奴隷と金貨300枚
「うわぁ〜、スゴいです!」
「デケェな、王都くらいあるんじゃねぇか?」
フォードの街を目の前にして、思った以上に驚いた。
「そうよ、フォードは大迷宮の中で1番の人気を誇る街で、王都と同等、もしくはそれ以上とも言われているのよ」
「さすがイザベラ、詳しいな」
「まあ、私たちのホームだしねぇ」
「ホーム?」
「そう、本拠地ってやつだな」
聞いてみると、冒険者の中にはホームと言う本拠地を定めている者も居るそうだ。ただ、その本拠地から全く動かない訳ではなく、その街をメインに活動していると言う感じだ。
またパーティーによっては家を買ったり借りたりしているらしい。その方が結果的に宿より安上がりになるからだ。
「俺たちは、この街の孤児院で育ったからな。だからこの街に愛着があるんだ。まあ、可愛い弟や妹が居るってのもあるが」
この場合の弟や妹ってのは、やっぱり血が繋がってないんだよな。コイツらも苦労してるんだな……。
そうこうしているうちに、並んでいた列は進み、馬車はフォードの中へと入って行く。その瞬間、辺りから美味しそうな匂いが立ち込める。
「うおっ、スゲぇな。いきなり屋台が並んでるのかよ」
「そうよ、ここは食の街だからね。初めてきた人はみんなここで驚くのよ」
門を入って直ぐの広場に屋台が乱立しており、多くの人で賑わっていた。
「うわぁ〜、美味しそう」
「串焼きにフルーツ、パン、サンドイッチにスープ、それにソーセージや炒め物も。色んな屋台があるんだな」
オレとエリーゼ姫が外の屋台に釘付けになっていると、
「今日は早く着きましたし、ゆっくり見て回りましょうか」
と、エルさんが提案してくれる。時間はお昼過ぎ。前の町との距離が近かった為、早く着いたし昼飯もまだだ。領主に挨拶するのは明日と言う事なので、今日は特にする予定は無い。
直ぐに宿屋へ行き、馬車を預けて街へ繰り出す。街での護衛は片方でいいと言う話だったので今回はオレが付き、『ゼット』の連中はこの街でお世話になっている人へ挨拶に向かった。
「美味しそうですね♪」
エリーゼ姫はご機嫌だ。みてるとこっちも楽しくなってくる。そんなエリーゼ姫から視線を移し、辺りを見る。屋台がかなりの数並んでおり、多くの人が美味しそうに食事をしている。
ゴミ箱がいくつも設置しており、串焼きの串などはそこへ捨てられる様だ。木でできたお皿や器を使っている人もいるが、それはデポジットで、屋台へ返すと銅貨1枚帰ってくるみたいだな。環境は悪くない。
一通り屋台を見て周り、各々が好きな物を買って空いてるテーブルにつく。オレはパンとシーフードの炒め物とトマトのスープだ。大迷宮の下層に海のフロアがあるらしく、新鮮な魚介類が手に入るらしい。
エリーゼ姫はサンドイッチとスープ、エルさんはサンドイッチとフルーツを買ってきた様だ。
「美味しいか? エリーゼ……ちゃん」
「ちゃん?」
オレが『ちゃん』呼びをしたのが不思議だったらしく、首を傾げる。オレは小声で、
「いや、さすがに人が多いところで『姫』呼びは不味いと思ってな……」
と言うと、エリーゼ姫は少し恥ずかしそうにしながら、
「あの、でしたら、これからは前みたいに『エリィ』って呼んで貰えますか? 私としては、あの……その方が嬉しいので……」
「わかった、そうするよ『エリィ』」
オレが呼ぶと嬉しそうにするエリィ。エルさんからも文句は出ない様なので、これからはそう呼ぶことにしよう。
そして、食器を返して立ち去ろうとした時、事件は起きた。
「…………かぁー!」
「ん?」
なんか声が聞こえる。声のした方を見ると誰かが走ってきている。
「……れかぁー!」
それは女性だった。歳は20歳位だろうか? 真っ赤な髪をポニーテールにして腰からはエプロンを下げている。顔は美人系だ。そして、何よりも特徴的なのは、大きく揺れる『乳』!
