食料と調味料
「さて、どうしようか……」
オレは魔法庫の中から食料品を出して考える。
今あるのは、野菜と果物少々、前にバナナパンケーキを作った時の余りのブランデーとシナモンと砂糖、そして塩が少し……。
ふぅ、とため息が溢れる。
「しまったな、これじゃあ引きこもれないか……」
よく考えたら、引きこもるには食料やその他諸々が必要なんだよな。日本なら配送してもらうことが出来たが、この世界ではそうもいかない。
「はぁ、冷静に考えればわかることだ」
今朝はまだ、昨日のことを少し引きずっていたのかもしれない。馬車に置いていかれたこと、盗賊に襲われたこと、盗賊のボスに迫られたこと、そして思い出してしまった日本での嫌な思い出……。
山田さんが用意してくれた食料も、無限にあるわけじゃないし、よく考えたらいつかは買い出しに行かなくちゃいけないんだよな。
「さて、どうしたらいいんだろう……」
自分の間抜けさに嫌気がさすが、今はそんなことを考えていてもしょうがない。
今考えられる食料対策は……
・近くの町に買いに行く
・魔物の肉を狩って過ごす
・いっそ盗賊達の食料から盗む
とりあえず、町に行くのは無しかな。所持金に限りがあるし、なにより出入りするのに盗賊達に見つからないようにしなければいけない。あとは、近くの町の方向と距離がわからないというのもある。
魔物と戦うのも、できれば避けたい。ただ山田さんが本に残してくれた狩りの方法次第では、やってみようとも思う。それでも調味料は手に入れられないが……。
盗賊達から盗むのは、まぁ抵抗が無いわけではないが、一番楽かもしれない。見つからなければいいし、あんなデカい魔物と戦うよりはマシな筈だ。
というわけで、盗賊から手に入れるのが一番楽だろうという結論になった。あとは、盗賊に見つからないようにする為に移動するルートの確認と、食料置き場の確認をしっかりしておこう。
というわけで、考えがまとまったので食事にする。
小麦粉と塩と水で簡単なナンみたいな主食を作り、あとは野菜を軽くて炒めて食べる。
そういえば、この場所は食と住がしっかり用意されていたが、山田さんは長期間ここに滞在することを想定していたのだろうか? ちょっと疑問が残る。
食後はまた管理室に戻り、盗賊達の食料庫の場所の確認と、ルートを確認しようと思ったのだが……。
「これは、食料庫に直接行けるのか?」
研究所の説明書には、施設内の移動用の魔法陣がキチンと書いてあり、盗賊達が食料庫として使っている部屋に、直接行けるようだった。
魔石に触れて部屋の様子を見てみるが、食料の量も結構多い上に、かなり乱雑に置かれているみたいだ。
「これなら少し無くなったぐらいでは気づかないだろう」
ということで、オレは転移魔法陣がある部屋を見つけて、魔法陣が使えるか確認した。どうやらオレでも使えるようだ。
というわけで、夜、盗賊達が寝静まった頃に向かうことにして、それまで狩りの仕方が書いてある本を見つけて、それを読むことにした。
……
……
……
「なるほど……」
どうやらあの外の霧みたいなやつは、『魔素』と呼ばれているらものらしい。その魔素は普通に大気中にも存在しているが、魔霧の渓谷ではその濃度が異常に高いそうだ。
そして、急に魔素の濃いところに来ると、体内の魔力濃度が急激に高くなり、魔力が暴走して身体を内側から破壊してしまう。だから、盗賊の1人は身体から血を吹き出していたのか……。
そして、逆に急に魔素の薄いところに来ると、目眩や立ちくらみのような現象が起き、場合によっては気絶してしまうらしい。
なので狩りをする時は、結界で魔素を薄くしてある場所に魔物を誘い込み、弱っているうちに倒す、とのことだ。
ちなみに倒す方法は、頭にダメージを与えるか、首を切るか、心臓を刺すか、魔石を取るか破壊する、のどれかが楽と書いてある。弱っているうちに倒すなら、なるべく一撃必殺の方が良いのだろう。
あと、この付近に出る魔物とその解体方法、素材の活用法や食べられない魔物や部位の説明も書いてあった。
「ん? これは結構使えるのか?」
そこには、一番最初に出てきた蟻の魔物のことが書いてあった。
この蟻の外骨格は、かなりの強度と柔軟性を持っていて、鉄の鎧よりも軽く、動きやすい防具が作れるらしい。また、顎は軽いのに非常に硬くて鋭く、ナイフなどの素材に適しているらしい。
でも、あのアリクイの魔物の皮は、そんな蟻の顎も通さないらしいが……。
そういえば、穴のすぐ近くに蟻の死骸がある筈だよな……。目の前でアリクイの魔物が捕食していたし。
気になってきたので、オレは一度外の様子を見るついでに、取れたら取ってこようとあの穴へと向かった。無理そうだったら諦めれば良いわけだし。
