奴隷の教育
「改めて自己紹介するっす。ルミリエフって言うっす。みんなはルミィって呼ぶっす。よろしくお願いするっす」
話がひと段落したところで、ルミリエフことルミィが話しかけてくる。しかし、なんだろう? 下っ端口調は親しみやすさはあるんだが、美人がやると残念感が半端ないな。
「あぁ、よろしく。オレはヨシキ、通り名は黒猫だ。好きなように呼んでくれ」
そう言うと少し戸惑う。すかさず、
「その人は貴方のご主人様になるんですから、ちゃんとするんですよ?」
と奴隷の契約人が注意をしてくれる。
「ご主人様……わかったっす、スレイさん。よろしくっす、ご主人」
ご主人……まぁ良いか。この軽い感じが長所になるかもしれないからな。それにしても、スレイっていうんだな、あの奴隷契約人。
「で、アンタはどのくらい料理ができるんだ?」
「そうっすね、基本的な事は一通りできるっすよ。親方に鍛えられたっすから」
どうやらこのルミィと言う女は、ここ《フォード》から2日程の距離にある《カーザ村》出身らしい。ここは、村とは言いながらかなり規模が大きく、酪農が盛んらしい。
この世界では、家畜は魔物に襲われやすいのでなかなか数を育てることができないのだが、この村は国の援助で独自の方法をとっている。そのおかげで、かなり多くの家畜を育てているらしい。
だがそのほとんどが馬か食肉用の家畜で、他には羊毛も取れる羊と、少しの乳牛が居るだけだ。やはりこの世界は牛乳が嗜好品で、なかなか量が手に入らないのが残念だ。
と話が逸れたが、規模の大きな村の料理屋で修行をしていたので、動物や魔物の解体、仕込み、調理、接客まで教えてもらったので、一通り出来ると言ったみたいだ。
しかし……
「アンタは経営についてはどのくらい教わったんだ?」
「ん? 経営っすか?」
ルミィは首を傾げてしまう。分かってないのか?
「ーーそうだな、例えばアンタが今回使おうと思ってた黒牛の肉だが、この肉をどんな料理で、幾らで売ろうと思ってたんだ?」
「やだなぁ、屋台で肉と言ったら、基本串焼きっすよ。そうっすね、黒牛だから銅貨2〜3枚くらいっすかね?」
ドヤ〜、って声が聞こえてきそうなくらい、いい笑顔だ。チラッとギルベインをみると、はぁ〜と深いため息を吐いている。
「あのなぁ、黒牛の肉は普通に串焼きにしても、原価は銅貨6〜7枚くらいになるんだぞ!? 肉を少なくしても銅貨5枚は下らない」
えっ? って言う表情になるルミィ。
「それに、肉の量だ。少なくとも串焼き5千本くらいにはなるのに、そんなのが1日で売れるわけないだろ?」
確か日本では焼き鳥を1日5千本以上売る店は聞いたことがあるが、それは店舗経営で従業員もいて、さらに超有名な人気店だったはずだ。
屋台で一人で、しかも初めて屋台を出す人の店がそんなに売れるわけがない。そして、1日で売れなければ借金を返せず、奴隷になるのは確実だった。ルミィはしばらく考えた後、泣きそうになってしまった。
「やっぱりウチ、ダメな子っすか? 要らない子っすか?」
「ヨシキ様……」
「ヨシキさん……」
エリィ、エルさん他、周りの視線が痛い。いや、でもここで甘やかせば、コイツは一人でやって行けないだろう。多少泣かれても、厳しめに行った方がいいか。
「で、話を戻すが、アンタは経営についてーー仕入れや価格の設定、売り上げや必要経費の計算はやった事があるのか?」
「えーと、それは全部おかみさんが……」
つまり、やった事が無い……と。
「はぁ、じゃあその教育からしないとな」
「んー、では黒猫さんが手本として、屋台をやってみるのは如何でしょう?」
「は? オレが?」
領主が突然割り込んでくる。
「ええ、あれこれ口で説明するより、実際にやってそれを見せながら教えた方が分かりやすいんじゃないですか?」
「しかしなぁ……」
エリィとエルさんの方を見る。オレはこの二人の護衛もしなきゃいけないからなぁ。と思っていると、
「あ、あの、私もお手伝いしても良いですか?」
「エリィが?」
「はい、私も色々と勉強してる最中ですから、こう言う経験もしてみたいと思ってました。だから……」
珍しく積極的だ。だが確かに実際に商売をしてみるのは、商業の国のお姫様にとって良い経験になるかもな。
「確かにエリーゼさんの勉強にもなりそうですね。お願い出来ますか、ヨシキさん?」
「わかった。ただ、オレも屋台を出すのは初めてだ。だから失敗しても恨むなよ?」
「では、早速登録へ行きましょう」
「なんで領主が案内するんだ? 商業ギルドへ行けば良いだけだろ?」
