第11話 忖度を避ける、最善の方法!
『チュン、チュン……』
窓の外でスズメが鳴いている。
朝だ。
朝チュンである。
「今日も良い天気だな〜!」
ふと、隣を見る。
ラキだ。
俺と同じベッドでぐっすりと眠っている。
といっても、当たり前だがあれから特に何かがあったわけではなく、気絶したラキをフツーにベッドへ運んで、フツーに俺も寝ただけだ。
俺は適当にソファーで寝ようとしたが、ベッド自体がキングサイズよりもやや大きいサイズであったので、そのまま一緒に寝ることにした。
ラキが気絶したあとは、ロリ天使が非常にうるさかった。
『叩き起こして第二ラウンドを開幕しましょう!』とか『いまのうちに乳首とか舐めておきましょう!』とか、やたらゲスく実況風に囃し立ててきたが、当然無視した。
ロリ天使の倫理観は少しバグってる。
「誠司さん! おはようございます! 昨日は惜しかったですね〜! でも、ラキちゃんからは情婦宣言を頂きました! もう完全に誠司さんの手中ですねぇ〜! へっへっへ……!」
ロリ天使が胸ポケットから、手をブンブン振り回して無邪気な笑顔を振りまいていた。
朝から元気過ぎるだろコイツ。
「はいはい……」
俺は軽く流した。
このロリっ娘が、なぜか異様に執着しているハーレムの件について、俺はYesもNoも突き付けず、そのまま流している。
とりあえずは、俺の目指している安寧とした平和な日々とは競合していないことが分かっているからだ。
昨日のラキとの会話で、ラキの性格ならまぁ大丈夫だと思えた。
ただ、もしロリ天使が俺の平和を乱すレベルで、良くないことをやり始めたら、ちょっとは叱りつけてやることにしよう。
*
朝食を食べ終わった。
というわけで、今日もなんとなく冒険してみるか。
暇だし。
ちなみにラキは、朝食を運んできたメイドに引き渡した。
抱きかかえて渡す時、メイドは『あー、勇者様は昨夜お楽しみになられたんだなぁ』とでも言いそうな表情をしていたので、俺は慌てて訂正をした。
急に倒れたので看病をしていたという立て付けだ。まぁ、いきなり気絶したのは事実だからな。
「えーと、服はこんな感じに着ればいいのかな?」
俺は異世界の服を身にまとって鏡でチェックする。
昨日はパジャマのままで外出したが、今度は庭ではなく城の外まで出てみたいので、町民っぽい服をクローゼットからチョイスしてみた。
服装の見た目としては、できるだけ地味なものを選んだつもりだが、それでも、まるでドイツの観光都市ハーメルンにある観光者向け衣装のような感じだ。
この世界の町民というものを、まだ見たことはないが、きっとみんなこんな感じなのだろう。
「ロリ天使、お引越し完了しました~!」
ロリ天使の寝床は俺のパジャマの胸ポケットから、腰に付けた道具袋に移った。
この服には胸ポケットがないからだ。
「オーケイ。位置についたな? じゃあ、二日目の冒険に出発だ!」
「は~い!」
ロリ天使は道具袋から顔と腕だけを出して、『ゴー! ゴー!』と言わんばかりに腕を振り回していた。
可愛い。
俺はドアまでつかつかと歩き、『ガチャリ』と開けていく。
ドアを開けた先は、また例の男女混合の兵士たちが、全員土下座をしていた。
「「「本日はお日柄も良く、勇者様におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます!」」」
またか。
曇りの日はなんて言うんだろう。
「……ん?」
俺は、一番近いほうの女兵士のそばに、可愛い猫のぬいぐるみが落ちていることに気が付いた。
ぬいぐるみと言ってもサイズは結構小さい。たとえるならタバコの箱程度の大きさだ。
女兵士の身体をよく見ると、装備している道具袋の蓋が開いていた。
なるほど、土下座した時に落としたんだな。
「君、なにか物を落としたよ。猫のぬいぐるみかな。可愛いね」
俺はそう言いながら中腰になり、手を伸ばしてぬいぐるみを拾おうとした。
「えっ――?」
女兵士は『ガバッ』と急に起き上がった。
あっ……このコースは――。
『ガツンッ!』
非常に鈍い音が鳴った。
俺の額と彼女の後頭部が勢いよくぶつかったのだ。
「いって~~ッ!!」
思わず声が出てしまう。
兜をしていないのに、なんて硬さだ。これが石頭か……!
