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天 落 者  作者: 吉吉
第1章 異世界転落
37/87

冒険者の実力

 夕食後、オレはセイブンさんの部屋へとお邪魔することになった。約束の蟻の魔物の死骸を見せるためだ。部屋には大きめの布が引かれている。たまに現地で買取をする際に使用しているらしい。オレはその上に蟻の魔物の死骸を出す。


「これがそうだ」


 すると、皆驚いた顔をする。


「確かに大きいな。この大きさは初めてかも知れん」

「そうですね、父さん。そして思った以上に軽い。」

「オレらもこの大きさは初めてだな」

「そうね、今までのは大きくても1mに満たないぐらいだったし」


 そして、何故か冒険者達もいる。


「この厚さでこの重さだと、地上の蟻よりも軽いかも知れないですね。それに強度も上みたいだ」


 ロンソーさんはしっかり分析している。


「中身は空っぽなのね」

「あぁ、アリクイの魔物が口を突っ込んで中身を食っていったからな」

「じゃあ、足の部分の中にミスリル線を仕込めば魔道杖にもなるね〜」


 なるほど、そういう使い方か。オレはリザのアイデアに関心した。


「そうですね、足の部分はしっかりしているので、杖や槍などの武器に、顎は特に硬いのでナイフなどの刃に、そして体は硬く強度があるのにある程度の柔軟性があるので防具に、ですねぇ」


 セイブンさんもどこが何に使えるかしっかり考えている。しかし普通に考えると硬いのに柔軟性があるとか変な素材だよな。


「あのヨシキさん、もしよろしければ、この素材を買い取らせて貰えないでしょうか?」

「あぁ構わない、というかオレが持っていても使い道が無いしな。金にしてくれるのなら助かる」


 オレがそういうと、セイブンさんとロンソーさんは喜んだ。そして今すぐは無理なので、ビネスに着いた時に改めて買い取ってもらうことになった。

 今は収入が無いから、買い取ってくれるのならこちらもかなり助かる。


「セイブンさん、もし防具をつくるんだったら、俺たちに買わせてくれないか?」


 ザインがそう言ってくる。そういえば、ザインの防具は金属ではないから、魔物系の素材から作られているのだろう。とすれば、軽くて丈夫で動きやすい防具は魅力的なんだろうな。


「ねぇ、他には無いのかしら?私みたいな治癒士にも使えるような素材が」


 治癒士向けの素材か……。あぁ、魔道具を作った時に余った、ライティングウッドの魔石が親指の爪ぐらい残っていたか。握りこぶしサイズは流石にマズイだろうが、これくらいなら大丈夫だろう。


「あぁ、あるな。使えるかどうかわからないが。小さいが光る木があってそいつが小さい魔石を持っていたな」


 そう言って、親指の爪サイズの魔石を出す。


「これは!光の魔石ですか!?」


 魔石を見たセイブンさんは興奮している。やはり光の魔石は手に入りづらいのか。イザベラは目を見開いてセイブンさんに声をかける。


「セイブンさん?」

「ええ、光の魔石であれば、治癒士を助ける魔道具を作れるはずです。これも良いんですか?」

「あぁ、使う予定は無いしな」


 ということで、蟻の魔物と光の魔石を買い取ってもらうことになった。


「そういや、あんたの防具も魔物系の素材みたいだがいいのか?」

「ん?あぁそうだが、これはこの蟻よりも硬いから手放すつもりは無いんだ」


 そう言ってオレは胸当てを軽く叩く。これはこの蟻よりも軽く硬く薄いから使い勝手がいい。そういうと羨ましそうにされたが、入手先は秘密にさせて貰った。


 こうして、素材のお披露目は終了した。明日は朝一で出発して、夕方にはビネスに到着出来るようだ。ビネスは商売の大迷宮があるんだったか。冒険者になるんだったら、一度入ってみるか。


 部屋に戻ったオレは、ベットの上に昼に倒したグラスボアの毛皮を引き、その上に寝転がる。草原の緑の香りが鼻をくすぐる。いい香りだ。そういえば、昨日は全然寝てなかったのに平気だったな。盗賊を倒した後は転移して周りを警戒して全然休めなかったのに。まぁいいか、特に体調不良も無いし。オレは草原の香りに包まれながら、2日ぶりの眠りについたのだった。




