最終日とトラブル
生誕祭3日目、最終日だ。折角年に一度のイベントなので、今日は午前中だけ出店して、午後は他の人の展示を見て回ろうと思っている。
国王様との接点が出来たので、オレとしてはもう出店する意味がないと言うのもある。ちゃんと商業ギルドの職員に午前中だけでも大丈夫か確認してあるので問題はない。
いつも通りにアイテムを並べ、いつも通りに商人の話を流し、冒険者の相手をし、子供達をゴーレム馬に乗せているが、どこか周りの雰囲気が違うな? 気になったので辺りを少し観察しようと思ったとき、見知った顔が近づいて来た。
「……」
「……?」
「……えっと、黒猫さん?」
「ああ、久しぶりだな、アル、マギー」
『シューターズ』のリーダーのアルと、その彼女のマギーだ。まぁ久しぶりと言っても数日だが。
「あーホントだ。よく見たら黒猫さんだ」
「エゾさんから聞いてなかったら、気づかなかったですよ。かなり雰囲気が違いますね。あと髪の色も」
「まぁアレだ、冒険者の格好だと相手を威圧しかねないと思ってな。少し商人っぽくしてみたわけだ」
「成る程、確かにいつもの格好だとちょっと怖いですからね」
そう言いながら展示品を見る。
「うわぁー、凄い。アイテムバックやアイテム袋がいっぱい!」
「こっちのゴブリンソードコレクションも凄いよ」
「ホントだぁ」
2人は目を輝かせながら見ている。アルもマギーもゴブリンに大変な目に遭ったってのに、意外と後を引いてないな。その事を聞いてみると、
「んー、女の子が冒険者をやるからには、ある程度は覚悟していたから。もしもの時、アルのことは気になってたけど……」
「僕は大丈夫じゃなかったけど、黒猫さんのお陰で2人とも無事でしたから。あの時黒猫さんが動いてくれなかったら、多分1人で突っ込んでやられてましたし」
マギーは最初から覚悟をしていた。アルは結果2人とも無事だったから今は落ち着いている、と言った感じか。
「あ、でもゴブリンは許しませんから」
「うん、会ったら瞬殺だね」
「あー、なんか逞しいな?」
「そうでなかったら、冒険者はやってけませんから」
そうか、これに耐えられなきゃ冒険者はやってられないから。だから耐えられる人だけが冒険者を続けられる。まぁ何にせよトラウマになってないならいいか。
軽く雑談しながら、『シューターズ』の現状を聞く。ゴブリンの集落を壊滅させた後、直ぐに依頼を受け始め、報酬の分配の後も依頼を受けて昨日帰ってきたところらしい。なるべく早くお金を返すと言っていたが、あまり焦って怪我をしない様にと言っておいた。
その後、マギーはゴーレム馬に興味を持っていたが、出力不足で大人は乗せられないと言うとガッカリして、子供達がゴーレム馬に乗っているのを羨ましそうに見ていた。
アルとマギーが帰った後も、商人や冒険者が多く来たが、やはり何処か雰囲気がおかしい。何かこう、探りを入れて来る様な感じで、かなり不愉快だった。今も遠目から何人かがこちらを観察しているのがわかる。
これは、ちょっと素早く撤収した方がいいか。主にオレの精神的な都合で。
昼になり、鐘の音が響き渡る。多くの人が広場から見える時計塔へと目をやった。その隙に、一気に魔法庫へと棚ごとアイテムを仕舞い、ゴーレム馬を回収し、地面を平らに戻す。そして気配を消して出店場所を後にする。
後ろで慌てて騒いでいる声が聞こえるが無視だ。念のため髪の色も黒く戻し、服装もベストを脱いで雰囲気も変えておく。これなら直ぐにはわからないだろう。
腹ごしらえの為に会場の出口へ向かう。そこでは様々な屋台が出ているので、パンと串焼き、スープを買って備え付けのテーブルで食べる。会場から慌てて周りを見渡しながら出てくる商人や冒険者を見ながら、食事を終えて会場へと戻る。
綺麗なガラス細工に目を奪われ、風の出る魔道具を観察し、刀身自体に魔術式が刻まれたミスリルソードに驚きながら会場を見ていく。オレが出店していた近くにあった綺麗な装飾の剣は売約済みの札がついていて、オレが出店していた場所には人が集まっていたのでスルーしておく。
途中、綺麗な装飾の施された瓶を見つけたが、それは魔ガラスの瓶だった。どうやら金持ちなどがポーションなどを持ち歩くのに、安っぽい瓶では嫌だからと装飾の施された瓶へ移しているらしい。
そこまで見栄を張るものなのかと思ったが、貴族の考えなんてオレにはどうせ分からないから考えるのをやめる。
一通り見て回ったので、会場を後にする。こう言うイベントはなかなか楽しいな。最終日だからか人も初日より少なかったし、ゆっくり見て回ることができた。たまにはこう言うのも良いな、そんな事を思いながら宿へと戻ると……
「えーと、これは?」
「はい、お客様宛の手紙です」