「ヨ・シ・キ・さ・ま?」
ちょっとムッとした顔でこちらを睨んでくる。何故『乳』を見ていた事がバレたんだ? 別に邪な気持ちがあった訳ではないが、つい目がいってしまうのは男の性なんだろうか?
そんな事を考えてる間に、その女性は広場に入ってくる。
「誰かぁー!」
そしてオレたちの数m前で石畳に躓き、顔面から地面へダイブする。唐突な状況に周りが固まっていると、エルさんが心配そうに近づいて行く。
「あの……大丈夫ですか?」
「誰か! 誰か助けて欲しいッス」
…………
「「ッス?」」
その口調に、思わずエリィと一緒に首を傾げてしまう。
「待てぇー!」
唐突に男どもの声が響き渡る。ポニーテールの女性は
「ヒィッ」 と言ってエルさんの後ろに隠れてしまう。あぁ、面倒ごとの予感がする。何事も無く終われば良いんだが……。
「おい、そこのアマ! その女を寄越せ!」
「いきなり何なのですか?」
男どもはかなり気が立っている。にも関わらずエルさんはかなり冷静だ。
「あ? 俺たちの言う事が聞けねぇのか?」
「言う事を聞くも何も、私はこの状態が何なのか全く理解出来てないのですが?」
「いいから言う事を聞けって言ってんだよ!」
これはマズイ。オレはすぐにエルさんの前に立ち、男の拳を受け止める。そして、そのまま手を捻って他の男達に投げ飛ばす。
「おい、俺たちが誰なのか分かってんのか? 《美食の傭兵》だぞ!?」
「知らねぇよ」
「んだとぉ!」
いきなりキレて襲いかかってくるが、所詮チンピラ。難なく気絶させる。しかし、ここは門の前にある広場だ。直ぐに警備兵が来て、オレ達は倒れた男達と一緒に連行されてしまった。
〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜
連れて行かれたのは、かなり立派な建物の一室だ。その部屋には何人かの兵士と共に、薄緑色の髪の優しそうな20代くらいの男がいた。しかし、その優しそうな顔とは裏腹に、かなり芯が強そうな印象を受ける。
「な、何でアンタが出てくんだ!?」
その男を目にした傭兵たちは、明らかに狼狽えている。
「いやぁ、今日は隊長が休みの日でね。副隊長もちょっと出払っているから、仕方なく僕が対応する事になったんだよ」
嘘……だな。顔は笑っているが目が笑っていない。不穏な感じはするが、エルさんもエリィも怖がった様子もなく、むしろ安心した様子だ。だから大丈夫なんだろう。
しばらくして、二人の男が部屋へ入ってくる。ハゲでデブった年配の男と、剣を携えたガタイの良い男だ。ハゲでデブな男は、緑の髪の男を見ると、低姿勢で喋りだす。
「これは領主様、この様な場所におられるなんて、珍しいですね」
「ええ、ガーゴさん。今日は隊長も副隊長も居なくてね。仕方なく僕が出てきたんですよ」
(へぇ、この若い男が領主なのか……)
ポニーテールの女性は、ガーゴというハゲた男の顔を見ると、オレの後ろへ隠れてしまう。
「いやぁ、なんでもウチの逃げた奴隷を捕まえるのを邪魔した輩が居たそうですな?」
「おや、情報が違いますね? こちらはたまたまそこに居た女性に、説明もなく殴りかかったと聞いているのですが……」
ガーゴはチラッと傭兵達の顔を見る。
「いえ、俺たちは説明したのに邪魔をされたんですよ」
「何を言っているのですか? いきなり『俺たちのいう事が聞けねぇのか?』と言って、殴りかかってきたじゃありませんか」
傭兵達の言葉に、珍しくムッとした表情でエルさんが言い返す。
「常識的に考えて、いきなり殴りかかったりするわけないじゃありませんか? もし本当だと言うなら証拠を出して貰えませんかな? この物達がいきなり襲いかかったと言う証拠を」