 翌朝、とても気持ちよく目覚めることが出来た。このグラスボアの毛皮のお陰だろうか?これは手放せなくなった。


 することがないので、少し早いが食堂へ行くとすでにゼットのメンバーが来ていた。せっかくだから、大迷宮について聞いてみるか。一応本で読んだ程度の知識はあるが、本物の冒険者に聞いておいても損はないだろう。


「大迷宮か?んー、基本的に新人は入れないんだよな」


 聞くと、冒険者になると最初は黒ランクから始まるらしい。そして黒で経験を積むと銅ランクになるのだが、この銅ランクにならなければ大迷宮に入れないそうだ。


 大迷宮の中には魔物が出で、その魔物を倒すとアイテムがドロップするそうなのだが、新人がいきなり魔物と戦っても勝てない方が多いらしい。なので、新人の無駄死にを減らすため、制限が掛かっている。


 だから、新人はまず銅ランクに上がることを考えて行動しなくてはならない。方法としては、自力で訓練する、ギルドの有料の訓練を受ける、ギルド以外の有料の訓練を受けるなどなど。そして、試験を受け、ある程度の実力があると認められれば、晴れて銅ランクになるらしい。


「まぁ、あんたなら一発で合格だろうがな」


 だが、銅ランクになっても、迷宮の滞在日数がきまっているので、ランクを上げなければ深層にはいけないそうだ。

 銅ランクでは1週間、その上の銀で2週間、金で1ヶ月、ミスリルだと1年間篭っていてもいいらしい。一番上のセヴィールになると制限は無い、との事。なるほど、ランクは貨幣と同じ金属で表しているのか。


 本格的に迷宮を攻略するなら、金かミスリルは欲しいな。まぁ、本格的に攻略するなら、だが。


 後は迷宮は、その迷宮がある街や町の広さに比例していて、大迷宮は一階がかなりの広さになっているらしい。大迷宮の周りに存在している迷宮は、それほどでは無いようだが。


 ここら辺は、前に本で読んだ内容の確認という感じだろうか。


「あとは、商売の大迷宮だから、基本商売に必要なものが出るな。例えばアイテム袋やアイテムバッグ、ゴーレム粘土や記憶石、あとはよく売れるポーション系の回復薬や魔力薬なんかも出るみたいたぞ」

「ゴーレム粘土?」


 オレは聞き返す。他のはなんとなくわかるが、ゴーレム粘土っていうのはなんだ? 粘土で人の形を作れば、ゴーレムになるんだろうか? というか、ゴーレムって商人に必要なのか?


「ゴーレム粘土っていうのは、ゴーレムを作るための粘土よ。この粘土を人の形にして魔石を埋め込むと、その魔石の魔力が尽きるまで、仕事をさせることができるの。でも、ゴーレムだから複雑な仕事は無理ね。簡単な荷物運びとかぐらいかしら」


 オレが疑問に思っているとイザベラが教えてくれた。なるほど、荷物を移動させる、とか簡単なものならゴーレムに任せられるのか。あとは、費用対効果だ。魔石の値段と仕事量が釣り合っているか、もしくは仕事量の方が上回っていれば、お得なんだろうが。


 話をしているうちに、セイブンさん一家が食堂へやってくる。オレたちは今日の予定を確認したあと朝食をとり、準備をして、町の門へと向かう。


 そういえば……


「なぁ、2人が盗賊に攫われたこと、報告とかしないのか?」


 こういう時、軍や警備の人間に報告するべきだと思うのだが?


「この規模の町だと難しいんですよ」

「ええ、警備も最低限しか居ませんし、軍も駐留してません。それに、私たちが攫われたのはここよりかなり西側ですからね。ですからこのままビネスまで行ってから報告した方が良いんです」

「そういうもんなのか……」

「これが攫われたのがこの町の周辺だったら、報告しなければならないんですけど……」


 なるほど、そういうことならしょうがないのか。まぁ、とくに問題がないのならいいか。


 程なくして、オレたちは門を通り町を出た。そして、オレの魔力庫にまた荷物をしまい、馬車に乗り込んで出発した。


 午前中は順調に進んでいた。途中でミリィが大きな欠伸をしていたので、眠れなかったのか聞いてみたら、イザベラに小突かれた。あぁ、まだ怖さや緊張が抜け切れてないのか。馬車の移動も慣れてなさそうだし。


「これ、使うか?」


 オレがグラスボアの毛皮を出すと、ミリィは嬉しそうに受け取って、毛皮にくるまった。しばらく香りを堪能していたが、そのうち小さな寝息が聞こえてきた。


 それをみていると、なんか幸せな気持ちになってくるな。そう思っていたら、セイブンさんロンソーさん親子だけでなく、ザインとイザベラも同じような目をしていた。


 そんな温かい空気の中、馬車は順調に進んでいった。そしてお昼時、馬車はまた草原の近くに停まる。なんでも、見通しが良い方が安全を確保しやすいかららしい。なるほど。


 周りの気配を調べてみると、草原に3匹ほど魔物の気配がする。さて、ここは狩りに行っても良いものだろうか?


