驚愕と再起
期間が空いてしまいました。申し訳ありません。
今回は ザイン・トーイ・依頼主 視点です。
「これはっ!」
速い、速すぎる。『ラッシュ』の縦横無尽な攻撃を、ナイフ二本で受け、流し、躱し、隙を見て攻撃をする。
俺だったら一対一なら何とか勝てるだろう。だが2人相手では下がりながら防戦するぐらいしか出来ない。攻めに回るなんて不可能だ。だがあいつはナイフ二本で攻めにも回っている。
正直言って、『ラッシュ』の2人相手にナイフだけで太刀打ち出来るとは思ってなかった。黒猫が強いのはあくまで魔法の使い方が上手いからだと思っていた。
魔法を使って高速移動し、相手を翻弄する。
相手の動きを読み、相手に気づかれない様に瞬間的に魔法を使う。
魔法の持続力を減らして速さや威力を上げる。
魔力量に物を合わせて広範囲を回避できない魔法で殲滅する。
オレが今まで見てきた黒猫の強さの秘密は魔法の使い方にあると思っていた。だがそれは間違いだった。いや、正確にはそれだけでは無かった。
今は身体強化の魔法は使っている。が、アレは自分の認識出来ないスピードは出せない。もしも認識出来ない程のスピードを出せば、自分から相手や壁に突っ込んでしまう。つまり、アレだけのスピードを出してもしっかり把握できているという事だ。
明らかに冒険者に登録する時よりも、そしてアイアンスネークを倒した時よりも、今まで見た中で一番早い。
「む〜、速すぎる〜」
「リザ?」
「黒猫さんは〜、部分的に〜身体強化を使ってるね〜」
曰く、全身に魔法を掛けるのではなく、動くときは足、攻めるときは手、強い一撃を放つときは腕、あるいは上半身だけ、打ち合いの時は全身にと魔法の範囲をその都度変えているらしい。
利点は魔力の消費が抑えられる事、そして身体の負担が減る事。身体強化は使えば身体に負荷がかかるからだ。長期戦になれば尚更だ。
欠点は、コントロールに意識を割かなければならない事。そしてタイミングを誤れば攻撃を避けられなかったり、攻撃の威力が上がらなかったりする。
ガンッ!
黒猫が強く剣を弾き、ライルが攻撃を喰らう。が、すぐにガッシュがフォローする。これが『ラッシュ』の強みだ。すぐにフォローに入れる様にお互いの位置や攻撃を把握している。
しばらくガッシュと黒猫の打ち合いが続き、ガッシュが黒猫の攻撃を避る。そして
「上手い!」
ガッシュの後ろにいたライルの強烈な一撃が黒猫に炸裂する。が、黒猫はそれを受け止め、何もなかったかの様にふわりと着地する。
「オイオイ、今のを防げるのか?」
エゾが驚いている。無理もない。アレは来るのがわかってなきゃ普通は防げない。横ではイザベラが真剣な表情で試合を見ている。この後、報告をしなきゃいけないが、その役目はイザベラだ。だから何かあると、イザベラは観察に入る。
と、『ラッシュ』の2人が後ろに手をやり、新たな剣を取り出す。二刀流!? だがまだ物には出来ていない様で、所々でかち合ったりミスったりしている。だが、黒猫は防戦に回ってやり辛そうだ。
ライルが攻め、突きを放つ。それを黒猫が弾きライルがバランスを崩す。そのままガッシュに向かう黒猫の後ろから、バランスを崩しながらも身体を回転させたライルの剣が迫る。だが、それすらも身体を屈めて転がり避ける。
なんて、なんて面白い試合なんだ! 俺もあの中で戦いたい。そう思うが、この中に割って入る訳にはいかない。3人とも体力は減っているだろうし、その中に俺が入ればただ卑怯なだけだ。
だが、そう思っていた矢先、ギルマスが残念なことを言い出す。
「だいぶ魔力が減ってきたな」
マジか! 早く、早く終わってくれ。そうすれば俺もーー俺も? ……あの『ラッシュ』が2人がかりの二刀流でギリギリなのに、俺が1人で太刀打ち出来るのか?
