討伐と謎の気配
「やはり気づかれていますね」
ギルド職員が戻ってきて言う。まぁここからでもそれはわかる。洞窟へ向かう道の先に、かなりの明かりが灯っているからな。
「洞窟の前の広場に集まっていて、戦闘体制は万全のようです。そして、ゴブリンキングの存在も確認できました」
「やっぱりキングが居たか……」
「他にもジェネラルとウィザードも数匹、ウォーリアとアーチャーも多数確認できています」
これは、今倒した群れよりも手強いって事だよな。しかも戦闘準備を終えている状態だ。
「それとーー『シューターズ』のみなさん」
『シューターズ』に向き合って言う。
「マギーさんの生存が確認できました。しかし……」
「しかし?」
『シューターズ』は一瞬喜んだ顔をしたが、その後の言葉で不安な顔になる。
「おそらく人質でしょう。柱に括り付けられていました。あとは亜人化が始まっています」
「そんな……」
その会話の中に知らない単語が含まれていて、思わず呟いてしまう。
「亜人化?」
「知らないのか、黒猫?」
「あぁ」
そう言うと、ザインが小声で説明してくれる。小声なのは、『シューターズ』に配慮したからだろう。
(亜人化っていうのは、人の身体が魔物の身体に近づいた状態の事だ。魔物の体液が体の中に入ったり、魔物の心臓を食べたりすると起こる。今回の場合は……襲われて多量の体液を注がれたんだろう)
体液を注がれたって……そういう事か。
(という事は、もうダメなのか?)
(いや、わからない。亜人化が進んでなければ孕まされる確率は低い。ただ亜人化が進んでいくと確率が上がっていってしまう)
(そうか。因みにその亜人化は治せるのか?)
(ああ、いくつか方法はあるが、治癒院で時間をかけて治療するのが一般的だ。ただ、亜人化が進みすぎていたら治癒院では難しくなる)
(なるほど。因みにさっき、『今回の場合は』って言ったが、他に亜人化してしまうケースもあるのか?)
(ああ。戦士なんかが強くなる為に、あえて魔物の血や心臓を食べ、亜人化する事がある。そうする事により、身体能力が格段に上がる。ただ、そうすると体の一部が魔物のようになる事が多いし、下手すると体が完全に魔物化してしまい、理性を無くしてしまう事もあるから、普通はやらない)
(……そうか、ありがとう)
教えてくれたザインに礼を言う。オレ達が話している間に、ギルド職員と『シューターズ』が口論になっていた。直ぐに動こうとする『シューターズ』と、冷静に作戦を練ろうと言うギルド職員。
仲間を直ぐに助けたいと言う気持ちもわかるが、向こうは戦闘準備を終えていて、しかも人質もいる……。オレも人質がいるケースは初めてだから、どう対処していいか全くわからない。
アルとギルド職員の話を見守っていると、話が少し纏まり、『シューターズ』が先行してゴブリンに接触、その反応を見て対応を考える、と言うことになった。
さっきの戦いでは撃ち漏らしは無いはずだから、ゴブリンキングはこちらの人数は把握していないはず。ならば、まだ不意打ちは出来る可能性があるか。ギルド職員は最悪、人質を見捨てると言う選択も、伝えていたが……。
岩の間の道を『シューターズ』が進んでいく。オレ達はその後を距離を開けてついて行く。やがて、開けた場所にたどり着き、そこにゴブリン軍団が待ち構えていた。洞窟の入り口にゴブリンキングが構えていて、その横に柱に括り付けられている女性がいる。
「マギー!」
「! ア、アル……」
マギーと呼ばれた女性は、弱々しく顔を上げる。慌ててアルは駆け寄ろうとするがーー
「動クナ!」
ゴブリンキングが剣をマギーに向けて叫ぶ。ていうかゴブリンキングは喋れんのか?
「近ヅイタラ、命ハナイ」
「クッ!」
アルは足を止めて、ゴブリンキングを睨む。改めて辺りを確認すると、洞窟の前にキングがいて、その隣にマギーが柱に括り付けられている。その周りをジェネラルやウィザードが取り巻き、さらにその周りにウォーリア、一番外側にゴブリンがいる。アーチャーはーー離れた岩の陰に隠れている。
ゴブリンキングは高さ3mくらい、ジェネラルで2m、ウォーリアとウィザードは1.5mで、普通のゴブリンは1mくらいだ。なのでゴブリンの階段を見ているようだ。
一度大迷宮でゴブリン軍団と戦っている所為か、全く恐怖は感じない。だが人質がいる以上、あの時と同じ戦い方は出来ない。
人質であるマギーを見てみると、キングの顔と同じくらいの高さに吊り下げられていて、貫頭衣のようなボロボロの布を着せられている。手足の爪は伸び、肌が少し緑色になっている。耳も少し尖り、先端が緑色だ。これは大丈夫なのか?