「ん?どうした。何かいたか?」

「あぁ、またグラスボアがいないかと思ってな」


 エゾが話しかけてきたので答える。


「グラスボアは臆病だからな。驚かすとすぐ逃げるぞ」

「でも昨日は自分から出てきたよな?」

「あれは腹が減っていたか、他の魔物から逃げていたかのどっちかじゃないか?」

「そういうもんなのか……」


 とりあえずオレは一番近くの気配に向けてストーンバレットを撃つ。そこそこの大きさで、山なりにグラスボアを超えた先に落ちるようにしてある。着弾すると、驚いたのか着弾地点の反対側、つまりこちらに向けて走ってくる。後は昨日と同じ流れだ。


 それをエゾは口を大きく開け、驚いた顔で見ていた。もしかして、やり過ぎたか?いや、今ぐらいのなら、ある程度の奴はできるだろ?しかしもう少し自重した方がいいのか?でも普通のレベルがわからねぇな。

 まぁ、いいや。エゾは置いといて、また肉を使った昼食としよう。毛皮ももう一枚手に入ったので、ミリィにプレゼントしても良いかな。


 肉を持ってみんなの所へ戻ると、エゾと同じように動きを止めている。


「なぁ、昨日と同じでいいか?」


 オレがそういうと、


「あ、あぁ、ていうかなんでグラスボアの居場所がわかるんだよ!」


 ザインが食って掛かってくる。んー、魔物の気配とかも分からないのか。とりあえず、


「見たらなんとなくわかるだろ?ほらあそこを見てみろ?」


 オレは草原の一角を指差す。


「ほら、草が少し不自然に動いているだろ?それに少し盛り上がっている」

「言われると確かに……」

「そういう僅かな違和感で、魔物の位置を察知してるんだよ」

「でも言われてやっと気づくレベルだぞ?」

「オレは目がいいんだよ」


 目がいいということで、誤魔化しておく。やはり、普通のレベルが分からないと、悪目立ちするな。なんとか普通レベルを把握しておかないと、面倒くさい事になりそうだ。



 昼食後、馬車で移動を再開する。しばらくすると、深い森が現れ、馬車はその森の中の道を通っていく。


「街の近くにこんな深い森があっても大丈夫なのか?」


 森では魔物が自然発生したり、繁殖したりする。魔物が増えて街を襲ったりしないのか気になったのだが、


「まぁ、魔物の肉や素材は街にとっても必要な物ですから。森がなくなれば、食料が足りなかくなってしまうかもしれませんからね」


 とのことだ。なるほど、街周辺の牧場だけでは、肉は賄いきれないのか。そう思ったら、どうやら家畜が魔物に襲われることが多いからだそうだ。だから魔物に襲われないように高い柵を作り、見張りを出来る範囲で育てているらしい。だから、量を確保するのがむずかしくて家畜を育てるのは大変なのだと教えてくれた。

 そういえば肉の方が需要があるから、ほとんどの家畜が食肉用で、だから乳牛が少ないんだったか。やはりこの世界は、厳しいな。


 しばらく森の中を進んでいくと、複数の魔物の気配がする。数は10匹ぐらいだろうか? これはチャンスか? 幸い魔物はそんなに強くなさそうだ。ザインたちの実力を確認できれば、普通レベルが把握できるかもしれない。


 オレがそんな事を考えると、御者席にいたザインが魔物に気がついたようだ。


「みんな、仕事だ!」


 ザインがそういうと、エゾとリザが前へ向かい、イザベラが後ろに下がってきた。どうしたのかと思っていたら、馬車の背後を警戒しているようだ。なるほど、後ろから他の魔物が来たり、挟み撃ちの可能性を警戒しているのか。


 オレも馬車を降り、馬車の横で周りを警戒するフリをする。こうすれば、ザインたちの戦闘を見ていても不自然では無いだろう。セイブンさんたちは、馬車の入り口を締めて、中で避難している。


