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天 落 者  作者: 吉吉
第1章 異世界転落
48/87

再びの大迷宮

「っと、しまった」


 オレは朝起きて、解体倉庫の肉をしまってない事に気付いた。慌てて解体倉庫を出して中を確認してみるが、中の冷気も切れておらず、肉も傷んでないようだ。


「よかった、ちょっと気を抜き過ぎてたな」


 冷蔵機能を付けたとはいえ、あまり放置しておくと悪くなるからな。オレは肉と毛皮、魔石、骨など使えるものを魔法庫にしまい、使えない内臓などは穴を掘り埋めてしまう。


 さて、朝食を食べたら行くか。辺りは薄明るくなってきてるから、街に着く頃には門は開いてるだろう。

 解体倉庫をしまい、オレは朝食の準備をするのだった。



 ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎


 オレが街に着くと、丁度開門したところだった。そのまま中へ入り、冒険者ギルドへ向かう。ギルドも丁度開いたようだ。受付へ向かい、スノウウルフの毛皮を渡して報酬を受け取る。魔石は売らないと言うと少し残念な顔をされたが、これは他にも色々使えそうだからしょうがない。


 その後セイブンさんの店へ行き、戻ってきた事の報告と、今回はこのまま大迷宮へ潜ることを告げる。2人に残念そうな顔をされた上に、さらにミリィが寂しがると言われ、後ろ髪を引かれる思いだったが、大迷宮を出たらまたお世話になると約束して納得してもらった。そして店に冷蔵倉庫があると言うので 、ついでにスノウウルフの肉をプレゼントしておく。2人は喜んでくれたので、少しホッとしながら店を後にする。


 あとは大迷宮に向かいながら、食料や調味料、その他使えそうな物を購入して行くが、魔法屋の前を通りかかった時に、


「そういや、ここで買った魔法陣を刻み込まれた魔石をまだ調べてなかったな」


 前にこの店で見た魔石のお陰で、新しい魔道具の作り方を思いついたんだが、勢いでその魔石を買ったっきり何も調べてなかったのだ。まぁ、大迷宮で休んでる時にでも見てみよう。


 そして大迷宮の入り口、迷宮ギルドで受付をして、さぁ入ろうとした時、後ろから声がかかる。


「よぉ黒猫。久しぶりだな」


 後ろを振り向くと、『ゼット』の連中がギルド内に入ってきたところだった。


「おぉ、久しぶりだな、お漏ーー」

「その名前を言うな!」


 ザインは一瞬で距離をつめ、オレの口を手で塞ぐ。

 馬鹿な、油断してたとはいえ、オレがろくに反応出来ないとは……。やはり、力を隠してるのか? ーーまぁ、それはさておき、


「なんで怒るんだ? オレには勝手に名前付けたくせに」

「あのなぁ、お前のは動きや格好、強さから付いた名前だぞ? なのになんで俺はそんな不名誉な名前で呼ばれにゃならんのだ?」

「言ってることは分かるが、勝手に付けられた上に広められた身としては、嫌がらせぐらいはしたくなるもんだろ?」

「ーーわかった、勝手に付けた事については謝るから、その名前で呼ばないでくれ」


 まぁ、半分以上冗談だから本気で嫌がるなら辞めておくかーーっと、そういやこんな冗談を言える相手なんていつぶりだろうか? ここ10年はプライベートで人に接することなんて無かったからな。


「そういや、アンタらはどうしてここに? 確か大迷宮の1層から攻略するんじゃなかったのか?」

「ええ、私たちは一度1層から6層まで攻略してみたんだけど、そこまで良いアイテムは手に入らなかったの。まぁ、前よりは良いものが手に入ったんだけどね。だから、もう一度挑戦してみようって事になって来たのよ」


 なるほど、一度攻略はしたんだな。それでもそこまで良いものがなかったって事は、やはり人数か?