イザベラに聞いてみると、
「際どいけど、これならまだ助かる可能性はあるわ。ただ……」
「ただ?」
「心が壊れてしまっていたら、どうにも……」
心が壊れていたら、治癒魔法でもどうにもならないか……。さて、どうするべきか。
皆が黙って打開策を考えていると、突然マギーが叫ぶ。
「アル! お願い、逃げて!」
「マギー!? いきなり何を……」
「私……貴方に死んでほしくない。私は、私はもう無理だから……、だから逃げて!」
「マギー……」
静寂が辺りを包む。アルは肩を震わせている。後ろからだと表情は分からないが、迷っていて泣きそうな気配だ。他のメンバーも悲痛な気配を漂わせている。
しかし何だ? この状況を見てると、妙に胸がモヤモヤしてくる。ゴブリンキングの所為か? ゴブリンキングを見ると、この状況を楽しんでいるのか、下卑た顔をしてニタニタしている。確かに胸糞悪いな。
「約束ーー守れなくてごめんね……」
マギーが弱々しく言うと、アルは顔を左右に振る。そして強く握りしめて少しの間俯いていたが、やがて前を向き剣を手に取ると、
「うぅうぉぉぉぉぉ! マギーを返せェェェ!」
そのまま1人でゴブリン軍団へと突っ込んでいく。慌てて『シューターズ』のメンバーも後を追おうとするが、その時ゴブリン達が奇妙な動きをする。いきなりマギーへの道を開けたのだ。開いた道の先にはキングとマギー、そしてウィザードがいて……
「マズい!」
オレは慌てて飛び出す。が、間に合わずアルにウィザードの魔法が当たり、アルはその場に崩れ落ちてしまう。そして、アーチャーから矢が放たれるが、間一髪、それには間に合い、オレはナイフで矢を全て斬り落とす。そして、アルを抱えて他の『シューターズ』のメンバーの場所まで下がる。
「アルっ!」
『シューターズ』のゴードンがアルに声をかけ、治癒士のルナが魔法をかける。
さっきの魔法は『身体弱化』、『身体強化』の魔法の逆で、相手の能力を下げる闇属性の魔法だ。しかも普通の魔法と違って、魔力が見えなければ把握する事が出来ない厄介な魔法だ。
アルは身体に力が入らないのか、グダッとして動かない。だが意識はあるようだ。とりあえず『シューターズ』にアルを預ける。
後ろを見ると、他のメンバーはまだ出てきてはいない。助かる。まだ不意打ちができる可能性があるからな。
「ググ、仲間カ」
咄嗟に飛び出してしまったが、何だ? やはりモヤモヤする、と言うかムカムカしてきた。これはゴブリンキングだけの所為じゃ無い。
改めて状況を観察する。人質のマギー、マギーを助けようとしたアル、仲間である『シューターズ』、息を潜め、チャンスを伺っている他のメンバー……。
…………
…………
あぁ、オレは羨ましいのか。過去にオレが差別で孤立した時、誰も助けてくれなかった。みんな敵に回り、シカトされ、誰も手を差し伸べてくれなかった。
だが今、マギーは的に捕まってそれを助けようとしている仲間に恵まれている。命や人生に関わるような状態だからオレの時とは違うが、大変な時に助けようとしてくれる仲間がいる事に、オレは羨ましさを感じているのか。
地球にいた時も、この世界で人攫いに捕まった時も、結局誰も助けてはくれなかった。間接的に山田さんには助けて貰ったが、最終的には自分で何とかするしかなかった。
だから、羨ましいんだ……。
じゃあーーじゃあどうする? マギーも『シューターズ』も見捨てるか?