「でも、僕が説明した方が早いですよ。なんせギルドマスターですから」
「はい?」
「だから、僕が商業ギルドのギルドマスターなんです。まあ今は代理という形ですが。なんせ前のギルドマスターは、前領主の仲間でしたから、一緒に粛清してしまって席が空いちゃったんですよ。ああ、安心してください、ちゃんと次のギルドマスターは育てている最中ですから」
マジか……しかしタフだな。領主の仕事の他にギルドマスターの仕事もしている訳だ。かなり負担になると思うんだが。やはりかなりのやり手のようだ。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「それで、ヨシキさんは本当にあの場所で良いのですか?」
「あぁ、というか他の場所も散々だったからな。あそこ以外は人通りが少なくて、まともに商売できなさそうだし」
あの後、領主に連れられて商業ギルドへ行き、手続きを行った。まず、スキルの確認。これは料理のスキルが必須だった。商売のスキルは必要ないのかと聞くと、屋台なら必要なし、店舗を持つなら必要、との事だった。
そして、屋台の出店場所の選定。この街では、空の屋台が街の様々な場所に既に置いてあって、その中から空いている場所を借りる、という形になっている。そして、そこに調理器具や材料を持って行って販売を行う。あらかじめ出来上がったパンなどを持っていって販売するという形でもいい。
そして、借りる期間は、週の《1の日〜5の日》と
《6と7の日》で別れている。それぞれ金貨1枚で借りれる。
《1の日〜5の日》は地球でいう月〜金にあたり、
《6と7の日》は地球でいう土日になる。
もちろん1週間通して借りてもいいし、1ヶ月借りてもいい。オレは《6と7の日》1回を金貨1枚で借りた。明後日と明々後日だな。
今回オレが借りた場所は、街の中央部(領主の館やギルドが集まっている場所)に近い大通りの一角で不人気な場所だ。理由はこの辺りには裕福な人が多く住んでいて、その殆どが店内で食べる事が多いから、らしい。
人気なのはやはり街の入り口近くや、大迷宮近くの冒険者が溢れる場所で、そういうところの方が、よく売れるそうだ。
だが、人気な場所は直ぐに借りてが付いてしまうので、オレは残った場所の中から人通りの多い場所を選んで借りた。もちろん一連のやり取りは、エリィやルミィにも説明しながらだ。
「でも、あの場所だと串焼きは売れないっすよ?」
「別に串焼きじゃなくても良いだろ? ようはその場所や客層に合わせて売るモンを変えればいいんだ」
「成る程、さすがヨシキ様」
多分、客層的にはアレが売れる筈だ。ここらは女性向けの可愛いショップもあるからな。ただ、アレがこっちの世界の人に受けるかどうか……。
取り敢えず必要な材料をギルドから買う。小麦粉に卵、砂糖。牛乳は……無理だな。値段が高い。1Lで銀貨1枚とは日本の10倍近くだ。しかも量が無い。なら、代わりになりそうなものを……。アレがあるのか。なら決まりだ。少し高くなるが、牛乳程ではない。そして、果物も多めに買っておく。
アレコレ計算して、1つあたりの原価は銅貨1枚に収まった。なら売値は銅貨3枚が妥当か? もう少し値上げしたいが、初めてだからな。少し安めに設定して様子を見よう。
次の日は売り場の確認をして、仕込みと機材の調達だ。これは商業ギルドでもレンタルしてる。一応領主に自作の魔道具を使ってもいいか確認をすると、使う分にはOK。ただ、魔道具の販売だけはしないようにと注意を受けた。
魔道具は、《魔技師ギルド》に登録している人以外は販売は出来ない。他の仕事もそうだが、資格がない人がその仕事をするのはどんな場合でもダメだそうだ。ただ、自分で作って自分で使う分には良いらしい。
ということで、どうしても必要な魔道具1つだけを自作して、それ以外はギルドからレンタルした。全部自作しても良かったが、この方が2人の参考にになるだろう。
材料の下ごしらえは、まず果物はジャムにして用意しておく。そして、牛乳の代わりに用意したのはーーアーモンドだ。
前の日から水につけておいたこれを、水を切り軽く洗ってから、新しい水と一緒に風の魔石を使ったミキサーにかける。そして、それを布で濾す。そう、アーモンドミルクだ。
このアーモンドミルクでカスタードクリームを作り、更に生地を作る。これで準備は終わりだ。
そして、当日を迎える。
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