「で、黒猫はあのあと見かけなかったが、どこに行ってたんだ?」

「あぁ、依頼と試したいことがあったから、ちょいと雪山までな」

「「雪山……」」


 オレが雪山と言った瞬間に、ザインとイザベラの表情が変わった。突然とても良い笑顔をしてきたのだ。


「雪山というと、あれよね?」

「あぁ、あれだな」


 なるほど、いつものやつか。何を言いたいのかわかったので、オレは口を開く。


「じゃあ、お互い頑張ろうぜ!」


 オレはすぐに踵を返し、大迷宮の入り口へ向かおうとする。今回は試したい事や調べたい事があるから、一人で潜りたいんだ。だがーー


「どこいくの〜?」

「折角だから一緒に行こうぜ」


 リザとエゾだ。いつのまにかオレの背後、大迷宮の入り口を塞ぐ形で立っていた。一応まだ街中だから気配を意識していなかったので、気がつかなかった。


「あら、話の途中でどこにいくの?」

「そうだぜ、話は最後まで聞いてくれよ。俺たち()()()()だろ?」



 ()()()()



 その言葉に、突然腹の底から怒りが湧き上がってくる。頭によぎるのは、いかにも作り笑いといった笑顔と人を小馬鹿にしたような態度、そして「俺たち ()()()() じゃん?」という言葉ーー


 それを思い出した途端、怒りは殺意となり、その殺意は魔力に乗り、周りへ吹き出してしまう。


 常に人を馬鹿にしていた()()()

 ともだちだから冗談を言えると嘘をついていた()()()

 オレを騙して金を騙し取った()()()

 そんな状況で、働いていた店の金を横領、持ち逃げして潰した()()()


 他にも色々思い出すたびに、怒りがドンドン湧き出してくる。


 ()()()がいなければーー


 ()()()さえいなければーー


 オレはーーオレはまだっーー!!



「お、おい、悪かった! ちょっと冗談が過ぎた。謝るから落ち着いてくれ!」


 その言葉に、ハッと我に帰る。なんだ今のは? もしかして今のが怒りで我を忘れるってやつか。ーー参ったな、この世界に来てあんな奴の事を思い出すなんて。


「ふぅっ」


 オレは息を吐き、腕で額を拭う。少し落ち着いて周りを見ると、ザインとイザベラが怯えた様子でこっちを見ている。後ろではエゾとリザが抱き合って震えているし、さらに周りでは気絶したり、怯えた目でこっちを見ている者もいる。やっちまったのか?


「悪りぃ、ちょっとヤな奴を思い出しちまった」

「いや、こっちこそ悪かった」


 ザインたちは半分、いやほとんど冗談のつもりでやっていたんだろう。今までも肉をご馳走してたんだから、まぁ分かる。だから、これはオレの問題だ。ザインたちは悪くない。


「いや、今回は完全にオレの責任だ。済まない」


 オレはザイン達に頭を下げる。そして、


「詫びに美味い肉を奢らせてくれないか?」

「えっ?あの、無理しなくても良いのよ?」

「いや、オレは大丈夫だ。ただ、あの言葉をオレに使わないで貰いたいんだが……」

「あ、あぁ、分かった」

「ええ、分かったわ」


 エゾとリザもコクコクと頷いている。そしてザイン達は受付に向かっていった。


 オレは大迷宮の入り口脇でザイン達が来るのを待っていたが、周りから視線が突き刺さってくる。まぁ、こんなところで魔力やら殺気やらを出しちまったからな。しょうがないか。受付を見ると、ザインが職員に捕まっている。話に意識を集中すると、どうやら今起きたことについて説明をしているようだ。

 ザインは「問題無い、ちょっと話がこじれただけだ」と言ってくれているが、職員は不審そうだ。オレも行った方がいいか? そう思い、そちらに向かおうとすると、


 ビクッ!


 と職員は反応して一歩下がる。


 …………行かない方がいいな。


 程なくして、ザイン達は大迷宮の入り口へ来た。


「悪いな、なんかオレのせいで負担負わせちまって」

「いや、大したことじゃ無いさ」

「そうか、じゃあお礼の肉には期待しててくれ。自分で言うのも何だが、かなり美味いからな」

「そうか、それは楽しみだ」


 そんな表向きは軽いやり取りをして、俺たちは大迷宮へと潜っていった。




 大迷宮へ潜ってすぐのところは、他の冒険者に狩られてしまっているので、魔物はいない。なので、今のうちに説明だけはしておいた方がいいな。


「ホントに悪かった。ちょっとイヤな奴を思い出しちまってな」


 オレがそう言うと、何故か驚かれた。もしかして、こっちから切り出すとは思わなかったのか?


