成長と葛藤
「よっと」
オレは上に5mほど飛び上がる。その下を体高3メートルほどの狼が通り過ぎる。狼はすぐに止まり振り向くが、ふらつき体制を崩す。その隙に駆け寄り、喉元を一気に掻っ切りすぐ離れる。狼は喉から血を吹き出し、しばらくすると倒れ動かなくなる。
「ふぅ、だいぶ慣れてきたな」
オレがこの場所に落ちてきたから5日ほど経った。盗賊から調達した食料では、主に肉が心もとなかったので、山田さん流の狩りを試してみることにしたのだった。
オレの持つ『適応能力』のおかげだと思うが、初日に外の高濃度の魔素環境に慣れ、2日目には結界の内外の魔素濃度の急激な変化に適応してしまった。
そして、3日目には魔霧の渓谷の魔物と戦うことに慣れてしまった。最初は気絶した魔物にとどめを刺すのも躊躇ってしまったが、今は普通に気絶していなくても攻撃できるようになった。
解体も初めは吐き気を催したが、今ではキレイに解体出来る。ちなみに、狩りの武器や解体の刃物も山田さんが用意してくれていた。
そして、今倒したのは「シャドーウルフ」という魔物で、黒と灰色のグラデーションが美しい魔物だ。
魔石は闇属性、毛も闇属性の糸になり、皮も闇属性の防具に使えるという珍しい魔物だ。そもそも闇属性の魔物自体が、少ないらしいからな。何か色々作れそうだ。
オレは早速解体に取り掛かる。頭を切り腹を裂き内臓を取り出す。頭と取り出した内臓は容器に入れて魔法庫へ。これは次に魔物をおびき寄せるのに使う。
そして、毛皮を剥ぎ肉を切り出していく。
「ん? これは、骨も闇属性なのか?」
骨を見ると黒色で魔力を宿しているようだ。
「一応取っておくか……」
肉、皮、骨を別々にまとめて魔法庫にしまい、今日の狩りは終了だ。
狩りを終えるとそろそろ夕食の時間だ。早速今日狩ったシャドーウルフをステーキにして食べる。
主食にしているナンもどきは、まとめて作って魔法庫に入れておけばすぐに食べられることに気づいたので、昨日まとめて作っておいた。
食後は管理室で盗賊たちの様子を確認しながら、色々考えるのが日課になっている。
この5日間で変わったことといえば、この環境に合わせて自分が成長した事と、盗賊のボスがいなくなった事だ。ボスは4日目の朝には居なくなっていたのだが、盗賊たちがそのまま居座っているので、撤退するわけではないようだ。食料もいつのまにか増えているので、日中オレが見ていない時に補給が来ているみたいだ。
それにしても妙だな……。いや、実際に盗賊を見るのは初めてだから、こういうものなのかもしれないが、組織として成り立っている、というか成り立ち過ぎている気がする。
食料の補給や、通信用、防御用の魔道具、そしてボスの言っていた「本部からの連絡待ち」という言葉……。
オレは勝手に盗賊だと思っていたが、もしかしたら組織的な人攫いかもしれない。
まだ確証はないが、一応心に留めておいた方が良さそうだ。
それからさらに5日後の夕方、ボスが戻ってきた。ボスはすぐに部下を集め話をしだした。会話を聞いたところによると、オレが乗っていた馬車を襲ったのは、近くにいた別の盗賊の仕業になったそうだ。
その盗賊たちも捕まり、オレの身分証を証拠としてアジトから押収した事にしたらしい。つまり、こいつらの身代わりに別の盗賊たちを犯人に仕立て上げたということか……。
ということは、やはり結構権力がある人間が仲間にいるということーーやっぱり大臣か……。
他にも仲間がいるかもしれないが、取り敢えず、オレが死んだ事になっているのなら、都合が良い。後は盗賊たちがここから去ってくれれば、安心して生活出来る……。
と、思ったがーーーー。
『……必ず帰ってきてくださいね』
エリーゼ姫…………。
何故、今まで思い出さなかったのか……。
きっと、自分の命が危機にあった事で、生き残る事に集中し過ぎていたのだろう。そして、生活する場所の安全がある程度確認できた事、食料の目処が立った事で余裕ができたから思い出したのだろうか。
…………どうしたらいいのだろう。
オレはしばらく考え込んでしまった。このまま王宮へと戻っても、また大臣に目をつけられるだけだ。それにその後ろにある、上にいる盗賊たちを含めた組織の危険もある。奴らはオレを狙っていたわけだから。
そういえば、そもそもなんでオレを狙っていたのか理由がわからない。大臣は最初、凄い力がどうのこうの言っていたが、実際そんな力は見せていない。それでも仲間に引き込もうとしていたし……。
……
……
……
取り敢えず、国王様とエリーゼ姫には連絡してみたほうがいいか? 大臣はきっと、オレが死んだと思っているだろうから、2人には秘密にしておいてもらって……。
