第23話 たがえた、約束!
あれから場所を移動し、俺は城内にある作戦会議室の中で立っていた。
この部屋は大変見晴らしがよく、町全体を見下ろせるようになっている。
中心には大きな円卓があり、まさに王族の会議室といった様相だ。
だが、今回はその円卓を使わず、説明のため、町を見下ろせる壁際の場所までみんなを集めた。
集めたメンバーは、グインと兵士長が7名。
あと、呼んではいなかったが、なぜかラキもいる。
俺も含めて、この部屋にいるのは全員で10名だ。
「いやはや……誉れある勇者様の名を騙る偽者とは、遺憾千万でございます……! そして、愚策な凡夫なれど、厄介な超魔装具を持っております……! その者、直ちに拙僧らで捕縛いたします。勇者様の御手を煩わせるまでもございません……!」
「いや、グイン。さっき俺が説明した通りに事を進めてくれ。今回、俺が町の中心での決闘を望んだのは、奴の噂そのものを打ち消すためだ。言葉は生き物だからな……。奴に勇者の資格が無いことを、実際に大衆に見せつけなければ、まるで意味がない……」
「承知しました……! 勇者様の御心のままに……!」
ふぅ、こんなところか……。
グインの提示した強硬策に、俺が首を縦に振らないのは、ニセ勇者が持っているブレスレットが気掛かりだからだ。
グインや兵士まで操られたら、想定外の被害が出る可能性がある。
だから、ブレスレットの力が効かない俺が前に出るべきだ。
ふと、俺は、話の輪に入らず独りでたそがれている存在を見やる。
――ラキだ。
ラキは腕を組んで、壁に背を持たれ、カーペットの模様かなんかをボーっと見つめている。
俺がしばらくラキを見つめていると、目が合った。
「あっ…………」
そう呟くと、ラキはふてくされたような表情をして、ぷいっと横を向いた
何しに来たんだろう、この子。
この前は、俺の言うことならなんでも聞くとか言っていたが……。
いまは、真逆の態度だな。
――あ、そういえば、2人きりじゃないと、素直になれないだとか何とか言ってたな。
あの状態がそうなのかな。
思春期か!
とはいえ、ラキには悪いが、構っている暇はない。
決闘は2時間後に迫っている。
さすがの俺もそわそわしてきた。
そろそろ兵士長たちには、決闘会場のセッティングに行ってもらわないと間に合わない。
「それでは兵士長らよ、行け! 分かっているな? 16時、町の中心『大噴水広場』に、できるだけ多くの町民を集めるんだ」
「「「はっ!」」」
兵士長たちは覇気のある声で返事をし、頭を下げてから、足早に部屋を出ていった。
この部屋に残ったのは俺とグインと、ラキだ……。
「それでは、拙僧もしばらく、退席いたします……!」
「ええっ! なんでだよ!?」
反射的に叫んでしまった。
「……申し訳ございません。ただ、この度は偉大なる勇者様の御身に係る大事でございます……! そのため、王に報告する責務が、臣民たる拙僧にありますれば……!」
うーん、そりゃそうか。
王様に報告せずに勝手に町へ繰り出して、俺が怪我でもしようものなら、なんらかの刑罰を受けてしまうかもしれないしな。
「分かった、止めて悪かった。王に報告してくれ」
「ご配慮、痛み入ります……!」
そう言いながら、グインは片膝を付いて『視座を下げる』挨拶をした。
しばらくしたのちに、ゆっくりと重く立ち上がり、そのまま部屋を出ていった。
『バタリ』とドアが閉まると、すぐに、ラキは壁に付けていた背中を離し、俯きながら、足を引きずり、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
ゾンビかな?
2人きりになった途端、そうやってラキはよく分からん行動をし始めた。
……別に避けていたわけじゃないが、ラキはほんのちょっぴり、苦手な性格をしている。
猪突猛進で、かつ純粋なタイプだからだ。
俺は割とテキトーな性格なので、水と油のようなものだろう。
……あの時、俺は夜のテンションだったから、少しはっちゃけてしまった。
実は、シラフの俺はつまらないんだ。
許してくれ。
ラキは俯いたまま、俺の目の前でピタリと止まる。
すると――!
「……ふ、ふえ〜〜ん!」
!?
