領主の慧眼
領主が面会に来た2人の元へ行き、そしてすぐに戻ってきた。
「黒猫さん。申し訳ないんですが、さっき言ったクレープをもう2人分追加して貰えませんか?」
「あぁ、構わないぜ」
オレはすぐに了承する。が、念の為用心をしておく。この街一番の貴族と、冒険者ギルドのギルドマスターが揃って、しかもこんな夜分に来るんだ。恐らく何かあるんだろう。
しかし……
「いやぁ、これは美味しいのぉ。これが銅貨3枚なら売れるはずじゃ」
ローニーはクレープを食べて笑みをこぼしている。どうやら本当に食べにきただけみたいだ。そして、
「ええ、本当に美味しいわね。私も買いに行けばよかったわ」
冒険者ギルドのギルドマスターも、おいしいと笑みを浮かべている。が、ローニーと違い、何か確かめるような、警戒しているような気配を出している。
冒険者ギルドのギルドマスター、名前はアーリア。
薄水色の髪と少し日に焼けた素肌、そして尖った耳。
体型はスレンダーで、身長は170cmぐらいか。
膝までのハーフパンツにシャツを着て、革製の胸当てと手甲、脛当てをしている。あとはマジックアイテムのアクセサリーを数個。
ただ、その装備が全て一級品と見られるぐらい質の良いものだ。
彼女の後ろには『ゼット』のメンバーが付いていたので、恐らくクレープの話は『ゼット』から聞いたのだろう。『ゼット』はこの街をホームにしているので、ギルドマスターと仲が良くてもおかしくは無いだろう。ただ、『ゼット』のメンバーが『緊張と警戒』の気配を出していなければ、だが。
「いや、ご馳走になった」
そう言って、ローニーはすぐに帰っていった。本当にクレープを食べにきただけだったようだ。
「アーリアさんは、一緒にお帰りにならないんですか?」
領主がギルマスに話しかけると、
「ええ、別にローニーさんと示し合わせて来たわけでは無いですから。たまたま入り口で会ったのでご一緒しただけです」
そのままお互いに笑顔で、しかし腹の底では探り合うかような感じで、2人は会話を続けていく。内容は主に、冒険者ギルドと商業ギルドの取引や最近の需要について。その後、話がこの前のガーゴの件になると、ギルドマスターはオレに話を振ってきた。
「そういえば、あなたは不思議な魔道具を持ってるらしいわね? なんでも記録石の内容を映し出すモノ……。一体どこで手に入れたのかしら?」
「ん? あぁ、あれか? あれはとある遺跡で……だな」
「へぇ、その遺跡はどこにあるのかしら?」
「それは言えねぇな。時間があればまた行ってみたいと思ってるからな。場所を教えて荒らされたらたまんねぇ」
「そう……」
残念そうな顔をしているが、警戒心が跳ね上がったのが分かった。もしかして、今日はオレを観察に来たのか? ギルドマスターと言う立場の人間が、こんな夜にわざわざ来る理由がクレープだけとは思わなかったが、オレを警戒しているのか。
領主は何が楽しいのか、殴りたくなるようないい笑顔で笑っている。
「そう言えば、あなたは魔力が強いって聞いたけど、何か特別な事をしてたのかしら?」
「まぁ普通に、魔力を増やす修行を続けてるだけだ」
「そうなのね。ところで、あなたの出身はどちらなのかしら?」
「アーリアさんは、黒猫さんの事が気になるんですか?」
と突然、領主が口を挟んでくる。
「ーーええ、とてと気になるわね」
「だそうですよ? 良かったですね、こんな美人に気にしてもらえて」
「そうだな。こんな美人に気にしてもらえるのは、確かに嬉しいな。だからこれからも、ずっと気にしててもらえると嬉しいね」
そう言った瞬間、ギルドマスターの目がつり上がり、こちらを睨みつけてきた。
このまま気にしてて貰いたいから、詳しい事は話さない、っていうニュアンスは伝わったみたいだが、まさか睨まれるとは思わなかった。殺気もこもってるし。
「フ、フフッ、フフフフッ」
突然領主が笑い出す。
「あら領主様? 何がおかしいのかしら?」
「いえ、ここまで積極的なアーリアさんを初めて見たので」
「そうですか? そういう領主様はこの人のことが気にならないのかしら?」
「ええ。なんとなくですが、見当が付いてますから」
「えっ?」
今度はオレが驚く番だ。領主とはこの街に来て初めて会った。だから以前のオレのことは知らないはずだ。だからハッタリか、もしくは勘違いをしているって事になる。
となると、ひとまず話を聞いてみるべきだな。
「ほぅ。じゃあ、いつ頃から見当がついていたか聞いてもいいか?」
「実は最初に会った頃から違和感はあったんですよ。まず名前が一緒な事、そしてエリーゼが笑顔で懐いていた事。さらにあの強力な魔法に僕の知らない料理を知っていた事……」
これは、勘違いや見当違いじゃないーー本当にわかってるのか?
