意外、といった様相で驚いたような表情をして固まっている。
正直、俺も驚いた。
鋭利な刃先で眼球を突かれているのに、一切俺の身体にはダメージがなかったからだ。
「クックック……! アテが外れたなぁ……。まだ羽虫のほうが優秀だぞ? 眼球に飛び付き、ジタバタされたら、さすがの我でもまばたきはしたくなるからなぁ……!」
「あ……あ……あり得ない……」
「さて、『ゼロ』だ……!」
ロリ天使は眼球を突かれた状態のまま、おもむろに右手で剣の刀身を掴んだ。
そしてグググッと圧を掛けると『バギンッ!』と音を立てて、剣はガラスのように粉々に砕け散った。
「なっ! ば、馬鹿な……! 最強の超魔装具が……! A級の魔術強度を誇る魔法剣が……ッ! す、素手でッ!!」
「30秒間の夢、楽しんで頂けたかな? さぁ、そろそろ支払いの時間だ。楽しい夢には値段がつく……。代金はお前の命1つだけにまけておいてやる。大サービスだ」
ロリ天使は、ここで初めてニセ勇者に向かって距離を詰め始めた。
その迫りくる恐怖にかられたニセ勇者は、半壊した剣を地面に捨て、尻もちを付き、両足で交互に地面を蹴り擦り、後ろへ後ろへと後ずさった。
「く、来るなぁ! ば、化け物……ッ!!」
そんな姿を見てロリ天使はニヤリと笑う。
そして、俺にだけ聞こえる声で囁き始めた。
「――誠司さん。このニセ勇者さん、どのくらい痛めつけましょうか? 左手の指だけ制御を渡すので、立てる指の本数で教えてください」
すると、俺は自分の左手の指を自由に動かせるようになった。
またこれかよ……。
ニセ勇者への恨みは多分にあるが、痛めつけたいというわけではない。
とりあえず、イノビーの身の安全と、俺の望む平和な日々さえ保証されればそれで良い。
というわけで、俺はニセ勇者を厳しく罰する気持ちはない。
だから『一番弱く』でいい。
立てる指は1本だ。
――いや、待てよ?
以前、ロリ天使に指1本でお願いした時は『一番強くですね!』だとか、わけの分からん意趣返しをしてきたから、ここは指5本が正解か?
……いやいや、ロリ天使の性格を考えると、俺が今度指を5本立てたなら『指が5本……分かりました! 5段階中5段目、一番強くですね!』とか言いそうだ。
いや、絶対言う。
なので、ここは真ん中の『指3本』にしておこう。
そこまで痛めつけたくないという思いがある一方で、ニセ勇者には多少痛い目に遭ってもらいたいという気持ちもあるしな。
真ん中がベストだ。
『スゥ……』
俺は指を3本だけ立てた。
ロリ天使はその指の数を見て、少し考え込むようなポーズをした。
「3本……? 3……さん……残……! 分かりました! 『残酷』にですね!」
違うわ!!
お前わざとやってるだろ。
「――クックック……! 貴様への沙汰が決定した! いまから貴様の身に、この世すべての地獄を招来しよう。苦悶の表情で以って我を興じさせるが良い……!」
「うっ……! ひぃいッ!」
と。
――『バタタタッ!』
前方に女の子の集団が、ニセ勇者を取り囲むように駆け寄ってきた。
「エル様に手を出させないッ!」
「これ以上は、進ませない……」
「「立入禁止!!」」
敗北が濃厚なニセ勇者を、女の子たちは健気にも守ろうとしている。
……まあ、操られてるからだろうけど。
「キャンキャン喚くな、雌犬ども! おとなしくしておけば、あとでたっぷりと愛してやるッ!」
ロリ天使さん!?
俺をどういうキャラにさせたいんだよ。
「クックック……、はあッ!!」
ロリ天使はそう叫びながら、手で払いのけるように風を扇いだ。
すると――。
『ビュバッッ!!』
すぐに風は突風となり、女の子たちは散り散りに吹き飛ばした。
「「「きゃあッ!」」」
39人の女の子たちは放射状にゴロゴロと転がっていった。
ただし、ロリ天使が上手い具合に不思議な力で風をコントロールしていたようで、怪我をした者はいなかったようだ。
「はっはっは! さあ、ニセ勇者よ! 尋常に我が沙汰を賜るが良い!」
ニセ勇者のもとへ歩みだすロリ天使。
……すると、視界の隅で静かに立ち上がり、両手をかざす女の子がいた。
「――うん?」
「『着衣固定魔法』……」
女の子がそう呟いた直後、『ガシッ!』と大きな音を立ててロリ天使の歩行が止まった。
――痛っ!
……足に着ている王族の衣装がガチガチに固まっている。
そして服の内ジワが、ちょうど刀剣類の刃先のように俺の足を刺していた。
これは、怪我をしているかもしれない。
「……わたしの魔法が、効いた……。やはり、普通の服だった……」
やっぱりあの子か。
イノビーを石化させた女の子だ。
『ガリ、ガリ』
ロリ天使は固まった下半身を動かそうとするが、服が空気中に固定されてビクともしなかった。
服を着ていない上半身は自由に動くので、写真のように固定された下半身の異様さが引き立っている。
「おお、はっはっは! これはこれは。なるほど、ニセ勇者の攻撃よりも厄介だな……!」
「このまま、膠着状態にする……。決闘は、おしまい……。観客がシラけて、全員帰るまで、このまま……」
「残念ながら、そうはいかないな。我が覇道は誰にも阻めない。ふふ……」