顔を上げた途端、ラキは大粒の涙を流してワンワン泣き始めた。
何がどうしたらそうなるんだ。
「ひっ……ひっぐ……! セージがぁ、約束ぅ、破った〜〜! ふぅ、うう、ふえ〜〜ん!」
何の約束だよ。
全く記憶にない。
あと、会う度にキャラが変わり過ぎだろ。
「おいおい、なんだよ。俺がなんか約束したか?」
「した〜! 『一緒に城中を散歩しよう』って……! ひぐ、約束……したのに、それなのに、他の女と町でデートなんて……! ふぅ、ううう、ふ……うえ〜〜ん!」
散歩……? そういえば、あの夜にそんなことを言った記憶が、かすかにある。
でも、あれって……?
「えぇ? だってラキは『酒の肴にはなりたくない』とか何とか言って、誘いを断っただろう」
ラキは目を拭いながら、首を横に振った。
「違う~! 断ったのは『手をつないで』の部分だけで、『一緒に城中を散歩しよう』は、全然オッケーだったのに……! ふぅえ~~ん!」
分かるか!
言わないと伝わらんわ。
「ああ、あはは……。ゴメンな。今度埋め合わせするから」
俺がそんなテキトーな返答をすると、ラキは目を赤く腫らしたまま顔をガバッと上げた。
「じゃあ、いま、お願いを聞いて!」
「え? ああ、なんだ? 言ってみろ」
「うん……セージ~! 私を、抱きしめて~~! なでなでして~~!」
はぁ?
『なでなでして』とか、馬鹿デカい大斧を背負ってる女が言う台詞じゃないだろ。
あと、その謎なキャラ崩壊はなんだよ。
さらに属性を増やすな。
……ふぅ……まぁ、いいか……。
兵士への動員命令も済んだことだし、もうやるべきことは半分終わったようなものだ。
あとは、石化を治せるグインと一緒に町へ行くだけだしな。
――グインが来るまで何もすることがないので、俺は言われたとおりにラキの肩を抱きしめて、頭をなでなでした。
「ほら、これでいいか?」
「はぁ~……セージ~! 癒される……生きてて良かった~……」
この世界の奴はみんなオーバーだな。
真ん中はいないのか?
抱きしめたラキは、身長差でちょうど俺の鎖骨の辺りに顔が当たっている。
そんで、ぐりぐりして俺の身体に自身の顔を擦り付けてくる。
うーん、やっぱロリっ娘だわ。これ。
イノビー成分が恋しくなってきた。
……しばらくそんな状態が続くと、ラキのエルフ耳がピコピコ動き始めた。
「あっ――」
突然、ラキは『ガバッ』と俺から離れた。
そして、少しの間だけ寂しそうな表情をしてから、腕を組んで急にぷいっと横を向いた。
なんだ、いったい。
――『バタンッ!』
すると、急にドアが開いた。
グインだ。
「遅くなって申し訳ありません、勇者様……! 王に、勇者様の身の安全を第一に考えよと厳命され……つい先ほどまで、入念な準備に加え、何かあった際のコンチプランなど、厳戒千万な体制についての協議をしておりまして……!」
そう言うグインの台詞を遮るように、ラキは口を開いた。
「――ハッ。セージめ、愚かにも、敵との無意味な決闘に固持する愚策を……! おい、グイン! お前もコイツに言ってやれ。戦略の『せ』の字も分かっていないド素人だとな! これが勇者だと? 聞いて呆れる……!」
ラキが急に俺をディスり始めた。
なんだよ、その態度の変わりようは。
俺、なんか悪いことしたっけ!?
――あ。まさかこれが『2人きりじゃないと素直になれない』ってやつか……?
「これ! ラキッ! 勇者様に対してなんたるご無礼を! いますぐその口を閉じろ!」
グインはラキに向かって仰々しい怒りの叫びを終えると、今度は俺に向かって申し訳なさそうな顔をした。
「勇者様、誠に申し訳ございません……! ラキは、昔から誰に対しても決して心を開かないうえ……権力という存在には必ず反発する性格……! 変え難い、生来の気質でありますれば……どうかご容赦を……!」
「いや、元気で結構だよ。あはは……」
乾いた笑いしか出ないわ。




