出発と邂逅
「それでは、よろしくお願いします」
エルさんがそう言い、エリーゼ姫もペコリと頭を下げる。ここは貴族街の外れ、庶民街に近い場所だ。ここから馬車で王都を出る訳だが……。
「それにしても、ボロい馬車だな」
ボロいと言っても、王族が乗るにはボロいと言う事で、普通の商人たちが乗る荷馬車ぐらいな感じだ。まぁ今回の目的からしたらそれは仕方がないんだが。
今回の目的、それはこの国を見て回って勉強する、と言うもの。この国では、王族は成人前にこの国を見て回って、国民の生活を知るべし、と言うしきたりがあるらしい。
大きな街では、その仕事や運営の仕方を学ぶので、領主の元でお世話になるが、それ以外の町や道中は普通の市民の生活を見て回るように言われているそうだ。なので大きな街までは、この目立たない普通の幌馬車で移動する。
「それでは行きますので、皆さま宜しくお願いします」
エルさんの声で、馬車に乗り込む。馬車の中には荷物も積まれているので、スペースは少ない。が、これも勉強と言う事らしい。実際荷物は街へ運ぶ物だ。
因みに立場は、エルさんが商家の女主人で、エリーゼ姫は見習いと言う設定だ。
エゾが馬車を操り、出発する。そして、馬車内で簡単な自己紹介を済ます。エルさん、エリーゼ姫、ザイン、イザベラ、オレの順で話す。リザはエゾと一緒に御者席だ。
「では改めて行程を確認させて頂きます。私たちは王都を出て、時計周りにこの国を回っていきます。まず《食の街フォード》へと向かい、そこで暫く過ごした後《港街ファーベ》へ向かい、《生活の街リーフェ》、《商人の街ビネス》と移動して王都へ戻ってきます」
オレもザイン達もコクリと頷く。
「道中もそうですが、街では実際に商取引も行いますので、その際の護衛もお願い致します。こちらが女だと舐めて来る人も居ますので。お休みに関しては、どちらかが護衛についていただければ良いので、双方で相談の上で決めて下さい」
これまたコクリと頷く。
「街に滞在する日数は未定です。目安は4週間ぐらいですが、行程や状況によっては前後します。あと、少しですが、依頼料とは別にお小遣いが出ます」
おお、それは有難い。
「とりあえずはこのようになっていますが、何か質問はありますか?」
「そうだな、口調はこのままで良いか?」
「ええ、問題ありません。むしろ下手に敬語を使われると怪しまれますので、普段通りの口調でお願いします」
「あの、街での部屋割りはどうなってるのかしら?」
「はい、私たちで一室、『ゼット』の方達で二室、ヨシキさんで一室となっております。また、道中も同じ部屋割りの予定ですが、空きがなければ変更になる場合もありますので、ご理解をお願いします」
これはパーティーメンバー以外が居ると、リラックスできないだろうと言う配慮だそうだ。これも有難い。道中は宿の混み具合によって変わって来るから仕方がないが。
話は終わり、オレとザインは馬車の入り口で外を警戒する。が、エリーゼ姫がチラチラとこちらを見ている。と言うか、朝からずっとチラチラと見てきているのだが……。
「おい、黒猫。もしかして……」
「あぁそうだ」
「話さないのか?」
「ここはプライベートな話ができる場所じゃないだろ?」
「ーーそうだな」
ザインはオレが、エリーゼという女の子を探している事を聞いている。だがここでは話せない事を理解してくれた様で、その後は話しかけてこなかった。
そのまま順調に進み、思ったより早く町へと辿り着いた。
「本日はお疲れ様でした。夕食までゆっくり休んで下さい」
エルさんの声で、『ゼット』の面々は部屋へと向かう。が、
「ヨシキさんはお話がありますので、こちらの部屋へいらして下さい」
「わかった」
部屋へ入り鍵をかけ、オレは2人と向き合う。まず、先に言わなきゃいけない事がある。おもむろにエルさんが口を開く。
「エリーゼ様のお母様の事ですが……」
前置きもなく、いきなり本題に入ってきた。これはーーこちらも嘘偽りなく話した方が良いだろう。
「……済まない。その話はーー嘘だ」
オレのセリフに、エリーゼ姫は目を開いてショックを受けている。そして、珍しく、いや、初めてエルさんが怒りを露わにして怒鳴りつけて来る。
「あ、貴方は! 自分が何を言っているのかわかっているのですか!」
エルさんの顔が真っ赤になり、エリーゼ姫は泣きそうな顔をしている。上手い方法が見つからなかったからと言って、やはり亡くなった人の名前は使うべきではなかったか。いっそあのまま、魔霧の渓谷で過ごしていれば良かったか。だが、ここまできた以上、もうどうしようもない。
あぁ、何でオレはいつもこんなんだろう? 何故オレはいつも要領が悪いんだろうか?