 敵はフォレストウルフ、森に住む群れで活動している狼で、茶色地に所々緑色の毛をしている魔物だ。


 5匹が森の中で馬車を遠巻きに囲み、5匹が道の正面から向かってくる。

 まず、リザがウォーターアローを放つ。数は3発。先頭のフォレストウルフは躱すが、後続に2発当たる。そこまでダメージはなさそうだが、後続が少し遅れたため先頭のウルフが少し先走った感じになる。そこへザインが入り、ウルフの攻撃をかわして、首を切り落とす。少し遅れて後続のウルフがくるが、リザのウォーターボールで一匹吹き飛ばされ、水しぶきで視界が悪くなっている中、ザインが二匹、エゾが一匹仕留める。


「へぇ、これがコンビネーションか……」


 リザは威力を抑えて、当てやすい魔法を使っているし、隊列が崩れたところにザインが入っている。エゾはその間、周りに気を配って不意打ちを警戒していた。その後、強めの魔法で敵を打ち、視界を奪って攻撃し仕留める。


 やはり冒険者は連携が重要なようだ。まぁ、ザインの攻撃も鋭く一撃でウルフを倒しているし、エゾのスピードもウルフに負けていないから、個人でも結構強そうだが、やはり数を相手にすると、個人では大変だろうしな。


 そんなこんなで、4匹を仕留めたところでウォーターボールで飛ばされたウルフは森へ逃げていった。森の中で周りを囲んでいた5匹も同じ方向へ移動している。敵わないと思って、撤退したのだろう。


 3人は武器をしまい、小型のナイフで解体を始める。そして、エゾが穴を作り、不要な部分を捨てて穴を塞ぐ。フォレストウルフは、比較的一般的な肉なので高くはないが、それでも捨てるには勿体ないし、僅かでも収入になるなら取っておくものらしい。

 ちなみに冒険者は、肉や素材を冒険者ギルドで買い取ってもらえるそうだ。確かに商人のツテが無かったら売れないなんて事になったら、冒険者は大変だろうからな。



 そして、再び馬車を走らせる事2〜3時間。結構強めの気配が、森の方から馬車に近づいて来ている。さっきウルフ達が逃げていったのと近い方角からだろうか。となるとさっきのは先遣隊で、今回は群れのボスが来たという事だろう。確か、もうすぐトイレ休憩の筈だ。その時に一人で行って来るか……。



「で、何をするつもりだ?」


 ザインが声を掛けてくる。オレが森の中に入ると、後ろから着いて来た。何かを感じ取ったのだろうか? 邪魔だな。


「トイレだよ、大きい方のな」

「……嘘だな、なにを隠している?」


 顔は笑っているが、目が笑っていない。面倒臭い。ていうか、向こうはこっちにどんどん近づいて来ているっていうのに。


「大した事じゃない。ちょっと用事があるだけだ。10分以内には戻って来る」

「じゃあ、オレも付いていってもいいな? 大した事じゃないなら」


 少しイラついてきた。こっちは馬車に、ミリィに危険が来ないように、気を使ってたって言うのに……。

 ん? 敵の移動速度が速くなったか? しょうがないか……。


「わかったーーただし、付いてなれたらな!」


 オレは敵の方向に向かって走る。不審に思われないように、エゾより少し早いスピードだ。ザインは一瞬戸惑ったが、すぐに追いかけて来る。が、徐々に距離が離れていく。しかし、ザインを巻く前に敵の群れがお出ましになった。


「間に合わなかったか……」


 ザインを引き離した後で戦いたかったんだが、仕方ない。群れは16頭。先頭に1匹、その後ろにまとまって14匹、そして最後尾に大きな、体高2mサイズのフォレストウルフが立っている。


「な、リーダーか!」


 ザインがオレの後ろで叫ぶ。


 リーダー……魔物の群れの中で突出した力を持つものが、進化してなるんだったか。ということは、ほかのフォレストウルフよりも強い。まぁ、大きさを見ればわかるけどな。けど、シャドーウルフに比べればなんてことはない。ザインは警戒しながら剣を構え、オレの少し後ろまで来ている。


 リーダーはオレを見るとその場で止まる。すると他のウルフがまとめてオレに襲いかかって来る。だが遅い。オレはそれをかわしながら魔法を使う。地面から出る複数の槍がウルフ達の頭部をピンポイントで貫いていき、数分後にはオレが居た場所に、ウルフの頭を貫いた槍が15本立っていた。ストーンピラーとストーンランスの合成魔法だ。


