初めての野営
「ふふふっ」
ガタゴト ガタゴト と馬車は進んで行く。
チラッと目が合う。ニコッと笑顔を返してくれる。エリーゼ姫は朝からご機嫌なようだ。
今日はオレが御者をやっている。そして、隣りにはエリーゼ姫が座っている。
「いい天気だな」
「そうですね」
「雨は全然降らないよな」
「はい、ここら辺は月に1〜2回くらいしか降りませんから」
そうなると農家さんが大変だと思ったが、良く考えれば魔法で水やりをすれば良いのか。便利な世界だよな。
そんな事を考えながら、馬車は街道を少しずつ逸れていく。
さて、今日は野営をする事になっている。いざと言う時、不便な状況でも、適切な対応を出来る様にしておいた方がいいと言う理由だ。王族に限らず、何かあったときの為に野営の仕方は、覚えておいて損はないだろう。
今進んでいる街道は、町と町の距離が一番長いと言われている。日の出と共に出発しても、到着するのは夕暮れ時だ。そういえばこの道の途中で、オレは盗賊達に襲われたんだっけか。かなり昔の事に感じるな。
そして、この街道を少し脇に逸れたところに、野営するための場所があるらしいので、昼前に町を出てゆっくりと進んでいる。遠くに魔物の気配はあるが、こちらに向かって来ることもなく、平和だ。
「私、野営って初めてなんです。なんかすごくワクワクしますね」
エリーゼ姫が、そんな可愛い事を言ってくる。オレも小さい時はキャンプと聞くとワクワクしていたから、きっとも同じような感じなんだろう。
やがて日が傾き始める頃に目的の野営地にたどり着く。地面は剥き出しで、焚き火の跡があり、大きな岩がいくつか転がっているが、それ以外は開けていて見通しの良い場所だ。目の前には草原が広がっていて、少し離れた場所に森がある。
少し前にこの辺りの盗賊の討伐があったので、ここは安全だと言う話だ。確かに周りには人や魔物の気配はしない。森の奥の方には居るようだが、流石に全く魔物のいない場所は無いだろう。
オレは馬達を馬車から外し、労う為にブラシで軽くマッサージを行う。そして草原へと連れて行き、草を食べさせる。その間に桶に魔道具から水を出し、馬の飲み水を用意しておく。
馬は食事が終わったら戻ってくるので、オレも野営の準備を手伝おうと思いーー戸惑う。
(普通の野営って、どうやるんだ?)
確か以前……人工魔石騒動の時は、馬車の中に女性が寝て、男達は地面にマントを引いて寝ていたよな? 食事は携帯食だったが……あれは野営じゃなく野宿か。
目の前では、女性陣が焚き火と食事の準備を進めている。ザインとエゾは森から小枝などを大量に拾って来ていて、テントを建て始めている。
「おい黒猫、お前も自分のテントを建てちゃえよ」
「自分のテント?」
「オイオイ、まさか野営にテントを持ってきてないのか?」
どうやら野営ではテントを建てるのが普通らしい。
…………
…………
どう答えようか考えていたら、いつの間にか全員から注目を集めてしまっていた。
「わかった。お前の事だから、きっと普通とは違う事をしてるんだろ? 驚かないから、いつも通りにやっていいぞ」
ザインにはそう言われたが、流石に簡易宿泊場所を出すのは不味い気がする。なので、焚き火から少し離れた場所に、
「ストーンウォール×2」
岩の壁を2枚斜めに出し、高さ2mほどの三角形の岩のテントを作り出す。片方の入り口を塞ぎ、もう片方には出入りしやすいように魔物の皮で入り口を塞ぎ、完成だ。
「これは……」
「す、凄いですね」
エルさんとエリーゼ姫は驚いているが、『ゼット』の連中は、『このくらいやりそうだ』 みたいな目で見ている。
