買い物と夢
「おはようございます、ヨシキ様」
「おはようございます、エリーゼ姫」
私はエリーゼ姫と挨拶をした。今いる場所は、いつも使っている使用人達用の出入り口だ。一応お忍びという形なので、正門は使わない。
エリーゼ姫は、今日はいつもより少し質素な洋服を着ている。白いブラウスに緑のスカート、茶色いポシェットを肩からかけている。王族という雰囲気はなく、少し裕福な家の子どもといった感じだろうか。
私も前に国王様に会う時に着た服よりも、少し品質の低い服を着ている。両方ともエルさんが用意してくれたのだが、さすが分かっている。
「では行きましょうか、エリーゼ姫」
私がエリーゼ姫を促すと、
「あの、今日はお忍びですので、私のことは、あの、エリィって呼んでもらってもいいですか?」
確かに、街中で『姫』と呼んでいたら、お忍びの意味がなくなってしまう。
「わかりました、それでは行きましょうか、エリィ?」
「は、はい!」
私がエリィと呼ぶと、エリーゼ姫はとても嬉しそうな顔をして、私の手を握ってきた。
ガタッ!
何かがぶつかる音が聞こえた気がするが、気のせいだろう。見知った気配がするのも気のせいだ。私はそう思うことにした。
「あっ!ごめんなさい……」
エリーゼ姫は握っていた手をすぐはなした。無意識にやっていたのだろう。
「別に構いませんよ、エリィ」
私がそう言うと、エリーゼ姫は嬉しそうに手を握ってきた。
「ありがとうございます」
そうして、私たちは街へと繰り出した。後ろから感じる殺気のこもった気配を無視しながら……。
◽︎ ◽︎ ◽︎ ◽︎ ◽︎ ◽︎ ◽︎ ◽︎
えーと、最初の目的地は……。
「ヨシキ様、それは?」
「ああ、これはエルさんが用意してくれたこの街の大まかな地図ですよ」
私はそう言って、エリーゼ姫に地図を見せる。
「わぁ〜、この街はこんな風になっていたんですね」
どうやらエリーゼ姫は、街に出たことがないみたいだ。王様が過保護過ぎるのか、それとも正妻の子供ではないから公にできないのか……。理由は分からないが、ほとんど王城の中で生活していたらしい。出かけるときがあっても馬車での移動で、街を歩くことはなかったみたいだ。
「だから今日はすごく楽しみにしていたんです」
エリーゼ姫の嬉しそうな顔を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。
「それでは、ゆっくり街を見ながら行きましょうか?」
「はい!」
エルさんに貰った地図によると、この街は主要な道が『干』の字のようになっているみたいだ。この『干』の上の線より上側に王城や国の施設があり、二本の横線の間が貴族や金持ちが住む貴族街、下の線より下側が庶民街になっているみたいだ。
今向かっているのが、貴族街の中でも庶民街に近いところにあるお店だ。王城の図書館で見た魔道具の図鑑を思い出して、欲しい魔道具を売っているお店を調べてもらっていたのだ。
街並みや横を通り過ぎる馬車を見ながら大通りを歩き、軽く雑談しながら目当てのお店に着いた。
「いらっしゃいませ」
初老の店長さんが、丁寧に迎えてくれる。
「うわぁ〜、綺麗です」
店内に美しく飾られたアクセサリーを見て、エリーゼ姫は目を輝かせている。そんなエリーゼ姫の様子に顔を綻ばせながら、私は店長さんに目当ての魔道具を聞いてみる。
「ウインドバードの魔石を使ったペンダントがあると聞いたのですが……」
「はい、ございます。少々お待ちください」
店長さんは、そう言うといくつかのペンダントを用意してくれた。
「これがヨシキ様の欲しかった魔道具ですか?」
「ええ、そうですよ」
店長さんの用意してくれたウインドバードのペンダントは、それぞれ違う効果があった。弱い風を常に発し続けるもの、込めた魔力の分だけ強い風を発するもの。そして、持ち主を攻撃魔法から守る為のもの。これは、攻撃魔法の魔力に反応して自動で風のバリアを発生させるものだ。
今回私が欲しかったのが、この攻撃魔法から身を守るためのペンダントだ。
綺麗に丸く磨かれた薄い緑色の魔石の周りに術式が刻み込まれている。そして、小さな羽の飾りが付いている。私は店長さんから試着の許可を得て、それをエリーゼ姫の首に付けた。
「えっ?」
「うん、似合ってますよ、エリィ」
国王様が、家系的に風属性が強いと言っていたから、相性もいいはずだ。
エリーゼ姫も最初は困惑していたが、私が
「プレゼントです」
と言うと、
「あ、あの、ありがとうございます、大切にします」
と、少し照れたような笑顔で言ってくれた。因みにお値段は金貨50枚。結構値が張ったがこの娘の笑顔のためなら高くはないか。というか、世の中の娘を持つお父さんはこんな感じなんだろうか?