「なっ、なら貴方達も殴りかかってないと言う証拠を出せるのですか?」
「グッ……」
珍しくエルさんが強気だ。だが、このままじゃ話は平行線だ。あの現場に居た人たちに証人になってもらえれば良いのだが、時間がかかるからな。それじゃあ……。
「証拠ならあるぞ」
「えっ?」
「そ、そんなバカな事があるわけ……」
とりあえず最初に、領主と呼ばれた男に持っていた《記録石》を渡す。
「ほう? 『その女を寄越せ!』に『俺たちの言う事が聞けねぇのか?』。そして、『俺たちが誰なのか分かってんのか? 《美食の傭兵》だぞ!?』ですか……」
ガーゴと傭兵達は顔を青くする。そして記憶石は領主から隣の兵士へ、そしてガーゴとその隣の傭兵へと渡される。
「これは立派な証拠ですね。ガーゴさん、文句はありませんよね?」
「そ、そうですね。どうやら私の情報が間違ってた様でございます」
ガーゴは顔を青くしたままで、隣の傭兵は不愉快な顔をあからさまに出している。
「ですが、その女がウチの奴隷になるのは間違いありません。ちゃんと証拠もありますし……」
そう言って契約書を出してくる。《奴隷になる》って事は、まだ奴隷じゃ無いのか。
領主がその女性を交えて詳しく聞いてみると、女性は料理人を目指して、この街に来たばかり。商業ギルドで屋台の出店許可を取ろうとしたところ、そこで偶然にもガーゴとあい、美味しい肉を売ってもらえる事になった。それが昨日。
そして、今日中に返済する契約だったのだが、珍しく屋台の場所が全て埋まっていて、出店出来ない。
契約で、返済が出来なければ奴隷になるとなっていたので、ガーゴが奴隷にしようとしたところ逃げ出した。それがさっきの出来事で今に至る、と。
因みにその肉は黒牛の肉で価格は金貨300枚。…………もしかしてこの女性、頭悪い?
そもそもおかしな所が満載だ。返済まで1日しか無かったり、肉の金額が金貨300枚だったり明らかに変だ。この女性を嵌める為にやったとしか思えない。まぁこれに引っかかる女性も女性だが……。
ガーゴも《偶然にも》とか、《珍しく》のところを強調しているので明らかだ。
流石に領主も、この話を聞いて頭を抑えている。しかし、本人が契約書にサインをしてしまっている以上どうしようもない。
傭兵5人はそのまま牢へ連れて行かれ、ガーゴはその女性を連れて行こうとしているが、はっきり言ってこういうヤツは嫌いだ。一泡吹かせてやりたい。なので、
「なぁ、こんだけ迷惑をかけておいて、こっちに迷惑料は無いのか?」
「め、迷惑料ですか……」
「あぁ。こっちは被害者だってのに、領主の前で嘘の情報で加害者にさせられそうになったんだぜ。しかも貴重な時間をかなり潰されてな。それなのに何も無しなのか?」
「グッ、それは……」
ガーゴは苦い顔をする。傭兵は殺気を放ってきて、女性はすがるような目をしてくる。それを見たガーゴはハッと顔を明るくすると、
「でしたらこの奴隷の女をお譲りしましょうか? この女もあなた方のことが気になってる様ですし、見た感じそちらの女性も商人の様だ。見た目の良い奴隷は、店頭に置けば集客に役に立ちますよ?」
なんだ? いきなり下手に出てきたな。これは絶対に裏がある。
「…………」
「どうしますか?」
「……そうだな、じゃあ譲り受けようか」
「本当に?」
「あぁ」
「わかりました、それでは金貨300枚をお願いします」
成る程、譲るってのはタダでやるって訳じゃなく、売るってことか。確かにそれならコイツは損をする訳じゃ無いからな。そう思っていたら、
「では、今すぐに支払いをお願いします。もし出来ないのなら、この話は無かったことになってしまいますよ?」