俺は鈍痛に額を抑えてうずくまった。
そして鈍痛は徐々に痛みを増していく。
確実にタンコブになるな、これ。
「――はっ!! こ、これは! す、すみませんでしたッッ!! 勇者様ッッ!!」
女兵士は状況を把握すると、再び勢いよく床に額を打ち付けて土下座をした。
先ほど頭突きになった時、俺が額を、彼女が後頭部を強く打ったので、彼女のほうが痛いはずである。
それでもなお、献身的に土下座をしている。
――あまりにも気を使いすぎだ。
ここら辺の意識改善も俺の課題の一つだな。
これからの安寧の生活のために。
――と、他の兵士たち数名が急に立ち上がった。
「お、おい! イノビー! 勇者様になんてことをしてくれたんだッ!」
「勇者様に対して、なんたるご無礼を!! 軍法会議ものだぞッ!!」
おいおい……!
俺と頭をぶつけた女兵士に対して、兵士たちは責め立てていった。
――この場面は当事者である俺がなんとかするしかないな。
「待て! 彼女は俺に対して何も悪いことはしていない! ただの事故だ! このことは不問にするから気にするな!」
俺がそう言うと、立ち上がっていた兵士全員が頭を下げて片膝をついた。
ふぅ……これで収まったか?
わけの分からん高尚な身分として扱われてしまうと、些細な事でも毎回大事件になってしまうな。
「い、いえッ!! 全て私の責任でございますッッ!! 誠心誠意謝罪いたしますッッ!!」
女兵士が土下座状態のまま声を震わせて、謝罪の弁を口にした。
いや、もう俺が不問にするから気にするなって言っているのに、なんだこの子。
俺にどうして欲しいんだよ。
――すると、女兵士は土下座の姿勢のまま、尻を突き上げた。
!?
わけが分からん……。
女兵士は額と腕を地面に擦り付けたまま、ただただ尻だけを上に突き上げている。
「この通りですッッ!!」
どの通りだよ!
「あ、あのさぁ……そういうんじゃなくて、もう俺はこのことを不問に――」
「こ、これは失礼しましたッッ!!」
――すると、女兵士は土下座の姿勢のまま、床に付けていた膝を浮かして、今度はつま先立ちで尻を突き上げた。
!?
「この通りですッッ!!」
どの通りだよッ!
「あ、あのさぁ……そういうんじゃなくて、もう俺はこのことを不問に――」
「こ、これは失礼しましたッッ!!」
――すると、女兵士は土下座の姿勢のまま、床に付けていたつま先を浮かして、今度は『カエル逆立ち』のようなポーズをした。
!?
「この通りですッッ!!」
どの通りだよッ!!
「あ、あのさぁ……そういうんじゃなくて、もう俺はこのことを不問に――」
「こ、これは失礼しましたッッ!!」
――すると、女兵士は土下座の姿勢のまま、カエル逆立ち状態だった下半身を、今度はまっすぐ上に突き上げて『逆立ち土下座』のポーズをした。
!?
「この通りですッッ!!」
どの通りだよッッ!!
「分かったッ!! もう分かったからッッ!!」
――ふと、ハッとした。まさか、腰とか下半身全体を上げることで、頭をさらに下げるということを相対的に表現しているのか!?
俺には、よー分からん!
この国の文化なのか、もしくはこの女兵士の頭の中身がちょっと可愛いだけなのか……。
女兵士はつま先までピーンと張って、逆立ち土下座をしている。
額と両手のひらは床に付けているので、かろうじて土下座の体裁は保っている。
しかし、無理のある体勢なのだろう。少しグラグラとしていた。
「おいおい、大丈夫か……? 君の謝罪の意思は分かったから。姿勢を解いてくれ」
俺はつま先立ち座りをしながら、女兵士を諭した。
「は、はい……! 勇者様のお心遣い、痛み入ります……!」
逆立ち土下座の姿勢が相当苦しいのか、息も絶え絶えだ。
ふぅ……よく分からんが、今度こそ、これで収まったか?
毎回こんなに気を使う珍事件が続いたのでは、俺を含めみんなの身が持たないぞ。
「――あ、あれ……? あッ――!」
逆立ち土下座を解除しようとしていた女兵士がそんな言葉を漏らす。
――えっ?
なんと、つま先立ちで座っている俺に向かって、逆立ち土下座の姿勢を崩した女兵士のカカトが迫ってきた――!