その後、少しほかの商品を見せてもらい私たちは店を出た。時間はもうすぐお昼だ。なので予約してある、というかエルさんか予約してくれたレストランへと向かうことにした。
「うふふ……」
エリーゼ姫はよほど嬉しかったのか、ペンダントをずっと触っている。そして後ろから「ぐぬぬ」という声と、よく知っている気配が3つ感じられる。というか、本来護衛される側が護衛しているってどういう状況だ。まぁ、エリーゼ姫は気付かずにニコニコしているが……。
そんなエリーゼ姫を見ながら歩いていると、街の中央の十字路に着いた。
そこには二つの大きな建物が道を挟んで向かい合わせで建っていた。
「ここは、商業ギルドと……。こっちは冒険者ギルド?」
商業ギルドと魔道士ギルドは聞いたことあったが、冒険者ギルドは聞いたことがなかったな……。そのことをエリーゼ姫に言うと、
「多分、冒険者という職業が好まれないからかと……」
聞くところによると、冒険者や傭兵は、親が子供になってほしくない職業のNo.1らしい。なので魔法や剣術の学校では、学校側から冒険者や傭兵について触れないことが暗黙の了解のようになっているみたいだ。
「だから、エルさんも私に言わなかったんですね」
まぁ、料理人でやっていこうと思っている私にはあまり関係がないか。それに必要になったら図書館で調べればいいわけだし。
そんな話をしているうちに、予約してあるレストランへたどり着いた。
レストランは意外と広く、席同士の間も比較的離れていて落ち着いて過ごせそうな雰囲気だ。
ただ、すぐ近くの席に、眼鏡をかけた初老の男性と若い男性、そして落ち着いた雰囲気の女性が来たが、取り敢えず見なかったことにした。こういう状況に動揺しなくなったのも、適応能力のお陰だろうか?スキル、すごく便利だ。
料理もすでに予約してあったらしく、魚介のパスタが出てきた。デザートはフルーツの盛り合わせだ。両方ともエリーゼ姫の好みらしい。さすがエルさん。
そして、食事が終わった時、おもむろにエリーゼ姫がお礼を言ってきた。
「ヨシキ様、今日は本当にありがとうこざいます」
「どうしたんですか、急に?」
「実は、こういうの凄く憧れていたんです……」
曰く、母子家庭で育った為、父親に甘えるのが夢だったらしい。一緒に街で買い物をして、食事をして、散歩をしてみたいと……。
しかし、実の父親が国王様だった為、そんなことを頼むことは出来ず、半ば諦めていた。
「でも、ヨシキ様のお陰で夢が叶いました。血は繋がってないし、ヨシキ様には迷惑かもしれませんけど……」
そうか、この娘は私にやけに懐いてくれると思っていたが、理想の普通の父親像を私に重ねていたからなのか……。
確かに国王という立場の人間には頼めないことだ。私は目に涙を浮かべながら立ち去る初老の男性をスルーしながら、そう思った。
「私は、迷惑とは思ってませんよ。むしろ、エリィみたいな娘がいたら、とても幸せだったんだろうなと思ったくらいです」
「あ、ありがとうこざいます……」
エリーゼ姫は、目に涙を浮かべながらはにかんだ。
「さて、それじゃあ他にやってみたいことはありますか?出来る限り、夢を叶えちゃいましょう」
私がそう言うと、エリーゼ姫は笑顔で
「もう少し、街を歩いてみたいです」
と言ってきたので、その後街を散策し、途中屋台で買い食いをしてから王城へ帰ったのだった。
ちなみにその日、国王様が部屋に引きこもって出てこなかったのは余談だ。




