第15話 腰付く布と、ステンドグラス!
「そういえば、勇者様……! 私に対する罰は、いつ実施されるのでしょうか……!」
イノビーは、フランクフルト串のケチャップとマスタードを口元に付けながら言った。
屋台で買ったので、俺たちは町を歩きながら食べている。
「ん? それなら、もう絶賛実施中だけど。俺と町に一緒に行くっていうのが罰だ」
「ええ! それなら罰じゃなくなっちゃいます……! 私にとってはご褒美みたいなものですから!」
「あはは。お世辞でも嬉しいな」
「お世辞じゃないですよ! 私は勇者様と一緒にいられることが……あっ――!」
――『ドンッ』
よそ見をしていたイノビーは、前方からやって来た通行人とぶつかった。
あらあら……意外とどんくさいんだな。
「おい、ネエちゃん、ちゃんと前見て歩けよ! 俺様が悪者だったら『誠意見せろやッ!』って言ってるとこだぜぇ!?」
ぶつかって来た人はガタイの良いオッサンだった。
語気の強い言葉とは裏腹に、オッサンは気さくな笑みを浮かべて手を振り、そのまま立ち止まらずに人混みの中へ紛れていった。
「ははは。すみませんでした……」
俺はそう言ってオッサンに会釈する。
ちなみに、ぶつかった時、咄嗟にイノビーを守ろうとして、俺は彼女を肩に抱き寄せた。
結果的に相手は問題のない人物だったので良かったが。
俺の肩に抱き寄せたイノビーをよく見ると、俯きながらプルプルと震えている。
――あ、しまった。もしかしてこれは、セクハラになるのでは?
俺は、結構ガッツリと彼女の身体に触ってしまっている……。
パッと手を放して彼女を解放した。
「あ、ゴメン、イノビー……。咄嗟に抱き寄せてしまっ――」
――すると、いきなり彼女は『バッ!』と音を立てて、俺に向かって地面に突っ伏した。
あ、これは土下座だ……。
「――イノビー!? ど、どうした……?」
「ゆ、勇者様!! 大変申し訳ございません!!」
「えっ……? 何がだよ。逆に俺が申し訳ないと――」
「わ、私のフランクフルト串のケチャップで……! 勇者様のお召し物を……!」
「ん?」
俺の服をよく見ると、確かにケチャップとマスタードが服にくっ付いてる。抱き寄せた時に付いたのか。
あー、シミになるかな。
といっても、自分で買った服じゃないから、正直どうでも良い。
洗濯するメイドには悪いかもだけどね。
「あはは、これね。これくらい全然大丈夫だよ。むしろ、ワンポイントのアクセントがついて、格好いい服になったんじゃないか?」
「い、いえ! それでは私の気が済みませんッ!! 誠心誠意謝罪いたしますッッ!!」
あ、このパターンは――。
イノビーの土下座形態が変化していく。
『通常土下座』→『カエル逆立ち』→『逆立ち土下座』へと、カシャ、カシャっと切り替わった。
イノビーさん!?
――あ、これは……!
「お、おい! イノビー! お前……いまロングスカートなんだぞッ!」
そう、彼女が履いていたのはロングスカート……!
逆立ち土下座をした瞬間に、ロングスカートは全て裏返り、上半身をスッポリ覆い隠していた。
そして、こんもりと裏返ったスカートの山に、ポツンと丸出しの下半身がニョキっと生えていた。
つま先までピーンと張った下半身。
身に付けているものは、靴とパンツのみ……!
かなり異様な光景だ。
「この通りですッッ!!」
「どの通りだよッッ!!」
すると、町行く人々が次第にざわざわと沸き始めた。
「おお……! あれはなんだ! パフォーマンスか?」
「ママー! あれ、何してるの〜?」
「まったく、最近の若いモンは……! 公衆の面前で、あのような変態プレイを……!」
「なんて美しい生足なんだ!」
ま、マズい……!
このままだと公然わいせつ罪か何かで、しょっぴかれてしまうかもしれない!
正直、俺はこちらに向けられたイノビーの尻に心を奪われていたが――パンツの色は白ッ!――いまはそれどころではない!