目の前には20通以上の手紙の束が置かれている。差出人を見てみると、どこそこの商会だの某国の商人だのといったことが書かれている。そして、
「それから、冒険者ギルド様から至急ギルドに顔を出して欲しいとの連絡が……」
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
「で、急に何のようだ?」
冒険者ギルドに着くなりギルマスの部屋へ案内された。目の前には眉間にシワを寄せているギルマスがいる。
「うむ、実は少し面倒な事になっているんだが……」
今回、依頼人の名は言えないが、何か大きな依頼があった。それである冒険者が指名を受けたらしいが、その冒険者が自慢げに他の冒険者へ言いふらしたらしい。
「その冒険者は馬鹿か? 依頼人が名を明かせないという事は、あまり表沙汰にしたくない事に決まってんだろ?」
「ああ、その通りだ。しかも自分の実力が認められた、お前らよりも俺の方がスゲエ冒険者なんだと周りの冒険者を見下したらしく、そしたらビネスで冒険者1人に3人がかりで負けた事を知っている者がいて、逆に馬鹿にされてなぁ」
あぁ、あの馬鹿か……。メンドくせぇな。
「その冒険者が誰だかはわかった。で、なんでオレが呼び出されたんだ」
「その冒険者が騒いでいる時に、ちょうど依頼人達が確認に来て居て、その中の1人があの冒険者で本当に大丈夫なのかと、言い出して来たのだ。3人パーティーより1人の方が強いのならば、その冒険者の方がいい。食費や宿泊費等、経費が抑えられるからな」
あー、それでオレに依頼が来るのか?
「という訳で、その冒険者達と試合をして欲しい」
「何故そうなる?」
「冒険者ギルドはビネスでの一件は報告を受けているから知っている。だがその依頼人達は知らない。なので本当に3人パーティーより強いのか確認したいらしい。そして本当に強ければ、改めて依頼をするそうだ」
「いや、オレはまだその依頼を受けると言った覚えは無いぞ?」
「なに! そうなのか!? 普通の冒険者なら指名依頼を受けたら断らないものなのだが……」
指名依頼か……まぁ普通なら自分の実力を認められたという事で、嬉しいんだろうが。そういや雪山の近くの街でもジュリー達が直接依頼を受けて舞い上がってたんだったか。
となると、ここで断るのは拙いか。まだ他の大迷宮にも入ってみたい。だからギルドの印象が悪くなるのは避けた方が良い。
「とりあえず、依頼の内容次第だな。あんまりいかがわしい依頼は受けたくないんで」
「依頼内容は言えん。依頼内容を聞いたら、それは依頼を承諾した事となる。だが、今回の依頼主の身元は、ギルドマスターの名にかけて保証しよう」
ギルマスがここまでいうって事はーー国か貴族絡みか。
「って言うか、その馬鹿達は依頼内容を知ってるんじゃないのか?」
「いや、まだだ。今日依頼主達が来たのも、説明をして依頼料や期間を確認するためのものだったんだ。だからあいつらはまだ知らない」
「依頼の時期次第だな。出来ればあと1週間は王都に居たいんだが」
「1週間か、それならおそらく大丈夫だ。依頼の開始は来月の始めだと言っていたからな」
「……わかった。その依頼を受けよう」
「よぉぅ、久しぶりだな“黒猫”のオッサン」
「話しかけてくるな、ゴブリンの臭い息がかかる」
「な、なんだとぉー!」
煩いな。いきなり話しかけてくるなよ、こっちは別に会いたくなかったんだから。とりあえずシカトしておくか。
しかし、他の部屋に案内されたと思ったら、いきなり人が増えたな。馬鹿3人組に『ゼット』の4人、フードマントを着ている3人ーーこれがおそらく依頼主だろう。
と、ギルマスがなんかの魔道具を使う。これはーー防音の魔道具か。成る程、念のため会話が外に漏れないようにする訳か。
「黒猫、この方達が依頼主だ」
やはりそうか。確かに普通のフードマントを着ているが、隙間から見える中の服は、なかなか高級そうだ。隣には『ゼット』が付いているから、こいつらは恐らく護衛だろう。そして依頼人の真ん中の男が話しかけてくる。
「初めまして、冒険者の黒猫さん。あなたの話を聞いたときは驚きましたよ。なんでも3人がかりでも倒せず、あの龍神の斧の攻撃をも躱し続けたとか」
その話を聞いて、馬鹿は顔を歪める。
「別にたいした事じゃない。パワーがあっても当たらなきゃ意味は無いからな」
「そうですか……。なら少しハンデを加えてもよろしいですか?」
「ハンデ?」
「オイ! わざわざハンデなんか要らねえよ! 今度は負けねぇ!」
「ですが、以前は3人がかりで負けたのですよね?」
「ぐっ……」
馬鹿は放っておこう。
「で、ハンデをつける理由は? 強さを見るだけならハンデは必要無いよな?」