「ん? 床は作ってないけど、このまま地面に寝るのか?」
エゾが中を覗いてそう聞いて来るが、
「いや、こうする」
奥と入り口近くに、ストーンピラーを発動。その先端近くに短めのストーンピラーを発動し二又状にする。そしてその二本のストーンピラーの間にハンモックを掛ける。王都で偶然見かけて、買っておいた物だ。
「相変わらずだな、黒猫は。だが確かにテントより雨風に強そうだし、床に寝るよりも、体が痛くならなそうだな」
「だな、しかもテントを建てるより早くて面倒くさく無い。まぁ魔力がなきゃ出来ないんだろうが」
魔法は長時間維持するには、それなりに魔力を込めなきゃいけないからな。短時間なら少ない魔力でも大丈夫だが。
「む〜、そのストーンピラーは〜、知らないやつだ〜」
リザがオレのストーンピラーを、観察し始める。どうやらストーンピラーから、さらにストーンピラーを発生させるのは知らない魔法だったようだ。
「ん? あぁそれはストーンピラーの応用魔法で、茨の柱ってやつだ。ストーンピラーの周りにトゲのようなものを多数作る事が出来て、それによって防御力を上げる事が出来るって魔法だな」
リザは暫く観察した後、おもむろに
「私も〜ハンモックで寝たい〜。馬車の中でも結構体が痛くなっちゃうんだもん〜」
と、魔法と関係ない事を言い出す。だがハンモックは1つしかない以上、諦めてもらう。オレが馬車の中で寝るわけにもいかないしな。
それでも文句を言うリザを放っておいて、焚き火の前に向かう。夕食は焚き火で作った干し肉と乾燥野菜のスープと、固い黒パンだ。こう言う質素な食事も、実際に体験しておいた方がいいと言う考えだ。
「ん、パンが固いです」
「こうして、スープに付けると食べやすいですよ、エリーゼ様」
エルさんに教えてもらいなんとか食べ終わるが、やっぱり物足りないようだ。なんか可哀想なので他の食事を出したくなってしまうが、ここはグッと我慢する。これも経験だ。出来ればこう言う食事をしなくても良い生活を送ってもらいたいとは思うが。
食事を終えると、丁度馬達も戻って来たので、早めに休む事に。
「見張りの順番だが、明日はオレとイザベラが御者をやるから一番最初にさせてもらう。次はエゾとリザ、黒猫は今日御者をしたから、一番最後だ。ゆっくりやすんでくれ」
「わかった」
岩のテントに戻り、さっきの食事では物足りなかったので、少し食事をしてハンモックに横になった。
暫くして、エゾが起こしに来たので目を覚まし、そのままオレのハンモックで寝ようとしたエゾを追い返して、焚き火の前の岩に座る。辺りに気配は無い。ぼうっと火を見ていると、不思議と心が落ち着いてくる。
いつもは魔道具を使って調理をしていたが、たまにはこうやって火を使ってみるのも良いかもしれない。そういや地球では、野生動物を寄せ付けない為に、火を絶やさないって聞いた事があるが、こっちの世界ではどうなんだろうか? 魔物にも効果があるのか? 逆に寄ってきそうな気もするが……。
そんな事を考えてると、人の動く気配がした。だが、知った気配だ。その気配は馬車を降りて近づいてくる。
「どうしたんだ、エリーゼ姫?」
「いえ、ちょっと目が覚めてしまって……」
オレは隣に手頃な岩を出す。エリーゼ姫はそこに座って、
「あと、お礼もまだ言ってませんでしたから」
「お礼?」
「はい、あの……生きててくれて、そして、無理をして約束を守って、会いにきてくれてありがとうございます」
「約束したからな。それにオレがそうしたかっただけだ。まぁ最初はこのまま死んだ事にして、姿を見せない方が良いと思ったんだけどな……」
そう言うと、エリーゼ姫は首を振って、
