再建への一歩
「カイン様、ローニー様がいらっしゃいました」
「やはり来ましたか……ここが正念場ですね。通して下さい」
「それが、他の反領主派の貴族や商人達と、入り口前で陣取って、領主とガーゴを連れてこいと叫んでいるんですが……。如何いたしましょう?」
「…………仕方がないですね。わかりました、ギルベインを呼んでください。あと黒猫さんも」
「黒猫殿を?」
「ええ、あまり迷惑は掛けたくありませんが、ガーゴを捕まえた時の当事者ですからね。それに彼なら何とかしてくれそうですから」
「利用ーーするのですか?」
「ええ、そうです。あと少しで膿みを出しきれそうなんですから、彼に嫌われることになっても利用させて貰います」
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
「スゲぇ人の数だな」
領主の館の入り口、その周りには多くの人が集まっている。見た感じからして半分は野次馬だろう。そして、目の前には6人の男。その中でも3人の存在感が際立っている。
1人目はロマンスグレーの髪をしたスラっとした爺さん。
2人目は中肉中背の40代くらいの男。
3人目は30前後のガタイのいい若い男。
残りの3人はいかにも商人って感じの、メタボな体型だ。
「お待たせしました、ローニーさん。本日はどのようなご用件でしょうか?」
するとロマンスグレーの爺さんが、口を開く。あの爺さんがローニーか。
「うむ、ガーゴの件だ。あやつを捕まえたと言うのは本当か?」
「ええ本当です。1人の人間を傭兵達を使って殺そうとしました。なので捕まえました」
「殺そうとした? あのガーゴが?」
「ええ、殺そうとしたんです。ですが相手が悪かったですね。僕も見たときは驚きましたよ。なんせ35人の傭兵達が全員生け捕りにされてたんですからね」
「な、なんと。1人で35人の相手を生け捕ったのか?」
周りが騒つく。あんま目立ちたく無いんだがなぁ。だが領主からは、反領主派をなんとかしておかなければ、エリィやエルさんにも危険があるかもしれないと言われたので、仕方がない。ふとローニーの目がこちらを向く。
「もしやその男がーー」
「ええ、冒険者の黒猫さんです」
「あのーーゴブリンの群れを1人で壊滅させたと言う噂の奴か……。ならば可能か」
「そ、そんなことより、ガーゴ様はどうした!?」
中肉中背の男が叫ぶ。ガーゴの事を様付けで呼ぶって事は、部下か何かか?
「ガーゴは牢に入れてあります。今こちらに連れて来ているので、もう少し待って下さい」
「な、なんと! 皆のもの聞いたか!? あのガーゴ様を、この街の発展に心を砕いて来たガーゴ様を牢へと入れるとは、何という不敬!」
なんだ、この茶番は? こんなのに騙される様な奴居るのか? しかし、何人かは乗って来る。サクラか? そう思っていると、領主が小声で話しかけて来る。
(ガーゴは表向きは、この街に尽くしているように見せていたんです。ですから一応街の住人たちからは一目置かれています。ですから今回は、皆の前で話をする事により、住人を味方につけようと言う思惑なんでしょう)
(おいおい、それが分かってんなら何でノコノコ出て来たんだ? 中で話した方が不利にならなかったんじゃネェのか?)
(そこはまあ、黒猫さんなら何とかしてくれるかな、と)
(他力本願かよ? まぁエリィやエルさんの安全がかかってるからな。協力してやるが、そのかわり報酬は貰うぞ)
(ええ、分かってます)
タイミングよく兵士がガーゴを連れて来る。そしてガーゴは、出て来るなりいきなり演説を始めた。
「皆のもの、私は無実だ! この領主と冒険者に嵌められたのだ。私は街のために尽くして来た。街の者からも信頼が厚い。それを妬んだ領主が、私を嵌めたのだ。普段使わない訓練場に、あのような大規模の魔法を仕組んでおいたのが何よりの証拠だ!」
ん? もしかしてオレが魔法を使ったって思ってないのか?
しかし、その言葉に住人達は動揺し、兵士たちはガーゴを抑えようとするが、領主がそれを止める。兵士たちはなぜ止めるのか理解ができない様子だ。
「ふむ、ではその冒険者を傭兵たちが襲ったというのは嘘なのかな?」
「えっ? そ、それは……! そう、それはこの男が怪しい取引を行っているのが分かったから、街のために傭兵を向かわせたのだ。私はそのような犯罪行為を、街のためにも許すわけにはいかない!」
「で、その怪しい取引をしていた証拠はあるのか? オレは国からーー国王様からこの街の領主への荷物の護衛をしていたんだぜ? もしこの話が信用できないなら、王都へ問い合わせてもいい」
「な、なんだと……。そんな……」
「ガーゴよ! お主嘘をついてるのではないのか?」
ローニーがガーゴへと問い詰める。ガーゴは明らかに動揺している。この爺さんは完全な味方、と言うわけではないのか?
