第17話 飛んで火にいる、本物勇者!
「オレは真の勇者だ! それを固く信じろ! そして『この町に、真の勇者が現れた』という噂を喧伝するんだ!」
ニセ勇者は大勢の聴衆に命令した。
どんな命令をするかと思えば、さらに噂を喧伝する……?
さっぱり目的が分からん。
しかし、何かを企んでいるのは確実だろう。
勇者の噂を広めること自体が、何かを達成するための手段になっているはずだ。
「それでは、いまの命令を実行しに行け! ただし、人だかりを維持するために、少しずつ新しい聴衆と入れ替わるようにして出ていくんだ。出ていく時には『ありがたい存在に出会った』という、感極まって漏れ出るような感想を忘れずにな……」
なるほど、だから先ほどすれ違った人間は、一様にそんな感想を漏らしていたのか。
「『催眠』を解く! 命令通りに働けよ!」
――『パンッ』
ニセ勇者が手を叩くと、聴衆たちは皆ハッと我に返り始めた。
そして、次第に音や声が聞こえるようになった。
「素晴らしいお話しだったね〜!」
「僕も大きくなったら勇者様みたいになりたい!」
「やっと本物の勇者様が現れたな。これでこの町もさらに安泰だ」
「ここまで誉れある勇者様であれば、いつかきっと王国からも、正式に認められる日が来るだろう」
聴衆は命令通りに、そんな感想を漏らしながら、一人、また一人と少しずつ出ていった。
「勇者様……! あのニセ勇者はきっと何かを企んでいます……! このことは王国に報告しましょう」
イノビーはそう言いながら、俺の腕を掴んできた。
「ああ、もちろんだ。これ以上ニセ勇者に妙な真似をされれば、町の平和に影響が出るかもしれないしな」
「はい、その通りです!」
「それでさ、今日はまだ時間がある。もう少し、ここでニセ勇者を観察してみよう」
「なるほど、分かりました! 私もご一緒します!」
*
俺たちが来た時から数えて、ニセ勇者の公演は4周目に入った。
公演の話は毎回全く同じで、一字一句変わらなかった。
15~20分くらいはあるスピーチなのに……ある意味才能だな。
カンペもなし。
話の内容はともかく、話し方と身振り手振りは上手いほうだ。
このプレゼンスキルであれば、現実世界でもそこそこ通用しそうだな。
「――それでは、みなさん……オレの命令を聞けッ!!」
ニセ勇者はブレスレットから、ピンク色の閃光を放った。
俺たちは1周目とは違い、立って腕を組みながら、堂々とニセ勇者を観察していた。
「やっぱり、書物に書いてあった通りですね! サングラスを掛ければ、何度浴びてもへっちゃらです!」
そう、俺たちはいま、サングラスを装備している。
イノビーが読んだ書物によれば、あの催眠攻撃はサングラスで無効化できるとのことだった。
サングラスは商業エリアへ一度戻って購入したものだ。
イノビーは女優が付けていそうなデカめのサングラス、俺は戸愚呂・弟が付けていそうな細めのサングラスを購入した。
そもそも、俺には閃光が効かないが、なんとなくノリで買っちゃった。
たぶん、似合ってる。
「――それでは、いまの命令を実行しに行け! 今日はこれでおしまいだ、速やかに解散しろ!」
――おお?
全く同じ文言を喋ると思って油断していたが、ここだけ違ったか。
なるほど、そろそろ昼休憩といったところか。
これはチャンスだ。
ようやく尾行できる。
「『催眠』を解く! 命令通りに働けよ!」
――『パンッ』
ニセ勇者が手を叩くと、聴衆はハッと我に返り、ぞろぞろと外へ出て行き始めた。
「イノビー、チャンスだ。俺はニセ勇者を尾行しようと思うが、イノビーはどうする?」
「もちろん、ご一緒します! 王国への報告はその後でも構いません!」
「ありがとう。――あ、ニセ勇者のやつ、もう移動し始めたな。俺たちも行こう」
「はい!」
*
ニセ勇者は商業エリアへ通じる、ひとけのない裏道を通っていく。
ぞろぞろと女の子を連れて……。
明らかに30人以上はいる。
あの人数での昼食だ。
商業エリアの中心地でないと、そもそも席の数もないのだろう。
「イノビー……。ニセ勇者は、どうやら商業エリアへ行くようだ。おそらく昼食だろう。しかし、仲間の女の子と会話をしているようだが、核心に触れる内容ではないな」
俺たちは物陰に隠れながら、ニセ勇者の集団を尾行していた。
裏道は物置や障害物だらけなので、尾行に適した通路だった。
「そのようですね……。ひとけのない裏道なら、密談をしていてもおかしくないのですが……」
――すると、ニセ勇者の集団が、ピタっと足を止めた。
「さて……この辺でいいだろう」ニセ勇者はそう呟くと、急にこちら側に振り向いた。「おい! そこで隠れてコソコソと尾行しているお前! いったい誰だ!?」
くそっ!
