第16話 口コミの勇者と、噂の真相!
集まっている人たちはシーンと静まり返り、中心にいるメガネの青年の話を聞いていた。
俺たちも他の人と同じように耳を澄ませ、その話を聞いてみることにした。
「……オレは、あなたたちの平和を誰よりも願っている。オレはこの町で生まれ育った。一時期は修行のために外へ出たが、神の啓示を受けこの町に戻ったんだ。それが、オレの使命だと信じて……」
ん? なんだ、『神』?
宗教演説かな。
――それからしばらく、俺たちは彼の演説を聞いてみた。
しかし、いまいち心に入ってこない。
彼のインテリな雰囲気と、落ち着いた喋り方は聴衆に期待感を持たせるだろう。
しかし、肝心の話の内容については、あまり興味をそそられなかった。
「ずいぶん若い男だよな。20歳前後くらいかな?」
俺から出る感想は、話の内容ではなく、それよりも優先順位が低そうな彼の外見についてだ。
それくらい、話の内容がフツー過ぎて、期待感を上回るものではなかったからだ。
「そのようですね! ただ、すれ違った方がみんな、一様にありがたがっていたのが気になります。彼の発言を聞く限り、あまり引き付けられる要素は見当たりませんが……!」
それは俺も同意見だ。
もったいぶった喋り方で、結論を先延ばしにしている。
それともなにか、とんでもない大オチでもあるのだろうか。
「あ、勇者様! そういえば彼の後ろにいる女の子たち、とても可愛いですね……! 案外あの子たちが見たくて、みんな集まっているのかもしれないですね!」
そうかもしれんが、老若男女問わずいるから、もっと別の要因もあるのだろう。
……あれ、待てよ……?
「イノビー、なんかさ、数十人の女の子を引き連れてる男の話って、最近どこかで聞かなかったっけ? ほら、なんだっけ。なんか、こう、喉元まで出てるんだがなぁ……」
「私もいま同じことを思っていました! どこで聞いたんでしたっけ……」
俺たちがそう思案していると、男は演説中、天を仰ぐようなポーズをした。
「――そう! オレが……オレこそが勇者! 世界の国々の代表者に認められた、真の勇者なんだ……。もう、ここにはその『噂』を聞いてやって来た人もいるだろう……!」
メガネを掛けた青年がそう演説してハッとした。
あ、この男が……!
「――勇者様! 間違いありません! あの男が『聞き耳』で聞いたニセ勇者です! 噂通り、30人以上の女の子もいます……!」
ニセ勇者か……。
俺はのんびりとデートをしながら探りを入れるつもりだったが、まさか初日で巡り合うとは。
念のため、アレをしておこう。
俺はまっすぐニセ勇者を見た。
「『なんでも鑑定魔法』!」
――――――――――――
エル・シャカラビット
称号:【鬼畜メガネ】【超魔装具コレクター】【ニセ勇者】【形から入るタイプ】
HP 100%
MP なし
体力 【強い】
魔力 【犬の餌】
攻撃力 【非常に強い】
防御力 【普通】
敏捷力 【強い】
※『~力』というステータスは9段階評価となります。評価の高い順から『神』『ヤベーやつ』『非常に強い』『強い』『普通』『弱い』『非常に弱い』『ナメクジ』『犬の餌』と表記されます。
――――――――――――
――間違いない。
称号にもバッチリ『ニセ勇者』と書かれている。
やっぱり便利だなこのスキル。
……さて。そんな『鬼畜メガネ』のニセ勇者は、ここで人を集めて何をするつもりなんだろう。
人の行動には、明確な目的が伴うものだ。
俺はそれを見たい。
「さぁ……そろそろオレの話も大詰めだ。そろそろ本題と行こうか。ここに来た人たちも、全員が入れ替わった頃合いだろうし……」
そう言うと、ニセ勇者は服の袖をめくり、片手を頭上に掲げた。
その手首には、装飾のやや目立つブレスレットを装備していた。
「――あ! あのブレスレットはッ!」
イノビーがブレスレットを見るやいなや、とても驚いたような表情をした。
「勇者様ッ!! 腕で目を隠して伏せてくださいッ!!」
そう俺に叫んで、イノビーは俺の肩を掴んで地面に引っ張る。
なんだよ、いったい……。