(ローニーさんはこの街の1番の有力者です。ガーゴは自分の良い面だけを見せて、ローニーさんの参加に入っていると言った感じです。ローニーさんは正義感が強くて情に厚く、ストレートな性格なんですが、小細工とか苦手なタイプで、そう言うのを見破れないんですよね……)
じゃあ根っからの悪者って訳じゃなく、ガーゴ達に騙されてる感じか。
「まぁ、このまま話していても拉致があかないからな。とりあえずこっちの証拠を出すぞ」
オレは懐から記録石を出す。するとガーゴと中肉中背の男が直ぐにアイコンタクトを取り、
「わかりました、では私から見させて貰いましょう」
と手を伸ばして来る。が、
「断る!」
「な、なぜですか? 証拠を見せるのでは無いんですか?」
「あんたが手の中に何か隠し持っているみたいだからな」
そう言うと、ローニーがすぐにその男の手を取る。その手から、1つの記録石が落ちる。やっぱり記録石の話は伝えてあったか。
「お主、今何をしようとした!」
「ち、違います、違うんです。これはーーその……」
男は言い訳を並べてるが、放って置いてこっちの作業をする。
「黒猫さん、それは?」
「古代の遺物、みたいなもんかな?」
その魔道具に記録石をセットし、魔力を込める。すると領主の館の壁に映像が映し出される。そして、魔道具から音声が流れ出す。
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『ハッ、あんなはな垂れ小僧の言うことなんか聞けるか! 私の半分も生きていないのだぞ?』
『それに、私はこの街にずうっーと君臨して来たんだ。急に他の奴の言う事を聞けと言われて、納得出来るか!』
『ハッ、所詮庶民なぞ自分では何も出来ん烏合の衆だろうが? あ奴らには私のような上に立つ者が居なければならんのだよ』
『フォッフォッフォッ、簡単に騙される奴が悪いのだよ。それでもこの私の役に立てるんだから感謝するべきだ。商売でも、そしてベッドの上でもな』
『安心せい、その積荷も女どもも、全部私の役に立ててやる。だから安心してあの世へ行くが良い!』
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
「ち、違う……」
「ガーゴォー!」
「違うんです、ローニーさん。私は、私は……」
しかしローニーはガーゴを一瞥した後、直ぐに領主へと向き頭を下げる」
「カイン殿、この度はご迷惑をお掛けしました」
「良いんですよ、ローニーさん。あなたも騙されていたのですから。ですが、これからガーゴを含め、反領主派の捜索を行います。それにご協力頂けますね?」
「もちろんじゃ、必要ならワシからも兵を出そう」
あっという間に兵が現れ、ローニーを含む6人とガーゴを領主の館へと引き入れる。事情聴取をするらしい。オレもそれに便乗して館へと入る。
「いやぁ、助かりましたよ、黒猫さん。まさかあんな魔道具があるとは思いませんでした」
「向こうが住人を集めてたからちょうど良かったな。アレなら周りからの信頼も無くなるだろうし、再起も難しいだろう」
「いえ、再起はさせません。監査次第で罪は変わってきまが、どんな状況でも再起だけは絶対にさせません」
かなり強気だ。余程大変な目にあってたんだな。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
その後すぐに領主は兵を動かし、取り調べとガーゴの屋敷の捜索、更に他の商人やガーゴを庇おうとしていた中肉中背の男(一応貴族だったらしい)達との関係を洗い出し、捜査を進めていった。
オレも当事者という事で捜査に協力し、その間の2人の護衛は『ゼット』にお願いした。
事前に準備を進めていたようで、2日程でおおよその事がわかった。まず、ローニーは、国がこの街を乗っ取ろうとしていると思わされ、粛清されていく者達を見てそれが本当なのかもと思うようになった。しかし、粛清されていく者の中には悪どいことをしている者もいた為、立場を崩さず静観するつもりだったようだ。
しかし、自分の配下の商人達に懇願され、動かざるを得なかった為、領主に反する形となってしまった。
ガーゴはやっぱりと言うか、あくどい事が明るみになった。商品を買い占め、値上がりさせてから売りに出したり、観光に来た者を騙したり眠らせたりして、強引に奴隷化してる事が明らかになった。
また、その奴隷達も法律から外れた事をさせていることもわかり、更に罪が重くなった。具体的には夜の相手や犯罪行為だ。