でも、万が一バレた場合、2人に危険が及ぶ可能性もあるわけだし……。
その日、考えはまとまらなかった。そして、考え込んでいたために、途中から盗賊のボスの話を聞きそびれてしまった。たいした話はしてないと思いたいが……。
翌日からオレは、山田さんが残してくれた研究結果を勉強する事にした。何かいい方法があるかもしれないからだ。まぁ、超広範囲殲滅魔法とかあっても困るのだが、もしかしたら役に立つ魔法や魔道具について研究しているかもしれない。
なので、日中は研究結果を読み漁り、夕方ぐらいに狩りにでて、夕食を食べだ後は盗賊たちの動向を観察する、という流れで生活を送っていった。
しかし、思ったような研究は無かった。研究内容は魔力や魔素についてがほとんどで、この世界には微生物がいないこと、その代わりをしているのが魔素で、魔物の死体などを魔素に分解したり、発酵なども魔素の影響によって行われるらしい。また、スキルや魔法によっては、魔素に影響を与えることができるようだ。
パンを例にとってみると、調理や料理人のスキルを持っている人がパンを作ると、ふっくら膨らんで美味しいパンになるのに対し、スキルが無いと膨らまず固いパンになるようだ。
おそらくスキルを通じて魔素に働きかけ、発酵させているのでは? と書いてあった。取り敢えず、問題解決には繋がらなかったが、このお陰でふっくらした美味しいパンが食べられるようになった。きっと自炊しているから、調理のスキルあたりが手に入っていたのだと思う。
他には魔法陣についての研究もあり、魔法陣の書き方、使う文字や記号の意味、使う素材の相性、そして多数の魔法陣の図と効果が書かれていた。これは魔道具などを自作するときに使えそうだ。
また、魔素や魔力について理解を深めたお陰か、もしくは魔素の濃い環境にいたお陰か、魔力と魔素の動きや流れを視覚できるようになった。お陰で魔霧の渓谷での視界がだいぶ良くなった。気配察知と魔力が見えるお陰で離れた魔物の場所が把握でき、魔力や周囲の魔素の動きから魔物の魔法を使うタイミングが判るようになった。どうやら魔霧が濃くても、魔力はちゃんと見えるようだ。
そんなわけで、最近では魔素の薄い結界の中におびき寄せなくても、ある程度魔物を狩ることが出来るようになってしまった……。オレは何処に向かっているのだろうか?
研究結果を読み漁り始めて10日ほどだった頃、オレは研究所内に新しい部屋を見つけた。通路の突き当たり、ここにはトイレしか無いと思っていたのだが、魔素や魔力が見えるようになって気づいた。極薄っすらと魔力で隠蔽されていたのだ。魔力の色は黒……闇属性か。
オレは闇属性の魔力を込め、壁に触る。予想通り壁が消え地下への階段が現れる。そして、降りた先にあったのは書庫だった。
山田さんの手紙があったので読んでみると、この書庫は悪用されると危険な研究をまとめた場所のようだ。ここが、山田さんが無かったことに出来なかった研究がまとめられている場所か……。
調べてみると、ここには光と闇の魔法について書かれている研究が多いことがわかった。
光属性では、相手に誤認識を与える魔法や自分の見た目を変化させる魔法などがあった。
闇属性は、自分への認識や自分の気配を消す魔法、相手の意識を奪う魔法、自分の魔力を少なく見せる魔法などなど。
たしかにこういう魔法があると、犯罪が犯し放題になってしまうから、公にはできないわけだ。魔法だけなら光と闇の魔法が使えなければ意味はないが、ここにはその魔道具の作り方や魔法陣の描き方まで残っている。
他にも広範囲の敵の生命力をうばう魔法や魔法陣、広範囲の味方の生命力を上げる魔法と魔法陣。その2つを合わせたものや、魔法を一切使えなくするようなものまであった。
こういうのは戦争などに利用出来るので、おそらく表に出さなかったのだろう。山田さんはきっと善良な人だったんだな。会ったことが無い人なのに、何故だか人柄がわかるような気がして、心が温かくなった。
…………けど、これが使えれば王宮にバレずに行くことが出来そうなんだよな。
それに、これから街に買い出しに行く時にも便利だ。盗賊に見つからないように出来るだろうし……。
……
……
……
しばらく、オレは葛藤したがーーーーゴメン、山田さん。これ、使わせてもらいます。そのかわり、犯罪には決して利用しません。
オレは心の中で山田さんに謝罪しながら、この研究を利用させてもらうことにしたのだった。
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