「ガーゴさん、それはちょっと急すぎじゃ無いですか?」
領主が間に入ってくれるが、ガーゴは聞く耳を持たない。
「何を言ってるんですか? 先程この方も言ったたではありませんか。『貴重な時間を潰された』と。私たち商人にとっても時間は貴重なのです。この女にはすぐにでもやって欲しい仕事があるのですよ? それを時間をかけられてはたまりません。すぐにいなくなる者に仕事を教えるのは無駄で損失になりますし、待たされる間、この女を管理するのは負担にもなります」
そういう事か。迷惑料としては、この女性の奴隷を譲るっていう話でチャラ。しかし、待っているこの女性を管理するのは負担になるから直ぐに金を払え。出来ないなら諦めろ、って事か。セコイな。
「せっかくこんなに見目麗しい女の奴隷を譲ってあげるんですよ? まぁお金がないなら仕方がありませんね。それでは……」
「わかった、金貨300枚払うぜ」
「…………えっ?」
「金貨300枚払うって言ってんだ」
「えっと、今すぐに、ですよ?」
「あぁ、ほらよ」
テーブルの上にミスリル銀貨3枚を置く。冒険者ギルドからのエリクシールの代金や、国王様にいろいろ売ったから金銭的には負担は少ない。なくなれば、また魔物を狩ったり大迷宮に潜れば良いしな。
「これで文句は無いだろ?」
即金で金貨300枚を出せるとは思ってなかったらしく、ガーゴは固まっている。
「つー訳で、アンタはこっちのモンだ」
オレはポニーテールの女性を引き寄せる。それを見たガーゴは我を取り戻し、そして悔しそうな顔をする。領主はかなり嬉しそうだ。
「折角だから、直ぐに奴隷の契約をしましょうか? 時間は貴重、ですからね」
ぐぬぬ、と言う声が聞こえてきそうなほどガーゴは歯を食いしばっている。程なくして、女性の契約人が現れて契約をしてくれる。と言ってもやった事は、女性に奴隷の首輪をして、手の甲に魔力で魔法陣を描き、そこへオレの血を一滴垂らしただけだ。それだけで、首輪が光り契約は完了。魔法ってホントに便利だな。
「フン、我々はこれで失礼する!」
さっきまでとは明らかに違う、不愉快な顔でガーゴは出て行こうとするが、今度はエルさんが待ったをかける。
「先程の契約の中にあった、金貨300枚の肉の所有権はどうなってるのでしょうか?」
ーー確かに。その肉は奴隷の女性が買った訳だから、普通に考えたら所有権は女性にあるはずだ。改めて領主が契約書を確認すると、
「そうですね、所有権については一切記載がありません。と言う事は、その肉は女性が買ったわけですから、その女性のものですね」
それはいい事を聞いた。
「そうか、それなら奴隷の所有者であるオレが、ちゃんと回収しなきゃいけないなぁ」
それを聞いたガーゴは顔を真っ赤にして、今にも怒り狂いそうな様相を呈していた。
そうか、コイツは最初から一切お金を掛けずに奴隷を手に入れるつもりだったのか。上手くいけば、女性は契約で奴隷にできる。肉は自分のところから動かない。多少の労力で損失なく丸儲けができる寸法だったのか。ナイスだ、エルさん!
「では、このギルベインについて行って貰いましょうか? 彼は兵士であると共に食材の目利きのスキルを持っていて、その上相場にも詳しいですから」
そう言って、領主は隣の兵士を勧める。
「そっ、それは……」
「まさか品物がないのに契約をした、なんて言う詐欺はして無いですよねぇ?」
「ーーっ、クソッ! 行くぞ!」
そう言ってズカズカ歩いていくガーゴと、殺気を放っている傭兵の後を、オレは兵士のギルベインと追いかけて行った。
お読みいただきありがとうございます。