「おい、イノビー! とりあえず立て! ここは人が多いから、早く移動しよう!」
「う、うう……!」
「ど、どうした?」
「すみません、勇者様……! 身体がこわばって、元に戻れません……!」
解除できない変身はしないでくれ。
「――分かった。身体を持ち上げるから、力を抜いておいてくれ」
「えっ? あっ――」
俺は、彼女の両生足を掴んで、そのまま担いだ。
腰の部分が俺の肩に乗っている恰好だ。
今度こそ真っ当なセクハラだが、日本で言うところの『緊急避難』のように、法的責任が免除される場面に違いない。
異世界の司法に、そんな項目があるかどうかは知らないが。
*
「ふぅ。ここまで来れば大丈夫かな」
俺は、商業エリアのメインストリートから横道に入り、ひとけのない裏通りを走っていった。
途中、イノビーを降ろして2人で一緒に走った。
そして、辿り着いたのがここ、聖堂エリアの大聖堂前だ。
「勇者様、すみませんでした……! 私のせいでご迷惑をお掛けして……!」
確かにそれは全くその通りだが、可愛いので許す。
パンツも見ちゃったし。
「あはは、いいよ。それに町の遊覧を望んだのは俺だしな。ちょっと予定よりは早いが、聖堂エリアも見たかったところなんだ」
「ご厚情痛み入ります……!」
「かしこまらないで。俺はね、明るく毎日過ごしたいんだよ。イノビーにも、もっと笑顔でいてほしいんだ」
「勇者様……」
「とりあえず観光だ! イノビー、一緒に大聖堂へ入ろうよ。さっきの看板を見たところ、入場料の支払いにはマジッククレジットカードが使えるみたいだしさ」
「は、はい! お供いたします!!」
――というわけで、俺たちはノープランで流れ着いた大聖堂を見学することになった。
*
「ステンドグラスが凄く綺麗だったな」
大聖堂は意外と見るものが少なく、一時間もせずに出口の前の大広場に出ることになった。
内装は綺麗だったが、あえて感想を言うとすれば、ステンドグラスに対してくらいかな。
それでも出るのに一時間弱かかったのは、やけに人が多くて混んでいたからだ。
ここら辺は現実世界の観光名所とあまり変わりがなかった。
「はい! 私は、実は何度か見に行っているのですが、あのステンドグラス、どうもデザインが最近変わったらしいですね! 前見た時よりもさらに綺麗で、高尚になってました! とても楽しかったです~!」
イノビーが元気そうに感想を言う。
やっぱり、堅い態度よりそっちのほうが元気もらえるわ、俺。
こうして見るとオフの時のOLって感じだな。
うん、実は俺のストライクゾーンど真ん中だったりする。
といっても、立場を利用して無理やり関係を迫るなんて、そんなサイテーなことはしない。
なんてったって、俺の名は誠司。『誠』を『司る』存在だ。
与えられた名に倣い、誠実に生きなければ。
「イノビーに喜んでもらえて嬉しいよ。それだけでもここに来た価値があるってものだ」
「あ、ありがとうございます! 勇者様! わ、私も、私が喜んでいるのを見て喜ばれる勇者様を、見られることが嬉しいです!」
イノビーが言葉早口に嬉しいという感情表現をする。
俺もそれを見て、さらに嬉しい。
相互称賛。永久機関だな。まるでカップルだ。
これが継続できるカップルは長続きする。
ガソリンを入れ続けないと、車は走らないからな。
「そういえば、そろそろお昼時だけど……さっきフランクフルト串を食べたばかりだから、あまりお腹は減らないな」
「うーん、そうですね~、あ! あそこにハーブティーの販売所がありますよ! お茶でも飲んで、ベンチでのんびりお話ししましょう~!」
「おお、いいね! ハーブティーは実は飲んだことがないから楽しみだよ」
「ならば是非ご賞味ください! リスティーゼ城下町には質の良いハーブが入荷されるので、大変美味しいですよ! 中でもここのオススメはレモングラスです! ハチミツを入れると最高なんですよ~!」
俺たちはそんな感じで雑談をしながら、ハーブティーの販売所へ向かって歩き出していく。
――すると、向かう途中、大広場の端っこに、何やら人だかりができていることに気が付いた。
「……? あの人だかりはなんだろう?」
「うーん、なんでしょう? この聖堂エリアでパフォーマンスをする人はいないはずですが……!」
「聖堂エリアだと珍しいんだ? それは面白そうだな。じゃあ一緒に見に行こうよ! ちょっとした冒険だね」
「はい! お供いたします!」
俺たちは人だかりの場所へ方向転換し、そのまま歩いていった。
「――ありがたや……ありがたや……」
そんなことを呟きながら歩いてくる老人とすれ違った。
人だかりから出てきた人だ。
まるで何か高尚な存在に巡り合えたような、そんな印象を受けた。
すれ違う人をあと何人か見たが、全員がそんな感じだった。
よほどの人物なのだろう。
「何か高尚な人が来ているみたいだな。あの人だかりの中に神官でもいるのかな」
「うーん、不思議ですね……! 普通の神官には人があそこまで集まりませんし、大神官なら聖堂の中にいるはずですし……!」
「ますます謎が深まるな。でも、このまま歩いていけば謎は解ける。楽しみだ」
――そして、俺たちは人だかりのところまでたどり着いた。
ステンドグラスの列なんて目じゃないほど、取り囲むように人が密集している。
ステージは中心になるにつれ、低くなる形状になっていた。
まるでドーム内のライブ会場だ。
段になっている所であれば、どこからでもステージの主役が観られるようになっていた。
続く段のふちに立った俺は、その衆目の中心にいる主役を見た。
……男だ。メガネを掛けている、20歳前後の青年がそこに存在していた。
彼は演説をしているようだ。
ふと、彼の背後を見ると、かなりの人数の女の子が並んでいることに気が付いた。
全員、綺麗で可愛い子ばかりだ!
少なくとも30人以上はいる。いいなぁ、あやかりたいものだ。
しかし、あれほどまでの人数となれば、気苦労のほうが多そうだが……。
「勇者様、少し静かになってきました! 演説の内容もこれで聞けそうです!」
「あ、ああ。そうだな……」
俺は、演説の内容にはさしたる興味がなかった。
どちらかというと、いまは別のことが気になっていた。
男が一人に、女が数十人……。
そんな特徴のある集団の情報を、最近どこかで聞いたことがあるような、ないような……。