バレていたか。
だから会話の内容には気を付けていたのだろう。
どうする? 出るか?
いや、出るしかないだろう。
既に見つかっているようなものだ。
俺なら大丈夫。
死なない身体を持っている。ロリ天使のお墨付きだ。
それに、いざとなればロリ天使もいるしな。
「イノビー……ここは俺が出る。お前は頃合いを見計らって逃げろ」
「えっ……? 勇者様――!」
――『バッ!』
俺は物陰から飛び出した。
そして顔を上げてまっすぐニセ勇者を見た。
「バレちゃったなら仕方がないな……! 俺が『本物の勇者』、セージ・ウエハラだ! 俺のニセモノが出たっていうんで、尾けてきたんだ」
俺がそう言うと、ニセ勇者は笑い出した。
「あっはっはっは! 何を言うか……! オレこそが本物の勇者だよ。それに、君はまだ子供じゃないか」
確かに、いまの俺は15歳の中学生だ。
20歳前後のニセ勇者にしてみれば、子供に見えるのだろう。
「子供だからどうした? 俺は勇者だからお前より勇敢だよ。お前が集団で行動するのは、自分の弱さを隠すためだろう?」
「あはは……。子供の言うことだ。許そう。それに、この女の子たちは、自ら進んでオレの仲間になったんだよ。弱さを隠すためとは、ずいぶん業腹な物言いだね」
「いや、『自ら進んで』は嘘だな。その女の子たちも、そのブレスレットの力で仲間にしたんだろう?」
俺がそう言うと、ニセ勇者はギョッとした表情を浮かべた。
「馬鹿な! なぜこのブレスレットのことを知っている……! まさか、そのサングラスも、それを踏まえた上で付けているのか!」
「その通りだ。……おーい! そこの女の子たち! お前たちはこのニセ勇者に騙されてるぞ! ブレスレットの光を見たんだろう?」
俺がそう言うと、30人以上はいる女集団がざわつき始めた。
「ブレスレットの光……ピンク色……」
「ああ……! 何か思い出しそうな……!」
「そういえば、アタシ、なんでエル様に付いていこうとしたんだっけ……?」
「なんか、頭が、とても痛いわ……」
お、意外と効果があったか。
『催眠』だか何だか知らんが、そこまで強くはなさそうだな。
「――くそっ! おい、お前ら! オレの命令を聞けッ!」
ニセ勇者の手首から出る、まばゆいピンク色の光が、女の子の集団を眩しく照らした。
すると、女の子全員が目に光を失い、まるで半分眠っているような状態になった。
「いいか! いまのブレスレットの光の話は忘れろ! 思い出す必要はない! このことに関する記憶の想起を、すべて禁止する!!」
忘れさせることもできるのか……!
「『催眠』を解く! 命令に従えッ!」
――『パンッ』
ニセ勇者が手を叩くと、女の子の集団はハッと我に返った。
「はっ……! アタシは何を……!」
「何か話していたはずなんだけど、忘れちゃった~」
「頭痛が少し収まってきたみたい……」
やっぱりヤベー道具だな。
早くどうにかしないと。
「よくも、女の子の頭をいじくりやがって……! この『鬼畜メガネ』がッ!」
俺がそう叫ぶと、ニセ勇者は再び、驚いたような表情をした。
「なに! なぜオレの昔のあだ名を知っている!?」
あだ名だったんだ。それ。