「本当に済まない、エリーゼ姫、そして、エルさん」
そう言って、魔道具を止める。光と闇の魔石を使った魔道具を。髪と目の色が黒く戻り、ぼやかしていた顔の印象がハッキリする。果たして、これでわかってくれるだろうか?
だが、それも杞憂だったようで、エリーゼ姫は気付いてくれる。
「あ、あの、もしかして本当にヨシキ様なんですか?」
「あぁ」
と言っても、不安な表情は消えない。まぁ大分変質しちまってるからな。出ていたお腹は引っ込んで、体は筋肉質になっているし、顔も前よりシュッとしている。何より身長が10cm以上伸びている。それでも顔を見らればわかるかも知れないから、魔道具を作って誤魔化していた訳だが。
しかし、エリーゼ姫はそうかも知れないと思っているぐらいで、まだ確証は持たないみたいだ。さて、どうしたもんか……。
……
……
アレならわかってもらえるだろうか? オレは不安な顔のエリーゼ姫と、訝しげなエルさんの前で作業を始める。材料は大迷宮の中でも一回作ったからある。
潰したバナナ、小麦粉、ミルクを混ぜ、フライパンにバターを溶かし生地を入れる。夕食前なのでサイズは小さめだ。それを皿に移し、今度はフライパンにバナナ、バター、シナモンを入れブランデーでフランベする。それを先程のパンケーキにカスタードクリームと一緒に盛り付ければーー。
「これはーーあの時の……」
オレが王都から旅立つ前日に、エリーゼ姫とだけ食べたバナナパンケーキだ。そのパンケーキをエリーゼ姫に差し出すが、それを受け取らずオレを見つめたままゆっくりと近づいて、そのまましがみ付いて泣き出してしまった。
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「すいません、つい、嬉しくて……」
「気にすんな、オレが悪かったんだし……」
落ち着いたエリーゼ姫の頭を撫でる。エリーゼ姫の様子から、ホントにオレだと信じたらしく、顔から険がとれたエルさんが、口を開く。
「こんな回りくどい事をされているという事は、何かあったのですね」
「……あぁ」
「それは話せる内容でしょうか?」
相変わらず頭の回転が早い。確かに普通だったら、盗賊に襲われたけど、無事逃げたから戻ってきました、で済む話だ。それが嘘をついてまでしなかったと言うことは、何かあったと思われても仕方がない。それも話せない内容かも知れないと言うところまで気付いてくれる。
しかし全部話しても良いものかと迷っていると、
「王族の方々に危険は無いのですか?」
「それは……」
可能性としては十分にある。だから全て話すことにした。
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「そうですが、大臣が……」
「まぁ、まだ可能性があるってだけで、証拠は無いんだが……。大臣の雇ってる傭兵団のリーダーがいたし、別の盗賊を犯人に仕立て上げる事が出来ると言うことは、それなりの立場にいる人間が関わってると思う。だから関係は無いとは思えないんだよな。そんなわけで、王都に戻って来るのは危険だと判断したんだがーーどうしてもエリーゼ姫との約束が頭から離れなくてな。まぁ他にもやりようはあったかもしれないが」
「ちなみに、他には何かアイデアがあったのですか?」
「そうだな、最初は記憶石にオレの無事を知らせるメッセージを込めて、アクセサリーか何かに加工して渡そうと思っていた。だから悪いとは思ったがエリーゼ姫の母親の名前を使わせて貰ったんだ」
「それで形見の品を渡すと言う嘘をついたのですね。確かにそれならエリーゼ様の手に渡る確率は高かったでしょう」
「まぁだが、あまり良い手では無かった事は分かっている。済まなかった」
改めて頭を下げる。
「後は気配を消して忍び込むって考えもあったが、暗殺者対策の魔道具でもあったら危険だと思い、しなかった」
「それは賢明でしたね。実際侵入者対策の魔道具は確かに有りますから」
