破滅と解決
無事に肉を回収できた。予想通りガーゴは誤魔化そうとしてきたが、ギルベインのお陰で事なきを得た。鑑定で肉の種類はわかるので、そこは騙される事は無いが、肉の相場はわからないのでオレ一人では騙されただろう。
しかし……
「かなりの量になったな……」
「そうですね、200kg以上はありますから、およそ1頭分の肉の量でしょう」
牛の場合、皮や骨、内臓を除いた肉の量が200kg強らしい。かなりの量だが、これだけの量の肉を、あの女は……。
「これ、あの女はどうやって1日で売るつもりだったんだろうな?」
「そうですねぇ、串焼きにしても4〜5千本くらいありますし、原価も銅貨6〜7枚くらいしますからね」
となると、販売価格は最低でも銀貨1枚……。一本千円の串焼きなんて売れるか? 屋台で。
「しかし、あの黒猫さんが魔法庫持ちだとは思いませんでした」
そう、本当はバラすつもりは無かったんだが、ガーゴの奴がギルベインの所為で誤魔化せないと分かると、『どうせ持ち帰れないし、使い切れないんだから金貨50枚で買ってやる』と言い出しやがった。
普通なら商売のスキルがないから肉を売れないし、肉を保存する方法も無い。そこに付け込もうとしたのだろうが、それが腹立たしかったから、魔法庫を使えることをバラし、全て回収してきた。そん時は口を大きく開けて驚いていたので、気分が良かった。
「お待たせ、戻ったぜ」
「お帰りなさい」
エリィが抱きついてくる。なんか父親が帰ってきた時の子供の様な行動だ。エルさんもホッとしたのか、珍しく小さく笑みを浮かべている。
領主はギルベインの報告を受けて、いきなり笑い出す。
「クククっ、アッハッハっハ。流石ですね、黒猫さん。あのガーゴをここまでコケに出来るなんて」
「別に意図してやったわけじゃねぇよ。向こうが喧嘩を売ってきたから買っただけだ。まぁああいう奴は嫌いだから手は抜かなかったけどな」
でも領主は嬉しそうだ。
「改めて挨拶しましょう。初めして、食の街の領主、そしてエリーゼの兄、カインです」
「エリィの兄?」
「ええ、第二王子、と言えば分かりやすいでしょうか?」
だからエリィもエルさんも安心した様な雰囲気だったのかーーあれ? 今回はお忍びで来たんだよな? なのにエリィが第二王子の妹、つまり王女ってバラしていいのか?
周りを見ると、居るのはオレ、エリィ、エルさんと、領主とギルベインだけだ。他の兵は居なくなっている。そして、
「あの女はどうしたんだ?」
「ああ、彼女なら自分が奴隷になった事にショックを受けていた様だったので、今は休んでもらっていますよ」
そうだよな、いきなり奴隷になってショックを受けない奴は居ないか。
「でも、本当に助かりました。ガーゴを含め、《反領主派》には手を焼いていたので。これで少しは大人しくしてくれればいいんですが……」
「反領主派?」
面倒事の気配がするので聞きたく無いが、この流れでは聞かざるを得ない、仕方がない。
聞いたことをまとめるとこんな感じだ。
前領主が貴族や大手の商人達と、裏でかなり好き勝手にやっていたそうだ。商品を独占して値を釣り上げて私服を肥やしたり、新しく街に来た人を騙して奴隷にしたり、気に入らない奴の店を流通を弄って閉店へ追い込んだりと結構酷かったらしい。
しかし、国への報告書の中に虚偽が見つかった。国王様は領主を王都へと呼び出し、尋問し更迭したのが4年前。
街の健全化の為に新たに領主に任命されたのが、第二王子のカイン。国のバックアップの元、多くの貴族や商人達を粛清し、旧領主派の戦力を削ぎ落とし、落ち着いてきたのかつい最近のこと、という事らしい。
しかしこの領主、どう見ても20代だよな。周りに恵まれたのか、それとも自身がやり手なのか……。
「と言うわけで、こちらとしては面白かったのですが、皆さんに危険が及ぶ可能性が出てきてしまいました。ですからこの街に居る間は、この館で過ごして下さい。その方が安全ですから」
あー、そうか。街中で平気であんな傭兵達を動かすような奴だからな。オレ達も襲われる可能性がある訳か。しかしそうすると、この街に居る間ずっと警戒し続けなきゃいけないのか……面倒だな。