「あー、いや、うん。そんなに気にして無いから大丈夫だ」

「ええ。それに、その人と色々大変なことがあったんでしょ?」

「あぁ、まぁな。ぶっちゃけると、死にかけたからな」


 実際アイツの所為で、金も職も無くし、生きる事を諦めて自殺したわけだしな。嘘ではない。

 すると「ブブッ!」と後ろでエゾが吹き出す。


「オイオイ、アンタを殺すことができる奴なんているのか?」

「そうよね、凄い殺気を出してたしね」

「もう少しでチビるところだったよ〜」

「まぁ詳しくは言えねぇが、イロイロあったからな」


 そう言うと、何故か納得した表情をされてしまった。


「あ〜、だからソロでやってるんだね〜」

「それで強さを求めて、今のアンタがあるわけだ」


 ん? エゾとリザの言葉に一瞬考えてしまったが、きっと裏切られてパーティーを組まなくなり、復讐のために強くなったと思われたんだろう。


 ーーーー復讐か。もし、今、アイツが目の前に現れたら、きっと殺す事に躊躇いはないだろう。迷わず首を刎ねることが出来るだろう。


 大分変わったな、オレも。前は人と争うことが面倒臭くて、避けてばかりいたのに。ただ変わったとしても、無闇矢鱈に理不尽に暴力を振るうような人間にはならないように、気をつけなきゃな。そんな事を考えていると、


「復讐を考えているのか?」


 ザインが真剣な顔で声をかけてくる。もしかして止めようとしてるのか? 復讐は何も生み出さない、とか言って。


「なんだ、止めたいのか?」


 オレが聞くと、ザインは首を振って


「いや、俺には……俺たちにはそんな事を言う資格はないからな」


 その言葉にイザベラもエゾもリザも沈痛な表情を浮かべる。ザインは腕輪をさすっている。


「そうか……」


 オレはそれ以外の言葉を発することが出来なかった。きっと『ゼット』の連中にも、色々な過去が有るんだろう。そして、それを乗り越えて今の『ゼット』が有るんだろう。そう思っていると、


「グキャグギャ」

「ガギョガキョ」


 と魔物の声が聞こえてくる。ゴブリンか? オレは声の聞こえる方へ向き武器を構える。ザイン達もゆっくりと武器を構える。


 出てきたのはゴブリンが5匹だ。ゴブリンはこちらを見つけると、叫びながら走って向かってくる。


「少しは空気を読めよ」


 オレは親指大のストーバレットを5発同時に超高速で撃つ。狙い通り5匹全ての魔石に命中し、ゴブリン達はこちらに近づくこともできないまま消滅する。雪山でスノウウルフ10匹に命中させた時から分かってはいたが、やはり魔法の同時撃ちの命中率がかなり高くなっている。


「相変わらず、というか前よりすげぇな」


 ゴブリンの所為でしんみりした空気が無くなってしまったので、先に進む事にした。そして数時間後、ゴブリン達を倒しつつ、特にレアなアイテムを手に入れられないまま、セーフティールームへとたどり着く。中を見ると誰もいない。


「ここでいいか」


 オレは約束通りにスノウウルフの肉をご馳走する事にする。


「おっ、何を作ってくれるんだ?」


 エゾか期待した眼差しをこちらにむけてくるが、


「いや、料理はしないぞ」

「え〜、ご馳走してくれるって言ったのに〜」

「スノウウルフの肉は冷めてもジューシーなままだからな。あらかじめ調理したやつがあるからそれを出すだけだ」


 適当な木箱をテーブル替わりにして料理を出す。『ゼット』の連中はオレが魔法庫を持っているのを知っているから、隠す必要はないからな。出したのは、スノウウルフのマリネと、サンドイッチだ。


 マリネの方は肉を低温調理した後にトマトとマリネ液に漬けて冷やしたもので、柔らかくジューシーなのにトマトの酸味がしつこさを消してくれて、いくらでも食べられる逸品だ。

