第21話 もっと固まれ、人体!
「クックック……! 可笑し過ぎて、笑いが止まらないよ……ニセ勇者。インテリぶった見た目をしておいて、そんなに非効率的な悪手をとるなんてな……!」
奇声の後、落ち着いたトーンで俺は喋った。
わざわざ奇声を発したのは、相手に対して強制的に聞く姿勢をとらせる意味合いもある。
「はっはは。急に奇声を上げて何事かと思えば、オレの行為が非効率だと? それなら、君は何かオレにもっと良い提案をしてくれるのかな?」
「その通りだ。俺とお前の決闘はまだ終わっていないだろう? この決着を、町民が大勢いる町の中心で付ける、というのが俺の提案だ」
「おやおや、何を言うのかと思えば、決闘の場所を変えるだって? なにがしたいのか、よく分からないな。オレにしてみれば結果の変わらない勝負に、わざわざ時間をかけるメリットがない。乗る理由はない」
「――そうか、やはり言わないとメリットを理解してもらえないか……」
俺は腕を組み、少し天を睨み、言葉を続けた。
「この決闘は、事前に町民に喧伝した上で行う。『勇者を決めるための決闘』という名目でね。その喧伝役は俺が引き受けよう。決着の舞台としては、これ以上ない演出だ」
グインか誰かに頼んで、大勢集めてもらおう。
こういう時に謎の権力は役立つ。
「へぇ……。『勇者を決めるための決闘』ねぇ。なるほど、君の言いたいことは『ブレスレットの力でちまちまアピールするより、大舞台でアピールしたほうが効率がいいぜ』ってところかな?」
「そうだ」
「魅力的な提案だね。ただし、それは君に実行力があればの話だ……。結論から言うと君の提案は却下だ。とても信用できない」
まあ、そりゃそうだろう。
だが、第一段階は突破だ。
いまの反応から、ロジックさえ詰めていけば説得できそうなことが分かった。
そのための材料は既に揃っている。
「実行力という部分を懸念しているなら、その心配は無用だ。俺には忠実な部下がたくさんいるからだ……たとえば、その女剣士を見ろ」
俺はイノビーに指をさした。
「俺の忠実なる側近、イノビーは俺の危機を救うため命を投げ出す覚悟で、お前に立ち向かった。彼女は俺に心酔している。きっと俺の命令ならなんでも聞くだろう」
俺がそう言うとイノビーは、首をウンウンと縦に振り出した。
別にそこは反応しなくていいからね。
「なるほど……確かにこの女の行動を見る限り、それは本当のことだろう。羨ましいね、ブレスレットの力もなしに……。他に部下がいてもおかしくないかもな。やろうと思えば、本当に喧伝をやってくれそうだ」
ニセ勇者は顎を指で抑え、考え込むような仕草をした。
「ああ、その通りだ」
「実行力があるのは分かった。それで、君の目的は?」
よし、完全にかかった。
ここからが肝入りだ。
ロリ天使の行動を制限することが本当の目的だが、ちゃんと建前の目的も作ってある。
「それは、俺が真の勇者だと町民に喧伝するためだ。そう、実はお前と目的は一緒なんだ……! 俺は、俺を勇者だと盲信する忠実な部下を増やしている。これからももっと増やしていきたい」
「やっと納得ができたよ。だから大きなメリットがある、ということだね。真の勇者を目指すためには、お互いの『信者』が邪魔だ。それを取り除くために、勇者を決するという名目で、大勢の町民が見てる中、公開決闘をするということか……」
ニセ勇者はしばらく考えてから、また口を開いた。
「君には実行力も明確な目的もある。――分かった。この決闘、改めて別の場所で行おう」
――よし!