「あとは危険な場所には近づかないようにお願いします」
「危険な場所ってのは、具体的にどう言う場所のことだ?」
「そうですね、人気のない路地裏やスラム、日が落ちた後の街の外や、あとは行く事は無いと思いますが、街の外れにある使われていない訓練場、なんかですかね。領主の僕が関わってると知っている以上、人目のつくところでは襲ってくる事は無い筈です」
成る程ね。人目につかなければ襲ってくる可能性が高い訳か。それなら、
「いくつか聞きたいんだが、ガーゴの傭兵団ってのは何人くらい居るんだ?」
「えっ? えーと確か全部で40人くらいはいた筈ですね。今日5人捕まえたので、35人程でしょうか」
「35人ね……。あと、さっき言ってた街外れの訓練場ってのは、魔法を使ったりしても良いのか?」
「あの、ヨシキ様、一体何を……」
「いや、外れとは言え街中ですから、攻撃魔法は禁止されています。まあ領主の僕が許可をすれば使えますけど」
「そうか、なら許可をくれないか? ちょっとばかし練習したい魔法があってな。あとこの街では襲ってきた奴を返り討ちにしても、問題は無いよな?」
驚いた顔をしていた領主は、やがて『フフフッ』と笑うと
「正気ですか? わかりました、許可を出しましょう。ですがあまり派手な魔法はダメですよ。あと、正当防衛は認められていますから大丈夫です」
「ありがとう。それじゃあ宿に戻って宿泊の取り消しと、馬車を回収してくる。ついでに魔法の練習をしてくるから少し遅くなるから、2人の……っとあの女も居るから3人か……の面倒を頼む」
「わかりました、どんな魔法を使うのか知りませんが、練習頑張って下さいね」
「ああ。気になるなら見に来ても良いからな」
「では、後で兵士と一緒に見学に向かわせていただきましょう」
不安そうなエリィとエルさんに、『大丈夫』と伝えて領主の館を出る。そしてゆっくり歩きながら宿へ行き、宿泊の取り消しと馬車を回収する。
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「あの男が動いただと!?」
「ええ、部下の報告では1人だったそうです。」
「ぐぬぬ、他の女どもは領主の館か……。あいつらこの私にに不愉快な思いをさせおって!」
「しかし、領主が居るのに手を出してしまえば、不利になるのはこちらです」
「そんな事はどうでも良い! 私が気に入らないと言っているんだ!」
そう叫んだ所で、連絡が入る。
「ん? ああ、わかった。ガーゴ様、あの男が向かっている先が分かりました。おそらく使われていない訓練場のようです」
「訓練場だと? 何故あのような場所に……」
「ーー誘われているのでしょうか?」
「馬車の中に手練れたちが隠れているのか?」
「いえ、部下の話では見た限りでは積み荷しか見えなかったそうです」
「となるとーー闇取引か!」
「成る程、あんなことがあったのに動き出すという事は、おそらく日時が指定されているから」
「そう、そして普通では出来ない取引だから人気のない訓練場に向かっている、と」
「とすれば、あの積荷はかなりの金額になる筈」
「ならば、あの男を殺し積荷を奪えば、それは私らの金になる!」
「わかりました、それでは傭兵団を率いてあの男を殺してきましょう」
「まて、私もいく。あの男が無様に死んでいく姿を見ねば、腹の虫が治まらん!」
「ついでにその取引を、領主が行った事にすれば、奴を引きずり下ろせるかもしれませんね」
「おおっ! それは名案じゃ。忌々しい小僧め。この街は私のモンだと思い知らせてやるわい!」
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
ゆっくりと馬車を走らせていると、後ろから気配が付いてくる。しかし、襲ってくる様子は無い。偵察だな。
その後も付かず離れずの距離で気配は付いてきて、何事もなく訓練場へと辿り着く。そして訓練場でしばらく待っていると……
「クククッ、また会ったな」