 サンドイッチの方も低温調理の肉をレタスとマスタードソースと一緒に挟んでいて、こちらもいくらでも食べられる。


「スゲェ!冷めてるのに肉汁が溢れてくる」

「それに、冷えているのに肉が硬くなってないわ」

「これはかなり上手く調理をしているな」

「おいし〜」


 かなり好評だ。確かにスノウウルフの肉は美味い。それに、魔物の肉は色々性質が違うから楽しい。料理に合わせて使う肉を変えられれば、もっと美味しい料理が作れるだろう。


「いや、美味かったなー。ヒートリザードより俺はこっちの方が好みだな」


 エゾは気に入ったらしく、かなり上機嫌だ。


「だったら今度自分で行ってみたら良いんじゃないか?」


 そう言うとかなり呆れらた顔をされてしまった。


「あのなぁ、そう簡単にそんな事出来るわけないだろ?」

「そうなのか?」

「…………そうだったな。お前は一応新人冒険者なんだもんな。ちょっと冒険者の常識を教えてやるからそこに座れ」


 何故かザインが半分怒った様子で言い出した。


「まず、今回の依頼は何を受けた?」

「スノウウルフの毛皮5匹分だ」

「報酬は?」

「金貨15枚」


 俺が答えると、全員が「はぁ」とため息を吐いた。


「まず、普通の冒険者はその依頼は受けない。何故なら割に合わないからだ」

「そうか? 確かに毛皮はそんなに高くないかもしれないが、肉や魔石を売れば良い値がつくんじゃないか?」

「確かに、スノウウルフの肉と素材全てを売れば金貨12枚くらいにはなるだろう。5匹だと金貨60枚だ」


 おお、結構いい金額だな。


「ただ、これは1人の場合だ。パーティーの場合それを分割しなきゃならない。うちの場合だと4人だから、1人金貨15枚だ」

「そして、雪山の近くの町へ行くのに2日はかかるわ。駅馬車を使うと片道1人金貨2枚、往復で金貨4枚。討伐に2日かかるとすれば、依頼達成まで6日間はかかるわね」

「そうそう、そして、その時点で1人1日金貨2枚を下回るってわけだ」

「他にも宿代や食事代、その他諸々かかってくるのよ〜?」


 1人1日金貨2枚以下って、たしか銅ランクの収入くらいか。確かに金ランクの収入じゃないな。


「それに、武器や防具も少しづつ良いものに変えていかないと、冒険者としてやっていけなくなるし、万が一の為にある程度の蓄えも必要だ」

「他にも、毎日戦い続ける訳にも行かないから休みも必要だし、そうなるとその日の収入は無くなる訳だから、その事も考えなければいけないのよ?」


 な、なんかみんなの話が説得力があり過ぎて怖い。


「そんな訳だから〜、冒険者はキチンと割の良い依頼をこなしていかないと〜、やってけないのよ、普通は〜」

「そうそう、それだったら日帰りの範囲で、金貨5枚くらいの魔物を2、3匹倒した方が収入が良いって訳よ」


 成る程、ちゃんと考えてんだな、みんな。


「まぁ、あんたの事だから1人でやってけるだろうし、肉を売らなくても金貨40枚くらいは稼いでるんだろうけどな。でも、知っておいて損はないはずだぜ?」


「あぁ、わかった。ありがとな」


 オレは素直に礼を言う。きっと、世間知らずな感じだったから、教えてくれたんだろう。なんだかんだで、ザインは面倒見が良いみたいだからな。


「まあ、1人で1日金貨6、7枚稼げるってんなら、銀ランクとしてはまあまあじゃね?」


 そういや今回の収入はたしか、毛皮で15枚、肉を売って4枚あとは、人攫いの関係で80枚、計99枚か……。予想を倍以上上回ってるな。そんな事を考えていると、なにかを察したのか、イザベラが話しかけてきた。


「あら? 何を考えているのかしら?」

「あーいや、今回結局いくら手に入ったかを考えていたんだが……」

「で、いくらになったの?」

「金貨100枚くらいだったなと……」


「…………は?」

「お、おい、お前何やったんだよ?」

「いや、実はな、人攫いが出て……」


 オレは今回あった事を話す。すると、


「成る程ね、でも、そういう奴らってかなり悪どい手段を使ってくる事もあるから気をつけてね?」

「あぁ、ありがとう。まぁ、そいつらは麻痺か睡眠薬っぽいのを使おうとして、向かい風のせいで自分たちがやられてたから大した事なかったんだが」


 オレがいうとみんな「プッ」と吹き出して笑い出す。その光景を見てオレは、友達は無理でも、同じ冒険者仲間としてコイツらとやっていけたら良いな、と思うのだった。










お読みいただきありがとうございます。

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