あ、これは避けられないコースだ――。
『ガツンッ!』
非常に鈍い音が鳴った。
俺の頭頂部と彼女の靴のカカトが勢いよくぶつかったのだ。
「ぐぅおあああああッッ!! いって~~~~ッッ!!」
思わず声が出てしまう。
今度はガチのマジで痛い。
彼女の靴のカカトは金属製だからだ。
俺は鈍痛に頭頂部を抑えてうずくまった。
本当に痛すぎて、このまま天界まで逝ってしまいそうだ……!
そして鈍痛は徐々に痛みを増していく。
今度もタンコブは確実だ。しかもこれは半月くらい残るタイプのタンコブだ。
「――はっ!! こ、これは! た、大変申し訳ございませんでしたッッ!! 勇者様ッッ!!」
女兵士は状況を把握すると、再び勢いよく床に額を打ち付けて土下座をした。
そして、先ほどと同じように『通常土下座』→『尻突き上げ』→『つま先立ち』→『カエル逆立ち』→『逆立ち土下座』と綺麗なフォームで状態遷移をしていった。
いや、それはもう分かったから……。
ていうか、その危険な逆立ち土下座によって俺は負傷したんだけども。
――と、他の兵士たちは全員立ち上がり、一気に女兵士に対して責め立てていった。
「イノビー! 貴様ッ!! 勇者様に対してなんたるご無礼をッッ!!」
「軍法会議にかけるまでもないッ!! この場で素っ首を切り落としてやるッッ!!」
兵士たちは一様に女兵士に向かって剣を抜き始めた。
女兵士は逆立ち土下座のまま微動だにせず、逃げようともしていない。
あ、これはマズそうだ……!
「待て!! 待ってくれ!! 俺はいまの行為も許す!! いますぐその剣をしまえ!!」
「し、しかし……! こやつは勇者様に大変なるご無礼を……!」
「良いから! この女兵士についての行動は全て許す!! 早く剣をしまえ!!」
俺が二度ほど剣をしまうことを催促すると、ようやく兵士全員が剣をしまい始めた。
だが、女兵士に対する全員の憤怒の目線はそのままだった。
「くぅ……うっう……」
女兵士は逆立ち土下座の姿勢のまま嗚咽を漏らしている……。
これで良かったのか……?
――いやいや、よく考えろ、俺……!
この城での俺に対する崇め具合は異常だ。
このまま許すと俺が言っても、低くない確率で勝手に忖度して、女兵士に対し身内で私的な制裁を実行する可能性がある。
俺は最終的にはみんなでワイワイ明るく過ごしたいんだ。それが安寧とした平和な日々ってもんだ。
もし、今回の件でこの子が処刑されてしまえば、たとえ事件は偶然だったとしても、俺という歴史は血塗られたものとなってしまう。
そうでなくても、俺のせいで誰かが不幸になるのは避けたい。
誰も不幸にならない、そんな平和な世界が一番なんだ!
それが前世の経験から渇望する、俺の理想の世界だ……!
「……いや、気が変わった。この女兵士には俺が直々に罰を与える!」
俺は前言を撤回し、他の兵士たちに向かって彼女の処遇を宣言する。
「い、いえ……! 勇者様のお手を煩わせることなど……!」
「この俺が手づから制裁すると言ったんだ。この決定に疑義はあるか?」
「いえ、ありません……!」
兵士たちは一様に頭を下げた。
ふぅ……とりあえず女兵士の命はこれで助かりそうだ。
勇者である俺が『罰を与える』と言った。
だから、その後になって身内で勝手に私刑を実行するなんて、そんな失礼なことをしないはずだ。
だが、念のため、兵士たちには釘を刺しておこう。
「この女兵士は借り受けるぞ。あらかじめ言っておくが、彼女の今後の処遇と配置については俺が取り仕切る。口出しは無用だ」
「「「はっ……!」」」
兵士たちは全員が平伏し、俺の指示に従った。
すこし、俺の本来のキャラに似合わないロリ天使口調になってしまったが、どうもこのハッキリとした物言いでないと物事が上手く進まない気がする。
やはり……ロリ天使は全てを分かった上で、俺にあんなキャラ付けをしたのだろうか……?
ちらりと道具袋にいるロリ天使を見た。
「ぐーぐー」
ロリ天使は寝息を立てて居眠りしていた。
コイツ、いつも寝てるな。