「いえ、生きている事が分かって……本当に嬉しかった」
少し涙ぐむエリーゼ姫の頭を、軽く撫でると、そのままオレの胸に頭を預けてくる。暫くそのままでいたが、唐突に、
くうぅ〜
と、音が響いた。
「あっ、えっ、えっと……その……」
「フフッ」
顔を真っ赤にして、しどろもどろで言い訳をしようとしているのが、余りにも可愛くて、思わず笑ってしまう。そうすると、ますます顔を赤くして俯いてしまう。まぁあれだけの食事じゃ物足りないよな。
「嫌いな食べ物とかはあるか?」
「えっ? いえ、特には……」
オレはヒートリザードの串焼きを、何本か手渡す。
「あ、ありがとうございますーー美味しい」
どうやらお気に召したようだ。
「ところで、この串焼きは何処から……」
「あぁ、魔法庫を使えるから、いつでも食えるように作ってあるんだ」
「そうなんですね、凄いです」
その後は色々な話をした。オレが王都に戻ってくる為に、冒険者になった話は昨日したので、大迷宮の中の話や魔物の討伐の話をした。
そしてエリーゼ姫からはオレが居なくなってからの王都での話を聞いた。どうやらオレが死んだと聞いて、エリーゼ姫はかなり落ち込んだそうだ。生誕祭のイベントの時に、元気が無かったのもそのせいだったそうだ。
国王様も元気になって貰いたくて、色々してくれたみたいで、イベントに連れ出したのもそう言う理由だそうだ。また、他の人と会うのも良い転換になると思い、いろんな人にあったそうで、その中にあの大臣の孫の豚男も居たらしい。
「あの人は、大臣の孫だから偉いと思っていたらしく、じいちゃんに頼んで何でもしてあげるって言ってきたんです。でも、私はそういう人の権力を傘に着る様な人は好きじゃなくて……。でも、向こうは私のことを気に入ったらしく、更に国王の娘だと分かると、本当にしつこく結婚を迫ってきて……。お父様は庇ってくれてましたけど、全然気にしてないみたいで。だから、あの時、ヨシキ様が強く言ってくれて、とても嬉しかったんです」
そうか……やっぱり国王の娘となると変な虫が着いてきちまうんだな。あの時オレが居て本当に良かった。王都に戻ったらまた何かして来るかもしれないから、暫く王都で生活する方がいいか。ってなに考えてるんだ、オレは? オレは保護者じゃ無いだろう?
いや、そういえば、エリーゼ姫は娘みたいな感じで接してたからその所為だな。やはりエリーゼ姫には幸せになって欲しいし、笑っていて欲しい。なら、やはり依頼が終わったら、王都で生活するしかないか。
そんな事を考えてると、エリーゼ姫はウトウトしだした。そっと頭を膝の上に乗せて、グラスボアの毛皮を掛ける。夜は冷えるからな。
焚き火に薪を入れ、かなり遠くで蠢いている気配にストーンバレットを数発放ってけん制しながら、オレは夜が明けるのを待った。
やがて日が登り、辺りが明るくなってくると、馬車から慌ててエルさんが出てくる。
「良かった……」
オレの膝枕で寝ているエリーゼ姫を見て、安堵の表情を浮かべる。
「悪いな、起こすのもアレだし、伝える手段も無かった」
「いえ、無事でしたらそれで良いです。それにしても……」
エルさんはエリーゼ姫の顔を見て、
「随分と安心しきった顔をしてますね。こんな寝顔を見るのはいつぶりでしょうか?」
「やっぱり今までは不安そうな顔だったのか?」
「……はい、不安そうな顔で、夜中に目を覚ますことも何度もあり、起きている時も元気が全くなくて……。国王様も色々と手を尽くしてましたが上手くいかず、逆に変な虫が着いてしまって」
エルさんは改めてオレを見つめ、
「エリーゼ様に笑顔が戻り、こんな寝顔を見れるようになったのはヨシキ様のお陰です。本当に生きて帰ってくれて、ありがとうございます」