彼女に服の肩部分をグイグイと引っ張られるが、俺はどうしても目の前の光景が気になる。
なので、俺は中腰の姿勢を維持しつつ、聴衆の隙間から、ステージの中央を見つめ続けた。
「――それでは、みなさん……オレの命令を聞けッ!!」
ニセ勇者がそう言うと、手首に付けたブレスレットの宝石はまばゆく光った。
ピンク色の閃光だ。
異常に眩しい。
まるでレーザーポインターを全方向の照射しているようだ。
……数秒間の照射が終わると、ニセ勇者はブレスレットの閃光を弱めて、また服の袖に隠していった。
「ふふ……。こんなところかな。これでオレの超魔装具の効果が全員に効いたはずだ」
ふと気付くと、聴衆は全く音を発さなくなった。
無音。
先ほどまでの静寂でも、小さな話し声、咳き込む音、衣服やカバンをいじる音などは、わずかに聞こえてはいた。
しかし、ピンク色の閃光が光った途端、音はストンと、全くなにも聞こえなくなった。
誰も一切喋らない。
誰も一切動かない。
ただ、ステージ中央にいるニセ勇者を、彼らは眠たそうな表情でボーっと見つめていた。
「なんだ、あのピンク色の光は……」
俺がそう小声で呟くと、腕で目を塞いでいたイノビーは「え……?」と俺に聞き返した。
「勇者様……あのブレスレットの閃光の色が見えたんですか……?」
「え、あ、うん。ピンク色だったね」
すると、彼女は俺と同じく中腰になり、まじまじと俺を見た。
……そして、親指で中指を抑える『デコピン』のような構えをした右手を、俺の顔にそっと近づけた。
「え、えーと……えいッ!」
――『バチンッ』
「うお!」
イノビーは俺の鼻の頭を指で弾いた。
痛い!
「……イノビー! いきなり何をするんだ!」
俺は小声で怒鳴った。
本当に何してくれてるんだ。
いくら女でも、兵士級の力で、鼻に全力の『デコピン』を放たれるとかなり痛いぞ。
「えっ! 普通の反応! 本当になんともないんですか……!? あのブレスレットの閃光を見ると、みんなボーっとするのに……! さすが、勇者様……あっ――!」
イノビーは急に突っ伏した。
また土下座か……。
「勇者様! お身体に手をあげてしまい、申し訳ございませんでしたッ! 誠心誠意謝罪いたしますッッ!!」
そう言いながら、彼女の土下座形態は『カエル逆立ち』へと変化していき、次第に『逆立ち土下座』へとその様態を変え始めた。
「おっと!」
――『ガシッ』と俺は、天を突き始めたイノビーの両足をキャッチした。
また、あのパンツタワーを完成させるわけにはいかない。
「イノビー……! いきなり目立つことをするな……! 鼻のことは気にしなくていい! まず、俺に状況を説明しろ……! あのブレスレットはいったい何なんだ?」
俺がそう言うと、彼女は両足の力を抜いて着地し、地面にゆっくり座った。
「はっ……! ご厚情痛み入ります……。はい、あのブレスレットは『催眠』の超魔装具と呼ばれるものです。あれから放たれる閃光を見てしまうと、誰でもストンと、一気に催眠状態になってしまうんです……」
「『催眠』? 催眠術のことか? 『あなたはだんだん眠くなる』みたいに言うと、本当に眠っちゃうやつ?」
「はい。催眠状態の人間に対して『眠れ』と命令すると即座に寝てしまいます。それくらい、精神、肉体ともに命令を受けやすい状態となってしまいます」
ヤベー道具だな。
「そんなにとんでもない道具のことを、なぜイノビーは知ってるんだ?」
「王国の書物室で、その情報が書かれた本を見たことがあるからです。もっとも、大昔の超魔装具だったので、いまでも現存しているとは思いませんでしたが……!」
「なるほど……分かった。ありがとう、イノビー。そんなに危ない道具ならば、早くなんとかしないとな」
俺は、ちらりとニセ勇者のほうを見た。
……どうやら俺たちには、まだ気付いていないようだ。
少しうるさくしてしまったが、それでも気付かれなかったのは、俺たちが段の一番上にいて、ほぼ外側に面していたためだろう。
「ふふふ……。それでは、お前たちに命令を下す。心して聞け……!」
ニセ勇者は聴衆に命令するようだ。
いったい、どんな命令なんだ?