少し懸念はあったが、思いのほか上手く事を進められた。
「決まりだな。よし、それじゃあいまから3時間後でどうだ? それぐらいあれば町民はかき集められる」
どの道、ニセ勇者のことは今日中に王国へ報告するんだ。
明日以降もニセ勇者を泳がせる理由はどこにもない。
だから今日中に決着だ。
短時間だが、観客を少し集める程度なら兵士をたくさん使えばいけるはず。
「3時間後……16時ちょうどだね。ああ、良いよ。場所は、町の中心にある『大噴水広場』で構わないね?」
「ああ」
「よし、これで決まりだな。……ただ、一つだけ懸念点がある」
「なんだよニセ勇者、決まったあとで懸念点かよ。いったいなんだ?」
「行くのは決まりだが、事前に断っておくことがあると思っていてね……。今回の決闘には、不戦は許されない。たとえば、オレが約束の時間に大勢の町民に囲まれた決闘の場に立って、君が来なかったとしたら、オレはただのピエロになってしまうだろ? ガキに騙された間抜けなニセ勇者として、有名になってしまうかもしれない。つまり、この決闘の約束はお互いの信頼の上で成り立っている」
なるほど……。
たしかに、ニセ勇者からすればデメリットのリスクのほうが大きいはずだ。
せっかく噂レベルの勇者になったんだ。あえてリスクを冒す必要はないだろう。
「――だが、それでもあえてオレは、君の提案を受け入れよう。オレ以外の勇者の噂は、芽が出る前に確実に摘み取っておきたいからね……。というわけで、オレは必ず決着の場に出よう。問題は君さ」
――お。割と前向きだな。
俺の提案は、俺の予想していた以上にニセ勇者の琴線に触れてくれたようだ。
「俺の心配はしなくていい。俺も必ず出るから」
「ノーリスクな言葉は結構だよ。いくらでも嘘をつけるからね。だから、オレと君で、ちょっとした約束をしようと思うんだ」
「――約束?」
「ああ……。――カチュア、そこにいる女剣士にアレを頼む」
ニセ勇者は女の子のほうへ向き、何かを指示した。
おいおい、イノビーに何をする気だ?
「……はい……承知しました……。エル・シャカラビット様……」
女の子はイノビーに近づいた。
いったい何をするつもりだ?
場合によっては……すぐに『勇者の威光』を使うぞ……。
「固定、解除……」
女の子がイノビーに手を当ててそう呟くと、『ファサ……』という音が鳴って、固まっていた服が全部元通りになった。
「あ、固まっていた私の服が元通りに……! やっと身体が自由に動かせる!」
お……! 元に戻したか。
どうやら危害を加えるつもりではなかったようだ。
だが、まだ油断はできない。
「服、硬かったよね……身体、痛くない……? あと、いまのポーズだと……バランスが、悪い……。ちゃんと二本足で、まっすぐ立って……」
女の子はポンポンと、イノビーの身体を優しく叩いた。
「え? あ、ああ」
イノビーはキョトンとした表情で、言われた通りの体勢で立った。
「うん……そのまま、そのまま……」
そう言うと、女の子は少し離れた位置へ移動した。
――そして、両手をイノビーに向けて、何やら目を閉じて集中し始めた。
「……『強制石化魔法』」
その魔法の言葉が女の子から放たれると、瞬時に『ガキンッ』という激しい音がした。
――そして、イノビーの姿をもう一度よく見ると……なんと、身体が全て石になっていた!
「――えっ!? い、イノビー……?」
俺が驚いて茫然としていると、ニセ勇者が口火を切った。
「はっはっは! これが、『約束』だ……! 君が必ず決闘の場へ来るための、いわば人質さ。君の、彼女への言動を聞いて確信していたんだよ。大事な女なんだろう?」
「――おい! ニセ勇者、お前……ッ!!」
「安心しろ! 彼女は生きている! 決闘の場に来る約束さえ果たせば、彼女を解放しよう! ……もちろん、決闘にオレが勝てば、彼女の運命はさっきまでの予定通りだがな」
完全に油断していた!
まさか、あんな一瞬でイノビーを石に変えられてしまうとは……!
「――おい、カチュア! いま放った石化魔法の魔術強度はいくつだ」
「はい、エル・シャカラビット様……。魔術強度は『B級』です」
「はっはは……! さすがだなカチュア。B級ほど高ランクな石化魔法を解除できる魔術師は、この町には存在しまい。王国全体でもグイン様くらいなものだろう……!」
ニセ勇者はそう言うと、今度は俺に向かって口を開いた。
「さて、自称勇者くん……この石化魔法を治せるのは、ここにいるカチュアくらいだ。オレと君の勝負の決着さえ付けば、勝ち負けに関わらず彼女の石化は解除しよう! ゆめゆめ忘れるな! 今日の16時に、町の中心地『大噴水広場』だッ!」
「くそッ! お前……こんなことをして許されるとおもうなよッ!!」
できれば、いますぐ『勇者の威光』を唱えたい。
だが、彼女の石化はどうなる?
グインなら治せるだろうと言っていたが、本当に治せるとは限らない。
……完全にロリ天使を出すタイミングを見誤った……!
「ソフィア、コニー。40人で食事がとれるところなら何処でもいい、すぐに移動しろ! 3秒以内だ。もちろん石像付きでな」
「「はっ! ご命令を拝承しました! エル様!」」
ニセ勇者に命令された女の子の2人組は、左右に並び、持っている杖をくるくる回した。
「「ス~ペ~シャ~ル~、合体魔法ッ! 『集団転移魔法』!」」
そう言い終わると同時に、2人はお互いの杖をコツンと軽くぶつけた。
――すると、『バシュン!』という音を立てて、40人と、石になったイノビーの全員が、この裏通りから一瞬で姿を消した――。