いや、それは出来ない。アルのピンチに咄嗟に飛び出してしまったんだから、オレの性格上無理だろう。
マギーと、そして『シューターズ』のメンバーを見る。年齢はまだ20代半ばだろうか? オレよりも一回り以上若い。その若い奴らが必死に仲間を助けようとしている。なら何とかしてやりたいと思う。
相変わらずお人好しだ、オレは。昔からこれで損ばかりして、利用されっぱなしだ。だがーー今は地球にいた時と違う。地球では社会から外れれば生きていけなかったが、この世界では最悪1人でも生きていける。なにより理不尽な奴らと戦う力も持っている。一方的に利用され続けることは無い。
だったらコイツらの為に、若いヤツらの為に何とかしてやりたい、そう思う。
改めて、ゴブリンキングに向き合う。相変わらず下卑た笑みを浮かべている。そして、マギーに剣を向けたまま
「コノ人間ノ命ガ惜シクナイノカ?」
「マギーは……絶対助ける!」
後ろから、アルが叫ぶ。が、身体はフラフラで支えられてやっと立っているような状態だ。
「フフフフ、ナラバ貴様等ニ絶望ヲ与エテヤロウ!」
そう言うと、ゴブリンキングは自分の指をいきなり切り、緑色の血を流し始める。
「な、何をする……」
アルが問うと、その指を無理矢理マギーの口の中へ突っ込む。まさか……。
マギーはゴブリンキングの血を飲まないようにしていたが、耐えられずにゴクリ、と飲んでしまう。その瞬間肌は更に緑色になり耳も爪も前よりも伸びていく。
「……イヤ、イヤァァァァ!」
自分の体の変化がわかるのか、マギーは絶叫する。
「コレデモ助ケヨウトスルノカ?」
「キ、キサマァァァァ!」
アルが叫び動こうとするが、ドン! という衝撃に動きを止める。そして、ゴブリン達は驚愕し、ゴブリンキングも驚きて顔を歪めている。
「ナ、ナンダ? ナンナンダソノ魔力ハ!?」
オレが、魔力を解放したからだ。なんかーーキレた。さっきイザベラは際どい状態と言っていた。だが、今ので症状はかなり進んだ。恐らく助からないだろう。
しかし、ゴブリンってのはキングになっても頭が悪い。自分の置かれている状況を理解出来てないんだからな。マギーが助からなければ、人質として価値が無くなれば、こちらが攻撃するのに躊躇う必要が無くなるのに!
「お前、今自分がした事がわかってるのか?」
ゴブリンキングを睨み、確認する。
「ナ、ナンダト? コノ娘ヲ我等ニ近ヅケタダケダロ?」
「その娘はもう元に戻れないかもしれないんだぞ」
「ソ、ソレガドウシタ?」
やはりゴブリンは腹が立つ。ひと思いに全てを無にしようと魔力を集めーー
「黒猫さん! まだ助かるかも知れない。だから急いで!」
後ろからイザベラの声が聞こえる。まだ助かる可能性があるのか? それなら……
「ググ、マダ仲間ガイタノカ。シカシ我ガ精鋭部隊ヲ前ニココマデ辿リ着ケ……」
「ストーンバレット!」
「!」
魔道具を出し、ストーンバレットを発動する。現れた石の弾丸はは500以上。それがゴブリン軍団の前へ現れる。時間がない、だから直ぐにケリをつける。
「行けっ!」
放たれたストーンバレットがゴブリン達を蹂躙していく。残ったのは、マギーとその近くにいたキング、ウィザード、ジェネラル達数匹だ。その数匹も飛び込んだオレが斬り倒していく。
「キ、貴様ハナン……」
最後まで言わせずに、喉にナイフを突き刺す。そして直ぐにマギーを吊り下げているロープを切り、イザベラの元へ跳ぶ。
「イザベラ!」
数秒の出来事だったので、『ゼット』のメンバー以外は固まっているが、構ってる暇はない。すぐにイザベラが魔法を使いマギーの状態を確認する。
「これはーー厳しいわね」
そう言いながらも、魔法をかける。お腹に手を置き魔力を込めると、マギーは口から緑色の血を吐き出す。その後別の魔法を使い、マギーの全身を光が包み込む。この魔法は確か、異常回復の魔法だ。石化や侵食など身体が変化していく状態に対して効果がある光属性の魔法。しかし、しばらく魔法をかけていても、変化が無い。治療するのは厳しいか。
我に帰った他のメンバーも近づいてきて、同じ治癒士のルナも一緒に魔法をかける。
「マギー……」
ゴードンの肩を借りながら、アルが近づいてくる。
「アル……もしもの時はあなたの手で私を……」
アルの声に弱々しくマギーが答える。口の中には牙も生えて、ますます人とは離れた容姿になっている。
アルは首を振り、イザベラに聞く。
「何か……助かるかも方法は無いんですか?」
「エリクシール……エリクシールが手に入れば、まだ助かるはずです」
イザベラの代わりにギルド職員が言うと、
「確か、生誕祭のイベントには、ほぼ毎年エリクシールが出されてたはずだ」
「じゃあ、それを買うことができれば……」
ザインの言葉に、アルはすがるような顔をする。そうか、エリクシールで治せるのか。
「ただ、商人達もこのイベントの為に用意してきてる訳だからな。簡単に譲ってくれるかどうか……」
「それに値段が高い。確か最低でも金貨3000枚はするはずだが、買えるか?」
