犯人はお前だ!…と直感が言っている
「リアータ!其方との婚約は破棄する!」
震える子リスちゃんのような男爵令嬢の肩を抱きながら、容姿端麗なこの国の王子が婚約者である公爵令嬢リアータにそう告げる。
「ちょっと待った!」モガッ
それに異議を唱え用とする一人の令嬢が群衆の中から手を挙げたが、お付きのものであるバトラーからすぐに口を手で覆われていた。
「こちらはお気になさらずに、お続けください。」
バトラーは暴れまわる主人を抑えて頭を下げる。
王子はすぐにでもこのバトラーの主人である令嬢を罰したかったが、ここで話が折られてしまっては進まないと、少女を無視してひとまず婚約破棄について話すことにした。
「その方はこの男爵令嬢を恫喝し、時には暴力行為を…」
「犯人はお前たちだ!!」
王子の言葉を遮り、先ほどのでしゃばり令嬢が王子とその王子が肩を抱いている男爵令嬢を両手でそれぞれ指差していた。因みに暴走する主人を抑えていたバトラーは令嬢から噛まれたのか、手のひらを掲げて悶絶いている。
頭にきた王子は今にも怒りを爆発させようとしていたが、怒鳴り込もうとした手前、自身の背後から聞き慣れた声がした。
「もしかして、最近話題の名探偵の伯爵家のご令嬢でなくて?」
王妃の声である。そして、王妃から名指しされた伯爵令嬢は胸を張って、フフンと鼻を鳴らして得意げにしている。
「王妃様であろうお方にお見知り置きしていただき、光栄でございます。」
王子への不敬な態度とは打って変わり、王妃に対して伯爵令嬢はドレスにの裾を持ち上げ、貴族らしく礼儀正しいお辞儀をした。しかし、すぐに面をあげてクルリと王子の方を向くと、大胆にも背筋を伸ばして真っ直ぐ王子を見据えた。
「無実の罪で人を陥れるなんて、殺人と一緒だわ!神に変わってお仕置きよ!」
王子に向かって伯爵令嬢が両手をクロスさせて不思議なポーズを決める。
そのふざけた態度に王子の怒りはすぐさま頂点へと向かった。
「ええい!不敬である捕らえろ!」
王子が警備に当たっている兵に呼びかけた瞬間、バトラーから「殿下!おやめください!」と言う声がかかったが、時すでに遅し。
ブチッ!
何かが千切れる音がして、王子は下半身の全てを露出してしまっていた。
王子の足元には履いていたズボンが虚しく落ちている。
きゃあああ!!!
どこからともなく聞こえてきた令嬢の叫び声を皮切りに、他の令嬢方もその光景を前に皆が叫び始める。
王子は一瞬固まっていたが、声も無くズボンを追いかけてその場にしゃがみこんでしまった。
だから言ったのに、そう言わんばかりにバトラーが頭を抱えて説明をし始める。
「わたくしどもめのお嬢様は神に大層愛されており…危害を加えようとする輩を大体下半身を露出せしめてしまうのです。」
それはかなりの手痛い天罰…いや、公開処刑だった。この国で貴族や王族を罰することなど殆ど無い。王族暗殺なら未だしも目下の一貴族を殺したとしても軟禁程度で、それさえもお金を払えば免除できる。しかし、下半身を人前で露出すればそうともいかない。その痴態は風化することなく半永久的に社交界を駆け巡り、社会的に死んでしまうだろう。
そう、王子もこれから影で「ティースプーンの君」というあだ名で呼ばれることが決まってしまった。
飛び出して令嬢を捕まえようとしていた兵士はズボンを握って後退りをする。
「殿下!お気を確かに!何故に私たちを犯人扱いに!」
うずくまる王子を慰める言葉をかけるが、近づこうとはしない薄情な男爵令嬢が反論する。
「それは…男爵令嬢のような身分の低いものが婚約者である公爵令嬢を押しのけて殿下の腕に収まっていれば、注意もしたくなるでしょうに。当たり前のことを大袈裟にしたんじゃありませんか?」
王子という後ろ盾を無くした男爵令嬢にバトラーは強気だった。そして、多分顔を真っ赤にした男爵令嬢を見ると、バトラーのただの推測も当たりのようだ。
「それは本当ですか?」
王妃の美しい声が冷たく男爵令嬢を問い詰める。
「違い…ます…私はただ…」
男爵令嬢の要領の得ない言い訳に王が声を荒げた。
「話は追って聞こう。其方にも。そして寝そべっている愚息にもだ!」
ライオンの咆哮のような威厳を持った王の声が静かな大広間に響き渡る。その声に使い物にならなくなった王子もその声にピクリとだけ反応していた。
伯爵令嬢を捕まえようと命令されていた兵はズボンを抑えた王子と先程のか弱さが嘘のように悪態を吐く男爵令嬢をどこかへと運んで行ってしまった。
大広間が騒めく中、伯爵令嬢は婚約破棄された公爵令嬢に駆け寄った。
「もう大丈夫ですわ。」
伯爵令嬢が公爵令嬢の体を支えてそう呟くと、公爵令嬢も力が抜けてしまったかのように伯爵令嬢に身を預ける。
「皆の者、愚息がお騒がせしてすまなかった。申し訳ないが、今日はここでお開きにする。」
よく通る王の声が会場に響き渡ると、王は長いマントを翻して王座を去って行った。
「名探偵の君、また次の機会こそ話を聞かせてくださいませ。」
王妃はお歳を感じさせないチャーミングな笑みを伯爵令嬢に向けると、王に倣いその場を去って行く。
二人の姿が見えなくなると、公爵令嬢は静かに話し始めた。
「…貴女がいらっしゃらなければ私はどうなっていたことか…今は…まだ…混乱しておりますが、感謝申し上げます。」
無実の罪を被せられ婚約破棄された筈が、何故かすぐさま冤罪を晴らせた公爵令嬢はあまりのことにまだ理解し切れていないようだ。しかし、伯爵令嬢のおかげで命拾いしたことは紛れも無い事実なので、言葉を選びながら伯爵令嬢に御礼を言う。
「いえ。感謝ならば神に申してくださいませ。」
伯爵令嬢は公爵令嬢に微笑みかける。
「もし?良ければ手を貸してくださいませんこと?」
近くにいた男性に伯爵令嬢が声をかける。呼ばれた男性は色んなことがあったにもかかわらず、快く公爵令嬢を支える役を担ってくれた。そんな紳士的な振る舞い、そしてなんて言ってもその男性の容姿の良さに、伯爵令嬢は恋の予感かと一瞬期待したが、男性の公爵令嬢を見る優しい瞳に何かを悟り、伯爵令嬢は首を振ってうな垂れた。
「貴女に神の祝福があらんことを。」
伯爵令嬢が公爵令嬢に向かって小さく呟くと、遠くに鐘のなる音が聞こえてきた。
そんな主人を慰めるかのように、バトラーが伯爵令嬢の肩に手を置く。
カチッ!
伯爵令嬢の歯がバトラーの手を噛もうと音がなる。
「セバスチャンの癖に生意気よ!いつか天罰が下るんだからっ!」
伯爵令嬢の声が虚しく響いた。
神に愛されし伯爵令嬢クリスティア、愛されすぎて男性に敬遠されて、早数年。
さて、無事結婚することはできるのか?
それこそ神のみぞ知る。