「アンタはオレの名前を知ってたのか?」
「ええ、以前父から、あなたがこの街に向かったので力になって欲しいと手紙があったんです。まあそれは盗賊達のせいで潰えましたが……」
最初にこの街に向かった時の話だ。国王様は事前に連絡して協力してくれようとしていたわけか。
「そして今回、エリーゼがこの街に来ることになった時、エリーゼが落ち込んでいるから励ましてやってほしいと手紙が来ました。しかし、この街に来たエリーゼは落ち込むこともなく、元気に明るくなっていました。まずそこで違和感を感じました」
「その後、エリーゼがあなたをヨシキと呼んでいた事でもしやと思いました。そしてガーゴ達を捕まえたあの魔法、あれは普通1人で発動させるのは困難な魔法です。あの発動スピード、範囲、威力、それでいて非殺傷……。こんな魔法を1人で難なく使えるのは、過去に数名しか居ません。この時点でほぼ確信を持ちました。あとは、屋台の話をしていたので、それとなく振ってみたら、見たことない食べ物を当たり前のように作ってましたから、そこで確信しましたね」
「ん? クレープを作っただけで確信出来るのか?」
「ええ、貴方は私が見たこともないクレープを、練習もせず、試行錯誤もせずに、簡単にしかも大量に作ってました。屋台は初めてだと言ったのに。
……そう言われれば、旅人や冒険者をやっている人間が、クレープのような食べ物を、大量に、しかも手慣れた感じで作るってのは無理があったか。これがスープみたいな鍋で大量に作れるモノなら誤魔化せたかも知れないが。
「そうか、それは失態だったか……」
「ち、ちょっと、なんの話をしているの? 父の手紙って国王様からの手紙ってことよね? なんで国王様が出てくるの? それにクレープを作ったからって一体何がわかるの?」
さて、どうするか……。辺りを見回すと部屋の中には領主とギルドマスター、それに『ゼット』しかいない。
普通なら護衛のギルベインやメイドがいるはずだが、今回は居ない。もしかして領主は、最初からこうなることがわかってたのか? しかし、ここで話しても良いものか……。
「大丈夫だと思いますよ? と言うか、彼女には話しておいたほうが良いんですよ。なんせ 《クリミナルハンター》 のトップなんですから」
「領主! それは人前で言うなと言ってたでしょ!」
ギルドマスターは、殺気を走らせ領主を睨みつける。『ゼット』のメンバーも武器に手をかけ、臨戦態勢をとる。
《クリミナルハンター》、犯罪者を狩る者……あぁ、そうか。ギルドマスターはオレが犯罪者の可能性を探ってたのか。
まぁ確かに、素性のよく分からない奴が強い力を持っていたら警戒するか。その辺の情報は『ゼット』から流れてるだろうから、ギルドマスター自らが確認に来たのか。
気配的にはギルドマスターは、『ゼット』4人より強い感じだし、万が一があればその場でーーって事か。
この状況だと、確かに話した方が良いな。領主にはもう、ほぼバレているし『ゼット』の連中は悪い奴らではない。ギルドマスターは、ここで言っておかないと、ずっと犯罪者として警戒され続ける可能性がある。
「ふぅ……、わかった。素直に話そう」
そう言うと、全員の注目がオレに集まる。
「オレはーーこの世界の人間じゃない」
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