第14話 ゆるふわ恫喝、元・女兵士(無職)!
町に着いた。
ただ、俺が想像していたよりもずっと厳重な町で、かなり高い壁に囲まれていた。
この壁にはどんな意味があるんだ?
恐竜でも出るんだろうか。
「勇者様! こちらですよ~! ここが町の入り口です!」
イノビーがぴょんぴょん飛び跳ねながら、手を振って俺を呼んでいる。
大きな胸も揺れている。
あれから馬車内では彼女と世間話をしていたが、早くも結構打ち解けてきた気がする。
たぶん、兵士じゃなくなった解放感も少しあるのかもしれない。
ちなみに、王族御用達の出入口ではなく、一般向けの通用口で町へ入ることになった。
そもそも、王族関係者でもお忍びで来る際には、後者を使うのが当たり前であるようだ。
今回のケースもそれに該当する。
――というわけで、その通用口の受付にやってきたのだ。
「リスティーゼ城下町に入りたいんだが」
俺がそう言うと、通用口の受付の男は怪訝な顔をした。
「あぁ? その臭ぇクチ開く前に身分証出せやコラ、オラ」
いきなり喧嘩を売られちゃった。
なんだこの町。
――すると。
『ガンッ!!』
イノビーが拳を、受付の机に勢いよく打ち付けた。
「お、おい……! なんだよネエちゃん、そんな怖い顔してさ」
「いま、お前が我が国の要人に対して言い放った千万の無礼……! 取り返しがつかないかもしれんぞ……ッ!」
イノビーが、いままでの印象とは真逆の怖い態度で詰め寄る。
声にドスが利いていた。
まるでヤクザである。
彼女は銀色に光るカード大の便箋を受付の男に手渡した。
男は怪訝な顔をしながら、便箋を開けて中身を見た。
――すると、男の顔が段々と蒼白していく。
「こ、これは……! 王国最上級の封蝋……ッ!! しかも、この要人の方は……ッ!!」
「他言無用だ……! 言えば牢獄生活が待っているぞ……!」
イノビーは綺麗な顔に怖い表情を貼り付けて、重くドスの利いた声で脅していく。
なんか、頼もしいな……!
「これは……何たるご無礼をッ!! 申し訳ございません……!! 私には家族がいるものでして……!! この生活だけは、勘弁してください……ッ!!」
受付の男が机に何度も額を打ち付けながらそう叫ぶ。
おいおい……! いちいちオーバーだな、この世界の人間は。
「お前の沙汰は、ここにあらせられる御方が下される……!」イノビーはそう言いながら俺のほうを向いた。「勇者様、この男の処遇、いかがいたしましょうか……!」
えー、俺ぇ?
俺が判決を決めるのかよ……。
なんで俺をここまで崇めるんだこいつらは。
「えーと……。俺は先ほどの態度を気にしていない。町を守るための関所の検問官としては当然の対応だ。罪は不問とする。これからも町の平和をよろしく頼む」
「は、はいぃ!! 勇者様のご厚情、大変痛み入ります! 恐悦至極……! 恐悦至極……!」
受付の男は机に突っ伏したまま動かなくなってしまった。
呪文のように何度も「恐悦至極……!」と繰り返している。
「検問官よ……! いま、偉大なる勇者様より温情極まる沙汰が賜られた……! 明日も生きながらえるという大幸運を噛みしめ、出精に励め……!」
俺、普通に暮らしたいのになぁ……。
*
「あ、勇者様~! あちらの屋台の串焼き、美味しそうですね!」
通用口の時とは打って変わって、イノビーは朗らかな女性の性格に戻った。
というより、町に入ってからはさらに態度が柔らかくなっている気がする。
可愛い。
――リスティーゼ城下町。
そしてここは、その町の中にある商業エリア。
思っていたよりも非常に人が多い。
カップル、親子連れ、10代の集団、昼間から飲み歩いてるオッサンたち……。
服装が少し中世っぽいところを除けば、顔ぶれや活気は現実世界とそう変わらないだろう。
商業エリアなので、建物の中にはたくさんのショップがある。
また、馬車通行禁止で歩行者天国と化した道路には、たくさんの屋台が並んでいて、まるで日本の縁日のようだ。
ちなみに『ニセ勇者』の件は、特に急ぐ理由がないことと、俺が町の遊覧を希望したため、一旦保留としている。
「やはり……町並みは現実世界のヨーロッパに似てる。バルト三国あたりが近いかな。建物も綺麗だ。お金かかってるなぁ……!」
「勇者様、なんです? よーろっぱ……?」
イノビーが首をかしげて聞いてきた。
「ああ、俺が元いた世界の国に少し似ていてね……。それより、ここはとても良い町だね。活気があって、平和で……。食事も、どれも美味しそうだ」
「美味しそうですよね! さっそくなにか食べましょう!」
「それなんだけど、俺、今日、お金持ってきてないんだよなぁ……」
最初から持ってないけどね。
「大丈夫ですよ! 私が出します! お金もカードもありますよ~!」
カード?
もしかしてクレジットカードかな。
異世界にもあるのか。
「本当に頼って大丈夫? だって、イノビーはもう無職なんでしょ?」
煽ってるわけじゃなく、ガチで心配して聞いてみた。
「それが大丈夫なんですよ~! 確かに厳密には私はもう無職ですが、いまは勇者様の警護をしているため、一日きっかりの嘱託兵士契約を王国と結んでいます! なので、今日一日はれっきとした兵士ですよ!」
「おお、頼もしいな!」
「はい! それに、先ほども言いましたが、要人警護のために、私は限度額無制限のマジッククレジットカードを持たされていますッ! なんでも買えちゃう魔法のカードですよ~! いまのうちに王国にツケまくって、ガンガン買いものしましょう!!」
――これが、この子の素の性格か!
イイね! こういうのを待っていたんだよ。
少しロリ天使に近い性格をしているが、変態的な欲望は持っていなさそうだ。
「へっへっへ……! 誠司さん、いつ彼女とホテルに行くんですか~? お二方を見ているだけで、わたしのライブ感が止まりませんよ~!」
ロリ天使!?
心の中で噂をすれば……!
ロリ天使は道具袋から、下卑た笑いを浮かべながら出てきた。
すっかり変態担当になったな。
「ロリ天使め。言っとくが俺には、イノビーをハーレムに加える気はないからな」
「またまた~! わたしの魔法で、イノビーさんの身体を見る誠司さんの視線を計測していましたが、顔が2割、胸とかお尻が8割でしたよ~!」
「なッ! ……お前なに勝手に人のことをッ!!」
図星だったので普通に大声を出してしまった。
実は、結構タイプだったのである。
「勇者様……!? どうかなされましたか? ひとり言……あ、いえ、高位魔術の詠唱をしていたようですが……!」
イノビーだ。
無理やり気を使わなくていいからね。
「ただのひとり言だよ。それより屋台でなにか美味しい食事でも取ろうか」
「はい! あ、できたらマジッククレジットカードが使えるお店にしましょう! 現金だと経費精算が少し面倒くさくて……」
イイね。最高。
イノビーの性格はだんだん兵士っぽくなくなっている。
この適度な遠慮のなさが、普通の後輩の女の子って感じだ。