帰還と帰路
「では、こちらが特殊依頼の報酬になります」
オレは受付嬢から金貨の入った袋を受け取る。あの後は特に何事もなく、無事に警備隊が人攫い達を回収しに来た。人攫い達ははもれなく全員犯罪奴隷になるようだ。犯罪奴隷は過酷な環境で働かされるらしく、主に鉱山や新しい土地の開拓などに行かされるそうだ。もちろん逃げる事は出来ず、特殊な首輪をつけられ、逃げると首輪が閉まり、最悪死ぬらしい。まぁ、今まで沢山の被害者を出してきたみたいなので、自業自得だろう。
そして『レディ・ジャスティス』はーー
「そうか、じゃああのジェイソンって奴が馬鹿な連中のリーダー的な存在だったわけか」
「あぁ、元々アイツがギルド内で威張ったり、絡んだりしてることが多くて、そのうち取り巻きが出てきて同じことをするようになっていったんだ」
「そうね、私たちもしつこく絡まれたわ」
みんな被害にあってるんだな。1番年下の子に至っては、拉致されそうになったらしい。
まぁ、今となっては犯罪奴隷だからな。あの末路を見たら、そういう馬鹿な連中も減るだろう。
「それと、これを」
そう言ってジュリーは金貨の入った皮袋を出してくる。
「これは?」
「今回の人攫い達を捕まえた報奨金と、奴隷として売れたお金だ。受け取ってくれ」
「一応確認するが、あんたらの分は取ったんだよな?」
「いや、今回は何から何まで世話になってしまったからな。受け取ってくれ」
中を確認すると、結構入っている。内訳を聞くと、報奨金が金貨20枚、奴隷として売れた価格が1人金貨5枚で100枚。合わせて金貨120枚だ。これは高いのか安いのかよく分からないな。
「だが、あんたらも戦ってただろ? だから半分だけ貰うよ」
「そういう訳にはいかない。黒猫さんがいなければ、私たちは死んでいたか人攫いに捕まっていたんだから」
ジュリーがそう言うと、他のメンバーも頷く。
「……わかった。だが全部は貰えないからこれだけ返す」
そう言ってオレは金貨40枚をジュリーに返す。
「あんたらも大変だったし、休むにしても次の依頼を受けるにしても金は必要だろ?」
「ーーっ、すまない」
そう言ってジュリーは受け取る。
「久しぶりの大金ね。何に使いましょうか?」
「そういや、冒険者の普通の収入っていくらぐらいなんだ?」
「え? そうね、銅だと1日で金貨1枚〜5枚くらいかしら? あ、勿論1人じゃなくてパーティーでよ? 銀に届きそうになれば10枚くらいは稼げるみたいだけど……」
「そうだな、銀になれば頑張れば20枚くらいは稼げるらしいが」
成る程、パーティーでそのくらいか。ならちょっと稼ぎすぎてるか? まぁ今更って感じもするが。そういや金の使い道があまり無いな。外では簡易宿泊場所を作ったし、ビネスではセイブンさん家にお世話になってる。食いもんも肉は沢山魔法庫の中にあるし、買うのは小麦粉や野菜、調味料ぐらいか。装備も今のより良いものは無さそうだし、このままだと、金が溜まっていく一方だな。
だからと言って使い道は思いつかないんだが……。まぁ、いつか思いつくだろう。
その後は今回の事について話をする。最初に町に戻った時にギルマスに泣きつかれた事や、人攫いの話をして警備隊が大慌てしていた事。人攫い20人をのせる馬車が無くて商業ギルドに借りに行ったり、戻ってきてからも20人を収容する場所の手配や尋問、持ち物のチェックもあり、オレが見てない所でかなり大変だったみたいだ。
人攫いが持っていた持ち物のうち、毒物類だけは警備隊が押収したが、それ以外は倒したオレ達のものになった。他の武器やアイテム類は出どころが掴みづらいものばかりだが、あの毒類は特殊らしく、調べればある程度わかるそうだ。
それにあの人攫い達が、攫った人を売る為の別の裏組織との関わりも調べなくてはならず、もしかしたら大きな組織の一部隊の可能性もあるとの事で、国からも応援が来て厳重に取り調べを行うそうだ。
ちなみに、手に入れた武器やアイテム類はほぼオレがもらう事になったが、アイテムバッグだけはジュリー達に譲った。オレが持ってても使わないからな。そう言うと、ジュリー達に驚かれてしまった。金額的に、俺が貰った物よりアイテムバッグの方がかなり高いからだ。
だが今回の様な事があった以上、色々備えておいた方が良いだろう。そんなこんなで、話がひと段落したので、
「さて、じゃあそろそろ行くか」
「えっ? もう行ってしまうのか?」
オレが行こうとすると、ジュリー達に驚かれてしまった。
「あぁ、特殊依頼も済んだし、もともとスノウウルフの毛皮の依頼を受けている途中だったしな。なるべく早めに依頼は終わらせておきたいんだ」
「そうか。出来れば戦闘に関してアドバイスをもらいたかったんだが……」
「悪いな。オレはソロでやってるから、あんまアドバイスはできない。可能ならパーティーで連携を上手く出来るヤツらに聞いた方がいいだろう。アンタらの戦闘は能力はともかく、連携が取れなかったみたいだからな」
今朝の戦闘も、それぞれが個人戦をやっていただけだったからな。
「そうか、残念だが生憎この町には連携が上手いパーティーは居ないんだ」
「そうか、ビネスだったらそう言うパーティーも居るんだがな」
「ビネスか……。あの街にはそう言うパーティーが沢山いるのか?」
「いや、沢山いるかは分からないが、最近一緒に行動した『ゼット』っていうパーティーは連携が取れてたな」
「『ゼット』ってあの『ゼット』か!?」
ん? 『ゼット』って名前に驚いてるが、アイツらはそんなに有名なのか?
