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1/2惑星カルテット ~乙女は精霊たちと舞闘する~  作者: 月川 ふ黒ウ


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25/28

なあ

 立秋祭は神殿の一大イベントだが年中行事でもある。

 修練生による組み手トーナメントが終われば、あとは後夜祭を控えるだけ。修練生たちは神殿が出している屋台や、演劇などの出し物の手伝いをしつつ、その合間を縫って祭りを楽しんでいた。


 年中行事であるため、撤収作業もほぼマニュアル化されていて、ライカたち決勝トーナメントに出場しなかった修練生たちはこの二日間を後片付けに費やし、来たるべき日常に備えた。


 そういう、周囲は慌ただしくも自身は休養を言い渡されたミューナは、食堂にひとりきりでたたずんでいた。


 ちなみにオリヴィアは昨日の朝一番になじみの電書本屋へ自分の端末を持って駆け込み、昼頃にほくほく顔で部屋に戻るとそのままリビングにミネラルウォーターを大量に用意してどかりと座る。そのままろくに食事も睡眠すらとらないまま、時折がまん出来ずにトイレに駆け込む以外は椅子から離れず、こちらからの声かけにもろくに反応せずに読みふけっている。

 こうなると誰にも止められないので放っておくとして、ひとりになったミューナは食堂にいればいずれライカが来るだろうという漠然とした期待を胸に、ぽつんと座り続けている。その姿は空の餌皿を見つめながらじっと座り続ける犬のようであった。

 時刻は昼食時も少し過ぎた頃。

 食堂はいつも通りの混雑をみせ、ミューナも活気溢れる注文カウンターに並ぶ。

 けれど視線は忙しなく周囲を見回している。

 どれだけ群衆の中にいようと、ミューナはライカをすぐに見つけられる。

 なのに昼食時にもライカは来なかった。

 神殿長の話が長引いているのだろうか。

 だとしたら原因は、あんなわがままを言った自分にあるのではないか。

 そんなことを考えていたらいつの間にか食器は空になっていた。なにを注文したのかも、どんな味だったかも覚えていない。もったいないと思うよりも、ライカに迷惑をかけている自分が悪いのだと決めつけた。


「……だめ、こういうの、ライカはいちばん嫌い」


 ミューナの思うライカはからりとして、うじうじと悩むことはしない。

 これ以上ライカに嫌われたくはない、と脳をすっきりさせるため、手元のコップへテーブルに備え付けのヤカンから麦茶を注いで一気に飲み干す。

 ヤカンの中の氷が溶けて味は薄くなっていたが、ちゃんと冷たかった。頭もすっきりした。


「もう食べたのかな……」


 イルミナと一緒に。

 なぜだろう。

 ライカがオリヴィアと自分以外の誰かと一緒にいるのを想像するだけで、胸がちくりと痛む。

 ライカが誰と一緒だろうと、ライカが笑っているならそれでいいはずなのに。

 こんなことを考えてしまう自分がいやだ。

 ただでさえ自分はライカに好かれていないのに。

 自分のわがままでライカを困らせてしまった。

 だから結局さいごまでライカは本気を出してくれなかった。

 あれ以上ごねると本気で嫌われてしまうだろうから言わなかったけれど、ライカの拳から伝わってきたのは、諦観に似た感情だった。


 自分は、ライカが全力を出すに足りないのだ。

 自分は、ライカの視界に入っていないのだ。

 自分は、ライカのことをこんなにも、


「どうしたミューナ。飯待ってるのか?」


 沈みきった気持ちに、光が差し込んだ。


「ち、ちがう」

「そっか。あたしはさっき注文したところだけど、向かいに座ってもいいか?」

「う、うん!」


 そっか、と照れくさそうに微笑み、ライカは対面に座る。

 恥ずかしくてまともに顔も見れないが、ライカが自分のコップに麦茶を注いで一気に煽ったのは視界の隅に見えた。


「……あのさ、悪かったな。試合」


 唐突に話しかけられ、ミューナはおずおずと視線をあげる。


「な、なにが?」

「おまえの、気持ちに応えられなくて」

「そんなことない! ライカが謝ることなんてない!」


 立ち上がって大声で否定すると、まばらにあった客たちと、カウンターでぼんやりしていた食堂のおばちゃんの視線が一気にミューナに集まる。

 その視線に気付いたのか、すとんと座り、そんなことない、と小さく繰り返した。


「でもな、あたしがおまえに出せる本気はあれで全部なんだ。悪い」

「謝らない、で」

「……そうだな。そうする」


 くい、とコップの麦茶を煽って、所在なげにカウンターのおばちゃんに視線をやる。

 まだよー、とおばちゃんに返されてライカは小さくうめく。

 仕方なく麦茶を注いで、ミューナのコップも空だったのでそちらにも注ぐ。


「ありが、と」

 