ガーゴが傭兵団を連れて来た。コイツは予想外だな、あの手の輩は自分は安全な場所に陣取ってるって思ってた。
「こんな所に馬車で来るなぞ怪しさ満点だな。どうせ人には言えない如何わしい取引でもしておるんだろう?」
何言ってんだ、コイツは? 如何わしいって……
あー、そういう事か。人気のない所に馬車で来たから、裏取引がなんかと勘違いしてんのか? それにしても、
「さっきとはずいぶん口調が違うな?」
「当然だろう? 商談のときにはキチンとした言葉を使うべきだからな?」
つーことは、こっちが本性か。
「クククッ、言葉で上手く誤魔化そうとしておるようだが、その手には乗らん。だが私は寛大だからな、見なかった事にしてやっても良いぞ? お代はーー貴様の命だがな!」
ガーゴがそう言うと、傭兵達は剣を抜く。そしてジリジリ近づいて来る。
「アンタらは馬鹿か? そもそも領主の言う事を聞いてりゃ、普通にやってけんじゃねぇのか?」
「ハッ、あんなはな垂れ小僧の言うことなんか聞けるか! 私の半分も生きていないのだぞ?」
こいつはーー典型的な老害だな。
「それに、私はこの街にずうっーと君臨して来たんだ。急に他の奴の言う事を聞けと言われて、納得出来るか!」
「オイオイ、この街はお前のモンじゃネェだろ? この街に住んでるみんなのモンじゃネェのか?」
「ハッ、所詮庶民なぞ自分では何も出来ん烏合の衆だろうが? あ奴らには私のような上に立つ者が居なければならんのだよ」
んー、もう少し情報が欲しいな。
「だからって、相手を騙して奴隷にしていいのか?」
「フォッフォッフォッ、簡単に騙される奴が悪いのだよ。それでもこの私の役に立てるんだから感謝するべきだ。商売でも、そしてベッドの上でもな」
そこで周りの傭兵達も下卑た笑いを浮かべる。さて、証拠はこんなモンで良いか。あとはコイツらを……
「安心せい、その積荷も女どもも、全部私の役に立ててやる。だから安心してあの世へ行くが良い!」
その言葉を合図に、傭兵達が襲い掛かって来る。丁度いいな。オレは魔道具を取り出し、魔法を使う。
「『茨の庭』改!」
放った魔法は半径30m、角度60°の扇型で傭兵達を襲う。足元から伸びたいくつものストーンピラーが枝分かれをし、その先端が刺さろうとする瞬間ーー動きを止める。
が、止まるのは敵に刺さる寸前の物だけで、他のはどんどん枝分かれをしていく。やがて前後左右上下、あらゆる方向から無数の枝の鋭い先端に囲まれ、傭兵達は動けなくなる。
これが新しく改良した魔法
《『茨の庭』改》
又の名を『茨の庭』セーフティーバージョン。
「そんな……馬鹿な……」
パチパチパチ
「これはなかなか凄い光景ですね」
「り、領主!」
「思ったより早かったな」
「ええ、ガーゴの屋敷を監視させていた者から、傭兵達が訓練場へ向かっていると報告がありましたから、すぐに動きました」
フットワークが軽いな。まぁその方が助かるが。因みに領主は兵士の他に、馬車2台とさっきの奴隷の契約人を連れて来ていたので、オレが1人ずつ魔法の拘束を解除し、契約人が傭兵達に仮奴隷の契約をして、逆らえないようにしてから馬車へと詰め込んでいる。
「しかし、本当に1人でこれだけの傭兵達に勝てるとは思いませんでしたよ。しかも、全員生きた状態で」
「まぁそう言う魔法の試し打ちをしたかったからな」
「しかし、これだけの魔法を簡単に使うとは、もしかしてあなたはーー」
「領主ー! 貴様、私になんの恨みがあるんだ!」
連行されようとしているガーゴが、叫び出す。しかし、
「そうですね〜、恨みはかなり有りますよ? それ以上にあなたに騙された人の方が恨みは強いと思いますがねぇ」
悔しそうな顔をするガーゴを乗せ、馬車は走り出す。
「さて、私たちも戻りましょうか? 黒猫さんも早く戻って、エリーゼ達を安心させて下さい。かなり心配してましたから」
しまった、そこまでは考えてなかった。だが普通に考えれば、30人以上の傭兵と1人で戦うとなれば、心配になるか……。
オレは反省して、足早に馬車を領主の館へと向けたのだった。
お読みいただきありがとうございます。