「気にするな、エリーゼ姫との約束だったんだからな」
オレがそういうと、エルさんも笑顔で返してくれ、そのまま暫くエリーゼ姫の寝顔を2人で眺めていた。
馬車から人が動く気配を感じたので見ると、イザベラが馬車から降りてきた。その後ザイン、エゾと起きてきて、エリーゼ姫も程なく目を覚ます。膝枕で寝てたのが恥ずかしかったらしく、顔を赤くしていたが……。だがリザだけは全く起きる気配が無い。まぁリザはかなりマイペースだからいいか。
「さて、朝飯だが、昨日の夜と同じようにするのか? 森の中に大きめの魔物の気配がするんだが……」
オレがそう言うと、エルさんは思案する仕草を見せ、
「仕留めることは可能ですか? 現地で食料を調達するという経験も、エリーゼ様にして貰いたいのですが」
「OK、仕留めてくる。あっ流石に狩りにはエリーゼ姫は同行しないよな?」
「はい、流石にそれは……。エリーゼ様には狩ってきた獲物を捌いて食料にすると言う所を見て貰いたいと思います」
「わかった」
さて、行くかーーと思ったらエゾとザインが話しかけてくる。
「オイオイ、一人で行くのか?」
「俺たちも着いて行った方が良いんじゃないのか?」
「いや、そこまで強い魔物じゃなさそうだから、オレ一人で十分だ」
そう言って森の中へと向かう。木々の間を飛び進み、5分程で大きい猪と遭遇する。
《ワイルドボア》
相変わらず名前しかわからない。が、グラスボアと同じ猪だから倒し方は一緒で良いよな? ストーンピラーで顎を打ち、喉にブラッドソードを刺して待つ。そして魔法庫へ入れて戻る。
「お前っ、これワイルドボアじゃねーか」
「あぁ。これは美味いのか?」
「イヤイヤ、美味いけど、普通コイツを一人で倒しにはいかないだろ?」
「相変わらずね、黒猫さんは」
「あの、どうやって倒したのですか? 外傷が見当たらないんですが……」
「顎にストーンピラーを当てて気絶させ、その隙に喉にブラッドソードを刺して血を抜いただけだが……」
「……」
「……」
「エリーゼ様、これは悪い見本です。確かに金ランクなら一人で倒せないことは無いですが、リスクが大きすぎます。この巨大に似合わず素早い動きをするので、普通は3〜4人で倒す魔物です。それでもヘタをするとこの前に伸びた二本の牙で串刺しになる事もあるので、今回は普通では無いと覚えておいて下さい」
なんかディスられてる……。まぁ確かにグラスボアよりも2回りは大きいから、このサイズになると普通は一人では倒しに行かないんだろう。
しかしほぼ無傷で倒せたんだから、皮も牙も綺麗なままだ。素材の点からいえばかなり上出来だとは思うんだが、世の中そう言うものでは無いんだろう。
因みに解体は、オレでは手本にならない可能性があるとのことで、『ゼット』にやってもらう事になった。血は抜いてあるので、皮を剥ぎ、内臓を取り出す。頭を切り落とし、リザの水魔法で洗浄し、骨から肉を切り離す。そして、必要な分だけ残し、それ以外はオレの魔法庫の中へとしまう。勿論使わない内臓や牙を取った頭、骨なんかは土属性の魔法で地面に穴を開けて、捨てている。
結構グロいから心配していたが、エリーゼ姫は王都に来る前に住んでいた村で、何度か見た事があったそうだ。エルさんは魔法学校の教師時代に、野外学習で同様のことをしていたらしく、平然としている。
というわけで今日の朝食は、昨日と同じパンとスープに加えてワイルドボアの焼肉が追加になった。そして、十分に腹ごしらえをして、片付けを行い、オレたちは次の街へと出発した。
お読みいただきありがとうございます。