「もしかして『ゼット』を知っているのか?」
「あぁ、元ミスリルランクでセヴィールにも手が届くと言われていたパーティーだ。たが、古代文明の遺跡を調査中に魔術トラップにかかってしまい、能力を奪われてしまったらしい。それでも諦めずに再び金ランクまで登ってきた、多くの冒険者が憧れるパーティーだな」
へぇー、そんな逸話がアイツらにあったんだな。それにしても古代文明の遺跡の魔術トラップか……。そういう事になってたんだな、表向きは。
まぁ、まだオレの勘違いかもしれないし、何か言えない理由があるのかもしれないから、まぁいいか。オレも隠してることはあるからな。
「そうだっんだな。まぁ、もしオレや『ゼット』がビネスに居る間にアンタらが来ることがあったら、紹介ぐらいはするよ」
「そ、そうか! もしその時はよろしく頼む」
オレが紹介すると言うと、ジュリーは嬉しそうな顔を見せる。もしかして、ジュリーも憧れている1人なのかも知れない。そんな事を思いながら、オレは町をあとにする。そして、しばらくしてからビネスを立ってから3日しか経ってない事に気がついた。
「しまった。このままだと片道2日の道のりを、往復3日で移動した事になるな」
流石にマズイか。最低でも往復で4日、討伐で1日、合わせて5日は見積もった方がいいな。つまりあと2日は時間を潰さなきゃいけないわけだ。行きに岩山で、つづら折りになっている馬車道を無視して直線的に進んだり、ストーンピラーで障害物を飛び越えたりしてたからな。さて、どうするか……。
考えた末、オレはまた雪山に向かう事にした。スノウウルフの肉を気に入ったのと、もしかしたら何か新しい発見があるかも知れないと思ったからだ。
すぐに移動し、ジュリー達を助けに行った方向から雪山に入る。昨日は気配だけを意識して移動したから、周りの様子をあまり確認してなかった。なので今回は、しっかり確認しながら移動していく。移動方法は昨夜と同じく木の上を使う。この方が雪に足を取られず素早く移動できるからな。
しばらくすると、雪が降ってくる。
「雪か……。雨より先に雪が降ってくるところを見るとは」
未だにこの世界で雨を見ていない。まぁ、偶然かも知れないが……。
そして魔物に出会うことも無く、何の発見も無いまま、夕方には昨日の夜過ごした洞窟まで来てしまった。
「って言うか、ここに来るまで道に迷わなかったな。もしかして、一度来た場所なら迷わず行けるのか?」
そのうち脳内マップとか作れるようになるんだろうか? まぁ、便利だから良いか。さて、もう少し探索してみるか。行くとしたら人攫い達が居た方向だな。雪山で凍死してないと言うことは、寒さを凌げる場所があったって事だろう。木の上を移動してその場所へと向かう。
「この辺りの筈だがーー」
着いた場所は、木々に囲まれた小さな広場みたいな場所だった。地面には雪が積もっており、それ以外に何もない。
「まさかこの場所で野宿をして、無事だったのか?」
いや、まさかな。何か魔道具があれば別だが、アイツらの荷物にはそんなものは無かった。それなら……ん? よく見ると、広場の一部から奥の斜面の方に下っている道があるな。そっちか? 行ってみると、斜面を3mほど下ったところに横穴があり、奥へ続いている。中に気配はーー無い。行ってみるか。
中へ入ると通路は2mほどで右に曲がり、そしてすぐに扉が現れる。中へ入ると、10畳ほどの石畳の部屋で隅には空の木箱が置いてある。床に携帯食の袋が散乱してることから、ここは万が一の為の避難場所なのだろう。しかし……
「なんだ? なにか違和感を感じるな……」
なにか、監視されていると言うか、探られていると言うか……。
「ーー! あれだ、山田さんの研究所で、魔力を反応させて開ける扉のようなそんな感じだ」
研究では、特定の属性の魔力に反応する扉があったが、その時の属性を感知されているような感覚がこの部屋で起きている。という事は……。
オレは目を閉じて、魔力を周りに流してみる。すると、入り口から入って左側の壁が魔力に反応してるみたいだ。よし、やってみるか。オレは壁に触りながら順番に属性を込めてみる。が、一向に反応しない。火、水、土、風、光、闇と全属性を込めてみるが、反応は無し。
「んー、勘違いだったのか?」
こんな魔物のいる雪山にあえて研究所みたいなものを作る必要性は無いか。こんな場所で出来ることなんてーーーー
「氷属性の研究か!?」