下手したら瞬殺かも知れない。勝負にならないかも知れない。だが出来ればあの様に全力で打ち合ってみたい、剣を振るってみたい。
しかし時間は無情にも過ぎ去っていく。
「かなり魔力が減ってきた。これはザインまで持たないかも知れん」
「…………っ!」
「オイ、ザイン!」
後ろでエゾが叫ぶが、その声が聞こえた時には俺は無意識に3人に向かって走り出していた。そして、恐らく躱されると思いながらも剣を振るう。予想通り、黒猫は難なく躱す。
「チッ、やっぱ避けられたか」
「オイ、後ろから不意打ちすんなよ、ザイン?」
「なんだザイン、乱入か?」
「ああ、見てたら俺も混ざりたくなってな」
「ホントか?」
「1/3はな。残りの1/3は魔法陣の魔力が少なくなってきたってのと、もう1/3は……この後俺1人でコイツとやり合える自信がない」
「「確かに……」」
「チッ、3対1かーーまぁ残り時間が少ないなら仕方がないか!」
黒猫が俺の剣を避ける。その隙に攻め込もうとしてきたが、間にガッシュの剣が入り、止まった所へライルが突きを放つ。それを躱した黒猫へ俺は袈裟斬りで斬りかかるが、黒猫は後ろへ下がり躱す。
すかさずガッシュが前に出て上段から斬り下ろそうとして止まり、ガッシュの影からライルの突きが鋭く差し込まれる。ライルの突きを左へ躱しガッシュの二刀流の斬り下ろしを二本のナイフで受けた黒猫に、俺は左から斬りかかる。が、ガッシュの剣を左に流されて俺の剣とぶつかる。今のは当たると思ったんだが、ダメか。
その後体力的に厳しくなった2人は俺のフォローに回ってくれ、3人で攻め続けるが、黒猫は防戦になりながらも一度も攻撃を受けることは無かった。そして辺りから魔力が消え、魔法陣が停止する。
「そこまでだ!」
ギルマスの言葉で俺は軽く息を吐き、剣を鞘に戻す。黒猫と『ラッシュ』の2人も武器をしまい、そしてその場に倒れ込む。
「ダァーッ! 3人がかりでもダメだったかぁ!」
「ヤベェ、もうまともに動けねぇよ」
ガッシュは心の底から悔しがり、ライルはかなり限界の様だ。対して黒猫は、
「あー、マジでやばかったな」
と言ってはいるが、まだ余裕はありそうだ。気がつくといつの間にか観客が増えていて、俺たちに拍手を送ってくれている。だがこれは黒猫に対してだろう。まさか本当に3人がかりの攻撃を全て防ぐとは思わなかったが……。
……俺は何をやっていたんだ? 咄嗟に体が動いたとはいえ、2対1で戦っているところに加勢して、さらに体力的に一番余裕があった筈なのに攻めきれずに引き分けた。
……情けない。一番有利な状態でも勝てないとか情なすぎる。
「オイ、ザイン。大丈夫か?」
「……いや、大丈夫じゃない」
「どっか怪我でもしたのか!」
エゾがそう言うと、イザベラが慌てて駆け寄ってくる。
「身体は大丈夫だ。だが、あの状況でも勝てないとか、ちょっと自分が情けなすぎてな……」
「あぁ……」
エゾは理解してくれたが、イザベラは理解できない様だ。だが、男にはメンツってのがあるんだよ。
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
「ウッ、ここは……」
気がついたらギルドの医務室のベッドの上だった。どうやらあのオッサンに倒されたらしい。仲間の2人、ゴンとボンは心配そうに俺を見ている。そうか、俺は負けたのか……。
「お前ら、済まなかったな」
「大丈夫っすか、親分」
「怪我はないですか?」
「ああ、大丈夫だ」
しかし、またもあのオッサンにやられるとはーークソッ、思い出したら腹が立ってきた。俺は、俺は世界最強の冒険者になるってのに、あんなオッサンに!
しかも折角の指名依頼もおじゃんになっちまった。このままじゃ、腹の虫が治らねぇ。
近くにいた職員に聞くとまだ訓練場に居ると言う。俺は文句を言おうと訓練場に乗り込んだ。が……。
「な、なんなんだ、アレは!」
そこでは『双剣のラッシュ』を相手に1人で、しかもナイフで対等に戦っているオッサンがいた。イヤ、対等じゃねぇ。オッサンの方が押してるだと!?
アレがあのオッサンの本気ーーつまり俺たちには本気は出して無かったと言う事か。益々腹が立ってくる。立ってくるが、それは自分に対してもだ。龍神の斧のパワーは計り知れない。だから当たれば必ず勝てると、俺は今までは思っていた。
だがどんなにパワーがあっても当たらなければ意味が無いことに気付かされた。悔しいが『ラッシュ』の剣のスピードは俺の比じゃねぇ。なのにそれが2人がかりでも当てられないんじゃ、俺の攻撃なんて当てることはできねぇ。
その後、『ラッシュ』は剣を取り出して二刀流で責め立てるが、それでもあのオッサンには通じてない。アレはーー俺たちじゃ勝てねぇ……いや、今は勝てねぇ!
だが、いつかアレを超えて、俺は最強の冒険者になる! 改めて自分の心に誓う。
そして少しでも情報を得ようと見ていると、あのザインが後ろからオッサンに斬りかかりやがった。オイオイ、それはやっちゃダメだろ!?