単純に強さを測るだけならハンデを付ける意味はない。お互いに戦って勝った方が強いと決まるからだ。
「ええ、普通はそうなのでしょうが、聞くところによると、以前戦ったときは本気では無かったと……」
「誰がそんな事を言ったんだ?」
「それは、このザインさんが……」
ザインをみると、何故か真剣な目でこっちを見ている。コイツら裏で繋がっているのか? メンドくせぇな。まぁ多少のハンデなら大した影響はない筈だが。
「で? ハンデの内容は? 言っとくが、武器や魔法を使うなとか、息をするなって言うのは無理だからな」
「そ、そんなハンデはつけませんよ。こちらとしては……そうですね、こちらのリザさん、この方を護りながら戦ってみて欲しいのですが?」
ザインの隣にいるリザを見る。本人はキョトンとしているので、どうやら事前に聞いていたわけでは無いようだ。
「え〜、わたし〜?」
「……出来れば、もう少しおしとやかな人にして貰いたいんだが?」
「ちょっと〜、どう言う意味〜?」
「えーと、できればリザさんくらいの方が良いのですが」
リザくらいの方が良いと。つまりは今回の依頼に関係があると言うことか。だがコイツは面倒なんだよな。トロそうに見えるが、頭の回転は速い。そして、魔法の知識もある。今までもオレが魔法を使うときは、かなり注意深く見ていた。恐らく今回護りながら戦っていれば、至近距離からかなり見られる事になる。
別に見られて困るもんじゃ無いが、なんか覗き見られている感じがして、嫌なんだよな。そんな考えを見透かしたのか、
「しょ〜がないな〜、護られてあげよう」
「って勝手に決めるな、やっぱりチェンジで!」
「ひど〜い〜」
結局なし崩し的に、リザを護りながら戦う事に。戦う場所は外の訓練場にある直径20mほどの魔法陣の中らしい。この中なら魔法陣の魔力が無くなるまで、攻撃を受けてもダメージが無い。そして、一定以上のダメージを受けると、魔法陣の外に弾き出される。かなり魔力を使うが、それは今回の依頼主達が持ってきた魔晶石を使うそうだ。
リザは護られる役なので、攻撃には一切参加しない。オレだけでアイツらを倒さなければならない。
それに対して、向こうはオレを倒す、もしくはリザを倒せば勝ちになる。リザが倒されるのは別に良いが、アイツらに負けるのはなんかシャクだな。
「オイ! 逃げ出すんじゃねぇぞ、オッサン!」
馬鹿は顔を真っ赤にしながら、先に訓練場へと出ていった。3人がかりで負けただの、ハンデをつけるだの、散々言われたからな。だが腹が立つのはわかるが、全部自分のせいだろ? ホントに馬鹿はメンドくせぇ。
と、試合の前に依頼人に聞いておきたいことがある。
「なぁ、いったいどう言う基準で冒険者を選んだんだ?」
オレが聞くと、酷く落胆した様子で返してきた。
「ええと、内部の推薦、と言う感じですかね」
「推薦?」
「ええ、伝説級の武器『龍神の斧』を使う冒険者がいるから、その人に頼めば言いと言われまして……。『龍神の斧』の力は知ってましたし、冒険者として強さがあるのは聞いてはいたのですが、こうも性格に難がある人とは知らず……」
「そうか、推薦してきた奴ははよっぽど人を見る目が無かったんだな」
馬鹿達に遅れて訓練場へ出ると、そこにはかなり人が集まっていた。『シューターズ』や『ラッシュ』の顔もある。そして冒険者だけでなく、一般市民にしか見えない人達もいる。依頼主達は一般市民の見物人達に紛れて観戦するようだ。
「なぁギルマス。なんかメチャクチャ人がいるんだが?」
「ん? 黒猫は初めてか? 冒険者ギルドの試合は結構人気があって、かなり観客が集まるんだぞ」
マジかよ。だったら出演料くらい出して欲しいもんだ。そう思いながら魔法陣の中に入る。オレとリザが魔法陣に入ると、ギルマスが話し始める。
「今回の試合は、依頼人に対して実力を証明する為のものである。もしここで『ゴブリンの臭い息』が負けるのであれば、今回の依頼はなかった事になる。他の冒険者達も、今後自分自身の言動や実力にに疑問を持たれた場合、同じようになる事があると言うことを覚えておいて欲しい」
流石に一般市民の前では、依頼を受けたことを言いふらしたり、他の冒険者をバカにした事については言えないか。それにしても、まだ半年経ってないからパーティー名は『ゴブリンの臭い息』のままなんだな。
『ゴブリンの臭い息』と言う名前が出るたびに、周りから笑いが起こる。依頼主達も失笑している。その度に馬鹿の顔がどんどん赤く険しくなっていく。
「それでは、パーティー『ゴブリンの臭い息』と冒険者の……えーと、『黒猫』の試合を開始する。それでは始め!」
オイ! オレの名前を忘れるな!
お読みいただきありがとうございます。