 言って両手でコップを持って一気に飲み干す。

 口の端からこぼれる滴に、ライカの鼓動が跳ね上がる。

 そんな様子を見る余裕もなく、ミューナはコップを置く。


「なんだ。喉渇いてたのか」


 飲みっぷりに苦笑しつつライカはおかわりの麦茶を注ぐ。


「そ、そうじゃ、ないけど」


 まあいいや、と返したところでカウンターのおばちゃんが「できたわよー」と声を張り上げる。昼時などの忙しい時間帯ならば、支払いに使った個人用端末へ合図が送られてくるのだが、ヒマな時間帯はこうして直接声をかけてくれる。

 悪い、と一言置いてライカはそそくさとカウンターへ。頷いたミューナは視線で追う。

 おばちゃんとなにか話して、困ったような顔をして戻ってきた。


「なにか、言われたの?」

「んにゃ。痴話げんかなの? ってちょっとからかわれただけだよ。否定するのも面倒くさかったから流したけどな」

「そ、そうなんだ」


 言いながらライカは手にしていたトレーをテーブルに置く。乗せられていたのは大盛りのカツ丼とお吸い物。

 修練の一環としての農作業はこれまでもずっと続いていて、ライカは「ひょっとしたらこのトンカツはあたしが世話した豚かも知れないな」とつぶやき、ミューナは「使っている卵や玉ねぎはわたしが収穫したものかも知れないね」と返した。

 

 そうだな、とライカは静かに手を合わせて言う。


「いただきます」


 テーブルに備え付けの箸箱から一膳取り出して、ふとミューナからの視線に気付く。まだ手を付けていない丼を手にしてそっと差し出し、


「食うか?」

「あ、い、いい。いらない。お腹、いっぱいだから」

「そっか。もう遅いからな」


 うん、と頷くのを待ってライカは箸を付ける。

 そのまましばらく無言のまま時は流れ、半分ほど食べ終えた頃にライカは言った。


「明日の用意、ってどうすればいいんだ?」


明日は修練ではなく実習。それも宇宙に上がって予圧服を着てのものだ。


「あ、えっと、実習のことなら、ちゃんと寝て、体調整えておけばいいって」

「そっか。助かる」


 にひ、と笑って見せるとミューナはうつむいてしまう。最近、この仕草はひょっとして照れ隠しなのではないかと思い始めていて、以前のようなもやもやは感じなくなった。


「ミューナは、宇宙に出たことあるか?」

「う、うん。こっちに来たばかりのころに、お母さんに連れられて、一回だけ」

「そっか。あたしも学舎院入る頃に連れてってもらったな」


 そう言ってライカは食べながら、自分の過去を話し始める。


 あの頃の自分はとてもとても贅沢な時間を過ごしていたのだと思う。

 学舎院では当たり前に、自分たちの祖先が他の星からやって来たのだと、そしてそのときに使っていた船はいまでも軌道上に停泊していると教えられる。

 だが民間人が宇宙へ上がるには金銭面も含めて厳しい制限がある。

 なのに神殿長が保護者だというだけであんなに美しい情景を観ることができた。

 それ以外にもイルミナからは数え切れないほどのものを、どうやって還せばいいか分からないほどに貰っている。

 そのことを思いなおせただけでもあの逃げ回っていた日々には意味があったのだと思う。


 そんなことを話し、ミューナは相づちを打ちながらゆったりと聞いていた。


「そうなんだ」


ライカには内緒だが、実はこの時ミューナもこっそり同行していた。クレアは仕事が忙しくて行けないから、と手が空いている部下が保護者代行として同行していたのでイルミナはともかくライカが気付くことはなかった。


「きれいだよな、宇宙も、この星も」

「うん。いまでも思い出せる」


 そう言って窓から空を見るミューナの横顔に、ライカの箸が止まった。

 どうしたの、と視線を戻したライカは、麦茶をあおって口の中のものを全部飲み込んで、組み手の前のようなきりりとした表情をしていた。


「なあミューナ」

「うん」


 ミューナも麦茶を一口飲んで居住まいを正して、たぶん試合や組み手以外ではじめてライカと視線を合わせる。


「まぜっかえすみたいで悪いけど、あたしはもっと強くなる。そうしないと、おまえと来年の大会で当たったときにこの間と同じことをしちまうからな」


 言うだけ言ってライカは再び箸を、どんぶりで顔を隠すようにして箸を動かし始めた。丼に箸が当たる音がリズミカルで小気味よい。


「……うん。待ってる」


 だから、ミューナがどんな表情でそう返したのかを、見てはくれなかった。


「わたしも、つよくなるから」


感想などなどお待ちしております。

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