「うん、大丈夫そうか……」
オレは慎重に穴の外の様子を伺う。穴の外は昨日よりも明るく、見通しも少しいいようだ。それでも霧のような魔素で覆われているので、そんなに遠くまでは見えないが。
「! あった!」
穴の入り口すぐのところに、蟻の死骸が転がっている。周りには生き物の気配は無い。オレは入り口から腕だけを出して、蟻の死骸に触り、頭と身体を魔法庫の中にしまった。が、
「クッ、あ、熱い!」
外に出した腕が熱くなり、そしてそこから身体の中に熱いものが流れ込んでくるように感じた。慌てて腕を引っ込めたが、しばらく身体の内側から熱いものが吹き出してくるようで、大粒の汗が止まらなかった。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
暫くしてやっと治まったが、まだ体が熱い。とりあえず、部屋に戻ろう。オレは疲れた身体を引きずって、部屋に戻った。
「ふぅ」
身体の熱さは治ったが、汗がすごい。
「風呂に入りたいな」
この研究所には風呂はあるのだろうか? 山田さんも日本人なんだからあってもおかしくは無い。説明書を見ると、1つ上のフロアにあるようだ。使い方も書いてある。
「1つ上?」
詳しく確認してなかったが、この研究所は一体何フロアあるんだろうか? ざっと確認してみるが、20以上はありそうだ。
「なんでこんなにたくさん……」
と思ったが、オレが落ちた穴はかなりの深さがあった。おそらくそれを徒歩で移動するとしたら、このぐらいになるのだろう。
それにしても面白い構造だ。研究所は大きな円柱状で地上の遺跡まで繋がってるようだ。そして一番外側に階段が螺旋状に作られており、内側に部屋があるようだ。何か意味があるのだろうか?
まぁ、それはおいおい調べればいいか。今は風呂に入ろう。
オレは風呂に入ってから、夜になるまで少し仮眠をとった。
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「さて、行くか」
今は深夜、外の様子を確認したが真っ暗で、盗賊たちも見張りを除いて寝静まっているようだ。オレは全身黒ずくめで転移用の魔法陣の所にいる。
風呂があるフロアには他に部屋があって、武器や道具、防具などが置いてある部屋があった。
黒光りするナイフ2つと、黒い強靭な布で出来た服、同じ黒い布で覆面をして、王都で買った蟻の魔物の胸当てと籠手、といったように念のため装備をしている。あと、簡易的な光の魔道具もあったので持っていく。
食料庫には人は居なかったので、今のうちに調達してこよう。
転移した場所は、食料庫の中のドアの前だ。なるほど、たしかにこの場所であれば、物を置かれてしまう心配はない。床を見ると魔法陣の光が消えていく。光が消えると魔法陣が見えなくなったが、おそらく床の石畳の下に描かれているのだろう。軽く魔力を込めると淡く光るのでちゃんと使えるだろう。
オレは素早く食料庫の中を確認して、必要なものを物色していく。小麦粉はあるので、まず塩と胡椒、あと油にワイン……。
と、そこで扉の方で人の気配が2つ! オレは山積みになっている食料の箱の裏に隠れる。
「今日はどれにするかな〜」
「オレはこのワインと干し肉だな」
「干し肉は飽きたんだよな。まぁ、酒があるだけマシだが」
「女がいりゃ良かったんだが、いねぇもんはしょうがねぇからな。この場所もすぐに撤収するかも知れねえって話だし、街に行ったら美味えもん食って、娼館でも行こうや」
「ああ、そうだな。しかし、ボスが獲物を逃すとはなぁ。理由は知らねぇがあのオッサン、高く売れる予定だったんだろ?」
「らしいな。まぁ、オレら下っ端は言われたことだけやってりゃいいんじゃね? 食いっぱぐれることはなさそうだし。それにある程度はここの食料も自由に食っていいっていわれてるし」
「そうだな。まぁ、ボスは自分だけ専用の食料庫を持ってるっていうから、羨ましいとは思うがな」
そう言って、盗賊2人は出て行った。
「オッサンて、オレのことだよな?」
高く売れる、っていうのは気になったが、今は無事に逃げられているから良いとしよう。あと、ボスの食料庫か……。ニマリ、と口角が自然と上がってしまう。直接戦うのは勘弁したいが、こういう嫌がらせなら……。
とりあえず、干し肉と干し野菜があったのでそれも貰って、あとはウイスキーとナッツ類も貰っておく。
そしてオレは食料庫を後にした。
これで、山田さんが用意してくれた食料と合わせて、一月は持つだろう。
こうして、オレの食料&調味料事情は改善したのだった。
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