 その後オレは距離を取り、魔法を解除する。ウルフ達は血を吹き出しながら、地面に落ちる。あまり近いと返り血を浴びちまうからな。まぁ、オレの後ろで構えていたザインは浴びてしまっているが。


「ゥワォーーーーン!」


 群れが全滅したのを見たリーダーが、雄叫びを上げる。そしてオレを睨みつけながらこちらに向かってくる。どうやらかなり怒っている様だ。自分たちから仕掛けてきたくせに……。リーダーは2mの図体なのにかなり素早く、木々の間を縫って近づいてくる。が、焦る必要がない。


「ウガッ!」


 リーダーは下から出てきたストーンピラーに顎を強く打ち付けられ、大きく仰け反る。その隙にオレは接近し胸の魔石の部分を円錐型に切り取り、直ぐに距離を取る。リーダーはそのまま倒れ、辺りに血溜まりが出来る。


 図体がデカイから、血が流れ切るまで時間がかかる。急いでいる時に血抜きの処理は面倒臭いな。何か直ぐに血抜きが出来る魔道具とかないものか。まあ、暇があったら今度探してみるか。オレはある程度待ってから魔法庫に仕舞う。もちろん他のフォレストウルフもだ。


 そして、リーダーとの戦いを見て、呆気にとられていたザインに、


「あまり遅くなると怪しまれるぞ」


 と言って、先に馬車へ向かう。全く、何をやってんだか……。

とりあえず今回は馬車に危険があったからしょうがないが、他の人達がいる時にはもう少し自重しないといけないな。

 そんなことを考えていると、我に返ったザインが


「ち、ちょっと待ってくれ。このまま戻るわけにはいかないんだが……」

「ん? 着替えればいいだろ?」

「いや、胸当ての替えなんてないから。血を拭き取るからすこし待ってくれ」


 全く面倒くさい。勝手について来たのに……。


 そうだ、あれを使ってみるか。人間に使うのは初めてだが、大丈夫だろう。オレは洗浄用の魔道具を取り出し、ザインに使う。返り血はあっという間に落ち、ザインの装備も前よりも綺麗になった。


「おい! やるなら一声かけてくれよ!」


 びしょ濡れになったザインが言うが、すぐに水の魔法の効果が切れて、乾いた状態になる。


「おおっ! ちょっと水流が痛かったが、便利な魔道具だな」

「そんなことより、早く戻らないと怪しまれるぞ」


 オレとザインは馬車に向かって走る。


「それより、よくフォレストウルフの群れが近づいてるのがわかったな」

「あ?なんとなくだよ」

「そうか……」


 そう言いながらも、ザインはあまり不審がってない。最初はかなり怪しんでいたのにも関わらずだ。もしかしたら、気配察知のスキルのことを知っているのかもしれないな。


 それによく見ると、何か違和感を感じる。何かこう、ザイン自身に靄がかかっているかの様な感じだ。何かを隠している様な……。

 と、あぁ成る程、そういう事か……。ザインの左腕につけられた腕輪を見て納得した。まぁ、本人が言わないのなら気づかなかったことにした方が良いか。そう思い、馬車へと急いだのだが……。



「で、何をしていたのかしら?」


 そこにはいつも以上に良い笑顔でイザベラが立っていた。そう、良い笑顔なのだが……威圧感がハンパじゃない。何故か手が震え、喉がカラカラに乾いてくる。

 これは、そう、あれだ。初めて盗賊に襲われ、目の前で人が斬られたあの時の様な感じだ。


 ザインを見ると、青い顔をしている。


「もしかして、私に言えないことをしていたのかしら、2人で?」


 ミリィを不安にさせないために、こっそり討伐する予定だったのに、ザインの所為で変なことになってしまった。これは……しょうがないな。


「実は……」

「実は?」

「実は、ザインのやつが小便を漏らしやがってな」

「お、オイ!」

「ザインは黙ってて」

「まぁ、オレは見捨てようと思ったんだが、ザインが離してくれなくてな。そこで、素材を洗浄する為の魔道具が使えるかもしれないと思って、ザインに使ってみたんだ。まぁ、人間に使うのは初めてだったんでどうなるかわからなかったが、見ての通り人間にも使えることがわかった。が、その所為で遅くなっちまった」