中肉中背の貴族や他の商人達も似たような事をやっており、ガーゴと共にお抱えの傭兵団ごとお縄になった。
因みにローニーと中肉中背の貴族と一緒にいた30前後の男は、領主が反領主派の偵察のために潜り込ませていた貴族だと言うことだ。
「と言うわけで、これからは居なくなった商人や貴族達の流通をこちらで補いつつ、街を健全化していかなければなりません」
「うむ、それに足りなくなった人員も育てなければな」
「主だった反領主派は全員捕まえたので、これでもう何も出来ないでしょう。ですからエリーゼ達がこの街で何かされる事は無いはずです」
「そうか、それはよかった。オレも頑張った甲斐があったよ」
領主の話を聞き、オレはホッとする。大迷宮に潜るつもりだったからな。『ゼット』の連中が護衛に付いていても、不安はあったからよかった。エリィ達も安心して査察や勉強をできるだろう。
「あとは、被害にあった奴隷達も殆どは奴隷から解放して、没収した財産から補償をしていきたいと思います」
「そうじゃな、それが良いだろう」
そうか、それは良かった。騙されていたわけだから、補償があるのは救いか。まぁ心に傷を負ってしまった者もいるかも知れないが……。
「と言う事は、アンタとはこれでお別れだな」
「え? そ、そうっすね。あの、助けてくれてありがとうっす」
オレが話を振ると、赤毛の女は頭を下げてくる。ろくに会話もしなかったし名前も知らないが、まぁ元気でやってくれ。そう思っていると……
「残念ながら、ルミィさんは奴隷から解放は出来ません」
いつぞやの奴隷の契約人だ。ルミィってのはこの女の名前か?
「どうしてだ? 一応この女も被害者じゃ無いのか?」
「いいえ、ルミィさんは被害にあってないんです」
「どう言う事っすか?」
説明を聞いてみて納得した。今回騙された人たちは、嘘の契約をされていたらしく、借金の金額が増やされていたり、利息の計算を変えられたり、返済期限が短くされていたりと契約内容が勝手に変えられていた。
また事字が読めない人には、口頭での話と契約書の内容が違っており、それで奴隷にされた人もいる。さらに奴隷契約の際に主人の秘密を話せなくなるだけでなく、自分の人権を守る発言も出来ないようにされていた。
本来は奴隷の人権は保障されなければいけないのに、それを犯していた事もガーゴの罪を増やす結果になった。
「ですが、今回のルミィさんの契約には嘘はなく、本人も納得して契約してしまっています。ですから残念ながら、ルミィさんは奴隷から解放は出来ません」
何か気になったのか、エリィが声を上げる。
「あ、あの、ですが1日で金貨300枚と言う契約自体があり得ないと思うんですが……」
「ええ、あり得ません。ハッキリ言って普通はこんな契約をする人が居るとは思えないんですが……」
チラリとルミィを見て、そして、
「……まあ今回は自業自得、諦めてもらうしか無いですね」
「そ、そんなぁ〜」
ルミィはガックリと項垂れる。
「なぁ、契約したオレが解放するって言うのはダメなのか?」
「ダメです。それは許されません」
「なんでだ?」
「ーー過去に、そう言う犯罪があったのです」
昔、借金で奴隷になった男がいて、その後その男の仲間が奴隷の持ち主を脅して無理やり解放させた事があったそうだ。幸いすぐにその男達は捕まったが、同じような事件が複数起きたことにより、奴隷は最低半年は働かなけられば解放できなくなったらしい。
「それに、ルミィさんは奴隷から解放しても、まともに生きていけないと思います」
その言葉に、さらにショックを受けるルミィ。
「まぁ確かに、まともに契約もできず、原価や販売数や価格なんかも考えられ無さそうだからな」
オレの言葉で今度は震えだす。
しかし、オレとしても、護衛の仕事があるからいらないんだよな。あの時はガーゴに一泡吹かせる為に咄嗟にルミィを買ったけど、よく考えれば護衛の仕事の邪魔にしかならない。
「なぁ領主、アンタはーー」
「残念ですが、収支のまともな計算ができない人は要らないですね。こちらも忙しい上に人手不足ですから、わざわざ教育する手間も掛けられませんし」
即答だった。そして『要らない』と言われ、地面に四つん這いになるルミィ。
「ウチ……ウチ要らない子っすか?」
涙目で見上げてくるルミィ。だがオレの一存では決められない。そう思ってエルさんを見ると、頷いてくれる。そして、エリィを見ると笑顔で返してくれる。なら仕方ないか。
「わかったよ、オレが面倒を見る」
こうして、新しく奴隷が加わることになった。
お読みいただきありがとうございます。