「そ、そんなに……」
『ラッシュ』もエリクシールについて知っていることを話すが、それはかなり厳しい内容だった。
「ギルドに在庫があれば、冒険者を続けることを前提に分割払いにすることが出来るんですが……」
ギルド職員もそのまま言葉を濁してしまう。と言うことは、ギルドに在庫は無いという事か。まぁ別に問題は無い。
オレは横たわっているマギーに近づき上体を起こす。
「黒猫? どうした?」
「オイ、飲めるか?」
ザインの言葉を流してマギーの口に瓶を入れて飲ませる。
「お前! それ……」
と、淡い光を発して、マギーが光りだす。しばらくその状態が続いた後、そこには綺麗な顔立ちをした女性が現れた。
「おぉっ、本当に治るんだな」
「えっ、えっ? わ、私……」
「マギー……マギーッ!」
アルがフラつきながらもマギーに抱きつく。
「良かった……良かった」
しばらくして、
「すいません、お見苦しいところをお見せしました」
「いや、気にすんな。とりあえず、助かってよかったな」
「はい、助けていただき、ありがとうございました」
アルとマギーがオレに礼を言ってくる。が、顔色はあまり良くない。
「2人とも大丈夫か?」
「はい、身体は大丈夫です……。その……お代ですが……必ず払いますので、分割にして貰えないでしょうか?」
「あぁー、お代か……。流石に無償って訳にもいかないからなぁ」
「オイオイ、エリクシールをタダで譲るって、馬鹿でもしねぇぞ」
オレが呟くと、エゾがすかさず突っ込んでくる。とは言ってもなぁ……。
「なぁ職員さん。さっき商人から買うなら金貨3000枚って話だったが、ギルドで買った場合はいくらくらいなんだ?」
「……そうですね、ギルドでの販売なら金貨2500枚でしょうか。冒険者の方から買う場合は2000枚ですが」
「そうか、なら金貨2000枚でいいや」
そう言うと、みんな驚いた顔をする。
「いいのか、黒猫? お前商人のジョブ持ってるんだろ?」
「あぁ、相手が悪徳商人とかならふんだくるが、まだ若い連中からそんな事はしたくないからな」
「お前、ホントにお人好しだな」
ザインが呆れた顔をしている。そんなにお人好しな事してたか? そう思っていると、イザベラが
「そう言えばそうね。襲われてたロンソーさん達を助けてるし、グラスボアの毛皮もミリィちゃんにプレゼントしてるし、ヒートリザードや黒牛の肉もご馳走してくれるし」
と追撃してくる。
「黒牛!」「 マジか!?」
『ラッシュ』の2人も驚いている。ていうか、金ランクなら黒牛ぐらい食えないか?
「あれは美味しかった〜」
リザが涎が垂れてきそうないい顔で言うと、周りから、ゴクリ、と唾を飲む音が聞こえてくる。が、ここで肉を出してしまうと、オレが魔法庫を持っていることがバレてしまうので、出す訳にはいかない。
「黒猫さんって、何者?」
『ランサー』のゴドーが呟く。どうやら金ランクになりたての『ランサー』は、今起きた事について来れていなかったみたいだ。
と、
カランッ
と音が響く。その音に、全員が一斉に動き出す。
アルがマギーを庇い、その前に『ラッシュ』の2人が躍り出て、剣を構える。『ゼット』と『ランサー』は『ラッシュ』と別方向を警戒し、『シューターズ』のゴードンが矢を番える。
……が、何も起きない。
「悪い、オレだ」
オレは皆んなに謝って、ゴブリンキングに近づく。
「オイオイ、何やったんだ、黒猫?」
「いや、ゴブリンキングを確実に倒そうと思ってな。これを刺しっぱなしにしてたのを忘れてた」
そう言ってゴブリンキングの側に落ちた剣を拾い上げる。それは、血の色に染まった一振りのショートソードだった。
あれ? オレが刺したのはナイフだったよな? だが今あるのはショートソードだ。鑑定してみると、
ブラッドソード 2/3
ーー血を吸収する剣。血を沢山吸収すると成長する。
どうやら前に大迷宮の1層で手に入ったブラッドナイフが、ゴブリンキングの血を吸収した所為で成長したようだ。前より強い力を感じる。
皆に説明しようとしたその時、違和感を感じる。慌てて周りを見渡すが、気配は無い。無いが何か見られていると言うか、悪意を向けられている感じだ。場所は……洞窟!
「オイオイ、どうした黒猫?」
近づいてくるエゾを手で制し、魔法を放つ。
「ストーンバレット!」
「ウギャ」「うおっ」
洞窟から声が聞こえて、気配が顕になる。そして、その気配は洞窟の中へ逃げていった。気配が無かったのは何かの魔道具なのか? それに、今のは人の声だった。
「なあなあ、今人の声がしなかったか?」
「奇遇だな、オレも人の声に聞こえた」
その声は他のメンバーにも聞こえていたようで、ザインとギルド職員がやって来て、残りのメンバーに辺りを警戒してもらいながら、洞窟の中を調べる事になった。そして、洞窟の中にあったのは……。
「なぁ、これは人の血だよな?」
そこには、たった今流れたであろう赤い血が、地面に溜まっていた。
お読みいただきありがとうございます。