 取り敢えず、ザインを犠牲にしてこの場を収めよう。


「なるほど、だからザインはトイレに行く前より綺麗になっているのね?」


「あ?あ、あぁそうだ……」


 ザインは目をそらしながら言う。てっきり本当の事を言うのかと思ったが、どうやらイザベラの威圧感に尻込みしているようだ。なんかこのグループの力関係がわかった気がする。


「で、それを信じても良いのよね?」


 イザベラが、オレとザインを交互に見る。


「も、もちろん!」

「あぁ、そうだとも!」

「本当に?本当に信じてもいいのよね?」


 改めて確認してくる。周りをみると、他のメンバーも、セイブンさん一家も、緊張した表情でこちらを見ている。


「信じてもいいのよね?」

「…………」

「…………」


 イザベラの無言のプレッシャー……そして、


「「す、すいませんでしたぁ!」」


 オレとザインはーー折れた。


 …………


 …………


「最初からちゃんと話してくれればいいのに……」


 オレたちの説明を聞いて、少しスネた様子でイザベラが言う。先程のプレッシャーはもう無い。どうやら、オレとザインがいかがわしい事をしているのではないかと疑っていたようだ。昨日会ったばかりなのに何故? とは思うが、取り敢えずオレとザインは胸を撫で下ろす。ちなみにオレにはそういう趣味はない。


「いや、冒険者だけならいいんだが、あまりミリィを不安にさせたらマズイかと思ってな」

「まぁ確かにそうね。でも、もう大丈夫なんでしょ?」

「あぁ、大丈夫だ」


 オレの言葉にミリィが少し不安そうな表情になるが、もう大丈夫だと言うと、ホッとした顔をした。


「で、素材はどうするの? このままだとダメになっちゃうんじゃない?」


魔法庫に入っているので大丈夫なのだが、これは秘密にしておくと決めている。なので、


「んーそうだな、肉は諦めて明日にでも毛皮や魔石、牙なんかを素材として回収だな? 解体する時間が無いし」

「えっ!そんな、勿体無いですよ、ヨシキさん!」


 オレが言うと、ロンソーさんが慌てて言ってくる。なんでもリーダーの肉は、元の魔物よりかなり美味しくなり、値段も高くなるらしい。また素材も1ランクから2ランク上になるので、キチンと解体した方が良いそうだ。


「しかし時間がな……」

「では、こうしたらどうでしょう。最初にリーダーの解体を行なって、時間に余裕があれば、他のウルフの解体をするというのは?」

「依頼主であるセイブンさんがそれで良いなら、俺たちは構わないぜ」


 ということで、解体をしてからビネスへと向かう事になった。夜になると門が閉まってしまうので、その前にはビネスに着いていないといけない。なので、すぐにみんなで解体を始める。


 しかしオレが、グループで解体したことがないが一番解体が早いので、リーダーはオレが解体することになり、他のウルフはゼットの面々に任せる形になった。

 グラスボアぐらいなら5〜10分ぐらいで解体出来るが、2mを超えるとやはり30分以上はかかってしまうな。


「にしてもよ。ザインの奴が漏らしたって聞いた時はマジかと思ったよ」

「そうだね〜。最後に漏らしたのが16の時だっけ?」


 エゾとリザの言葉にザインが焦る。


「おい、おまえら!」

「懐かしいわね。昔は『お漏らしザイン』って呼ばれてたものね」

「昔の話は勘弁してくれ……」


 イザベラの言葉にザインが凹んでいる。


「あ、あの、皆さんは昔から一緒だったのですか?」

「そうよ、ミリィちゃん。私たちはフォードにある孤児院で一緒に育ったの」

「孤児院の出だとなかなか良い仕事に就けないから、冒険者や傭兵になる子が多いのよね〜」


 へぇ、なかなか大変だったんだな。


「あの、すいません、変な事聞いちゃって……」

「いいよ別に〜、大変だったけどその分団結力はあったからね〜」

「そうだぜ、だから俺たちは仲間としてやっていけてる訳だしな」


 ミリィの言葉にエゾとリザが答える。団結力、仲間、か……。オレには無かったものだな。胸がチクっと痛む。まぁ、望んでも得られなかったものだし、きっとオレには無縁な物なんだろうな……。考えてもしょうがない、解体を進めよう。


 結局、1時間ほどで全ての解体が終了し、俺たちはビネスへと向かった。そして夕闇が迫る頃、無事にビネスへとたどり着いたのだった。







お読みいただきありがとうございます。

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