そういえば、山田さんの所では『氷属性』と『雷属性』の研究が無かった。これらは水と風の上位属性だが、確かまだ分からないことが多いって言ってたな。まぁ、せっかくだからダメ元でやってみるか。
「氷、氷、氷のイメージ……、水の上位属性だから……。どうやるんだ?」
水を圧縮する? いや、それじゃあ温度が上がるか。
気圧を下げて温度を下げる? これは風との複合魔法になるか。
他には……熱を奪う? いや、これも闇との複合だな。
たしか、水属性は液体を操る事が出来る。という事は動かすのと逆に、動かさないようにすれば良いのか? 水を生み出しつつも、動かないようにエネルギーを抑えて、そして、水の分子が結合するようにイメージすれば……。
「出来た!」
オレの手のひらには、親指の爪程の氷が出来ている。水は流れるイメージがあるから少し難しかった。だが、一度上手くできれば後は練習すれば良いだけだ。
オレは何度も繰り返して氷を作っていく。そして、親指の爪程だった氷は親指ほどになり、掌程になり、最終的に自分と同じくらいの大きさまで作れるようになった。
「これならきっと……」
オレは再び壁に手を当て、氷属性の魔力を込める。すると、
カチッ
という音と共に、壁の一部が開いた。早速中へ入ると、そこは6程の部屋に、机と椅子、あとは本棚に本がズラッと並んでいた。だが、山田さんのように手紙やメッセージは何一つ無かった。ここは後世に残すために作られたものではなく、誰かが自分の研究用に使っていたのだろう。
本を手に取ってみると、全て手書きで書いてある。そしてその文字を見て驚く。それは研究所で見ていた文字と、ほとんど同じだったからだ。
「もしかして、ここも山田さんが……」
あり得る。魔力の属性によって開く扉なんて、今まで他に聞いた事がない。山田さんは世界各地で魔法の研究をしていて、こういう研究部屋を作っていたのかもしれない。そして、その集大成としてあの研究所を作った可能性もある。
としたら、山田さんの研究所には『氷属性』や『雷属性』の魔法についてまとめた部屋があるのかもしれない。今度探してみるか。
とりあえず、ここの本はそんなに多く無いが、2〜3日は時間が潰せそうだ。戻ってきて良かった。あとは、本の内容を実戦で試しつつ、魔物を倒して氷の魔石を手に入れていこう。
◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎
2日後、オレは街道沿いの岩山まで戻ってきていた。今日はここで一泊して明日ビネスに帰る予定だ。ここに寄った理由は、氷の魔石を使った魔道具で、冷蔵倉庫を作るためだ。
本によると、食べ物などを分解する力がある魔素は、温度を下げることによって活動を抑える事が出来るそうだ。ぶっちゃけ冷蔵庫と同じ効果だ。という事は、ゴーレムに解体させる時に冷蔵倉庫を使うことによって、肉をなるべく良い状態で手に入れる事が出来るようになる。実際、ゴーレムに解体させた後、直ぐに魔法庫に入れられるとは限らないから、あった方が便利だろう。
ついでに自分用の冷蔵庫も作る予定だ。料理やお菓子の中には、冷やした方が良いものもあるからな。
というわけで、近くの岩から新しく保管用の部屋を作り、中に棚などを魔法で作っていく。そして、前に作った解体倉庫を取り出しくっつける。解体倉庫の中は2度、新しく作った保管用の部屋は0度になるように、スノウウルフの魔石を使って魔法陣を描く。そして、魔晶石を繋げて魔力を供給。
あとはついでに、ゴーレムにスノウウルフの解体も覚えさせて、保管用の部屋にヒートリザードとスノウウルフを入れておく。そして解体を指示してから魔力庫に仕舞う。少し多めに入れておいたが、4時間もあれば終わっているだろう。
後は自分用の冷蔵庫や、冷気や氷の魔道具をつくり、その試し打ちにヒートリザードを狩る。そういえば、行きは数が少なくなっていたのに、今はまた数が増えているな。まぁ、肉がうまいからいいか。
後はいくつか思いついた魔道具を作り、簡易宿泊場所を出して中に入る。そういえば、せっかく簡易宿泊場所を作ったんだから、布団があっても良いよな? グラスボアの毛皮も良いが、流石に岩の上に直に眠ると少し背中が痛い。ビネスに戻ったら探してみるか。そう考えながら、オレは眠りに就いた。
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