やっぱりか、やらなくて良かった。オレが安堵の表情を浮かべていると、エルさんはこちらの顔を覗き込んで、
「それにしても、随分と変わりましたね?」
「そ、そうですね、以前はとても優しかったですか、なんというか、一歩引いた感じで壁を作っているような感じもしました。今は何というか、自信があって以前より堂々としてらっしゃいます」
「んー、やっぱり変か?」
「いえ、その、なんか、ワイルドな感じが素敵だと思います」
少し顔を赤らめて、でも笑顔で褒めてくれる。エリーゼ姫に褒められると嬉しいな。
「そう言えば、エリーゼ様にお母様の形見の物を渡すという話ですが……」
「あぁ、それはもう必要なくなったからーー」
「いえ、必要だと思います。多分気付いておられると思いますが、イベントの初日に変装した国王様達とお会いしましたよね?」
「あぁ、前に見た変装と同じだったからな」
「ですので、その形見の話は国王様も気になさっていました。また、一緒にいた『ゼット』の皆さんも聞いていましたから、おそらく何も渡さないのは変に思われる可能性があります」
そうか。そうだよな。オレが探しているのはエリーゼ姫だということは、国王様も『ゼット』の連中も知っている。なら、何も渡してないと、変に思われるか。
「エリーゼ姫、申し訳ないが何か思い出の品とか、欲しいものとかはないか? 今のうちに作っておきたいんだが……」
「作る?」
「ああ」
作ると聞いて首を傾げていたが、ややあって口を開いてくれる。
「ええと、すぐに思い出せるのは、杖か腕輪でしょうか?」
「そうか、なら腕輪で良いか? その方が上手く作れると思う」
「はい、わかりました」
ミスリルの塊をを取り出し、魔力で形を変えていく。
「これはっ……」
「すごい……」
「模様なんかは覚えているか?」
「あっ、はい。すごく綺麗でよく見ていたので」
エリーゼ姫の指示の元、形を整えていく。幅を広げ模様を作り魔石をはめる穴を開ける。表面は少し霞んだ感じにしておいた方がいいか。
「この腕輪には、何か特別な効果は付いていたのか?」
「ええと、確か魔力を込めると風のバリアが守ってくれるって言ってました」
そう聞いて、魔霧の渓谷で倒したハリケーンイーグルの魔石を取り出し、ウインドバリアの魔法陣を魔石の裏に直接刻み込んで腕輪にはめる。あとはついでに目立たないように、腕輪に魔法の制御を楽にする魔法陣を刻み込んで完成だ。
「凄い、10分くらいでこんなに素敵な腕輪を……」
「しかも、魔石に直接魔法陣を刻むなんて……」
やりすぎかも知れないが、せっかくエリーゼ姫に渡すものだ。可能な限り技術を注ぎ込んでみた。
「よし、完成だ。エリーゼ姫……」
オレが名を呼ぶと、そっと左手を前に差し出して来る。オレはその細い腕に腕輪をはめる。うん、丁度いいな。着けやすいけど、簡単には抜けない丁度良いサイズだ。
「えへへ……」
かなり喜んでくれたみたいだ。これで嘘をついてしまった事の償いに少しでもなれば良いのだが……。
「良かったですね、エリーゼ様。ヨシキ様、ありがとうございます」
「いや、オレが嘘をついちまったのがいけないんだから、これくらいはしないとな。それよりもエルさんこそ助かった。あのままだったら、オレは間違いなく何も渡してなかった」
「いえ、それほどの事ではありません。ですが、これで国王様にも怪しまれる事はないでしょう」
「ああそうだ。国王様やアレク王子にはまだ言わないでおいて欲しい。オレが生きてる事を知ってる人は、出来るだけ少ない方が助かるから」
「はいっ」
「ええ、わかりました」
その後、夕食の時間になったので、食堂へ行ったのだが……。
「ふふっ」
「エリーゼちゃん? もしかしてその腕輪が」
「はい、ヨシキ様から受け取った物です」
ずっと腕輪を見ながらニコニコしているエリーゼ姫を見て、『ゼット』のメンバーも、そしてオレ達も微笑ましく眺めていた。
お読みいただきありがとうございます。




