第20話 固まれ、人体!
「……行くぞ、ロリ天使! 『ヒーローマジェ――」
「そこまでだッ! カチュア、試験は終了だ! どうやらお前の勝ちのようだ。これ以上戦っても、もうその女に勝ち目はあるまい」
――お。
「はい、分かりました……。エル・シャカラビット様……」
魔法使いの女の子は、身体を脱力した。
すると、氷で構成された腕のような物体は、すぐに粉々に砕け散って、水には成らず、そのまま綺麗に消えた。
攻撃はいったん終わりか。
……考える時間ができた。
もちろん、流れが変わったわけではない。
このままいけばブレスレットの力で、イノビーを操られてしまうのは確実だ。
なので、結果的に俺は、間違いなくロリ天使を使うことになるだろう。
だが、同じ使うという行為にしても、最適なタイミングというものがある。
「はぁ……はぁ……!」
イノビーが息をあげている。
やはり限界が近かったのだろう。
あのまま行けば、魔法使いの女の子が押し切るのは間違いなかった。
「誠司さ~ん! 状況的に、このタイミングでニセ勇者を倒しきるのがベストプラクティスですよ! 止めちゃわないで、はやく魔法を唱えましょ~!」
ロリ天使は、俺に『勇者の威光』を使わせることを急かしている。
だが……。
「いや、ロリ天使。いまはまだその時じゃない」
「ほえ?」
ロリ天使は首をかしげる。
「簡単な話だ。あのニセ勇者は既に、勇者の間違った噂を町中にバラまいている。奴をこんな誰も見ていない裏通りで倒したとしても、広まった噂は簡単には消えてくれないだろう。そうなると、勇者の存在を発表する際に王国が困るはずだ。だから、ニセ勇者は『大勢の町民が見ている前』で、堂々と倒す必要がある」
「なるほど~! さすが誠司さん! 見せ場分かってる~!」
――だが、実は俺の本音はそっちじゃない。
ただ、単に、俺は……。
……イノビーや、そこにいる女の子たちに迷惑をかけたくないんだ。
こんな誰も見ていない裏通りで『勇者の威光』を使えば、ロリ天使がここにいる女の子たちにいったい何をするか……分かったものじゃない。
だが、いくらロリ天使といえど、大勢の町民に囲まれた町の中心地では、さすがにそんなメチャクチャなことはやらないはずだ。
たぶん。
――さて、やりたいことは決まったが、大きな問題が1つ残っている。
それは、どうやってニセ勇者を町の中心地まで引きずり出すかだ。
それも、イノビーが無事な状態のままで。
いまの状況では、かなり強い動機付けでないと、奴を動かすことはできない。
考えろ、考えるんだ。俺……!
「――カチュア、よくやった。お前が十分に強いことを再確認できたよ。残留決定だ」
ニセ勇者は優しい口調で、魔法使いの女の子に語りかける。
「はい……エル・シャカラビット様……。お褒め頂き、幸甚の、至り……」
そう言いながら、魔法使いの女の子はニセ勇者に振り向いた。
イノビーへの警戒は、既に解いているようだ。
もう、イノビーは眼中にないといった様相だ。
それほどの実力差があったのだろう。
――と、その時、イノビーは突然『バッ!』と駆け出した。
彼女は女の子を避けて、まっすぐニセ勇者に向かっている。
両手には短剣を握っていた。
この隙に、ニセ勇者をやる気だ……!
「土に還れッ――!!」
イノビーがニセ勇者に迫り、短剣を握った両手を突き出した!
すると、女の子は即座に振り向いて口を開いた。
「――『着衣固定魔法』」
そんな言葉を唱え終わると『ガシッ!』という音がして、イノビーの動きが急停止した。
スピードを出して走っていたのに、慣性の法則を無視したような恰好だ。
「――痛ッ! な、なんだこれは! なぜ私の身体が急に止まる……! 服が、動かない……?」
「イノビー! 大丈夫か!?」
「はい……大丈夫です、勇者様。ただ、服が鉄のように硬くなり、びくともしません……!」
イノビーはそう言いながら、首や手首をジタバタ動かす。
たしかに……服だけが、空気中に固まっているように見える。
走っていた時に、あれだけアクティブになびいていたロングスカートが、まるでストップモーションアニメの一枚絵を切り出したかのように、そのまま空中に静止していた。
――そうやって困惑しているイノビーのもとに、魔法使いの女の子がゆっくり歩み寄ってきた。
「これは、空中に服を固定させる魔法……。だけど、金属、革、魔術繊維には効かない……。剣士のクセに、鎧ではなく、そんなひらひらの、普通の服を着ているのが、そもそもいけない……」
「あなたがやったの……? こんな魔法が使えるなんて……。最初から、私に勝ち目なんてなかったのね」
「……当たり前……。ちなみに……普通の服を着てた時点で……いつでも倒せることは、分かっていた……。いままで、使わなかったのは……いわゆる、舐めプ……」
魔法使いの女の子が台詞を言い終わるのと同時に、ニセ勇者は「くくく……」と笑い始めた。
「ははは……。ナイス機転だ、カチュア。さすがだな」そう言って女の子を褒めると、次にイノビーの方向へ向いた。「残念だったな……えーと、イノビーちゃんだっけ? 言っておくが、あのままオレを切りつけたとしても、傷一つ付けることは叶わなかった。なぜなら、オレの着ている服、これも超魔装具だからだ。その程度の短剣の攻撃なら、すべて無効化できる。悪いな……」
「くっ……」
「さて。そろそろ、そのサングラスも邪魔だろう」
ニセ勇者は、手で払いのけるかのように、イノビーの顔を手の甲で素早く叩くと、サングラスが地面へと『クシャッ』と壊れ落ちた。
「……おお! 予想は大当たりだったな……。やはり、上玉だ! このまま売り飛ばすのも惜しいが、オレにはこれから真の勇者としての大義があるのでな……手早く済ませてもらう……!」
そうは、させるか!
「――クックック……。は、はは、はっは、はっはっはっは……! ゥウ~↓……ふぅーあ↑っはっはっはっはっはっはっは!!」
「「「――ッ!?」」」
登場人物が全員、振り向いた。
急に奇声を発生し始めた俺の方向へだ。
俺は、なおも高笑いを続ける。
「はーっはっはっはっはっはっは! うーひゃっひゃっひゃっひゃ!! うおおおお~↑↑!!」
すると、ロリ天使がキラキラした顔で沸き始めた。
「おお~! それ、私の真似ですよね! 誠司さん! やっとその表現の魅力に気が付きましたか~! でも、ちょっとオーバー過ぎますよ~!」
ロリ天使はキャッキャしながら俺を讃えた。
まことに不本意ではあるが、とりあえず俺が考え付く限りの注目を集めそうな行動というものは、ロリ天使のモノマネくらいしかなかった。
――全員がこっちを見てる。
ニセ勇者も、女の子たちも。
イノビーも、首をちょっと無理な角度へ曲げてまでこっちを見てる……。
かなりのアドリブだが、とりあえずニセ勇者によるイノビーへの催眠攻撃を、一時中断させることには成功したようだ。
これから、俺はニセ勇者を町の中心地へ引きずり出す説得を行う。
まだ、決め手が欠けるため、成功率は低いとは思うが……最適な方法は喋りながら考えよう。
もう、これしかない!