だが、オッサンはわかっていたかの様に難なく躱す。そして、オッサンも、『ラッシュ』の2人も、そしてザインまでもが楽しそうに斬り結んでいやがる。べ、別に羨ましくなんてねぇぞ! そう思いながらも、目を離すことは出来なかった。
やがて、魔法陣の魔力が無くなった様で、光が収まる。ゴンとボンを見ると口を大きく開けて呆然としている。それを見て、2人と会った時の事を思い出す。
あん時、俺は親父に家を追い出されてムシャクシャしていた。追い出された理由は簡単だ。俺が魔法を使えなかったからだ。魔力があるのに上手く魔法を使えない奴は極たまにいる。それでも普通の仕事は出来るから、魔法を使わない仕事に就けばいいだけだ。
だが親父は、自分の家族すらも成り上がる道具としか見ていなかった。魔法の使えない俺は役立たずと呼ばれ、15歳になったその日に家を追い出された。15歳まで待っていたのは、おそらく世間体の為だろう。表向きは15歳で家を出て自立した事になっていた。
そんな時だ、あの2人に会ったのは。
2人は路地裏で、酔っぱらった冒険者にボコボコにされていた。丁度ムシャクシャしていた俺は、その冒険者に喧嘩をふっかけた。
相手は酔っていた所為かあっさりと倒れた。そして口を大きく開けて呆然としている2人と出会った。2人は路地裏で生活していて、そして双子だった。
商売に失敗した両親が夜逃げをする際に、置いていかれたそうだ。食い扶持を減らす目的もあったんだろう。夜逃げだから奴隷にするといった時間も無かったらしく、その時から2人で必死に生きてきたらしい。
それを聞いて、俺は自分に重ねてしまった。丁度家から追い出されて、帰る場所をなくしてしまった自分と……。それから3人で話して、俺たちは冒険者になろうと決意した。さっきの酔っぱらった冒険者が対して強くなかったから、俺たちでも冒険者としてやっていけるだろうと思ったからだ。
その後、暫くは路地裏で生活し、俺が追い出された事を聞いた爺ちゃんが、親父に隠れて援助をしてくれ、俺たちは金ランクになることができた。
その時に3人で決めたんだーー絶対に成り上がって、見返してやると!
あいつらは自分たちを捨てた両親を!
俺は俺を追い出した親父を!
それと俺を援助してくれた爺ちゃんにも報いたい!
だがら!
だからこんなところで立ち止まっている訳にはいかねぇんだ!
「ボン! ゴン!」
「「えっ?」」
「お前ら、いつか絶対にあのオッサンを倒すぞ!」
「「……は、はい!」」
俺はゴンとボンを連れて訓練場を後にする。もっと強くなり、いつか絶対にあのオッサンに勝ってやる。
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
「と、いう具合で、かなりの戦闘能力を持っている事が確認できました。ですので、彼に依頼を受けて貰って問題は無いかと思います」
「うむ、では……」
「ま、待ってください、国王様! 明らかに普通では無いと思うのですが……」
話がまとまりかけたところで、大臣が口を挟んできた。
「冒険者にも、そして商人にもなったばかりで、あれほどの物を集め、さらに金ランクの冒険者3人でも太刀打ちできないなんて、普通では考えられません。何か裏があるのでは無いでしょうか?」
「裏、とな?」
「はい、例えば他人を脅して物を手に入れたとか、冒険者に金を握らせて負けて貰ったとか……」
確かに出店した物はともかく、試合の話は聞いただけならそう思ってしまうだろう。だが、私はこの目でしかと見てきた。
「大臣、申し訳ないが、私は自分の目で見てきたのだ。あの試合はやらせでは無い。いや、あのレベルの試合ができるのであれば、やらせだったとしても問題がないレベルです。あれ以上であれば、おそらく戦士の国にでも行かないといないでしょう」
「そ、そこまでだったのですか?」
「ええ。それに、彼は魔法をほとんど使っていなかった。使ったのは身体強化ぐらいでしょう。それでも金ランク3人と対等以上に立ち会ったのです」
私が言うと、大臣は黙り込んでしまった。
「大臣の心配はわかる。じゃが、大臣の推薦した冒険者に落ち度が会ったのは事実じゃ。それに、彼はエリーゼの母、リンゼとも顔見知りだったようじゃ。ならば問題は無いであろう」
「わ、わかりました……」
大臣は大人しくなった。これで冒険者の黒猫さんに依頼をするのは決まった。
しかし、大臣の言う通り、あれだけのアイテムを集めるのは生半可な事では出来ないでしょう。それに、自作の馬の魔道具……。
まぁ私は報告をあげればいいだけです。後は上が判断するでしょう。
お読みいただきありがとうございます。




